キャルト・ア・ジュエ   作:黄金馬鹿

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話が進まねぇ


第二十六歩

 少し暗い顔をしたルーシーは本当に朝食としてレオンが頼んだモーニングを食べなかった。一応育ち盛りのレオンがルーシーの分と頼んだモーニングを食べたが、二杯目のジュースを飲むだけでも相当辛そうだった。

 彼女が痩せている理由。痩せすぎている理由である拒食症に似た症状。トラウマから来るその症状に加えて男性恐怖症と日光恐怖症。男性恐怖症の方は会ってすぐに聞いたが、レオンのようなまだ女顔、というか男としての特徴がまだ少ない顔なら大丈夫らしい。だが、この三つが併発しているのだからかなりマズい。彼女は文字通り普通に生きられないのだ。普通の中に溶け込めない。

 彼女の仲間としてそれを治すように努力したほうがいいとは思ったが、どうしたらいいのか分からない。

 そんな訳で。

 

「アルフ兄さん、なにか案出して」

「いきなり来て無茶ぶりを言ってくるなよ」

 

 信用できる兄。レオンの今持っている知識を与えてくれた先生でもあるアルフに聞いてみることにした。朝っぱらからルーシーを連れてアポ無し訪問である。ルーシーはアルフを怖がってレオンを盾にするように隠れているが、アルフも彼女が男性恐怖症というのは一応聞いているので特に傷つきもしない。

 ルーシーを引きはがして椅子に座っても背中に潜り込もうとしてくるのでレオンは今、背もたれに背を付けられていない。というかルーシーを潰さないようにかなり慎重に体重を預けているのでかなり体力を使っている。が、これも鍛錬だ。

 レオンが簡単に相談できる相手なんてもう家族同然のフィルとアルフ、アビー位なので必然的にこの問題の相談はアルフとアビーにする事になる。フィルの場合もアルフとアビーだけなのでどっちにしろこの夫妻に相談は飛んで行っただろう。朝っぱらからの訪問に珍しくアルフは不機嫌を表に出している。

 

「ごめんねぇ。昨日アルフったらちょっと夜更かししちゃって」

「それは君もだろう……」

 

 少しゲッソリとしているアルフと元気そうなアビー。色々と察してしまった。それはルーシーも同じなようで他人の夜事情に首を突っ込みたそうだ。

 だが、それを見てアルフがすぐに訂正を加える。

 

「待て、お前らは勘違いしている。俺は昨日論文を書き終えただけだ。アビーは夜食作りとかしてくれただけでアビーは少し早めに寝た」

「ベッドに来たの、日が昇ってからだったもんね~」

 

 論文の作成はアルフがこの家を買う前もやっていた事だ。それが日が昇るまで続くときがあるのはレオンも十分に知っている。なんだつまらない、と兄と義姉の夜の性事情を聴けずに少しつまらなさそうにするレオン。同じような顔をするルーシー。

 だが弟にそんな事知られたくないというのが兄の心の内。アビーがこちらの言葉に乗ってくれて良かったとホッと一息つく。ちなみに、日が昇ってからベッドに入った後、何もしなかったわけではない。そろそろ子供を作りたい物だとはアルフの今の思い。

 

「すまんな。寝不足でちょっと気が立っていた」

「いやいいよ。アルフ兄さんが寝不足だとイラつくのは知ってるから」

 

 昔一度だけだが物凄い表情で睨まれたことがある。デイヴはそれで一回本気でぶん殴られた。普段温厚なアルフが思わず手を出してしまうくらいには彼の寝不足の朝は機嫌が悪い。

 コーヒーを飲み若干の眠気を覚ましたところで彼は相談の内容を一度口にして再確認する。

 

「で、だ。その子……えっと、ルシルだったか? ルシルのトラウマの解消方法を教えてほしいと」

「うん」

 

 アルフはそれを口に出して確認し、間違っていないことを察するとその言葉を改めて飲み込むようにコーヒーを一口飲み、そして大きく息を吐いた。

 簡単に言おう。専門外だ。

 彼の仲間に治療が得意な、医者と連合員を兼ねている男性が一人いるのだが、彼は医者とはいえ傷しか見ることができない。心の中の傷まではまた別なのだ。故に、医学の知識なんてこれっぽっちもないアルフではどうする事もできない、というのが言葉だった。

