前回がアルフから病院を紹介された話だったので今回はその続き。フィルの出番が少ないなぁ……
少しお節介だったかと思った。
彼女とて、虐待の跡というのは隠したかったはずだ。それをアルフに言った挙句そのまま病院へ。少しお節介が過ぎたんじゃないぁとレオンは自分の勢いだけの行動を振り返って思ってしまった。
善意は時に相手にとって悪になる。それをようやく思い出したのは彼女を診察室に置いて行き、彼女の体を見ないように診察室の外へ出た時だった。医者にだろうと虐待の跡は見られたくないと思うかもしれない。それを聞かずにここへ連れてきてしまったことをレオンは反省していた。
勢いが過ぎた。自己嫌悪しながら頭を掻き毟る。それを止めたのは診察室のドアが開いた音だった。
「レオン坊、終わったぞ」
「あ、スコールさん」
出てきたのはスコールニック・バートン。レオンの知り合いでもありアルフの仲間だ。少し怠そうに白衣を着ているが腕は確かだ。だからこそとルーシーを預けたのだが、その顔は若干暗い。
カルテを片手にスコールは大きく息を吐きながら診察室のドアを閉めた。
「俺も時々ああやって虐待を受けた子を見たが……ありゃ結構酷い方だ。骨折跡、打撲跡、火傷跡。それが服の内側に大量にあった」
「そんなに?」
「そんなにだ。しかもあれで平気な顔してんのが可笑しいくらいの栄養失調だ。いつぶっ倒れても可笑しくなかったぞ」
スコールの見たルーシーの体はそれはもう酷いものだった。
殴打の跡や、煙草を押し付けたような火傷跡。鞭で叩いたかのような跡もあったしナイフか何かを刺されたような跡まであり、それを雑に縫合した跡までもあった。
そんなの子供なら激痛で死んでも可笑しくない。そんな跡が大量にあり、肋骨に至っては折れた後にロクに治療しなかったのか曲がったまま骨がくっ付いていた。本当に、酷い。ここまで酷いのは久しぶりに見たとスコールは溜め息を吐く。そして、一日に一食。しかもレオンが食べるよりも少ない量しか食べていなかったため、痩せすぎて骨が浮き出るような小さな体は栄養失調でその場で倒れても可笑しくないレベルで体はボロボロだった。
だが、彼女が拒食症を発症しているのは聞いている。だから彼女には今点滴を打ってもらっているという。
「拒食症……というか摂食障害なんだが、話を聞いたら口になんか色々と口に突っ込まれたらしいな。そのせいで物を口にするとそれが思い出されて吐いちまう」
「色々って……」
何かを食べるだけで思い出してしまうレベルの摂食障害。スコールはレオンの言葉に少し息を吐くだけで誤魔化す。どうやらスコールはその内容を聞いたようだが、あまりレオンには聞かせたくない代物だったらしい。
取り敢えず、という言葉と共に帰ってきたのは、煙草だったり、熱湯だったり。それから、あの子の尊厳のために言いたくない物だったり、だった。スコールからしたら、死んでても可笑しくないレベルの傷跡が大量にあったし、精神面でも自殺が簡単に考えられるレベルの傷跡とトラウマ。鬱の症状が出ていても可笑しくない話ではあったが、唯一の家族である姉がそれをどうにかして癒してくれたのだろう。
精神面での医療に関してはあまり専門ではないスコールであってもそこまで分かるレベルには、彼女の、ルーシーの育ってきた環境は酷すぎるし、医者という立場としては見逃せないし、そして有り得ない。今生きている事すら奇跡だとすら。そう思えた。
「今は点滴で栄養取らせているが……余り食わないようなら通わせろ」
「そこまで酷いって……」
「知らなかったか? まぁ無理もない。あの子自身、あまり話したいようじゃないみたいだしな」
彼女の髪の毛も、栄養失調の煽りを受けて色素が軽く抜けていた。垂れている兎の耳も、あまり毛並みが良いとは言えない状態。兎人族を見たことのないレオンでは気が付けなかったが、彼女の体のあちこちは拒食によるガタが来ているし、身長、筋力、それ以外の何もかもが同年代と比べて発達が遅れている。
