キャルト・ア・ジュエ   作:黄金馬鹿

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前回からの続き。そろそろこの話も終盤戦。


第二十九歩

 点滴は特に何かしらの大事件が起こることなく終わった。強いて言うならば、トイレに行こうとしたルーシーが針が刺さっているのを忘れて動いてしまったため針が抜けかけたり、そのせいで血がギャグのように噴き出したりとした程度だろうか。十分に大惨事だが本人たちが気にしていないので大惨事では無いのだろう。

 点滴を一本体に入れたルーシーの体調はここ最近では一番良いようで、顔色も見てわかる位には良くなった。というか、今まで顔色が悪すぎるのがデフォだったのでようやくマトモな彼女を見た、とも言えてしまうのだが。

 アルフへの相談、そしてスコールへの相談。最後に点滴も終えた頃には既に時刻は真昼間。朝はオープンカフェで取ったが昼はまだ食べていない。故に昼をまず食べる事にした。近くの、女の子が好きそうな喫茶店に入ってレオンがルーシーの分の注文もする。

 やはり彼女はあまり食べることが出来ないがために、頼んだのは昼食にしては少ないと言える程度のサンドイッチとコーヒーだけ。レオンはパスタだ。ライスと肉のセットにしようかと悩んだが、結局気分の問題でパスタになった。

 

「お昼は食べられそう?」

「我慢すれば、だけどね。あんまり多くは食べられないかな」

「まぁ、吐かない程度に」

 

 あんまり無理して食べて吐いてしまっては点滴した意味も無くなってしまうかも。いや、点滴をしたからこそ、食べる量が少なくとも平気なのかもしれない。そんな事を頭の片隅で思考しながら、最初に持ってこられた水を口に含む。暖かいコーヒーを最後に飲んだからか、冷たい水は自分の喉を潤してくれた。

 対してルーシーは視線をあっちこっちに。今まで引き篭もっていたからかこういう喫茶店は珍しいと思うのかもしれない。レオンもこういう店にはあまり来たことがない。フィルが入院中の間に、どこにどんな店があるのか散歩した時に偶々寄った程度だろうか。洒落た喫茶店なんて男一人で来るものではない。来るものでは無いからか、周りの奥様方のレオンを見る目が生暖かいのかもしれない。

 妹と食事をする兄に見えるのか、それとも恋人と食事をしに来た彼氏に見えるのか。それとも小さな子を誑かした犯罪者か女顔故に姉妹に見られているのか。どちらにしろ、正しい意味で自分達を見ている視線は数少ないだろうという事だけは確かだった。

 

「何か気になるものでもあったかな?」

 

 取り敢えず周りからの視線には一切の無視で答えることにして、目の前のお嬢様とのコミュニケーションを試みる事にした。耳を垂らした兎のお嬢様は小さくそんな事はない、と答えた。

 が、次にけど。と言葉を繋げる。

 

「こういう所、あんまり来た事なかったから……」

「何回かは来た事あるんだ」

「うん。姉さんと一緒に何度か」

 

 随分とあの刀を持った物騒な女性は妹想いだったらしい。引き籠りを脱却させるために色々としていたのだろう。

 主食の前に運ばれてきたドリンクを受け取りながらレオンはあの無表情淡白な抜刀斎が妹と笑顔でこういう喫茶店に来る想像をして少し笑ってしまった。

 

「あぁ、勿論姉さんの表情筋は死んでたよ?」

 

 そしてすぐに無表情の姉がこの子を引率しているのを想像して再び笑った。

 どうしてこの子はこうも人の内心を読んで笑いのツボを刺激できるのだろうか。軽く自制が効かなくなり、ちょっと待ってと手を向けて声を殺しながら笑う。中々にシュールな光景は彼の腹筋を破壊するには十分な威力があった。周りからの視線は多少温度が低くなった気がするが、若気の至りだ。許してほしい。

 初見の時は、とてもじゃないがフレンドリーな関係を築く事は無理な人だと思った。だが、その日の内に苦労しているんだな、と思った。そして最近に至っては表情筋死んでいるだけのシスコンという、何ともまぁギャグっぽい人間という立ち位置に収まった。本人は否定するかもしれないが。

 

「あー……何だか、残念な美人だなぁ」

「顔はいいのにねぇ。早く彼氏の一人でも見つければいいのに」

 

