呑気な悪魔の日常   作:ケツアゴ

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第五話

 ザナクのマンションのキッチンにて巨漢が器用に団子を作っていた。二メートルを越える巨体に筋肉でパンパンに膨れ上がった全身。第一印象を聞かれれば誰もが筋肉が凄かったと言うであろう彼の手の中で綺麗に丸く出来た団子は普通の材料に普通の作り方、だが、出来上がった団子からは神秘的な力さえ感じる事が出来る。

 

「ニャー(訳:あっ、団子だ、団子。一個ちょうだい)」

 

 団子の香りを嗅ぎ付けたのかレティがテーブルに飛び乗ろうとするが、肉球が机に触れるより前に巨漢の手が優しく受け止める。

 

「むぅ。すまんな、レティ。これ全て依頼の品なのだからやれんぞ。フェニックスの涙は貴重だから幾らあっても足りんのだ。……むっ、今日の分はこれで終わりか」

 

 本来理解できないはずのレティの言葉を完全に理解している彼は作業に戻って団子を作り続けるも、手の中の団子は普通の美味しそうなだけの団子。丁寧に並べられた先程までの物とは作り方も材料も作った者も全く同じに関わらず別物だった。

 

「ははははっ! 俺もまだまだだという事かっ! これは更に筋肉を鍛えねばならぬなっ!」

 

「……ニャ(相変わらず暑苦五月蝿いオッサンだ)」

 

「そうかっ! 俺は熱い男かっ! ほれ、最後の一個なら食っても良いぞ!」

 

 周囲の空気がピリピリと震えるほどの大声で笑い出した男に呆れるレティ。その言葉を都合良く受け取った彼は更に大きな声で愉快そうに笑う。彼が神秘的な力を持つ団子を丁寧に重箱に詰めた時、酒の香りが漂ってきた。

 

 

「うぃー。何だ、今日は団子を送る日かい。って言うかさっきから五月蠅いよ、桃十郎。人が気持ちよく酒飲んでりゃ頭に響く大声出しやがってさ」

 

「それはすまんなっ! だが、昼から酒はかんしんせんぞっ!」

 

 悪意はない。だが、彼の、桃十郎の声は先程よりも更に大きかった。愉快そうに笑っている事が更に腹立たしい様子の花月だが、グッと堪える。面白い話が有るのだ。

 

 

「ちょいと聞いとくれよ。あのアレイシアが恋をしたってさ。しかもシスター。まさに禁断の恋って奴さ」

 

「なんとっ! 今日は赤飯にでもするかっ!」

 

 どうもアレイシアの初恋は花月にとっては笑い話の種であり、桃十郎は大袈裟に扱う積もりのようだ。悪意ではなく善意の分、こっちの方が質が悪いのではないだろうか……。

 

 

 

 

 既に打ち捨てられた教会の一室、天井付近で巣を張る蜘蛛に興味を一切持たずに四人の堕天使が深刻そうに話をしていた。

 

「……ようやくアーシアが来たっすね」

 

「アルシエルがこの街にいる以上、さっさと儀式を済ませるわ。……急ごしらえじゃ成功率が下がるけど仕方ないわ」

 

「アルシエル……悪魔で唯一我々の天敵である存在。下手に刺激するのは拙いな。上を騙して滞在している以上、何かあれば……」

 

「一応問題行動起こしそうなフリードの奴は先に帰したわ。口止めもしたけど……大丈夫かしら?」

 

 蜘蛛は一部始終を聞くと窓の隙間を通って外に出ていく。この直ぐ後、アーシアを迎えに行った部下から逸れてしまったと連絡が入り計画の崩壊を危惧するも、何とか一人で辿り着いた事で安堵する事になる。

 

 

 

 

 

 

「上を騙しての行動? ひゃっほぅ、なら安心だ。回復系神器が敵の手に渡るのは嫌だし、さっさと片付けて……」

 

「いや、勝手に見張りをつけた事をリアス様にどうやって説明するつもりですの?」

 

 花月に連絡した結果、丁度良いタイミングで攻撃を仕掛けても問題無いとして我を忘れてはしゃぐザナクだが、話を聞いていたレイヴェルから冷静な指摘が入る。魔王から正式に任命された彼女に勝手に行動したとあっては問題になる。特に彼女はプライドが高いので厄介だ……。

 

「……仕方ありませんね。では、今直ぐアーシアさんの情報をリアスさんに教え、無駄に危惧した事を言って情報収集に優れている花月さんに調べさせるとお言いなさい。何時情報を手に入れたかなど……黙っていれば分かりませんわ」