恐らく、カスミもそれは気が付いていたのだろうが、彼女が病院へ行くのを断り、最低限食べて生きてきたのだろう。スコールはレオンが多少無理矢理にでもここへ彼女を連れてきたことを褒めた。
「取り敢えず、俺の知り合いのカウンセラーも紹介する。流石に一人の医者としてあれは放っておけないんでな」
「ありがとう、スコールさん」
「気にすんな。これは俺の医者としてのプライドだ」
少し適当で、女好きで、ちゃらんぽらんな所もあるが、彼の医者としてのプライドは高い。故にアルフとレオンとも仲が良く、アルフに認められているのだが。
スコールは診察室にレオンを入れ、ルーシーの点滴が終わるまで待つように言う。どうやらこれから休憩だったらしく、スコールはコーヒーを淹れると自身と、そしてレオンの前に置いた。
「まぁ、辛気臭い話はここまでだ。あの嬢ちゃんは俺達専門家に任せておきな」
「じゃあお言葉に甘えて」
「おう」
コーヒーを口に含みながら自身の手帳のページを捲るスコール。どうやらカウンセラーの連絡先を探しているらしい。
そして書状も書きながらスコールはレオンに向かって口を開く。
「そういやレオン坊。お前さん、連合員になったんだったか?」
「あぁ、うん。一か月ちょっと前にね」
「そうかそうか。お前さんももうそんな歳か……いやぁ、要らん事吹き込んでアルフに半殺しにされた日が懐かしいわ」
「要らん事って分かってるんなら吹き込むの止めてほしかったかなぁ」
「毒にも薬にもならんから要らん事なんだよ。それとも、薬にゃなったか?」
「いや、まだ」
「ははは、まだレオン坊には早かったか。それとも、あの嬢ちゃんを狙ってんのか?」
「あの子は知り合いから預かった仲間だよ。狙うとか狙わないとか、そういうのじゃないから」
狙ったとしても、あの刀を持った姉がそれを許してくれるのか怪しいところではあるが。
レオンとスコールが会うのは結構久しぶりの事だ。二人とも最近は多忙故に会える日が無かったために話は弾み、まるで兄と弟のような会話が続いていく。
アルフの仲間はレオンにとって、兄弟のような物だった。アビーもアルフとの結婚前から自分の姉のように振る舞ってくれたし、スコールもアルフとはまたベクトルの違う兄のように振る舞ってくれた。アルフがそうやって年上の兄代わり、姉代わりを紹介してくれたからこそ、レオンは今まで曲がらずに生きてこれた。
故に、兄貴分との会話は楽しいものであり、スコールから見ても弟分である事には変わらないレオンとの会話は妙に楽しかった。
「どうだ? 特定の相手が居ないなら俺と一皮剥けに行くか?」
「それは遠慮するかな。フィルやルーシーにバレたら一悶着所じゃ済まなさそうだし……」
「フィル……フィリップで合ってるか?」
「うん、合ってる」
「何だ、今まで野郎二人で組んでたのか。ならソイツも誘ったらどうだ?」
「フィルは女の子だよ。名前はコンプレックスらしい」
「おっと、そりゃすまんな」
名前からフィルを男と勘違いするという珍事件は起こったが、当の本人は自分の部屋でくしゃみをしていた。
サラッと娼館に誘われ、サラッと断ったわけだが、勿論断った際の言葉は冗談ではない。絶対にバレたら何かしらの一悶着が待っている。特にフィルとは変なテンションではあったが、唇を合わせてしまった仲ではある訳だし、流石に娼館に行くのは抵抗がある。
バレなければいいのでは、と思うかもしれないが、夜中にコッソリと家を出るなんて恐らく不可能。それに、バレなかったとしても朝帰りで一発アウトだ。もしもフィルが男だったらレオンもそういう事を興味本位で経験しに行っただろうが。
まだ未成年という事を忘れてレオンはそんな事を考え、少し顔を赤くしている。初心だな、とスコールに図星を突かれると悪かったね、と一言吐いてコーヒーで口の中を湿らせる。
「……ん? よく考えりゃお前さん、両手に花か」
「……あぁ、言われてみれば」
スコールの言葉はレオンの今の境遇。男一人に対して女二人のパーティ状況を言っていた。
