リアスとライザーの婚約の破談だが、当然終わった事だから恨みっこ無し、という訳にはいかない。両家の関係の進展を念頭に置いていた貴族や商人は目論見が外れ、あの様な形での破談に怒りを覚える者は少なからずいる。マスコミによる大々的な批判は権力を恐れてか無かったが、民衆の中にも不満を持つ者は居ただろう。
だが、全て悪く働いた訳ではない。恩恵を受けた者達も確かに居た。フェニックスとの関係から今回の婚約が面白くなかった者達もそうだし、悪魔の本能か赤龍帝の力に魅せられた者もいる。そして、何よりザナクとレイヴェルだが、今回のことで元の関係に、いや、更に進んだ関係となった。
「……もう。意地悪なのですから」
朝日がカーテンの隙間から差し込む部屋のベッドの中、一糸纏わぬ姿のレイヴェルは上半身裸のザナクの右耳を引っ張りながら甘えた様な声を出す。今回の騒動を経て婚約者候補に戻るを通り越して正式に婚約者となったのだ。それが嬉しかったのか泊まりに来た結果、今の状況が出来上がっている。
「……もう朝? もう少し……」
そしてベッドにはもう一人の姿が。ザナクの左側で眠そうに目を擦っている。此方は下着を身に付けているが、ずれていて殆ど隠す役目を成していない。少しだけ勇気が足りなかった。三人が昨夜何をしたのかはお察しである。
時計を見れば朝食まで時間がある。汗やら何やらで臭うし気持ちが悪いからと脱ぎ散らかした服を着て風呂場に向かうべく部屋を出た途端、ザナクの背中に割と手加減のない張り手が叩き込まれて彼は前のめりに倒れ込む。背後には笑みを浮かべた花月が居た。
「いよ、色男っ! 生娘二人同時にいただくたぁいい身分じゃないのさっ!」
花月は言いたいことを言い終わったからか鼻歌交じりに去っていく。経験によるものか首尾がどうだったかは三人の様子を見れば分かり、色々と教えたかいが有ったかと上機嫌だ。恐らく今後は二人にも色々と教えようとするだろうが、抵抗しても無駄だろう。
「……何というか嵐のような人ですね、相変わらず」
「面倒見がいい人なんだけど……」
どうも花月には勝てる気がしないなと思いながら二人は浴室の扉を開けて中に入り、ザナクは続けて入ろうとして眼前でドアが閉められた。
「女だけの裸のお付き合いをしますの。後でお一人で入ってくださいな」
「……ごめんね、主様。男子禁制って事で……」
少なからず下心があったのは確かだ。実際、昨夜は花月に仕込まれた通りに二人を抱き、満足のいく結果となった。学生の身で懐妊となれば悪魔社会でも評判に響くので途中までで自制したが、混浴は期待していた。やはり彼もお年頃のようだ。
「ニャー!」
そんな彼を慰めるように方に飛び乗ってきたレティが頬を擦り寄せる。ザナクが指先で顎を撫でると気持ち良さそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「慰めてくれるの? ありがとう、レティ」
「ニャニャニャニャーン(訳:臭っ! 雌臭っ!! ねぇ、閉め出された? 閉め出されたの、ねぇ? 今どんな気持ち? プギャー! 慰めてやるから飯くれ、飯!)」
「くすぐったいから舐めるなよ、レティ。ほら、ご飯食べにいこうか」
レティは文字も言葉も理解するが、その言葉を理解できるのは桃十郎だけだ。彼が基本的に大ざっぱな故にレティの性格は伝わっていない。だが、その方が案外良いのかもしれない。
「ニャーニャーニャー(訳:肉! 今朝は肉の気分! 鶏肉より牛肉!)」
「今朝は何にしようかなー? あっ、買ったばかりの高級猫缶にしようか。最高品質の……舌平目!」
「……ニャフ(訳:オーマイガー……あっ、私は悪魔だった)」