 ルーシーは笑いながらジュースを口にした。そしてふと思った。

 あれ? 姉が結婚すれば義兄が出来るけど、家族が出来る可能性を限りなく焼却しているのだから姉は一生結婚できないのでは? と。もう二度と考えないようにした。

 少なくとも金で雇い雇われた関係ではないボーイフレンドが一人いる分、姉よりはそこら辺は一歩先を行っていると、謎の優越感に浸りながら運ばれてきた食事を受け取る。

 

「あ、そっちも美味しそう」

 

 レオンが受け取ったパスタを見てルーシーが言葉を漏らした。

 ルーシーのサンドイッチも美味しそうではあるが、隣の芝はなんとやら。レオンは案外食い意地の張っているルーシーの言葉を聞いて小さく笑いを漏らしながら一つ提案をする。

 

「一口食べる?」

「いいの?」

 

 まだ口も付けてないしと。レオンはパスタの皿に一緒に乗ってきたフォークにパスタを巻き付けてルーシーの方へと向けて小さな口の中にパスタを放り込む。多少顔を顰めたようにも見えたが、すぐに美味しいと言葉が返ってきた。

 恐らく人から物を食べさせられるという行為も彼女のトラウマを刺激するような事だったのだろう。いや、スコールから少し聞いた話からしたら、物を食べさせられるという事がトラウマの原因なのだろう。それを望んだという事は、彼女自身もトラウマの解消は頑張っているのだろう。

 

「これ結構美味しいね」

「いや、そう言われましても僕はまだ食ってないのでね」

 

 苦笑しながらレオンも自分の口にパスタを運ぶ。値段の割には美味しいと思えた。

 周りからの視線が再び生暖かいような物に変わった気がするが、気にしない事にしてレオンは手に持っていたフォークを置いてから水に口を付けた。

 

「何だかこうやってると恋人みたいだよね」

 

 とルーシー。確かに、こうやって二人でゆっくりとしていると恋人に見られるかもしれない。が、レオンとルーシーでは兄妹が関の山だろう。レオンは適当な相槌を打ちながらパスタを口に運んだ。

 腹八分目に足りるか。ちょっと見ただけでは不安だったが、案外腹に溜まるためこのパスタ一皿で腹いっぱいにはなるだろう。ルーシーも外見通りの小さな口でちょっとずつサンドイッチを口に運んでいる。

 

「さっきのも、間接キスだ……し……」

 

 え? と聞き返しながらレオンが視線をルーシーに戻すと、ルーシーは笑顔のまま顔を赤くして固まっていた。何とも器用な事を、と思いながらもレオンも軽く顔を赤くする。まぁ年頃だしそうなるよね、とレオンは顔を赤くしながらこのフォーク、どうしようかと考える。

 このまま使ってたらルーシーは顔を赤くしたままだろうし、だけどフォークの替えはもう見当たらないしと。結局レオンがもう一口そのまま食べると、ルーシーは顔を赤くしたままそっぽを向いた。初心で愛い奴め、なんて呟いて見せたが、初心なのはレオンもなので人の事を言えない。あと周りからの視線が生暖かくなった理由も分かった。分かってしまった。

 

「まぁ僕は気にしないからあんまり気にしないでよ」

「……その割には顔が真っ赤だけど?」

「ははは、何のことなのか分からないかなぁ」

 

 とは実は顔が真っ赤なレオンの言い分である。

 結局二人が顔を扇いだりしてようやく元の顔色に戻ったのはこれから一分近く後の事であり、所詮は二人とも初心だった。それから食事を終えたのも大体二十分近く経った頃であり、三人の中では一番食べるフィルが居ないにしてはちょっと時間がかかった食事だった。

 しかし、この外出は今のフィルとは顔を合わせづらいから、ルーシーに付き合ってもらっただけだったのに、思えばかなりの時間がかかっている。というか色々とあり過ぎた。

 

「そういえば、フィルってお昼食べたのかな?」

 

 なんてルーシーが聞いてくる位にはフィルの存在を今まで忘れていた。

 その答えは、彼女とて、二か月以上前は一人で生きてきたのだから勝手に食べているだろうという、何とも言えない答えだった。レオンの答えにルーシーは少し不満だったのか、そうなのかな……? と首を傾げた。

 酒を飲んでいたら大参事かもしれないが、こんな真昼間から酒を飲むほど彼女も人間として終わってはいないだろう。ルーシーの疑惑の目を躱しながらレオンはそっと伝票を見た。二人で食事をしたにしてはかなり安価に収まってくれた。フィルと一緒ならもう少し金はかかっていただろう。