 

「あっ、それなら貸しを更に作れるね。でも、あの人なら自分が見張るとか言いそうだよね」

 

「その場合、危険だからと早めに帰った私が実家でうっかり話してしまい、それがお父様達経由でグレモリー家に伝わっても、それは貴方の責任ではないですわ」

 

 レイヴェルは悩むザナクにウインクをして解決策を告げる。迷いが顔から消えた瞬間、ザナクは彼女を正面から抱きしめた。

 

「レイヴェル、ありがとー!」

 

「ひゃっ!? ま、まあ、今回の貸しはこのハグで良しとしてあげますわ」

 

 格好を付けている積りだろうが、顔が真っ赤な上に嬉しそうなのを全く隠せていない。その横ではリュミネルが羨ましそうにその様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ごめん。僕の聞き間違いかな? アーシア・アルジェントを助けたいって言った、アレイシア? 聖女っていう名の教会の広告塔だった彼女を助けたい?」

 

 レイヴェルの策は成功し、後はタイミングを見て襲撃し、リアスには撤退しようとしていたからと報告する方法で話が進んでいた。アーシアは見捨てる予定だ。敵対する天界の下部組織の元一員であり、未だ信仰心を持っている彼女を策が露見する危険を冒してまで助ける必要はない、そう判断したからだ。

 

 だが、アレイシアが異議を唱える。彼女を助けたい、そう発言したのだ。聞いていたメンバーの反応はまちまち。クリスティとレティは我関せず、桃十郎とリュミネルは複雑そうで、花月は明らかにでザナクは笑顔のまま怒気を漏らしていた。

 

「アンタ、正気かい? 助けたとして、その後は? 衣食住や進学就職、それらを全部世話するとでも言う気かい? 何の為に? 何のメリットが? 誰かを助けるってのはねぇ、そんな甘いもんじゃないんだよ!」

 

「うーん。君の頼みだから何とかしてあげたいけどさ……本当に厄介だよ、彼女。今後天使や堕天使とのいざこざが激化したとして、何か痛手を受けたとしよう。すると誰かが言い出すんだ。彼奴が手引きしたんじゃないか、ってね。真偽は重要じゃない。原因を排除するって形で不安を払拭したいのさ。そんな時、どう守るの? 彼女が教会に所属しながら悪魔を助けた時のように、助けた後で敵を癒して、それで悪魔に被害が出たら?」

 

 声からは怒りを感じない。だがザナクは淡々とした口調でアレイシアの希望を封殺しようと追い詰める。これが一個人なら困っている相手を、殺されると分かっている相手を助けようとするのは美徳だが、貴族やその眷属は領民の全てを背負っている。綺麗事だけでは行動できないのだ。

 

 アレイシア言われるまでもなかったのか俯いて話を聞いていたが、気力のない声で話し出した。 

 

「……分かってんだよ。僕が言ってるのがどれだけ馬鹿な事って事なんざな。でもよ、見捨てたくねぇんだ。信じていた教会に裏切られ、助けてくれたと思ったらその相手に命を狙われてるんだ、彼女。……信じる相手に裏切られるってのは本当に辛いんだ」

 

 アレイシア・ビクトールは元少年兵だ。それも兵士としての訓練をきちんと受ける余裕のないほどに追い詰められた国の。ただ銃の使い方だけを教えられ武器を与えられて戦場に出され、国に見捨てられ部隊は全滅。神器が覚醒して彼だけが助かり、信じられない国から逃げ出した彼は世界を旅した。だからこそアーシアに自分を重ね、見捨てる事が出来ないのだろう。

 

 暫し沈黙が流れ、結局折れたのはザナクだった。

 

「……分かった分かった。ここで君の心にしこりを残した時の方がデメリットが大きそうだ。助けた後の費用は君の給料から出すし……彼女によるデメリット程度どうにか出来ないでどうするんだって話だからね」

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、まだまだ甘いんだよ。こんなんで貴族としてやっていけるのかねぇ」

 

「良いではないかっ! 初恋の相手を助ける為に危険を冒すっ! 実に青くて熱いぞっ!!」

 

「お腹減った。……クリス、何か作ってくる」

 

 

 

 

 

 

 

 そして深夜の廃教会前、ザナク達はリアス達が悪魔の仕事である契約の為の召喚に応じたタイミングを見計らって出向いていた。

 

