IS〈インフィニット・ストラトス〉 紫雷の獅子王 作:天狗鞍馬
「……ふぅ……」
放課後、茜色に照らされた教室の中で1人、セシリアは小さくため息を付いた。一週間後のクラス代表戦に向けて情報収集に乗り出したはいいが、思ったほどの成果が出なかったのだ。
(これ以上は無理かしら……)
どうにか得ることが出来た機体データにもう一度目を通す。半透明のディスプレイには、機体の三面図が写っていた。まず目に付くのが、獅子を髣髴させる鬣(たてがみ)のようなヘッドセンサーに、そこから伸びる赤いマント状のリアガードの様な物。手足の装甲の五指からは鋭い爪が生えている。腰の付け根あたりに取り付けられた尻尾型のロボットアームは、尾先が鈍器のようになっていた。
これが蒼也の専用の近接格闘型IS《ヴァジュラ》である。このISの最大の特徴は、絶対的捕食者であるアラガミの1体、ヴァジュラを真似ていることだ。ヴァジュラは獅子の姿をした、体内から電撃を放出する事ができる強力なアラガミであり、それを模したこの機体はつまり、電撃を操作できるISと言う事である。
ここまで知れただけでも十分なのだが、欲を言えばさらにその先―――つまりは戦闘データが手に入らない。
(でも、まぁ……このぐらいの情報アドバンテージは安いものですわね。むしろハンデを付けた状態で勝てば―――)
~♢~
『わたくしの勝ちですわね』
『く、手も足も出ないだなんて……セシリア、強いんだな。悔しいよ』
『わたくしがこの強さであなたを一生守ります。ですから……結婚してください、蒼也さん』
『セシリア……』
『蒼也さん……』
そして二人の顔を近づけて――――――――
~♢~
「ふ、ふふ、ふふふふふふ……ハッ!」
妄想が一先ずの終わりを迎えたところでセシリアは現実に帰還した。にやけた顔をぶんぶんと横に振って元に戻す。
(兎に角、勝てばいいのですわ。勝てば。勝てば官軍とも言いますし)
よく分からない言い訳の様なものをしながら端末の電源を切って立ち上がる。出来る限りの情報は集められた。次にやるべき事は自分を高める事だ。
少し前にした妄想を現実とするために、セシリアはその足をアリーナへと向けるのだった。
~♢~
蒼也とセシリアの試合が決定した日から1週間後のIS学園の屋上は、晴天に恵まれ暖かな春の日差しが絶えることなく降り注いでいた。そんな中、蒼也は、
「蒼也ぁ!しっかりしろぉ!」
「寝ちゃ駄目よ!?寝たら死ぬからね!?」
「メディック!メディ――――ック!!」
「……衛生兵……衛生HEY!」
「簪さん!?何ふざけてますの!?」
絶賛、死にかけていた。
身体は某ボクサーの如く真っ白になり、左手の親指が立っている。どうやら『美味かったぞ』というサムアップをしたらしい。ついで右手で『犯人はサンドウィ――――』と犯人から見えないよう吐血した際の血でダイイングメッセージを残していた。
ちなみに犯人は、飯マズ国ことイギリスの代表候補生、セシリアである。
「セシリア……どうしてこんな事を……」
「今日の試合で勝つためにこんな事を……違うわね、それなら試合前に回復する可能性があるし……じゃあ何のために……?」
「……織斑先生より早く逆【検閲により削除】するため?」
「「それだぁあ!!」」
「そんなわけないでしょう!それにちゃんと本通りに作りましたわ!」
「……あー、なんとなくオチ読めたかな。セシリア、もしかして本の『写真』通りに作ったの?」
「そうですわ」
ドヤ顔で答えるセシリア。それに対しての4人の反応は、
「セシリア、二度とキッチンに立たないでね」
「な、何故ですの!?」
「……大丈夫、初めは皆そんな物」
「ならその憐みの目は何ですの!?」
「マズ飯ばっかり食べてるからそうなるのよ」
「そ、そんなことはありませんわ!そうでしょう、箒さ、」
旗色の悪くなったセシリアは箒に助け舟を頼もうとするが、箒がいた方向を向いた瞬間に、ぴたりと動きが止まる。何だ何だと残りの3人がセシリアの向いた方を見ると、そこには気絶した蒼也の顔を両手で支え、まさにキスしようとしている箒の姿が。
「!」
「……一応言い訳を聞いてあげるわ。何してるの?」
「……じ」
「「「「……」」」」
「人工呼吸の練習を……」
「「「「判決、死刑」」」」
「く……良いのか貴様ら。この程度で死刑を下していては、」
「……却下」
「言い訳無用だよ」
「聞く耳持ちませんわ」
「そもそもあんたに発言権があると思う?」
「……良いだろう、ならば戦争だ。行くぞ、貴様ら。蒼也への愛の貯蔵は十全か―――――!」
「はっ、思い上がったわね!箒ぃいいいい!」
こうして、余りにもバカバカしい戦いは始まった。
この後5人は呼び出され、千冬から出席簿アタックを喰らったのは言うまでもない。
~♢~
「あら?逃げずに来ましたのね」
所と時間が変わって第三アリーナ。戦闘開始の鐘が鳴ってから数分経過し、ようやくアリーナのピットから現れた蒼也を見て、セシリアが満足そうに鼻をふふんと鳴らしながら腰に手を当てる。
「あまりに遅かったから、逃げたのかと思いましたわ」
「ごめん。ちょっと古馴染みから連絡があってさ、その対応に時間かかってね」
「あら、わたくしは二の次なんですのね」
「う……ごめん」
蒼也がしょんぼりと頭を下げて謝罪する。セシリアはそれを優雅な微笑みで受け入れた。
「別にかまいませんわ。代わりに、今日は足腰立たなくなるくらい踊っていただきます。素敵な