 ここで素人の言葉を言って余計に事態を悪化してもダメだ。だとすると、その仲間に紹介状を書いて診てもらうしかない、かもしれない。彼女も心の中までは流石に専門外だろうけども。

 

「まぁ、俺の意見としては慣れさせるのが一番だとは思った。けど、俺の言葉よりも医者の言葉のほうがいい」

 

 そりゃそうだとレオン。アルフはアビーに適当な便箋と手紙を持ってきてもらうと何かをそこに書き、封をしてレオンに渡した。差出人は、スコール。

 

「スコール……って、あのスコールさん?」

「あぁ。お前も会うのは久しぶりだろう?」

 

 スコール。それがレオンも知るアルフの親友兼仲間である医者の名前だ。

 本名、スコールニック・バートン。レオンが以前入院していた病院とはまた別の病院で医者をしており、アルフと共にダンジョンへ潜っている連合員でもある。タレントは弓。医者という立場から比較的に入手しやすい薬全般を多彩に使い立ち回る男だ。スコールとはレオンも幼い頃に何度も遊んでもらった関係であり、レオン自身彼と会うのはかれこれ半年ぶり程になる。スコールが医者になったのは今から二年前。そこからスコールは忙しくなってしまったので会う時間が中々取れなかったのだ。

 彼にならルーシーの事の相談も出来るだろう。彼の人の良さはレオンも十分に承知している。あと女好き。レオンの性知識は大体スコールから与えられたものだったりする。その度に余計な知識を吹き込むなとアルフがマウントを取ってボッコボコに殴っていたのをよく覚えている。

 覚えているのだが、思い出した。ルーシーは男性恐怖症だという事を。レオンはそれをアルフに伝える。

 

「それも承知している。スコールなら医療関係の情報網があるからな。もしかしたら腕のいいカウンセラーを紹介してくれるだろう」

 

 そういう事を手紙には書いた。スコールでも分かるのなら、スコールが治してやってくれとも。多忙ではあるだろうが、スコールは人を助けることには自分の時間を構わず投げ出すような人間だ。きっとルーシーを診てくれる医者を紹介してくれるだろう。

 

「ほら、行ってこい。あいつもあまり暇じゃないからな」

「うん、ありがとうアルフ兄さん」

「気にするな。弟の仲間は俺の仲間……ではないな。まぁ身内だ。身内のためならこれぐらい安いものだ」

 

 レオンはアルフに礼を言ってから家から飛び出した。

 しかし、ルーシーが置いて行かれた。ポツンとルーシーはその場で取り残されてアルフのほうをジッと見ている。アルフはその視線に若干の気まずさを感じたが、アビーが抱きしめにかかろうとするのを首根っこを掴んで止めてからボソッと呟いた。

 

「ったく……お前が診てもらうんじゃないだろうに」

 

 なんて言いながらもアルフは笑顔だ。

 アビーをそのまま抱き上げてホールドしルーシーに飛びかからないようにしながらアルフはまだ近くにいるであろうレオンを呼び戻そうと歩き出す。が。

 

「……どうして」

 

 ルーシーの細い声が聞こえた。

 

「……どうして、そんなに優しいんですか」

 

 ルーシーに対して? それともレオンに対して?

 そんなの決まっている。アルフは考える時間を全く作らずに口を開いた。

 

「アイツが弟で、君が弟の仲間だからだ」

「でも……家族なんて、そんな……」

 

 ルーシーの事はここにレオンが来てすぐに聞いた。

 虐待。男性恐怖症。日光恐怖症。そのどれもが身内の犯行なのだと。ならば、家族を信用しきれない。家族なんて痛みを与えてくるだけの存在だと思ってしまっても何らおかしくない。彼女の中ではそれが普通なのだから。

 

「君の姉は、俺と大差あったか?」

 

 ルーシーの言葉の答えとして、カスミを使った。

 彼女の中のカスミは、唯一の家族だった。その家族は、自分のために何でもしてくれた。

 本を与えてくれた。服を与えてくれた。食事を与えてくれた。お金を与えてくれた。寝る場所を与えてくれた。住む場所も与えてくれた。そして、最後に仲間を与えてくれた。

 全部やってくれた。全部、全部。その中に痛いことなんて、一個もなかった。悲しいことなんてなかった。苦しいことなんてなかった。

 だが、それはカスミだからだと思っていた。

 カスミという存在が、特別なのだと。だから、軽く依存しかけていた。

 

