呑気な悪魔の日常   作:ケツアゴ

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思いついたら書かないと落ち着かないんです

続きは未定


プロローグ

 冥界のとある貴族の屋敷にて、豪奢なドレス姿で赤ん坊を抱いた女性が一人の少年に視線を向けながら微笑んでいた。ただ、その目には一切の慈愛の類は宿らず、寧ろ憎しみさえ感じるほどだ。

 

「……人間の学校に通え? 何でまた」

 

 女から告げられた言葉を聞いた周囲の使用人達の表情に驚愕の色が浮かぶ。だが、質問をする時の少年は怪訝そうにしていながらも動揺した様子はなく、女はそれが癪に触りながらも表面上は取り繕っていると、少なくとも本人はそう思っている様子だ。

 

「グレモリー家やシトリー家の令嬢も個々の事情で通っています。魔王の妹との交流の方が冥界で貴族の学校に通うよりも役に立つでしょう。既に手配は済ませています。では、もう下がって宜しい」

 

「そうですか。では、失礼致します」

 

 女は冷淡に告げると少年を少しでも視界に入れたくないとばかりに背を向ける。この言葉にも少年の事を想う気持ちは微塵も感じられず、寧ろ悪影響こそ望みとさえ思えるほどだ。だが、それでも少年は眉一つ動かさずに女の背に一礼すると出て行く。何一つ彼女には期待などしていない。そのような気持ちが現れているようだ。

 

 ただ、女の腕の中の赤ん坊が肩越しに自分に手を伸ばした時、その時だけは無表情だった少年の口元に笑みが浮かんでいた。

 

 

「……まずはこれで良し。この家はお前の物よ。あんな奴、お母様が消してあげるわ」

 

 少年が去り、使用人達を強い口調で追い出した女は腕の中の我が子に笑みを向ける。その瞳には野心の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「若様、申し訳ございません。あの様な女に好き勝手させ、あまつさえ若様の将来に……」

 

 女の部屋を追い出された老年の使用人、服装から執事だと思われる彼は悔しさを滲ませ、無力感で拳を震わせる。周囲の使用人達も似たような様子で、少年に対する憎しみさえ感じさせる女の言動に憤りを感じていた。

 

「亡き旦那様もどうしてあの様な者を後妻などに……」

 

「あっ、うん。大丈夫大丈夫。社交界には顔出すし、僕より皆が注意してね。あの人に追い出されたら寂しいからさ」

 

 だが、悲痛な表情を浮かべる使用人達と違い、少年だけは飄々とした様子で気落ちした風には見えない。寧ろ使用人達の心配をするなど余裕すら感じさせた。

 

「あの人が僕を邪魔に思っても仕方ないよ。自分が産んだ子が可愛いのは当然だからね。僕だって妹が可愛いし、近寄るのを嫌がるあの人の目を盗んで相手をしているけど、最初に喋ったのが『にぃに』だから参ったよね」

 

 継母が自分を憎み陥れようとしている事を気にもせず、嬉しそうに異母妹の事を話す少年の姿に落ち込んでいた彼らも明るさを取り戻す。まだ手遅れになった訳ではないと安心感さえ感じていた。

 

 

「これから大変だけどさ、いつか、きっとどうにかなる。だから家のことは任せたよ。僕のことは眷属に守って貰うから、君達には僕が帰る場所を守って欲しいんだ」

 

「お任せ下さい。若様の居場所は無くなりません。私達が無くさせや致しません」

 

 相手は家の実権を握り、自分達は使用人に過ぎない。だが、少年に後を任された途端、立ち向かう勇気が、希望が彼らの中に湧いてきた。少年がそれだけ慕われているのか、それとも一種のカリスマ性の類なのかは分からない。確かなことは互いに相手を心配し大切に想っているという事だ。

 

 

 

 

 

「あの人も懲りないなあ。雇うお金だって馬鹿にならないだろうにさ。借金とか無理な徴税とかはしていないみたいだからひとまず安心だけど。悪評が広まったら困るよね、うん」

 

 月日は流れ二度目の春を迎えた頃、刃傷騒ぎとは無縁そうな地方都市の一角で異様な光景が繰り広げられていた。学生の下校時刻という時間帯にも関わらず妙なほどに人気がないその場所に集まったのは覆面で顔を隠した集団。手に持つ獲物は毒が塗ってあるのか怪しい光沢を放っている。そんな者達に殺気を向けられながらも少年は呑気に呟くだけで臆した様子を欠片も見せない。

 

「ザナク・アルシエルだな。悪いが死んで貰う」

 

 目的を告げると共に暗殺者達の手元からナイフが投擲される。だがザナクは彼らを一瞥するだけで慌てた様子もなく、急所めがけてナイフが飛来し、全て同時に見えない壁に阻まれるようにして弾き返された。甲高い金属音と共に宙を舞ったナイフが地面に突き刺さった時、既に一人が動いていた。

 

(とった!)

