キャルト・ア・ジュエ   作:黄金馬鹿

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実はここら辺までは前回の更新から一週間くらいで完成していたり。難産だったのは次回。


第二十八歩

 銃口を己へと向ける。

 己の内で笑ういけ好かない声が早くその引き金を引けと語り掛ける。

 それと比例するかのように自分へ迫る男の手。この引き金を引くか、男に捕まるか。痛む体で、悲鳴を上げる体で、息を荒げながら自殺するか、他殺されるか。それを選べと運命は選択を迫ってくる。

 銀色の輝く、銃口を焔で燃やす銃の奥には鈍色に光る物が見える。それを自分の額に向け、引き金を引くか、時を待つか。その二択を迫られてひたすらに困惑しながら、同時に憎悪を滾らせる。

 一矢報いたい。目の前で笑う(実の母)を、(母の愛人)を、殺したい。

 高鳴る鼓動。同時に過呼吸のように酷くなっていく呼吸。

 頼れる姉は夜まで帰ってこない。今は朝。陽の下。まだ陽の下は平気だった。

 

『さぁ、未来の己を殺すか、今殺されるか。どちらを選ぶ?』

 

 自分の内より囁きかける悪魔の声を聞き、汗が流れる。

 スローモーションのようにゆっくりと動く視界の中。この加速している思考の中でも、恐らくあと十秒も経てば男の手は己の手を掴み、この銃を退けるだろう。

 手は固定されたかのように動かない。動くのは、指先だけ。自分を撃つしか出来ないこの欠陥銃は目の前の二人を穿つ事を許さない。いや、これは武器ではない。

 決断。自分の『可能性』を、未来を燃やし尽くすための、焔の弾丸が込められた、決断、決別のための銃。自分を殺すための、銃。

 ――このまま殺されるか?

 嫌だ。

 ――あの女の奴隷となって一生犯され続ける日々を送るか?

 冗談だろう。

 ――ずっと、守られる生活を望むか?

 そんなの、生きているとは言えない。

 ――ならば、その言葉を現実にするための何を捨てる?

 

「……家族を。これから先、一生家族なんて出来なくていい」

 

 こんなゴミみたいな人間に、血の繋がりやらで縛られるのはウンザリだ。

 お前の母親だから。産んで育ててやったから。

 だからこの体で金を稼いで一生楽させろ?

 冗談じゃない。生きるために文字通り泥すら啜る勢いで、汚く生きてきたんだ。殴られて、煙草を押し付けられて、食べさせられて、熱湯をかけられて、無理矢理飲まされて、予行練習と愛人のモノを口に突っ込まれ、吐き出せば殴られて。そんな日にまた戻る? そんな人間(家族)が欲しいか? 自分を汚い物だと思い拒絶する(家族)が欲しいか?

 いらない。もう自分には姉だけでいい。

 それ以外、いらない。

 だから、捨てる。

 

『ならば、引き金を引け。それで、お前は力を手に入れる』

 

 銃口の中に見える弾丸が色付く。

 虹色に、極彩色に。

 それが自分の未来を滅却する弾丸だと、理解する。幼いから理解できない、なんて事はない。本能で、理解する。

 これを自分に撃ち込めば、それだけの可能性を秘めた『自分』を殺すのだ。そして、代わりに力を手に入れる。万人では到達できない、タレントでも魔法でもない。常識の範疇から逸脱した力を。

 知らぬ間に、腕は動いていた。

 銃口を覗き込むように銃を向けていた手が、そっと側頭部へ。片手だけで、前を見据えながら。

 呼吸は荒い。怖い。だが、撃たなければ死ぬ。ルシル・ラッセル(ダンロップ)という人間が。尊厳を壊され、プライドを破壊され、自由を剥奪され、人間性を踏み躙られて。人形となって、死んでいく。

 そんな未来を選ぶのなら。この引き金は、重くはなかった。

 

「ギフテッド。()()()()

 

