第六駆逐隊と廃線跡を辿る男の話   作:黒廃者

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第3話 廃駅とマスター(後編)


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時は少し遡り、執務室。

 

「そういえばあの方、足を悪くしていたようですが……提督は事情を把握していますか?」

 

槙人が作成した出撃記録書やら戦果報告書やらの提出書類で折り鶴を折っていた秘書艦が、不意にそんなことを聞いてきた。

 

「確かに知っているけど、気になるかい?」

 

本音を吐露するなら、秘書艦・加賀の行為は言葉を交わすまでもなくブチギレ案件であったが、それではスマートさに欠けるので平静を装って会話を続けることにする。

加賀は、『え?私何か悪いことしましたか?』と主張せんばかりのわざとらしさに塗れた、偽りの純朴を潜ませた瞳をして、ただこくりと首を縦に振った。

そんな女に本気で辟易しつつ、槙人は書類作業を一旦止めて、凝った肩を揉む。

他人を思うがままにコントロールすることを酒のつまみに生きてきた者としてのプライドが、やられっぱなしではいられないと憤る。

「……あいつの話なんて大したものじゃない。ま、聞きたいってことなら休憩がてら語ろうか。端的に言えば事故さ。ただちょっと状況が特殊だっただけで……。あれは確か、高校卒業間近の」

「昼食の時間なので出ます」

「…………」

槙人は決意した。あの阿婆擦れは必ず自分の手でその鉄仮面を恥辱に震わせると、そしてとりあえずは一週間補給抜きにすると……。

 

 

 

 

 

 

 

 

義文は秒を刻む少しの間、その場から動くことができなかった。

色は、複数でカラフル、しかし紫の花を主として均等に色別に咲いている。

種類も、すべてが同じというわけではないにも関わらず統一感を崩していない。

誰もが目にする、テレビの中で紹介されてきた観光地の花々には一瞥さえすることがないというのに……。

それほどまでのものを自分は見ているのかと、一応の納得はするけれど。

やはり、体の芯まで震わせてくる圧倒的な存在感の花畑を現実のものと思えない気持ちが頭の片隅でくすぶっている。

 

「おじいさん、近くで見てもいいのです!?」

「ええ、ええ。是非見ていって下さい」

 

マスターの許可が降りて、第六駆逐隊は一斉にホームから飛び降りた。

少女達は綺麗に着地して、錆びつき、雑草が顔を覗かせるレールを跨いで花畑へと入っていく……。

「これは、貴方が?」

「はい。随分前に、土地を持て余していた方から格安で譲渡して頂きました」

ようやく我に返った義文へ、マスターはにこやかに答えた。

再び花畑に目を向けると、瞳に映る無邪気な少女達はまるで甘い蜜を求めて花々にやってきた蝶のように駆け回っていた。

「あの娘たちは、艦娘さんですね」

「……その通りですが、よくわかりましたね?」

「この町は見ての通り過疎化が進んで、今や若い者はおりません。学舎もあるのは峠を越えた先の街ですからねぇ。それにわたくしの知る限り彼女たちの制服は見かけないものでしたので、もしやと思ったのです……。しかし珍しいですねぇ、艦娘さんを鎮守府の外で見かけたのは初めてですよ」

マスターは愉快そうに、花畑を駆ける第六駆逐隊を見ていた。

「実は彼女らは、休暇みたいな感じで……俺は……まあ保護者、みたいなもんです」

発言に気を付けるようには言われていないが、仮にも軍事組織関係者の依頼である。一般のマスターにどこまで話してよいかと考えてしまったせいで、歯切れの悪い返事になってしまったものの、

「ンフフ。なるほどそうでしたか。それならば尚のこと、楽しんでもらえたようで何よりです」

と、幸い詮索することなく笑っていた。

 

 

────そういえば、マスターはなぜ、こんな寂れた町で、こんなにも美しい花々を育てているのだろうか。

 

 

観光地ではないから、不特定多数の他人に見せる目的ではないということは明白だが……。

孤独を紛らわせるため?それとも単なる趣味?

 

(いや、そんなもんじゃないな)

 

あるいは……過去の記憶に連なる何か。

 

 

マスターは島式ホームの端に向かいおもむろに歩き出した。

義文は杖を付きながら後を追う。

すると、彼は歩きながら語り始めた。

 

「まだこの路線に汽車が走っていた学生の頃、妻にプロポーズした場所がここなんです」

 

それはとても唐突で、しかしながら義文の求める答えを明確に示しており、偶然の産物なのか、マスターが本物のエスパーなのか疑惑を持つほどだ。

 

「妻は花が大好きでしてね。それはもう傍から見れば呆れてしまうくらい。いくつになっても、花と戯れる姿は少女のようでした」

「それは、素敵な奥様ですね」

 

花を愛でる若き日の妻……言葉の通り、素敵な方なのだろう。マスターの声色は穏やかなままだったが、表情が歳不相応に若々しい……青春時代を懐かしんでいる顔をしていた。

 

「ですが、彼女にはやるべきことがあった。平たく言うなら、世界中の人々を助ける使命です。結ばれた後も、妻は家にいることの方が少なく……最後に顔を合わせたのはかれこれ、三年は前になりましょうか」

 

かける言葉が、見つからなかった。

つまり彼は、愛した女性を孤独に待っているのだ。

いつ帰ってくるのかもわからない、心を通わせながらも傍にいない。

どれほど心が息苦しくなる日々か想像に難くない……。

 

ですが……と彼は置き紡ぐ。

 

「寂しくも、悲しくもありません。わたくしたちは、離れていようとも繋がっていますからね」

 