ザナクがリビングに行くとバターと卵の香りが鼻を擽る。どうやら今朝のメニューはバターたっぷりの猟師風オムレツ、コーンスープ、クルミ入りの自家製パン、リンゴ入りサラダ、デザートは木苺のジャムが入ったヨーグルト。キッチンでは身長が足りないので体内から出した大蛇に乗って料理をするクリスティの姿があった。
「お早う、クリスティ」
「ん、もうすぐ出来る。クリスが持って行くから牛乳出して欲しい」
既にコップが用意され、ザナクは出されたコップに牛乳を注いでいく。各自の予定が書かれたカレンダーによると桃十郎は昨夜からアルシエル領の学校に行っており、指導を終えて帰るのは今日の夕方との事だ。クリスティもそれが分かっているのか人数分しか材料を用意せず、今リビングに居ないレイヴェル達の分はまだ作っていなかった。
「おはようございま
「ほら、アーシア。寝癖寝癖。今日も美味そうだな、クリス。おっと、おはよう」
続いてやって来たのは寝癖が付いたまま寝ぼけ顔のアーシアと櫛を手に彼女を慌てて追いかけるアレイシア。この場所では頻繁に見られる光景だ。主であるギアの計らいでアレイシアと同じ学校に通えるようになったアーシア。彼女はとても忙しい毎日を送っていた。
まず、学校に行き、不慣れな文字の読み書きに四苦八苦しながらも作ることが出来た友人達と一緒に過ごす。お昼休みにはクリスティが主に作る弁当をザナク達と一緒に食べながら悪魔に関わる事について話す。そして放課後、彼女はいったん冥界へと向かうのだ。
傷の内部や表面に異物がある場合どうなるかなど神器の研究や大勢の怪我人を癒やす際の重度による優先順位の付け方、力を温存する為に神器を使わない応急処置の方法や、心肺停止を初めとした傷の治癒では治せない状態の対処方法。後は危険を回避する為に防御のための魔力の訓練等々、救護部隊の見習いとしての勉強を行っている。
教会にいた時も聖女として崇められる事よりも人を助ける事に意義を見出していたからか、忙しいけど楽しいです、と本人は語っている。休日はアレイシアとデートをするなど公私共に順調なようだ。
「頑張っているようだけど無理は駄目だよ? 自分が倒れたら他人は救えないんだからさ。気負わずに気長に頑張りなよ。……さてと」
少々行儀が悪いが登校時間もあるのでザナクはご飯を食べながらタブレット端末を操作する。今見ているのは貴族の子息子女が匿名で利用する情報共有掲示板。虚偽の情報も多いが、どの様な情報が出回っているかだけでも知る価値は有るからと毎日閲覧していた。
「……リアスさんが兵藤と婚約? まあ、マグダランなら本当かどうか知っているだろうから後で聞くとして……まあ、ミリキャス君が魔王にならなかったら分家になっていただろうし、ミリキャス派がどう出るかが問題だよね」
悪魔の上層部は徹底した純血主義だ。同じ七十二柱の末裔であっても人の血が混じったなら貴族として認めない。なら、元人間の転生悪魔が貴族の中でも上位である公爵家の婿になるのをどう感じるかというと予想は容易だ。掲示板にはサーゼクスや公爵に対し、ミリキャスが魔王になる為にも次の子供を早く作れと要求されているとの情報があった。
「あの人親馬鹿だし、サーゼクス様達も恋愛結婚だから第二子の誕生は元から望んでいてもおかしくないから大丈夫だろうけどね」
この情報が確かな場合でも、ライザーと結婚していた時と同様に領地を分譲されて分家になるだけだから、リアスは精々我が儘に対して今まで通りに行かなくなる程度だろうとザナクは考える。甘くし過ぎるのは問題だが、厳しく罰し過ぎるのも家の名に傷が付く。可愛い妹の嫁ぎ先の事を少し心配しながらも、リェーシャが何も考えていないはずがないと直ぐに安心した。
「クリスティ、今日の夕食だけど予定が有るから今日は皆で冥界の屋敷で食べるよ。ソーナさんの頼みで学校を案内するからね」
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