 

「さて、行こうか。他に何かやらなきゃならないことあったかな?」

「もう無いと思うよ? 早く帰ってフィルと顔を合わせたら?」

「……あぁ、それもそっか」

 

 多分、もう逃げられないなと思ってしまったからこそつい反応してしまった。ルーシーのニヤケ面が少しイラッと来たので頬を摘まんで伸ばした。もちもちで、よく伸びる彼女の頬の感触を楽しみながら、はてさて。どんな顔してフィルと顔を合わせようかと。

 こっちが何気ない顔して顔を合わせ、相手もそういう顔をしてくれたらそれで解決なのだが、もしもまたフィルが顔を赤くしたらこっちも顔を赤くしてしまい、結果的に朝の状況の続きをしてしまうかもしれない。レオンがそのせいで吐いた溜め息はルーシーの痛い痛いという声に掻き消された。

 

「どうすればいいかなぁ? ね、ルーシー?」

「相談には乗るから耳掴まないでぇ!」

 

 痛いと言われたので手を彼女の頭から垂れている耳に移動させたのだが、なるほど。中々に手触りが良い。思いっきり掴んでいる訳ではないが、優しくソフトタッチされるのはどうも背筋がゾクゾクするらしく、思いっきり嫌がっていた。が、煽ってくれた礼だとレオンは止めない。フィルの羽も中々に手触りが良かったが、彼女の耳も中々に手触りが良い。

 なんで獣人の獣としての部分はこうも触り心地がいいのだろうか、なんて思いながらレオンは渋々ルーシーの耳から手を離した。

 

「うぅ……じゃあ、とりあえずここから出ない? 周りの視線が……」

 

 掴まれたために毛並みがちょっと崩れた自分の耳の毛を整えながらルーシーは周りに少し視線をやりながら提案する。その声に導かれて周りを見れば、こちらを生暖かい目で見る幾つかの視線が……

 レオンとルーシーはその視線を感じ、今さらながら視線のせいで顔をちょっと赤くしながらそそくさと店を出ていった。

 

「もう暫くあの店行けないかも……」

「行く予定もないくせによく言うよ」

 

 ルーシーの言葉に若干の棘を含んだ言葉を飛ばせば、彼女の顔が少し膨れ、言葉の代わりにちっちゃな拳が飛んでくる。が、鍛えているレオンにとってその程度はくすぐったい程度で終わる。非力なルーシーと戦いを生業にしているレオンでは与えるダメージには決定的な差が出るのだ。

 だが、もしも彼女が太陽の光を克服できたのだとしたら、きっともう一度。今度はフィルと共に。

 

「……ん?」

 

 そんな事を考えながらルーシーと共に歩いていると、だ。空からさんさんと降り注ぐ日光の中で誰かが暴れているのが見えた。

 こんな天気のいい真昼間から元気のいい事だ、とレオンはそっとルーシーの手を引きながら怒鳴り散らすように発せられている声に少し意識を傾ける。

 

「いいから情報を寄越せっつってんだろうが!!」

「だからさっきから無理だって言ってんだろうが! 大体なんだギフテッドって! そんなもん知るか!!」

 

 ギフテッド。その単語を聞いてレオンの表情がこわばり、ルーシーが反射的にレオンの後ろに隠れた。

 片方は恐らく情報を売買することを生業としている男だ。そしてもう片方は、恐らく客。しかし、どうしてその単語を知っているのか。いや、どこでそれを知ったのか。

 そっとレオンがルーシーに声をかける。

 

「見覚えは?」

 

 その言葉に返ってきたのは、否定。あれは少なくともルーシーの関係者ではない。

 一瞬レオンは、アレがカスミの言っていたルーシーの本当の母親である娼婦が金か何かで雇った男なのかもしれないと身構えたが、恐らくそうではないのだろう。冷静に考えれば、ギフテッドはカスミが引き取ってから発現したのだから、相手側が知るわけがないのだ。

 ここは触らぬが仏だ。揉めている二人の男の周りを囲っている数人の野次馬にルーシーが触れないように、割れ物を扱う様にそっとルーシーを抱き寄せて大丈夫、と声をかけながらここから離れようとして。

 

「この野郎っ……! 手を出さないと思って嘘吐きやがって!!」

 