「それは楽しみだね……足腰立たなくなるのは勘弁してほしいけど」
セシリアが纏っているのは、鮮やかな青色の機体のIS《ブルー・ティアーズ》。特徴的なフィン・アーマーを4枚背に従え堂々としたその姿は、どこか王国騎士のような気高さを感じさせる。
そしてそれを駆る彼女の手には2メートルを超す長大な銃器、六十七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》が握られていた。ISは元々宇宙空間での活動を前提に作られているので、原則空中に浮いている。そのため自分の背丈より大きな武器を扱うのは珍しくないことだ。
「それじゃあ―――――」
「ちょっとお待ちになって」
「?何さ?」
「ええ、一つお聞きしなければならない事がありますの」
蒼也に向けられたのは華のある、綺麗な笑顔。しかしその目からハイライトが消え、背後には般若的なものが見えた。蒼也は瞬時に『あ、これ下手な回答したら死ぬわ』と悟る。
「誰と、どぉんな、お話をしていたのですかぁ……?」
「えと、ドイツの知り合「チェストォオオ!」あぶなーっ!?」
ビシュン!と迫るレーザーをマトリックスの体制を取って回避した。遅れてISから警戒と警告のアラームが鳴り響く。この時、某国某所の研究所で、
『ISの感知速度を超えた!?ならその上を行くシステムを作っちゃうんだよー!』
というウサミミつけた天災の声がしたそうな。
「ちょ、いま眉間狙ってこなかった!?」
「お死になさい!現地妻を作るような浮気者はお死になさい!私という妻がありながらぁ―――――!!」
「駄目だ、話が通じない!?」
「―――――――というのは冗談ですわ」
けろっ。という擬音が付きそうなほど自然にセシリアがいつもの調子に戻る。いきなり180度態度が変わったことに観客全員がずっこけた。
「じゃあなんで頭狙ったのさ!?ただでさえ悪い頭が、さらに悪くなったらどうしてくれる!?てか、妻にした覚え無いし、知り合いも現地妻じゃないし!」
「特に意味は無いですわ」
「撃たれ損だ!?」
「でもそのお知り合い、女性なのでしょう?」
「何で確定してるのさ!?いや、まぁそうだけど!」
「あら、そうでしたの。
――――なら、お死になさい。そして踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
「理不尽すぎる!」
セシリアはブルー・ティアーズに取り付けられていた4機の自立起動兵器『ブルー・ティアーズ』を起動させた。『ブルー・ティアーズ』――以下ビット――とセシリア自身が同時に射撃する。ビットから4発、ライフルから1発、計5発の弾丸が蒼也に迫った。
だが、蒼也は焦る事無く、5発の弾丸を回避する。機械的な直線の動きと、動物的な曲線の動きを混ぜ合わせたような回避だった。
「せーのっ!」
全弾回避した蒼也は、アリーナの地面を勢いよくぶん殴る。固められた土で出来ていたそれは小規模なクレータになりながら砕け散り、砂煙が周りに充満していった。
(目くらまし……ですの?)
考えられるとすれば、それだ。ISのハイパーセンサーでも感知する際に『邪魔なもの』があればその精度は少なからず落ちる。だがそんな行動は無駄に近い。現に、位置と距離は再感知している。
一連の行動に理解できず、セシリアが首をかしげた瞬間――砂煙を吹き飛ばしながら、『何か』が飛来した。
セシリアはそれを本能的に右に飛行して躱す。が、少し行動が遅かった。自身には当たらなかったが、背に従えた四枚のフィン・アーマーのうち、一枚が大破する。それだけでは終わらず、超高速で飛来した『何か』の衝突によって発生した衝撃波によって、そのままアリーナの壁に叩きつけられた。
「――――――――――!」
耳障りな警報が『ブルー・ティアーズ』から鳴り響く。……今分かった。先ほどの行為は目くらましではない。エネルギーの消費を抑えるための『弾』を作るためだったのだ。『無ければ作ればいいじゃない』と言う軽い気持ちでやったのだろうが、やられた側からすれば堪ったものではない。
(め、めちゃくちゃすぎますわ……!)
アイエスには様々機能があり、その中にはパワーアシストの様な物もある。だがそれを差し引いても―――この威力は異常だった。
―――警告。ロックされています。
ブルー・ティアーズから警報が鳴った。それに気づいたときには、蒼也はセシリアに追撃をかけるためにほぼ目前で右手を振りかぶっている。それを見たセシリアは全神経を集中して、一番近くに浮遊していたビットを盾代わりに間に割り込ませた。が、
「うらぁ!」
ただの右ストレート。しかし、その一撃で殴られたビットは、轟音と共に木端微塵に破砕した。
(ほ、ほぼ素の腕力でこの威力ですの!?)
素早く離脱しながらそう思う。更に言ってしまうなら、蒼也はまだ電撃を使っていない。つまり、本気をまだ出していない。もし彼が本気を出していたら、それこそ羽虫や蟻をつぶすように、一瞬で済んでしまうだろう。
―――――余りにも圧倒的すぎる。
―――だが
「―――――ふふっ」
――――――だが、楽しい。
苦戦から生まれる焦りで、判断を間違えそうになる。
焦燥感によって心の余裕が少なくなっていく。
けれど、思い人と競い合えるのが、それらを上回るほどに、たまらなく楽しかった。
「さあ、踊りましょう!まだまだ
「生憎、踊りの学は無いんでね。素敵なエスコートをお願いするよ!」
美しい蒼の光弾と、蒼白く輝く電撃によるぶつかり合いが始まった。