「そういう事だ。まぁ、親父達はアレだが……俺みたいなのが普通なんだよ。な、アビー?」

「そうそう。普通、家族に暴力なんて振るわないって」

 

 そういえばこの二人はもう結婚しているのだった。

 もう結婚していて、こんなに幸せそうなのだ。家族になったのに。

 

「……じゃあ、もし望まないうちに子供が出来ても、同じことが言えますか?」

「言える。望まなくても俺の子だ。悪いことをやったら叱るし拳骨を落とすかもしれんが、ギフテッドを得るまで痛めつけるなんて真似はしない」

 

 その言葉に、驚いた。二重の意味で。

 こうも断言できてしまう。レオンの親のように放置なんてせず、自分の両親のように暴力を振るわないと。彼は断言した。叱るための拳骨は落とすかもとは言ったが、そんなの優しい。優しい拳骨だ。それしか振るわないと、断言しきった。

 それも驚いたが、もう一つ。

 ギフテッドを得るまで。

 

「な、んでそれを……」

 

 ギフテッドの会得条件。

 彼はそれを知っている。本来、知られちゃいけないもの……ギフテッドを発現した人間しか知らないギフテッドの会得方法を、彼は知っている。

 

「こう見えても古い文献は漁っていてね。『連盟』が出来る前の文献に載っていたのさ」

 

 連盟。ルーシーもその存在は知っている。知らないわけがない。ギフテッドを会得した……してしまったあの朝。自分のもとへ来たあの人間達の作り上げた組織のことを。

 

「君のギフテッドは、その親がトリガーとなったんだろう? 二年前にカスミさんのいない間で親とのいざこざか何かがあり……君は『否定』した」

 

 ルーシーは沈黙しか口にできなかった。

 だがその沈黙は答えだった。アルフの考えていることは、当たっていた。いや、それしか考えられなかったといえるだろう。彼女の場合、そういう状況でなければギフテッドを得るための条件を満たせない。

 アルフはそっとアビーを下ろし、レオンを呼んでくるように頼んで家から出した。この会話を聞かれないように。

 

「文献を見つけてしまったせいで俺も連盟に目を付けられてな。ギフテッドの会得条件を誰にも言わない事を条件に、幾つか我儘を聞いてもらえるようにしてもらった」

 

 それが、アルフがギフテッドの存在を知っていた……いや、ギフテッドを会得した人間の存在を知っていた理由だ。

 そこでしかアルフはギフテッドを見ていない。その時に現れた連盟の幹部が、アルフの見た唯一のギフテッド。それ以外ではルーシーしか見たことがない。

 先天的な才能。産まれた時から使えると言われる人間の魔法とは違った奇跡を起こす力、ギフテッド。

 しかし、それは間違いだ。ギフテッドは、完全なる後天的才能。先天的才能であるタレント、魔法とは正反対の位置に属する力。その条件は、普通なら思いつきもしない。分かりやしない。

 故に、秘匿されている。

 ギフテッドという、タレントや魔法よりも手軽に、そして簡単につかえてしまう強力な力の発現方法を。

 

「……君がレオン達に真実を打ち明ける気があるなら、連盟には俺から言っておこう。君のそのトラウマはギフテッドの発現と繋がっているのだろう?」

「……はい」

「レオン達ならどんな真実を聞いても軽蔑したりなんかしないさ。なんてったって」

 

 アルフはそっとルーシーを椅子から立ち上がらせるとその背中をそっと押した。

 それと同時に玄関のドアが少々乱暴に開けられる音が響く。

 

「あいつは俺の自慢の弟だ。その弟が選んだ仲間が、多少の事で人間を軽蔑したりなんかしない」

 

 そしてルーシーを呼ぶレオンの声にルーシーの返事はかき消された。




現在判明したギフテッドの会得条件は『否定する』ということ。

なるべく早くギフテッドの会得条件は開示したいなぁ……ただ、会得の際に体の何処かを犠牲にする、という訳ではありません。
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