快晴である。
誰が何と言おうとも快晴である。
十六夜が出立するその日は、そう叫びたくなるほどの快晴であった。
気の早い太陽のおかげで早朝だというのに朝靄すら遠慮している。
そんな心地よい陽気の中、十六夜は一つの荷物を抱えて走っていた。
学院の中ではない。
アルビオンに続く道のりを、である。
すでに出立したのだ。
学院にはアンリエッタが厚意で付けてくれるという護衛がそろそろ着いたはずだが、当然のように放置。
今頃立ちすくんでいることだろう。
「あばばばばばば」
荷物が悲鳴を上げている。
荷物は生き物なのだ。
それもデルフリンガーのようなインテリジェンスソードではなく、一人の人間―――ギーシュだった。
馬などより何倍も速く移動しているのだから肩に担がれている彼は正しく死にそうな思いをしているはずだ。
「ちょちょちょちょっと、はは速さをおおお抑えられないのかね!?」
「これでもだいぶ抑えてるつもりだぜ?無理ならここに置いてくが?」
「ばばば馬鹿言うんじゃないよ君!ぼぼ僕がそんなにやややわなわけないじゃないか!」
どもっているというより風圧で声が割れているが、ギーシュの覚悟は確かなようだった。
トリステインの貴族、特にその子女は王室への忠誠心が強い。
王女様が困っている姿を見せたのだ。
誰が黙って見ていられようか!
というのがギーシュの気持ちであった。
そんな覚悟を察している十六夜もギーシュを止めず、同行を許可したのである。
何より、土のメイジであるためいざとなれば作り出した青銅で身を守れるだろうというのが大きいが。
十六夜はニヤリと笑い、ギーシュに更なる爆弾を投下した。
「上げるぜスピード!」
「へ?――――ぎゃあああああああああ!」
もはや音速近い速さまで加速する。
ギーシュの意識はそこで途切れ、そこから先の地獄を知らない。
それはある意味幸せなことだったのかもしれない。
* * * * * *
「これは一体どういうことかな?」
場所はトリステイン魔法学院校門前。
二十代後半ほどの軽く髭を生やした美形の青年が呆然と立ち尽くしていた。
彼の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
通称『閃光』のワルド子爵。
言うまでもなくアンリエッタが手配した護衛であった。
腕を買われてアルビオンに赴く大使の護衛を任されたが、合流地点に来てみれば誰もいない。
寮の人間に伝言を頼んでもう1時間も経つことから寝ているというわけでもなさそうだ。
「もう行ってしまったのか?」
その可能性が高い、とワルドは判断した。
だとしたら急いで追いつかねばならない。
そして、いざグリフォンに跨り飛び出そうとした時、思いもよらない声が彼の耳に届いた。
「ワルド様!?」
慌てて振り向くとそこには桃色の髪を持つ彼の婚約者である美少女―――ルイズが目を丸くしてワルドを見ていた。
「ルイズ!僕のルイズ!久しぶりだな!」
ワルドは人懐っこい笑みを作ってルイズに駆け寄り、抱き上げた。
これが日本なら間違いなくセクハラでお巡りさんの登場である。
しかし、抱きかかえられたルイズは頬を染めていた。
その光景は「チッ・・・リア充が・・・・・・」と毒づかれても文句は言えない。
「お久しぶりでございます」
「相変わらず軽いな君は!まるで羽のようだね!」
「・・・お恥ずかしいですわ」
桃色空間である。
熱いし甘いしであっぷあっぷである。
「ワルド様はどちらに?」
「殿下に大使の護衛を命じられたのだが・・・・・・何か知らないか?」
ワルドの問いを聞いたルイズは一瞬悲しげな顔をする。
それが気になり問い詰めようとしたが、その前にルイズが口を開いた。
「わたしもつれていってください」
「ダメだ。一応危険な場所に行くのだから」
「お願いします!」
「危険だ」
「自分の身くらい自分で守ります!」
「本当に危険なんだ」
「少しは役に立ちますから!」
「・・・どうしてもかい?」
コクリと頷くルイズ。
ワルドは諦めたように溜息をついた。
「仕方がない。今回だけは許可しよう。でも、僕のそばから離れてはいけないよ」
「ありがとうございます!」
ワルドはルイズの熱意に動かされたのではない。
そもそも会った時点で連れていくつもりだった。
それは婚約者を思ってのことではなく、単純にそっちの方が便利だからである。
そこに情や思いやりは存在せず、利己的な計算しかないのだ。
* * * * * *
速すぎる。
韻竜シルフィードに跨り大空を駆けるタバサの胸中にはその言葉が渦巻いていた。
十六夜に追われたあの黒ずくめの男も同じように感じていたに違いない。
馬の何倍もの速さを誇るシルフィードが追いつくどころかどんどん引き離されているのだ。
おそらく十六夜はこれでもまだ駆け足程度なのだろう。
まともな生き物の脚力ではない。
後ろに同乗しているキュルケも呆気にとられてタバサを急かすこともできないでいた。
「やっぱりダーリンってバケモノよねえ」
気を紛らわすためだろう。
キュルケが唐突にそんなことを言ってくる。
「頭は人並み外れていいみたいだし、身体能力に至ってはあの通り。もしかしたら世界最強なんじゃないかしら?」
タバサは否定できなかった。
確かに十六夜なら魔法衛士隊が束になってかかっても歯牙にもかけないだろう。
それくらいの実力は遠目からでも判断できる。
タバサの勘でしかないが、黒ずくめの男と戦っていた時でさえまだ全力ではないとさえ思える。
十六夜の力がどこからきているのかはわからないが、ただ一つ言えることはあれは努力で至ることができるレベルではないということ。
辛うじてタバサが見えた動きからして武術の類は見受けられなかった。
100%完全に才能だけで戦っている。
突然変異というものかもしれない。
「でも、将来ダーリンと結婚する人ってかなりオトクじゃない?あれだけの力と頭があればどの国からも引っ張りだこでしょうし、自力で稼ぐことも権力を得ることもできるでしょうから、その辺の大貴族なんかよりずっと将来有望よ」
性格に難があるから無理。
と、タバサは考えるが口には出さない。
この惚れっぽい友人が十六夜に対して割と本気なことを理解しているからだ。
でなければ「ダーリンが出かけたみたいだからシルフィードで追いかけてよ」なんて頼みは無視していただろう。
「あーあ、ライバル多そうで憂鬱」
そうぼやくキュルケだが、タバサはそんなに心配していない。
本来キュルケは男の方から寄ってくるような女だし、飽きてしまう可能性も高いというのが理由であった。
「あ!見て!ダーリン止まってる!」
キュルケの指さした方を見ると、確かに十六夜は立ち止っていた。
距離の差のせいで米粒ほどにしか見えないが、町の前で何か考えているようだ。
「シルフィード。近づいて」
指示を受けたシルフィードが進路を下方に修正する。
吹き飛ばされそうな風圧を全身で受けながら、タバサはじっと十六夜を見つめていた。
でももうすぐ終わるぜ春休み!