 自然と浮かんできた言葉を口にする。

 それと同時に、引き金は引かれた。己の可能性を燃やし尽くす、弾丸が己の頭を穿った。

 痛みは、無い。だが、胸の内が熱くなる。まるで内側から発火しているかのような、マグマのような熱さがある。が、自然とそれが苦ではなく、笑いを誘うものであった事。自分の未来が燃やされていく熱だった事を知り、引き金を引き終えた右腕はそのままの姿勢を維持する力すら失い垂れる。

 銃は消えていた。その役割を果たしたから。

 ならば、後は発現するだけ。

 

「おい、このガキ気色わりぃぞ。いきなり銃を構えたかと思ったら自分に向かって撃ちやがって。結局死んですらいねぇ」

「まぁいいじゃないかい。とっとと連れて帰るわよ」

 

 男と女が口を開く。

 男の手は、とっくに彼女の髪の毛を掴んでいる。

 初戦はあの女と番になる事を良しとする男だ。髪の毛を掴まれる痛みをまるで他人事のように受け流しながら手をそっと動かす。

 

「……ん? ちょっと待ちな。なんだか様子が」

 

 既に力は発現している。

 まるで元からそこにあったかのように。いや、逆再生のように、裾の部分から黒衣がその姿を現す。

 空中が燃え、徐々に上へ。彼女の体を包みながら上がっていく。炎が黒衣を型作る。その異様な様子は人間の思考回路を麻痺させ、動きを封じる程度には常識からかけ離れていた。

 

「……殺す」

 

 呟いた。

 その呟きは果たして聞こえたのか。それは定かではないが、黒衣は既にその姿を現した。

 そして、仮面も。

 自分を偽るための。いや。今までの自分とは違う自分なのだと。そう表すための、憎悪と殺意に満ちた黒衣と、前までの自分を隠す仮面を身に着け、そっと力を行使する。

 殺すという言葉。しかし、それは正しくないと思った。

 ここで放つべき言葉は。

 

「死ね」

 

 消えていく。

 人間が、消えていく。

 悲鳴を上げながら、その体を砂に、石に、木に、水に。価値の無いものへ。その姿を変えながら、死んでいく。己の手の内で、消えていく。

 笑いながらそれを見る。

 ――これを自分がやっているとは思いたくなかった――

 愉快な物だった。痛快だった。まるで今まで劣勢だった主人公が真の力を覚醒し、ラスボスを圧倒する安っぽい劇を見ている気分だった。

 ――陽の下で人間がその形を崩していくのはとてもじゃないが見ていられなかった――

 憎悪と殺意をそのままぶつけられるこの力はとても素晴らしいものだ。

 ――怖い。手に収めるだけで人を無価値な物に変えられてしまうこの力が――

 最後に残ったのは、無価値な砂の塊だった。形すら留めず、笑いと共に何処かへ飛んでいくこの粒が、元母親。精々した。この女の呪縛から解放されて。もう自分は自由なのだと。

 ――止めてほしかった。ここまで人としての道を外す前に、止めてほしかった――

 でも、何かが違った。

 この結末を、望んでいた節はあった。だが、それ以上に望んでいた物があった。

 それに気が付いた。仕事を放り出して帰ってきてくれた姉の視線を受けて、ようやくそれを理解した。

 欲しかったのは、力じゃない。殺意じゃない。憎悪じゃない。

 仮面が砕け、黒衣の黒が白へと変わっていく。

 本当に欲しかったのは。ただ一つ、欲しいと望んでいたのは――

 

「……あー、久しぶりに全部見た」

 

 ――目が覚めた。

 点滴薬を体内に送るためのチューブが刺さった手とは逆の手で自分の目を覆い、嫌悪する。

 あの日から欠かさずに見ている『悪夢』。この悪夢を見たくないがために寝なかった事もしばしば。最近は途中で目を覚ましたりする時がよくあったので全部見るという事は無かったが、今日は久しぶりに全部見てしまった。

 寝てしまった理由は、単純に暇だったから。スコールかレオンか。はたまた看護婦の誰かが話し相手になってくれでもするのだろうか、なんて思っていたが、結果は独りぼっち。そのため暇すぎてウトウト。そのまま悪夢にご招待されてしまった。