「あの堕天使、調子に乗って今から死ぬ事をペラペラ話してるよ。……これでアタシ達は命の恩人、引き入れるのが容易くなった」

 

 花月は煙管を口から離し、紫煙を吐く。煙は周囲を包み込むように広がって行き、まるで濃霧に包まれたかのようになった。

 

「結界は張ったし、これで逃がさない。じゃあ、言い出しっぺのアレイシアが開始の一撃をお願いね」

 

「言われなくてもっ!!」

 

 アレイシアが構えるとその手の中にバズーカが出現する。これが彼の神器『軍怠嘲(ワンマンアーミー)』。これによって彼は視認する場所に自由に銃火器を創り出せるのだ。

 

 

 

「ファイヤッ!!」

 

 引き金を引くと同時に発射された弾が建物を破壊する。瓦礫と化した建物の床の下、そこに存在した地下聖堂の中で今まさに儀式を行おうとしていた堕天使、レイナーレと部下のはぐれ悪魔祓い達は唖然としていた。

 

「な、なんで此処に……」

 

「あっ、僕が誰か分かるって事は特徴を聞いてたんだね。君が僕の容姿を知っているように、僕は君達が独断行動だって知っている。……意味は分かるよね?」

 

 これから起こる戦いは只の小競り合いとして済まされ、それ故に見逃す理由はない。事実的な死刑宣告だ。ザナク達が誰か詳しく知らされていない部下達がざわめく中、部下の堕天使三人が鉄製の剣を手に飛び出して来た。

 

「アルシエルは光を無効化するが……普通の剣なら問題あるまい!」

 

「残りの手下は普通に光が通じるっすしねっ!」

 

「お前さえ殺せば……」

 

 向かって来る三人の名はドーナシーク、ミッテルト、カラワーナ。今回の首謀者であるレイナーレの部下であり、計画に加担している者達だ。自分達が操る光力は悪魔の弱点だからと上級悪魔を前にしても余裕を崩さない三人は唯一光力が通じないザナクを先に殺そうと向かい、その目の前に桃十郎が立ち塞がる。構わずに突き出され振り下ろされた剣は全て弾かれた。何一つ特別な事はしていない肉体に。

 

「んなっ!? 只の剣とはいえ、堕天使の力でした攻撃だぞっ!?」

 

「何を驚いている? 俺の駒は戦車であり……何よりも鍛えてあるっ!! 高が鉄製の剣など通じるものかっ!!」

 

 無駄にポーズを取った時、力んだ事で膨らんだ筋肉によって彼の着ていたシャツが弾け飛んだ。

 

「……邪魔」

 

 見苦しいとばかりに吐き捨てたリュミネルは地面を滑るかのように前方へと迫り、腰の刀の柄に手を掛ける。抜く瞬間は見えなかった。剣閃が煌き、鍔鳴りがした。自分達が何をされたのか、それを理解しないまま三人は真っ二つに切れ地面に落ちていった。。

 

「……今日もボクと宗近は絶好調」

 

 三日月宗近、天下五剣と謳われる名刀の一つ。それがリュミネルの武器だ。褒めて欲しいのかザナクの方をチラチラと見る中、はぐれ悪魔祓い達が動き出した。

 

「全員、掛かりなさいっ!! こうなったら……え?」

 

 此処まで来たらせめて回復能力を持つアーシアを連れ帰った手柄を得る積りなのかレイナーレはアーシアへと手を伸ばす。その伸ばした腕が地面から噴き出した黒い炎の壁に飲み込まれた。

 

「ぎゃぁああああああっ!! 痛い痛い痛いっ!」

 

 レイナーレの全身を襲う激痛、まるで溶けた鉛が血管の中を駆け巡るかのような熱を彼女は感じる。それは悪魔が光力を受けた時に酷似していた。

 

「黒き太陽、それが僕の一族の異名。その身を流れる魔力はあらゆる光を飲み込み、光を操る者の体の毒になる。かつての大戦でも多くの天使や堕天使を滅した。……ああ、言うまでも無かったか」

 

 ザナクは軽く足を上げ、地面に踏み下す。足から放った魔力は地面に浸透し、レイナーレの周囲を囲う壁として床から吹き上がった、悪魔は服の上から羽を出せる。ならば魔力のコントロールを突き詰めれば可能な技術だ。無論、言葉で言うよりも簡単な話ではないのだが。

 

 炎の壁に包まれレイナーレは灰となって消える。魂すら黒い炎に飲み込まれた。

 