 恐らく情報を買いに来た男が、近くにあった椅子を振り上げる。恐らくそれを投げるつもりなのだろう。

 それを情報屋の男が避けたら、きっと野次馬連中に当たる。

 

「ったく、どうしてこうも!!」

 

 レオンが叫びながらキャルトを引き抜き、カードをスキャンするためにホルスターから飛び出した五枚のカードを手に取る。

 しかし、間に合わない。男はもう椅子を振り上げており、レオンがカードをスキャンする前に椅子は投げられるだろう。残念だが実害が出た場合は然るべき機関に全てを託そうとキャルトを下げようとして。

 レオンの懐からコートを脱ぎ去り白衣を身に纏ったルーシーを見てすぐにキャルトをもう一度構えた。

 

「オラァ!!」

 

 そして振り上げられた椅子がそのまま投げ飛ばされ、正面に居た情報屋の男がそれを避ける。その先には、これを野次馬しに来たのか。それとも先に進みたかっただけなのか分からない老婆がおり、当たれば確実に老婆は小さくない怪我をするのが目に見えていた。

 だが、その惨劇が訪れるギリギリで移動を間に合わせたルーシーが椅子に向かって裏拳を叩き込んだ。

 

「ッ!!」

 

 ルーシーの顔が痛みによって歪む。

 だが、椅子はそのままルーシーを弾き飛ばす事はせず、裏拳に触れた瞬間にルーシーのギフテッドによって椅子はそのまま砂へと変換され、ルーシーの体を砂だらけにするだけに終わった。

 

「な、なんだ今の……」

 

 情報屋らしき男が思わず口を開いた。そして、対する喧嘩を吹っ掛けた男が呆けた後、笑みを浮かべた。

 だが、その笑みはすぐに消える事になる。

 

『スペード1、ハート1、クラブ1。スリーカード』

「はい成敗!!」

 

 すぐさま人ごみの間を縫って飛んできたレオンのキャルトから生み出された矢が男の顔面にめり込み、そのまま爆発。男をそのまま吹き飛ばした。物理的な記憶の消去とついでにルーシーの行った事への印象を薄めるための故意による爆破だ。

 レオンはキャルトの周りでボウガンの形に固定されていた魔力をすぐに四散させてからルーシーのコートを回収。それを砂まみれで顔を青くしながら手を抑えているルーシーに被せてルーシーを回収する。

 

「んじゃ、僕たちこれで帰るんで! 僕があの人爆破したことは誰にも言わないでくださいね!!」

 

 わざとルーシーのギフテッドを隠すために大声で自分のアピールをしてからその場をそそくさと去っていく。

 だが、この状況は考えうる中ではかなりマズいパターンだ。何せ、ルーシーのギフテッドが不特定多数に見られたのだ。誰かに言っても信じられない程の光景ではあったが、もしもギフテッドの存在を少しでも知っている者が見たら確実にルーシーがギフテッドだとバレてしまう。

 そう考えて、すぐにその思考は一旦切り離す。今はルーシーの事が先決だ。

 

「ルーシー、大丈夫? 辛くない?」

「……う、うん」

 

 日光を直に浴びたルーシーの顔色は青空と同じような色合いになってしまっている。ルーシーが日光を浴びた所を初めてみたが、やはり相当辛いのだろう。そっとルーシーを抱きしめながらなるべく日陰を歩いていく。

 

「帰ろう。ルーシーは頑張ったよ」

「……うん。ありがと、レオン」

「お礼を言われる事なんて、何もしてないよ。お礼を言われるのは、ルーシーなんだから」

 

 頭を撫で、肩を抱き寄せ。なるべく人が安心できるような事をしながらルーシーを連れて家へと歩いていく。

 ルーシーを気遣うレオンの心の中には、小さいが無視できない火種が一つだけあった。

 ギフテッドを知る者にルーシーを見られた。あの爆発で忘れてくれているのなら助かるが、きっと覚えている。だから、これから先確実に一波乱起きる。ルーシーの細く小さな肩を抱きしめながら、レオンはこれから起こるであろう波乱に対する手を考えていた。




フィ「レオンとルーシーがラブコメしてる気がする……」

という事で実は結構アグレッシブなルーシーさん。咄嗟にギフテッドを使っちゃた代償は如何に……

ちなみに、もう書き溜めがありません。この話がかなり難産だったんです(言い訳)
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