鎮守府を出てすぐの一本道には田が広がり、廃線は道に沿うように伸びている。
車を走らせて十分と経たずして、彼らを閑静な住宅地が囲い始めた。
否、閑静という表現もどうかというほどに、人の気配はなかった。
深海棲艦と戦争するための軍事基地近くなどに好き好んで住み続ける者など、そういないからである。
町の名称は、『花葉町』。
自然に囲われ、かつては第一次産業を中心に栄え、豊かな緑のこの町らしい名前だ。
しかし今はその緑も枯れ落ちて、無機質なシャッターばかり目に付く活気のない町中を、相良義文の運転するEK9が進む……。
「うーん……なんだか寂しいわね、鎮守府の周りって」
「もっと人が沢山いるのを想像していたのです……」
後部座席の両端を占領した雷と電が、窓の外を見て残念そうに言葉を漏らした。
義文も、来るときはカーナビばかりに気を取られて気に留めてすらいなかったが、こんなにも寂しいのかと内心呆気に取られていた。
鎮守府の外を詳しく知らない艦娘にとって外出は新たな情報を手に入れることのできる滅多にない機会だ。
これが初めてである彼女たちが外の世界にどのような景色を思い描いているのは想像に難くない。
表情を暗くする雷と電をミラー越しに確認すると、義文は言う。
「しょげるな。山の向こうはもっと、五月蝿い。お前達の思ってるとおりの世界がある。今日は無理だが、いつか連れてってやるよ」
「ほんとに!?約束よ!」
「楽しみなのです!」
活力を取り戻した声が届き、再びミラーに目をやる。
(……ちゃんとフォローできたようだな)
義文はホッと胸を撫で下ろした。
「ところで、住宅地に差し掛かったあたりから線路が見えなくなったね?」
すると、今度は後部座席の真ん中に大人しく座っていた響が身を乗り出して義文に話しかけてきた。車内空間の窮屈さで必然的に顔と顔が近くなり、息が耳元に軽く触れる。
そういえば先ほどから廃線は建物の陰に隠れてしまって見えない。
というのも、義文はあえて来たときとは異なるルートでEK9を走らせていたからだ。
「なに、建物に隠れてるだけでまたすぐ見える。あと、シートベルトがないとはいえあまり派手に動くなよ。お巡りさんがいないとは限らないんだからな」
「
「意味はまったくわからんが俺の言うことを聞くつもりがないということはなんとなくわかったよ。少し先の自販機でみんなにジュース奢ってやるがお前だけ水道水な」
「露骨な差別はいけないんだよ。人としてカスだよ」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
ムスッと頬を膨らませる響と、そんな低レベルのジョークを交わしていると、直前まで空を飛ぶ鳥たちを数えていた暁が義文の肩をバシバシと叩いた。
「ねぇ、あれ見て!見てったら!!」
余程興奮しているのか、叩く手を止めない。
後部座席の三人も何事かと、なおも義文の肩をバシバシ叩き続ける長女を注視する。
「痛った!見かけによらず痛ったなんつー力だ!ちょ、あぶねぇから、やめろ!」
普通の人間と艦娘は姿こそ同質であるが、中身はまるで違う。かつては軍艦として獅子奮迅の健闘をしてみせた彼女たちのパワーはしっかり人の身となった今も継承されている。
しかし、そんなことなどつゆにも知らない義文は強烈な衝撃に驚き、意図せずステアリング操作を誤ったことで、車体が左右に振れ、急停止する。
「うぇ!?あ、ご、ごめんなさい……」
そこでようやく気が付いた暁は、怒鳴られると思ったのか目尻に涙を溜めて背中を丸くし、怯えたように謝罪。
その愛玩動物のような姿に義文は抱える必要のない罪悪感を覚え、なんだか怒る気も失せてしまう……もとよりそんなに怒るつもりもなかったのだが。
「ふぇぇほんとにごめんなさい……」
「はい、暁ちゃん。ハンカチ貸してあげるのです」
「別に怒ってないから……エンディングまで泣くんじゃねぇぞ」
そもそも叱るの苦手だし、とポツリと付け足したことは誰にも聞かれなかったと信じたい……。
「で、どうしたんだい暁、未確認飛行物体が家畜を攫っていたのかい?」
アフターフォローを姉妹に任せつつ、再び車を発進させる最中、響が事の発端を暁に尋ねた。
「あれよ、あの建物!」
暁はそう言って、人差し指をフロントガラスの方向に突き出した。
それは廃線路と同様に、いやそれ以上に人が必要とした場所。
廃れた花葉駅が、ポツリと佇んでいた………。
第2話 鎮守府→花畑の駅 終
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第3話 廃駅とマスター(前編)
人のいない町の中で異質な雰囲気を放つ駅を探索することにした彼らに、最初の出会いが待ち受けます。