「微量だね。殆ど上がっていない。……やっぱり雑魚じゃ駄目かぁ。大した燃料にならないよ」

 

 レイナーレの魂が消えた時、ザナクの力がほんの僅かだけ上昇する。だが量が期待以下だったのか詰まらなさそうにレイナーレが居た場所を見詰めていた。

 

 

「レイナーレ様がっ!?」

 

「ど、どうするっ!?」

 

 はぐれ悪魔祓い達が戸惑う中、足元が黒一色に染まり蠢く。下を向いた時、無数の蛇が彼らの体を這い上がった。

 

「どかーん」

 

 無表情無感情でクリスティが呟き、蛇に込められた莫大なエネルギーが放出される。閃光と轟音、そして振動が周囲に広がり、クレーターだけが残された。そこに居た者達は影すら残っていない。

 

 

 

 

 

 

「おーい! 起きて起きて」

 

 上の建物が崩れると同時に流れ込んできた煙管の煙を吸い込み意識を失ったアーシアは知らない声で起こされ目を覚ます。これから死んで貰うとレイナーレに言われ、急に天井が吹き飛んだ事までは覚えているのだがそれ以降の記憶がない彼女は目の前に立つ知らない者達の中で唯一知っているアレイシアに戸惑いの視線を向けた。

 

「アレイシア…さん…?」

 

 この先に苦手な者が居るからと教会まではついて来なかったが、視認できる距離まで案内してくれた相手だ。ただ、何故此処にいるのか理解できなかった。

 

「初めまして、アーシア・アルジェント。僕達は君を助けに来た……悪魔だ」

 

 ザナクに続くようにアレイシア達も背中の翼を見せる、リュミネルは説明がややこしいので出さないでいた。

 

「悪魔……? アレイシアさんが……?」

 

「……ああ、そうだ。僕は悪魔だったんだ。黙っていて悪かった、でも、これは信じてくれ。君を助けに来たのは本当だ。会ったばかりで何を言っているんだと思うだろうが……君が好きになった。一目惚れなんだ」

 

 赤くなりながらもアレイシアはアーシアの手を取る。アーシアは戸惑い、言葉を失っており、恥ずかしいのか顔が彼よりも赤かった。

 

 

 

「うわっ。大勢の前で大胆告白。アレイシア、凄っ」

 

「……まあ、一応童貞ではないから。無理やりだけど」

 

 

 

 

「……もう大丈夫。君の敵は居なくなったぜ。僕達を信じてついて来てくれ、君のこれからについて話が……」

 

 アレイシアは言葉の途中で表情を固まらせる。視線の先、前方上空に浮かんでいる男を見て驚いていた、

 

 

 

 

 

「……勝手な行動をしている馬鹿共が居るというから揉め事が起きる前に回収しに来たがもう終わっていたか」

 

「雷光のバラキエル、凄い大物だね。もう片付けたし、まだ娘に会うべき時じゃないでしょ?」

 

「……貴様か。大森林の調査中に遭遇して以来だな。あの子は元気にしているか?」

 

「まあ、時々顔を合わせるけど元気に見えたよ、さっ、本来は敵なんだし帰ったら? あまり長居してたら娘さんがそっちと内通していると思われるよ、あっ、この子はこっちで預かるから」

 

 バラキエルはアーシアに少しだけ視線を向け、会いたかった相手の事を考えてか名残り惜しそうにしながらも去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

(……さてと、後はどうやってアーシアを引き入れるかだよね。衣食住の保証と報酬を約束して救護部隊に所属して貰えたら嬉しいけど、彼女を狙った悪魔、たぶん彼奴の事を考えたら誰かの眷属にした方が良いんだよねぇ……。でも、元聖職者が聖書も聖水もミサも無理な悪魔になるのを了承するかな? 上手く口八丁で……)

 

 取り合えず連れ帰ってからの話だと考えながらザナクはアーシアの方を向く。アレイシアと互いに恥ずかしそうにしながら寄り添っていた。どうやら吊り橋効果でも影響したようだ。

 

 

「あっ、うん。上手く行くかな、もしかして……」

 

 

 

 その頃、継母であるリェーシャの元をある悪魔が訪ねていた。

 

「お久しぶりでございます、リェーシャ様」

 

「あら、誰かと思えばグレイフィアじゃない。しかし、子供の頃は貴女がルシファーの妻になるとは思わなかったわ。私に付き従っていただけの貴女がねぇ。……それで内密な話って何かしら?」




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