第六駆逐隊と廃線跡を辿る男の話   作:黒廃者

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第3話 廃駅とマスター(前編)


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路線の運行が停止してからずっと放置されていたのだろう。木造の駅舎は至るところに綻びが見られた。

来るときは気が付かなかったが、どうやら鎮守府への貨物線専用の路線というわけではなく、この花葉町から人々を山の反対側まで運ぶ客車も走っていたようだ。

義文は駅舎そばにEK9を駐車した。

待ってましたと言わんばかりに、第六駆逐隊が飛び出してく。

義文自身もエンジンを止めて杖を手に取り遅れて大地を踏んだ。

こうして近くでじっくりと花葉駅を見渡すと、微妙な違和感を覚える。

 

「……使われてない割には、綺麗なもんだな?」

 

されど解決しようのない違和感は、一旦胸の奥に仕舞い込んで、第六駆逐隊を見失わないよう視線を動かした。

少し目を離した隙に迷子に……なんてことは幸いなく……。

 

 

 

彼女たちは思い思いの表情をしていた。

 

 

 

渦巻くのは、年相応の、知的好奇心。

未知の情景へ向けた、純粋な欲望。

暁と雷は駅舎の中と外を行ったり来たり、探検家気分で陽気に歩き回り、電は入口の両端辺りに飾られた花壇のブロックにちょこんと腰を下ろし、ほっこりと花々を眺めている。

そんな中、響だけは、特に何かを堪能するでもなく静かに駅舎を見上げていた。

義文が傍まで行くと、彼女は誰に聞かせるでもなく口を開く。

「こいつはどれほどの時間をこうしているんだろうね」

「…………」

それは、正確な時間を聞いているのではないと、瞬時に悟る。

「有機物にしろ無機物にしろ、時間の歩みと共にみんないつかは朽ち果てて、やがては人々の記憶からも欠落していく……」

同じ人の手で造られた存在に、想いを馳せているのか、響の声色はどこか儚げだった。

彼女には感じるものがあるのだろう。自分の人生を既に知っているからこそ、意思疎通さえ不可能な目の前の廃駅の、あるはずのない感情を……。

 

 

 

 

 

「そうして残されたのは無念だけ。都合よく生んでおいていらなくなったらポイ捨てなんて許容できるはずもないこいつらはやがて一つの怨念となり人類に宣戦布告。今、地球の未来を守るために集められた世界最強の司令官達が空前絶後の艦隊戦ドンパチに挑む、スターウォーズを凌駕するCGだらけの超アクションエンターテインメント。主役はもちろんこの私、響だよ。何が始まるかって?第三次大戦さ」

 

「台無しじゃねーか」

 

「ハラショー」

 

 

 

 

 

 

 

「この駅を見に来たのですかな?」

 

 

と、突然耳に届いた聞き覚えのない声に全員の視線が一点に集まる。

老眼鏡をかけ、バーテンダーのマスターのような格好をし、その手に小さく安っぽい如雨露を握った見知らぬ初老の男性が、柔和な笑顔で佇んでいた。

男性はまず呆気に取られている義文を見て、僅かに疑問符を浮かべながら言葉を紡ぐ。

「マニアの方か、あるいは駅の雰囲気に興味を持たれ何となくやってきたか、どっちかですかね?」

「……えと、どちらかと言えば後者ですけど、もしかしてこの駅の管理人さんですか?」

少々間を開けて彼が自重気味に言うと、

「ンフフ。隣にある、しがない喫茶店の店主(マスター)ですよ」

悪戯っ子のように笑って答えた。

地元の人、だろうか……?

「入らないのですか、ホーム」

「! 勝手に入っても大丈夫なんですか?廃線と言えど一応、鉄道会社の私有地なんじゃ?」

「……確かにそうですね。でもきっと構いませんよ。ンフフフ。かく言うわたくしも、頻繁に立ち入ってますから」

いろいろとグレーな気がしたが、自分たちもだって廃線跡を辿っているのだから、入っても大丈夫というのなら是非甘えたい。

「まあ、そういうことなら」

何の躊躇いもなく駅構内に入るマスターの背中を追うように、義文たちは進入していく。

薄暗い駅の中は、乗車券販売の案内や時刻表は文字が削れ、照明も割れていた。しかし一見荒廃しているような雰囲気が目立つものの、細部は汚濁しているようには見えない。

「壊れているものが多いけど、中は綺麗なものね……貴方がキレイにしているの?」

暁が無遠慮に問う。子供ゆえの愚直な物言いだったが、マスターは嫌な顔一つせず、にっこりと笑って答えた。

「はい。花葉駅には、少し思い入れがありましてね」

視線を虚空に向けて、何かを懐かしむように物思いにふけるマスター。

少しだけ駅舎内を眺めてから、ついにホームへと足を踏み入れる。当然、自動改札口などは無く、駅員が切符のやりくりをしていたのだと推測できた。

ホームは、田舎にありがちな横に細い典型的な島式の形をしていた。全長はせいぜい、三両編成の電車が余裕をもって収まるほどだ。

空と緑を一望できる素晴らしい景観である。

 

しかし何よりも目を引くものが、五人の眼前に広がっていた。

 

 

 

 

 

「「「「わあ……!」」」」

 

「っ!」

 

 

 

 

 

四人が思わず声を上げ、釘付けになる。

普段は感情の起伏が薄い義文でさえ、息を呑んだ。

隣ではマスターが、静かに微笑む……まるで彼らの反応を予想していたかのように。

 

 

 

 

 

線路の反対側を埋め尽くすそれらは、一風に揺られ、音のないメロディーを奏でる。

 

どこまでも広がる青空とすべてを照り輝かせる太陽の下で。

 

かつて栄えていたであろうこの駅に、わざわざ口にする必要もない程似つかわしい。

 

 

 

 

 

────風光明媚

 

 

 

 

 

花畑が、そこにはあった…………。

 




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第3話 廃駅とマスター(後編)

かつてはあったもの、今はなくなってしまったもの……でも紡いだ思い出だけは決して消えることはないのです。

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