視界が復活した時、十六夜が初めて目にしたのは知らない場所だった。
文明都市東京のような科学の匂いは感じられず、古き良き日本家屋があるわけでもない。
どちらかというと中世ヨーロッパのような古めかしいイメージを持たせる建物が十六夜の目の前にあった。
というか、どう見ても中世ヨーロッパの建物と酷似していた。
(ここはどこだ?建築物からしてヨーロッパか?それにしても何だ、あの奇妙な格好の奴らは)
十六夜の周りでは丈の長いローブを着こんだ少年少女が何やら騒いでいた。
現代のものとは思えない怪しい格好もさることながら、話している言葉も全く理解できない。
(何言ってやがる?少なくとも英語じゃねえな。ていうか、俺の知ってる言語にはねえぞ。地球の言葉なのか?)
頭脳派である十六夜の頭をもってしても理解できないことばかりだった。
十六夜は注意深く周囲を観察する。
よくよく見れば、頭髪が砂漠化しつつある中年の男性に何やら抗議している桃色の髪の少女を周りが笑っている様子が見て取れた。
見ていてあまり気持ちのいい光景ではない。
どうしたものかと十六夜が考えをめぐらしていると、少女は講義を中断して、意を決したように十六夜を見る。
(何だ?)
十六夜はサッと立ち上がり軽く構える。
このような状況で自分に向かって来る相手を警戒しないのは愚か者である。
少女は十六夜の警戒をどこ吹く風というように近づいてくる。
足取りに若干の迷いはあるものの、決意を曲げる気はないようだ。
十六夜は少女の目を見て、敵意がないことを確認する。
(こっちを害する気はないようだが・・・・・・)
何かを嫌がっている気配は感じる。
ついに少女は十六夜の目の前までたどり着いた。
文字通り目と鼻の先である。
身長差があるため、少女が十六夜を見上げる形になっているが。
少女はムスッとした顔をして十六夜の額に木でできた棒のようなものを当てると、何やらつぶやきだす。
(面白そうだ。静観してみよう)
一体何をしてくれるのだろう?
十六夜の期待は膨れ上がる。
少女はブツブツ言うのをやめると、背伸びをして十六夜の唇に自分のそれを近づけ始めた。
表情にはあまり出ていないものの、流石の十六夜も驚く。
(この桃チビは魅力的だが、いかんせん俺の趣味じゃねえ。それに好き勝手されるのは面白くねえ!)
十六夜は足に力を入れ、勢いよく跳び退こうとする。
しかし、それは失敗に終わった。
(おい、どういうことだ、こりゃあ?体が動かねえぞ)
原因は不明だが、十六夜の身体はまるで石になったかのように動かない。
何か理解不能の力で押さえつけられているようだった。
(この桃チビの仕業か?それにしては前兆がなさすぎだぜ?)
そうこうしている間に少女の唇は十六夜の唇を奪った。
十六夜は諦めたように体の力を抜き、流れに任せてみる。
少女の唇が離れたと同時に、金縛りは解けた。
同時に妙に体が熱くなるが十六夜は目の前の興味対象に集中して気づいていない。
「終わりました」
少女の上品な声が聞こえた。
少女は顔を真っ赤にしている。
しかし、そこは重要ではない。
言葉が理解できたことが重要なのだ。
「へえ、どういうカラクリだ?」
十六夜は興味深そうにつぶやいた。
あのキスに何らかの意味があったのだろう、と推測する。
伝説とかに存在する魔術か、と考える。
だが、十六夜は自分自身以外にそんなファンタジーは存在しないと知っていた。
「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」
中年男性が嬉しそうに言う。
(『サモン・サーヴァント』?直訳すると『召使召喚』になるが・・・・・・まさか俺は召喚されたってのか?)
十六夜はそう答えを出すも、現実味のない結論に納得がいかない。
「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんてできないって」
周りの少年たちが笑いながら囃し立てる。
「バカにしないで!わたしだってたまには・・・・・・」
「オイ、桃チビ」
「誰が桃チビよ!平民のくせに!」
「平民?ハハッ、俺が平民だってならお前は何だよ?まさか貴族サマってか」
「そうよ!わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、れっきとした貴族で、平民なんかがバカにしていい相手じゃないの!」
「マジかよ?貴族、貴族ねえ、ということはここはヨーロッパか?」
現代日本に貴族はいない。
「ヨーロッパ?何よそれ?ここはハルケギニアよ」
「ハルケギニアだと?そんな地名、地球にはないはずだぜ」
十六夜は頭を捻る。
(俺の記憶が確かなら金糸雀でさえ知らなかったはずだ。なら、ここは異世界ってことか?)
そう結論付けると十六夜の様子は一変していた。
抑えきれないほどの歓喜に顔が歪んでいる。
無理もない。
ようやく恋焦がれていた面白い事に出会えたのだから。
「何よ、あんた。気持ち悪いわね」
「ヤハハ、気にすんなよ。ちょっと我慢できそうにねえだけだ」
これからどうしようか?
いや、どうこの世界を楽しもうかと考え始めた矢先、
先ほどの中年男性が近づいて来て、十六夜の手の甲を見つめる。
「何だよ、おっさん。男に見詰められる謂れはねえんだが?」
「気にしないでほしい。・・・・・・ふむ、珍しいルーンだな」
言われて初めて十六夜は自らの手の甲にルーン文字が浮かび上がっていることに気付く。
記憶を探りながらそのルーン文字を読み解いてみる。
(・・・・・・・・・ガンダールヴ?魔法を使える小人って意味だったか?)
中年男性は立ち上がって少年たちに声をかける。
「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」
中年男性は踵を返すと、驚くことに宙に浮いた。
見てみると他の少年たちも浮いている。
「ルイズ!お前は歩いて来いよ!」
「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」
笑いながら口々に叫んでいる少年たちの声をバックミュージックに十六夜は笑った。
それはやがて心からの爆笑に変わる。
「ヤハハハハハハハッ」
心の中で少年たちに恨み言を言いながら、ルイズは呼んでしまった使い魔に怪訝な視線を向けていた。
ちょっと、十六夜のキャラが大人しくなってしまっている気がします。