言われてみれば確かにそうだ。フィルもルーシーも女であるわけだし、二人とも美少女だ。それを侍らされている自分は両手に花と言われても可笑しくないだろう。フィルに対する感情が友人のソレに似ていたので言われるまで忘れていた。
スコールはニヤニヤとしながらペンを置いてレオンを見る。何だか嫌な視線だなぁ、とは思っても逃げる場所はない。ついコーヒーの入ったカップで顔半分を隠す程度には今のスコールの視線は感じたくはなかった。
「どっちかとくっ付くのもいいんじゃねぇのか?」
「冗談。そういう事考えたことは……」
ある。
少なくともフィルとキスしてから、フィルを異性として認識し始め、そのせいで色々と妄想が捗らなかった、と言えば嘘だ。
言葉の中断の数秒後に、代わりに発した音は三度目のコーヒーを口に含み飲み込んだ音だった。
何せ曲がりなりにも美少女だ。それが二人、同じ屋根の下。男として意識しないわけがない。特にフィルに関しては、自惚れで無ければ、自分に対して恋愛感情に似たものを抱いている。それの理解を拒んでいるだけで、きっと。だからついつい妄想がはかどってしまう。
ルーシーに関しても、彼女はフィルとは別方面で可愛いと思っている。
小柄で、年下で、守りたくなるような感じとでも言うべきか。きっと拒食を解消して身長が伸びればカスミのような美人になるだろうし、そのままだとしても可愛らしさを前面に押した女性になるだろう。そんな彼女と、とついつい考えてしまったことも、この数日で。特に夜中で無いわけではない。
それが表情にでも出ていてしまったのか。スコールの視線はより感じたくないものへと変貌した。
「ムッツリか?」
「うるさい」
認めたくはないが、当たってはいる。
女顔とはよく言われるがレオンとて男だ。そういう事を考え、そしてそれを全く表に出さないということはその言葉が一番シックリ来てしまう。
思春期故に仕方のないことではあるが、仲間でそういう妄想をしでかしてしまった事に対しての申し訳なさが今更だが浮かんでくる。だってフィルもルーシーも可愛いんだから。
「まぁ、恋愛方面は俺は専門外だからな。お前の兄貴と義姉に相談するんだな」
「だったら話振らないでよ……」
だが、そういう関係になりたいとすれば、ルーシーではなくフィルだろうか。
なんやかんやで彼女とは息がぴったりだし、話も合う。彼女となら色々とシックリと来るのだ。レオンとて、彼女とそういう関係になれれば、と思ったことはあるし、なったとしたら満更でもないから。
贅沢な悩みだとは思うが、こんな仲になってしまっているのだから考えもする。というかルーシーに関しては、まだ会ってからあまり時間も経っていないのでそういう目で見られない、というのもある。姉が怖いし。
「……あー、薬草切れてんのか」
「ん? どうかしたの?」
「あぁ。ちょっと薬草チェックしててな。ポーションの材料になる薬草が足りてねぇんだわ」
スコールはいつの間にか取り出していたノートを睨みながらレオンに呟いた言葉の意味を教えた。
ポーションは薬草や木の実等を混ぜ合わせて作るものだ。病院では必ず置いて置かなければならないとも言える必需品。それの原材料を切らしている。あまり好ましい状況では無いようだった。
「しゃーねー、買ってくるか」
「休憩時間じゃ?」
「一旦終わり。帰ってきてからまた再開だ。お前さんはあの嬢ちゃんのトコに居てやりな。暇だろうしな」
スコールは鍵を片手に立ち上がると、レオンを診察室の外に放り出した。少し乱暴だったが、それが早くルーシーの元に行ってやれという言葉の代わりなのだと察すると、レオンは二つ返事で点滴室へと向かった。
スコールはレオンのもう一人の兄みたいな感じの立ち位置です。アルフが教えられなかった事を教えた、といった感じですね。なのでレオンとはかなり仲がいいです。
次回はルーシーの過去……というかギフテッドに関してもう説明しちゃいます。この辺りでバラしておかないと最後らへんで急すぎる展開になってしまうと思ったので。