呑気な悪魔の日常   作:ケツアゴ

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第十五話

「思うに彼らは楽観的過ぎたんだね。どうとでもなるって呑気に考えていたんだ」

 

 一誠達がリアス達に捕まって叱られたと聞いたザナクの言葉にレイヴェルとリュミネルは、え? 貴方が言う?、という表情になる。報告に戻ってきたアレイシアはサッと目をそらし、ディハウザーは言うべきか黙っておくべきか迷う。当然、彼等が何を思ったかは伝わっていた。

 

「もー。酷いなあ、皆。僕はちゃんともしもの備えをしているから楽観的なのに。あれだよ。夏休みの宿題を七月中に終わらせたから残りは遊び呆けるのと同じ」

 

「ニャー」

 

「うん。ザナク、普段から頑張っている」

 

 彼に賛同するようにクリスティは頷き、レティは膝の上に乗って鳴く。味方を得た事でザナクは得意顔だ。正直言って先程まで少し拗ねていた。

 

「二人とも良い子だねー。僕の味方は二人だけみたいだよ」

 

「ニャ(訳:まぁ、ぶっちゃけ脳天気だとは思うよ? 刺客送られても無事だから気にしないとか無いわー。普段のちゃんと備えはしてるけどさ。あっ、味方したからオヤツちょうだい)」

 

「クリスは味方だから今週は食玩三つ買って良い?」

 

 首を傾げながら要求している甥っ子の眷属の姿を見てディハウザーは随分変わったなと思う。クリスティとディハウザー、そしてザナクの母親が出会ったのは姉弟が幼い頃であった、

 

 

 

 

 

 

 遙か昔、未だ世界に文明と言える程の物が点在している程度だった頃、腹を空かせた蛇がいた。当時は人の世界にも魔獣の類が堂々闊歩しており、只の蛇が補食出来る存在は少なく、もっと力のある者に先に食べられるのが当たり前。既に限界にまで達した時、蛇は水辺でそれを見つけた。それの価値を只の蛇が知る由もないが、美味しそうに感じた蛇はそれを食らい、只の蛇ではなくなった。

 

 それはとある王が手に入れた不老不死の秘薬。使う前に身を清めようと沐浴していた彼から奪った秘薬で不老不死となった蛇であったが、それだけでは蛇は蛇のままであった。大きく変質したのは偶然開いた空間の歪みから次元の狭間に迷い込み、耐えきれずに消滅と再生を繰り返し体が順応した頃、とある龍の戦いに巻き込まれた事によるもの。それについての詳細はまたいずれ……。

 

 その後、完全に変質した蛇は世界を放浪し、やがて冥界でベリアル家の双子の姉弟と出会った。名を与えられ、知識を与えられ、仲間を知った蛇は……いや、クリスティは嫁入りが決まった姉の方が気に入っていたので勝手に同行し、不老不死故に幼い精神のままアルシエル領で過ごした。その後、多少の明文化はされていない反則を使ってザナクの眷属となった。

 

 

 そして、今に至る……。

 

 

 

 

 

「うぃー! 良い心持ちだっとくらぁっ!」

 

 まだ昼過ぎの太陽が高く昇った時間帯、人の居ない公園にて駄目人間の見本が陽気に鼻歌を歌っていた。コンビニで買い求めたウナ玉丼やサキイカにチーカマを肴にし、全国各地の名酒を煽る。親が子供に見せたくない大人の姿の一つだが、それでも彼女の色気に陰りは見られない。ほんのり赤みが差した白い肌、酒が回って焦点の定まらない眼差し。暑いのか水仙が描かれた着物を着崩している。

 

「やっぱり酒は最高だねぇ。酒は憂いの玉箒、くっだらない悩みなんざぜーんぶ消え去るってもんだぁ! 後はそうだねぇ。酌をする男でも居たらもっと良いんだけど……まっ、良いかっ! アタシは酒飲んでる時が一番幸せだよ、本当にさぁ、ひっく!」

 

 一升瓶から紙コップに酒を並々と注ぎ、一気に煽る。ゴクゴクと飲み干せば喉が動き、口から漏れた酒が水滴となって伝う姿も婀娜っぽい。その背後から足音を忍ばせて近付く者が居た。

 

「はいっ! 悪魔ちゃん一匹アウトー!」

 

 背後から突き出された刃には聖なるオーラが宿り、悪魔を魂すら残さず浄化する。洗練された動きからの見事な一撃は座っていたベンチの背もたれごと花月を背後から刺し貫いて胸部から切っ先が突き出る。着物が破けて露出した肌が血で赤く染まり、手に持っていたコップが地に転がって一升瓶は粉々に砕け散る。