 その悪夢を最後まで見てしまったのは、点滴で栄養を取ったからか。それとも病院にベッドが予想以上に寝心地が良かったのか。それとも。

 

「ル、ルーシー? 起きた?」

 

 寝ている間、手を握ってくれていたレオンの体温があったからか。

 安らいで悪夢を見るとは何とも奇妙なものではあるが、悪夢を見ないとグッスリ寝られないのは事実。久しぶりにここまで眠れた気がした。何時もは短時間で寝ては起きてを繰り返していたから。

 

「……ずっと、手を握ってくれていたの?」

「なんか魘されてるし寝汗は凄いし……でも起こしちゃマズいのかなって思って……」

 

 起こせよ。

 思わず声に出してしまいそうだったが、レオンも悪気はなかった。むしろ良かれと思ってやってくれたのだ。素直に礼を一つ言った。

 しかし、寝汗が凄いと言われ、ようやく気が付いた。自分の体がやけに湿っていることに。

 汗臭いだろうなぁ、なんて事を思いながらこの場には自分の体を拭くための物がない。ついでに風呂もない。故に我慢するしかないという結論に至った。一応服は等価錬金を使って全く同じものを錬金しなおすというギフテッドの無駄使いによって新品同様になったが。

 

「……その、さ」

 

 レオンが歯に何かを詰まらせたかのような顔で口を開いた。

 もしかして錬金の際に全裸を見られた? なんて思ったが自分の服錬金は姉ですら全裸を見ることができなかった。レオンにも見られなかったと自信を持って言える。

 故に、何故レオンがここまで渋い表情をしているのか。それが分からなかった。

 

「……寝ている間。お母さん、って何度も……」

 

 折角秘密にしてた物の一部が悪夢のせいでバレてら。ルーシーの視線の泳ぎ方は類稀を見ない程の物だった。

 知られたくない。軽蔑されたくない。その一心で隠しているあの悪夢……いや、過去。それを騙す常套手段なんて持ってはいないが、笑って誤魔化す程度の知恵はあった。

 

「えっと……アレだよ。あの鬼婆が夢の中で鬼ごっこ仕掛けてきたというか……」

 

 我ながら口が悪いしなんつー誤魔化し方だ、なんて自虐に入る位には酷い誤魔化しだった。しかも大概間違ってないし。

 自分の予想以上の口下手っぷりにルーシーは苦笑いしか浮かべることが出来ない。頼むからこれで済んでくれと願うばかりだ。少し心の中ではふざけているものの、あの過去を知られたくないというのは本当。そして、その過去はきっとレオンとフィルから軽蔑されるに足りると思っている。

 ――希望は持っていた。彼等が、自分の新たな家族になってくれると。ギフテッドの一部を捨てる代わりに得れた、僅かな可能性が彼等なのだと。だけど、優しすぎる彼等だからこそ、これは言えない。言ってしまえば最後、自分は軽蔑されてしまうのだと。そう思っている。思っているからこそ、騙すしかない――

 

「……あぁ、そりゃ大変な惨事だったね。魘されもするよ」

 

 レオンの返事は、ルーシーですら分かるくらいには震えていたし、無理をして捻り出したような物だった。

 やっぱり、レオンは優しい。

 ルーシーが今までに会ったことのある人の中で、一番。そう言えるくらいには、彼は優しい。

 こんな人が家族だったらと。そう想ってしまう位には。




という事でルーシーの過去判明&ギフテッドの発現条件判明。

きっと本編だともっと言及されるのは後になるのであとがきでちゃちゃっと発現条件を簡単にまとめちゃいます。

ギフテッドを発現させるには『人生の分岐点で生き残るための否定をする事』と、それを行った際に現れる銃で『否定した内容に似た運命を焼却する事』です。ルーシーの場合は『家族』を否定したため、その先の未来で家族ができる可能性が閉じられました。なので彼女は将来、結婚もできず子供もできない事が確約されています。

ただ、ルーシーのギフテッドは発現当初と比べて弱体化しています。その理由は……? という所で次へ次へと引っ張っていきます。
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