 

 一切無音無動作の死角からの攻撃。手のダガーに塗られた毒はドラゴンの肉体さえ蝕むほどに強力な物。長年の経験から確実に仕留めたと確信して尚、彼は油断などしていなかった。ターゲットの死亡を確認する瞬間まで気を緩めなかったからこそ闇の世界で生きてきたのだ。

 

 

「ぐがっ!?」

 

 だからこそ、気付かれない筈の攻撃に対し、此方を見ずに放たれた裏拳を食らった彼は何をされたのか理解できなかった。一瞬真っ白になる思考。だが、瞬時に持ち直した彼は瞬時に後方に跳躍する事で体勢を整えようとする。その足が引っ張られる事によって地面に背中から叩き付けられる事になったのだが。

 

「しかし何度も刺客を送られたら流石に参るよね。お家騒動とか醜聞もいい所だし、商人と同様に貴族も信用と実績が必要だ。もみ消すのって大変だけど、君達は暗殺後の証拠隠滅とかアフターケアはしっかりしているかい?」

 

 命を狙ってきた相手に対し余りにも呑気な態度の彼は一見すると気が触れているのではとさえ思えてしまう。今回狙ってきた彼らも正気を疑っただろう。でも、彼は狂って等いない。この程度、慌てるほどの事と認識していない、それだけだ。

 

 そして暗殺者達に彼の正気を疑う余裕はない。先ほど背中から地面に叩き付けられた男の足に絡み付いているのは黒い炎。一切の光を飲み込むとさえ感じさせる、天に輝く太陽とは真逆の存在。それが残った全員の体を縛り付けていた。

 

「下手に探ってバックの組織を本格的に敵に回すのも、あの人を告発してお家騒動を広めるのも避けたいし……どうせ任務失敗で殺されるんだから構わないよね?」

 

「さっさと殺せ……」

 

 暗殺者達は命乞いをする事無く炎に全身を包まれ、悲鳴を上げることなく息絶える。炎が消えたとき、彼らの存在は肉が焼けたような匂い程度の痕跡すら消え去っていた。

 

 

「さてと、早く帰らなくちゃ流石に辛くなって来たな」

 

 ザナクは腕時計を填めた腕を見ると大急ぎで駆けていく。端から見ると帰路を急ぐ学生にしか見えず、先程までのことが無かったかのようだった。

 

「ただいまー」

 

 走ること十分、住居にしているマンションの扉を開けて中に入るなりザナクは息を吐き出す。その顔にはやや疲労の色が浮かんでおり、袖を捲ると黒蛇のような模様が存在していた。一見すると刺青かボディペイントだが、部屋の奥からドタドタ慌ただしい足音が響くと同時に眠っていた蛇が目を覚ましたかのように動き出して腕から抜け出した。

 

 シュルシュルと身をくねらせながら蛇は前進し、前方のドアが開くとバネのように跳ぶ。蛇が飛びかかったのは虚ろな瞳をした少女。カラスの濡れ羽色の髪を三つ編みにして病的にまで白い肌の幼い彼女は跳んできた蛇に臆した様子もなく立ち止まり、蛇はフリルの付いた白い服の中に潜り込んだかと思うと彼女の中に吸収されるように消え去った。

 

「ザナク、お土産有る? クリスはケーキが食べたい」

 

 無機質な瞳を向けたままザナクに近寄った彼女は顔を見上げながら両手を差し出した。それに対してザナクは呆れたようにしながらも鞄からプリンを取り出した。

 

「ちょうど購買で人気の手製プリンが買えたからね。クリスティ、何か忘れていないかい?」

 

「……あっ、うっかり。おかえり、ありがとう。プリン食べて良い?」

 

「良くできました。今度からは言われるより前にね」

 

 ザナクが自分の手にプリンを置くとクリスティは無表情のままコクコクと頷いて台所まで走っていくが、途中で思い出したかのように立ち止まって振り返った。

 

 

 

「忘れてた。今日から吸い取る魔力の量増やせって花月(かげつ)に言われてた」

 

「……それでか。妙に疲れると思ってたんだ。また暗殺者が来たし大変だったんだよ?」

 

「もしもの時はクリスが助ける。何も問題ない」

 

 クリスティの言葉に、事前に言ってくれなかった事にやや不満そうにしていたザナクは一瞬キョトンとし、直ぐに吹き出した。

 

「はいはい。たよりにしてるよ。お茶でも煎れようか」

 

「……ココア!」

 

「あー、僕もココアにしようかな? でもミルクティーも捨てがたい」

 

 バタバタと台所に向かうクリスティの後に続きながらザナクは台所へと向かっていく。この何気ない日常が幸せだと感じながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの女、今に見てな。アタシが絶対にぶっ殺してやるよ」

 

 ザナクのマンションの一室、他の部屋と違い和を基調とした部屋にて脇息に肘を置き、キセル片手に紫煙を燻らせる美女が不機嫌そうにしていた。浮世絵から抜け出てきた遊女を思わせる姿をしており、口元の黒子や動作一つ一つが婀娜っぽい。世界で一番嫌いな女の顔を思い浮かべながら憎々しげな表情になった彼女は手元に置いてあった三味線にそっと手を伸ばす。

 

「さてと、後でザナクの修行に付き合ってあげないとねぇ。この花月姐さんがみっちりしごいてやるよ」

 

 少しだけ機嫌が直った彼女は三味線を奏で始める。それは思わず聴き入ってしまいそうな程に素晴らしい音色だった。




さて、これで他のが書ける


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