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 何が起きたか理解出来ないという顔を白髪の少年神父、フリードは浮かべる。エクスカリバーを奪還しにきた教会の人間を捜す途中で見つけた悪魔、それを殺害すべく隙を伺い、好機と見て仕留めた。だが、目の前で消えたのだ。浄化したのではなく、酒瓶やコップごと、文字通り煙のように消え去った。

 

 不意に背後から紫煙を吹きかけられたのを感じた。漂う香り、流れてきた煙。それに反応したフリードはエクスカリバーを振り抜きながら振り返る。その右目に鋭い爪が突き刺さった。

 

「ぎゃぁああああああああああっ!? 目が、目がぁあああああっ!」

 

 フリードは新米の戦士ではない。何度も重傷を負ったし、痛みに耐える訓練も受けている。だが、そんな彼を持ってしても目玉に深々と爪が突き刺さり、あまつさえ押さえた指の隙間から溶け落ちた程の痛みは初めてだ。エクスカリバーを振り抜こうとした腕に突き刺さり動きを止めた簪による痛みなど比較になりはしない。

 

「あ、悪魔の分際でよくもやってくれやがったなぁあああああっ! ぶっ殺すっ!」

 

 フリードは激痛に耐えながら激昂する。激昂するが、ジリジリと後退して撤退を開始していた。教会を追放され、はぐれ悪魔祓いとして彼が生き残ってきた最大の理由はイかれていて尚健在な冷静さ。想定外の展開、勝率の著しく低い戦い、こなす価値のない仕事、それらを素早く判断して逃亡を図る判断力。それが彼の最大の武器だ。

 

「なんだい、逃げんのかい。……さぁて、どうすっかねぇ」

 

 小指で耳をほじりながら花月は悩む。殺気を出してつけて来たので反撃したが、追撃すれば色々と煩い連中がいる。方針が決まっていない以上は此処で殺すのは面倒だ。

 

「覚えてやがれ、糞悪魔っ! 次会ったら両目を抉ってぶっ殺すっ!」

 

 フリードが懐から取り出した物を地面に叩きつけると閃光が放たれる。その隙にフリードは逃走を開始し、目が眩んでいない花月はそれを見送った。

 

 

 

「さてと、あっちには教会の小娘共が居るけどどうなるかねぇ。……本命がどう動くのやら」

 

 花月にとってエクスカリバーには優先順位は低い。今回もっとも警戒しているのはコカビエル。最上級堕天使としての力、歴戦の経験、戦争を望む思考。その全てが警戒に値する。

 

 

 

 

 

「まっ、どうにかなるだろ」

 

 花月は一升瓶から直接酒を口に流し込み、呑気にそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な奴らだ。聖剣使い二人で俺に勝てると思ったのか? 先に入った仲間が死んだのなら増援を呼ぶべきだったろうに」

 

 ゼノヴィアとイリナ、長年コンビを組んで上級悪魔にすら勝ち目がある二人は血にまみれ傷だらけで膝を折っていた。目の前に浮かぶ黒い八枚の羽を広げた堕天使コカビエル、姿を隠していた筈の彼がフリードを追い詰めた二人の前に現れ、圧倒した。エクスカリバーは地面に転がり、もはや抵抗の手段は無いようにさえ見える。

 

「バルパー、聖剣を回収しておけ。今夜……いや、今から融合の準備を開始しろ。……しかし、本命の前の余興にすらならんとは」

 

 殺す価値すらない、コカビエルの目はそう告げていた。足元の虫螻を見る目ではなく、路上の小石に向ける目を二人に向けると背を向ける。

 

 

 

 

「まだだっ!まだ終わっていないぞ、コカビエルっ!!」

 

「……ほう。デュランダルとは驚いた。あの男以外に使い手が居たか」

 

 煩わしそうに振り向いたコカビエルの目に僅かに興味が宿る。ゼノヴィアが手にするのは今回の切り札。荒馬の如き扱いにくさと絶大な破壊力を持つ聖剣デュランダル。聖遺物を内包した教会の宝であり、未だ人工的な使い手は生み出されていない。つまり、天然の使い手という事だ。

 

 

 

「だが、それがどうした? 貴様が使い手では俺には届かん。……だが、少しは楽しませた駄賃をやろう」

 

 降り注ぐ光の槍。背後のイリナを庇い無理な特攻すら不可能なゼノヴィアはデュランダルでの迎撃を試み、眼前に迫ったコカビエルの翼によって切り裂かれた。手からデュランダルが放れ音を立てて転がる。倒れそうになった彼女の髪を掴んだコカビエルの口元がつり上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かつての大戦で四大魔王だけでなく、聖書の神も死んでいる。その後起きた奇跡は神が残したシステムによるものに過ぎん。……良かったなぁ。これで居もしない者に祈りを捧げんですむぞ。はははははっ!!」




コカビーさん、少し改変 

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