「え……?」

 

廃駅の端で足を止め、再び花畑を見ながら、マスターはそう言って、意味深く微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなく、4人が戻ってくる。

「とっても綺麗だったわ!淑女の私にピッタリな場所ね!」

「へっ、1番子供みたいなはしゃぎ方をしてた奴がよく言うぜ」

「ちょっ、響やめなさいよそういう事言うの!?」

 

ぐうぅぅぅ……。

 

「あ……」

間抜けな音が聞こえた。

「おやおや、お腹が空いたようですね。どうですか、私の店で昼食でも」

義文がスマホを見ると、時刻は12時を回っていた。ここまで何も食べてないのだから、腹が減るのも無理はない。

「いいのですか、ご馳走になっても?」

電が義文に言う。念のための確認だろう。

財布を出して中身を確認しようとするが、マスターに小銭チャックを開けようとする手を止められ、

「ここで出会ったのも何かの縁でしょう。代金は結構ですから」

「え、でも……いや、お願いします」

「んふふ」

本来なら遠慮したかったが、義文は今持ち合わせが心許ない。金銭的に厳しいことを考えると大いに助かるので、ご厚意に甘えることにした。

マスターは、もう何度目かになる微笑みを浮かべた………。

 

 

 

 

 

花葉駅を出てすぐ脇にあったのは、昭和のレトロな雰囲気を醸し出す小奇麗な喫茶店だった。ここがマスターの経営する店のようだ。

どうぞ、と手招きされて、義文を先頭に店内へ足を踏み入れた。

途端、強いコーヒーの香りが嗅覚を刺激し、赤色を主としたカラーリングが時代錯誤な狂気となって魅了する。

町に人が少なすぎるせいか客は居らず、ガランとしており一抹の寂しさを覚えた。

第六駆逐隊は、窓から廃線跡と島式ホームが見える隅の席を選び腰掛け、義文はそばのカウンター席に。

「どれにしようかしら」

「マスター、珈琲1杯、ブラックで」

「響ちゃん、ブラック飲めるのです?」

「前に司令官のを分けてもらったことがある」

「そ、それなら一番お姉さんである暁もブラックで!」

「無理しなくていいのよ暁」

「そうなのです。暁ちゃんが一番飲みたいのはアイスココアだってことみんなわかっているのです」

「マスター、彼女にはお子様ランチを」

「人を子ども扱いするなぁあああああ!!!」

とまあそんなやりとりの末に結局暁はブラックに挑戦したものの、見事惨敗。

暁と雷はハムと卵とレタスを使ったサンドイッチとアイスココア、響は砂糖のかかったデニムパンとブラック珈琲、電は小ぶりのオムライスとオレンジジュース。

義文はシュガーを加えた珈琲と、バターロールパン1つ。

代金は取らないと言ってくれたが、いくらなんでも頼みすぎて悪いんじゃないかと、カウンターに立つマスターに目を向けると、自分用と思われるポットの珈琲を高く持ち上げカップとの間隔を開けるという奇妙な注ぎ方をしていたことに困惑するも、相変わらず彼はにこにこしていた。

 

 

 

 

 

 

そして、花葉駅到着から、およそ一時間後……。

「ご馳走様でした」

「お気に召したようで、何よりです」

マスターとの邂逅は、良いものを残したようだ。義文たちは、ここより先へ向かう。

「お昼ご飯とーっても美味しかったわ!今度また食べに来てもいいかしら?」

「もちろん、いつでも大歓迎ですよ」

4人が一足先に車に乗り込んだ。

「それでは、俺達はこれで」

次いで運転席に向かおうとする義文を、マスターは呼び止めた。

マスターは彼の杖をつく右足をちらりと見て、また視線を戻し言う。

「見える世界は広い……故に、見失ってしまう景色もたくさんあります。ですが、それは決して消えてしまったわけではないことを、在り続けていることを、忘れないでくださいね」

「……?」

「ンフフ。老人の戯言ですから、深く気になさらず」

「……珈琲、美味しかったです」

義文は頭を下げ、車を発進させた。

 

 

 

 

 

花葉駅とマスターの姿は視界から消えていき、少し寂しい気持ちが、車内を支配する。

しばしの沈黙の後、電がふと口を開いた。

「駅のお花畑、紫のアネモネが1番多く咲いていたのです」

「それがどうかしたの、電?」

 

 

「紫のアネモネの花言葉は、『あなたを信じて待つ』というものなのです」

 

 

何十年という時と共に流れていく中で、あの人が愛する者と時間を共にいられたのはどれほどなのだろう。きっと世間一般の者達と比較すれば、とても少ないはずだ。

それでも、それでもマスターの愛は枯れ果てることなく心に咲き続けていた。

彼は言った。自分たちは、離れていても繋がっていると……。

 

恐らく、いや間違いなく、あの花畑の駅はその証なのだ。

 

 

「あのおじいさんは、誰かを待っているのかもしれないのです」

 

 

マスターのことを、少女達は知らない。

けれどもきっと、彼の幸せを願う気持ちだけは同じだろう。

 

 

義文は大きなあくびをしながら、EK9を走らせる。

廃駅での新鮮な出会いを経て、再び彼らの廃線跡を辿る旅が続く。

花壇に咲いた一本のアネモネが、静かに揺れていた…………。

 

 

第3話 廃駅とマスター(後編) 終




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第4話 Funny Driver’s

町を抜けてすぐ、義文と第六駆逐隊は朽ち果てた踏切で、RX-7で公道を駆ける走り屋の少女と出会います。
その出会いが、義文を過去の記憶の海へと落としていく……。

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