蜘蛛   作:冬輝

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1章

 僕の母はとても美人で、みんなからいいなあって言われるんだ。

小さいときから自分の自慢話の時は母の名前を出していた。明音。名前の通り明るくおしゃべりな人だった。

僕がちょうど10歳のときだった。引っ越すことになった。

今のアパートも好きで隣の家のトイプードルのマロンが大好きだったからちょっと寂しい気もしたが、楽しみだった。マロンとは引っ越しても会いにくればいい。

いろんなモデルルームや家具を見て回りこんなおうちがいい、こんなカーテンがいい、一人部屋にしたい、弟と同じ部屋がいいなどとわがままをたくさん言っていた。引っ越しの話が出てから母さんのおなかには弟がいることを聞かされていた。もう35歳になる母の体には負担が大きすぎるような気もするが、弟ができることは引っ越しと同じぐらい嬉しかった。父さんには日曜日にしかほとんど会えなかったため引っ越しの準備は母さんと二人でやっていた。日曜日ぐらいゆっくりしたらと母さんはいつも父さんを気遣う。それでもよかった。学校が帰りに母さんと一緒に出掛けるといつも父さんには秘密と言ってお菓子を買ってくれていた。嬉しかった。だから父さんの前で引っ越しの話が出るとちょっとだけ気まずいようなむずがゆい感じがした。

 

 

 今日は日曜日。父さんがいる。

「優作、動物園に行かないか」

突然だった。行きたいと元気に返事をしたら今日は男だけだといって母さん抜きで二人で出かけることになった。動物園も楽しみだったが、父さんと二人きりなんて母さんがインフルエンザで倒れて二人でご飯を買いに行った去年の冬以来だった。

車の中では僕の友達はどんな人なのか休み時間何しているのか、算数が得意だけど国語は全然できないこと、どんな女の子が好きなのか、いろんな話をした。動物園なんて全く遠くなかった。

動物園の中はすごく広くてたくさんの動物がいた。ライオンが見たかったけどおしっこにかからないように注意してくださいと看板が立っていた。おしっこは嫌だと言ってライオンが間近で見られる建物には入らず遠くから眺めていた。

お昼はカレーを食べた。食券を買って並んでカレーを買った。いつも母さんが作ってくれるか買ってきてくれるから並ぶことも楽しかった。少し辛かった。父さんは水飲んで耐えろ、男はそれぐらい絶えないと強くなれないぞといった。頑張って完食した。父さんはそれでこそ男だと言ってくれた。

全部見て回った後、車で近くのイオンに行きアイスクリームを食べた。おもちゃコーナーに行き次の誕生日の品定めをした。

駐車場に戻るときにペットショップを通った。犬は飼いたいと思ったことはあっても言ったことがなかった。マロンにしばらく会えなくなるから飼いたいと言ったらもしかしたら次の誕生日に買ってくれるかもしれない。父さんに言ってみよう。

「犬飼いたい」

ドキドキした。父さんの顔を見る。

「世話できるのか。散歩するんだぞ」

「できる」

「なぜほしいんだ」

「マロンに会えなくなるから」

「ひとりが寂しいのか」

父さんは犬を飼う理由がわからないらしい。

「寂しいけど弟ができるからもう大丈夫。マロンみたいなペットがほしいだけ。次の誕生日は犬がいいなあ」

父さんの顔を見た。こっちを見ている。

「帰るぞ。犬はまた今度だ」

だめだった。帰ったら父さんは母さんと話をするから部屋にいろと言ってきた。犬の話だ。間違いない。聞き耳を立てたかったが疲れて眠かった。いつの間にか寝てしまっていた。

次に起きた時は車の中にいた。母さんが運転していた。

「母さん、どこ行くの」

「ごめんね」

なぜ謝られたのかよくわからなかった。

「何が食べたい」

「んーハンバーグ」

ついたのはおしゃれなホテルだった。おいしいハンバーグをホテルの部屋まで持ってきてもらってそこで食べた。今日はここで寝るらしい。僕たちがそこにいる理由もそこに父さんがいない理由さえ聞いても答えてくれなかった。次の日は学校だった朝早く母さんと家に行くと父さんはもう会社に行っていた。

学校に行き、授業を受けた。やっぱり国語の時間は何もできない。文章を読み上げるのが苦手だ。音読の宿題なんてまともにやったことがない。

帰り、途中に母さんがいた。買い物の帰りらしい。反抗期はまだ迎えてなかったので、母さんのことは大好きだった。もちろん父さんも。

家に帰ると座ってと言われた

「これから大事な話をするからよく聞いてね」

「うん」

「父さんとはもう一緒にいられないの」

「なんで」

「父さんは母さんに暴力を振るの。母さんこのままじゃ怖くて夜も眠れないの」

「え、父さんが母さんを殴ったの」

父さんが?ありえない。

「そう」

「父さんが?」

もう一度聞いたが返事は同じだった。父さんが怒っている姿はほとんど見たことがない。でも想像はできた。絶対怖い。

「荷物をまとめなさい、今日家を出るわ」

え?理解が追い付かない。とりあえず言われた通り必要最低限の荷物をカバンに詰めた。旅行にでも行くようなドキドキ感もあった。荷物ができた。教科書はどうしたらいいのかと聞いたら教科書も持っていくらしい。重すぎるから今度取りに帰りたいと言った。紙袋に入れて車に何回か分けて積んだ。家出とはこのことをいうのか。それから小さなアパートなのかマンションなのかわからないところで暮らすことになった。

「父さんを見たら絶対に逃げなさい。何されるかわからない」

一気に父さんが怖くなった。同時に何を考えているのかもわからなくなった。

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