では、どうぞ。
…ここは深い森の中にさらさらと流れている綺麗な水の川。近くには先ほど男たちに追われてあちこちを怪我していた魔女がさっきよりもひどい傷を負い目を閉じて横たわっている。
「ねえ、起きてよ!」
横では彼女に"セイ"と呼ばれていた使い魔の黒猫が比較的傷の少ない頬をぺちぺちと叩いたりなめたりしている。だが彼女の目は開かず相変わらず荒い呼吸を続けている。
「シルマ!死んじゃやだよ!起きてよ!」
……
「あー…、水汲んでこなきゃ」
家に備え付けてある貯水タンクを覗き込みながら俺…アルデはため息をつく。
ただでさえ森が多いこの町の一番森深いところにこの家はある。そのため商店街へ行くのに大きな川を越えたり魔物がうじゃうじゃいる洞窟の横を通っていかなければならないので、大体の農作物はこの家の周りの畑で育てている。森が深すぎて周りに家もないからな。
その水やりに使うための水は先ほど言った大きな川の水をタンクに貯めて使っているのだが、あいにく使い果たしてしまったようだ。日が出ているうちに行ってしまおうと思い、タンクを背負って家を出た。
しばらく歩いて川のほとりに到着すると川辺にひざをついてタンクのふたを開け水を汲み始める。しばらく鼻唄を歌いながらそうしていると水が溜まったのかタンクがずっしりと重くなった。
「よし、こんぐらいでいいかな」
そう呟きながらふたを閉めようとするとどこからか強い風が吹いてくる。何事かとそちらの方を向くと、先ほどまで気付かなかったが少し先に横たわっている人がいるのを見つける。タンクを背負いそちらに向かって歩いていくと、黒と紫のボロボロのワンピースを身にまといふわふわとした金色の髪が川岸の砂利の上に広がっており、彼女の近くにはボロボロになった大きなとんがり帽子とほうきが転がっていた。
そしてなにより、体の至るところに痛々しい傷がみられる。
(格好的に魔女か…?魔女狩りに巻き込まれたかな…)
様子を見ようと近付いていくと突然奥から目の前に小さな黒猫が行く手を阻むように飛び出してきた。
《シルマに近付かないで!離れて!》
喋るというよりは頭に直接響く感じだろうか、幼い男の子のような声が響いてくる。目の前の黒猫を見ると魔女の髪の色によく似た金色の目で俺のことを睨んでいることからこの黒猫が謎の声の主だろう。
「大丈夫だ、変なことはしない」
《嘘!この町のやつらは追いかけて傷付けてくる!》
「でもこの辺りは魔物も出るしこのままってのはな…それに傷だらけだし…」
《っ…でも!》
一瞬怯むもののやはり信じられないのか足を突っ張ってこちらを睨んでいる。さてどうするか…と考えながら俺は口を開く。
「よし、ちょっと待ってろ」
そういうと同時に隣に下ろしていたタンクを背負いなるべく早足で家へ戻る。タオルを家の前に置いたあとまず洗面所の棚に畳んで入れてあったタオルを何枚か取り出し、そういえばと思い付き台所に寄りあるものをお手製の保冷ケースに入れてそれらを腕にかかえて先ほどの場所へ戻る。
黒猫は倒れている魔女の周りを心配そうにうろうろとしていた。先ほどの態度から見るに使い魔かなにかだろうなと思いながら彼女に近付いていくと黒猫からすごい剣幕で睨まれたが、そんなことは気にせず持ってきたタオルの一枚を川の水につけていると隣に近寄ってきて先ほどのように話しかけてきた。
《…なにをするつもり?》
「怪我がひどいからな、とりあえず洗おうかと。あとお前見た目猫だけど魚食べられるか?」
《まあ…何?毒でも盛る?》
自分の主がこんな姿になるほどにされたのだから人間を信じられないのも仕方がないな、と思わず苦笑いを浮かべながら首を振る。
「いや、多分お前とその魔女さんは西の方にある魔女の町から来たんだろうからな、腹減ってるだろ」
《べっ、別にそんなことは…》
そんなことを言いながらもお腹をならしてそっぽを向いている黒猫の前に家から持ってきた今朝釣ったばかりの魚をおいてやると、しばらく魚と俺を交互に見つめてから食べ始めた。
その間に俺は川の水をしっかり吸い込ませたタオルで腕や顔の傷を優しくゆすいで血や汚れを落としていく。大体が綺麗になったときには何枚も持ってきていたタオルがすべて赤黒く汚れていた。
「さすがに女性相手に体まで綺麗には出来ないよな…それにそろそろ日も暮れるしどうするか…」
そう呟きながら悩んでいると黒猫がこちらをじーっと見つめてきた。
《あの、ありがとう》
「ん?なにが」
《シルマのこと綺麗にしてくれて》
「ああ、この魔女さんはシルマって言うのか。お前はなんて名前だ?」
《セイ。そっちは?》
「セイ、か。俺はアルデ」
そう言ってからそういえばともう一度口を開く。
「ちなみにセイ」
《なに?》
「この魔女さんをとりあえずこの近くにある俺の家に連れて帰っても問題ないか?血とか汚れは綺麗にできたけどぶっちゃけこの傷はひどい、家で治療した方がいいと思う」
《…いいの?魔女だよ?この町の人は魔女が嫌いなんじゃないの?》
「確かに大半の人が嫌ってるな」
《ならやっぱり…》
「だが俺は嫌いじゃないぞ?セイもこいよ」
《…何で嫌いじゃないの?》
「まあ、いずれ話す。とりあえず行くか」
そう言い、彼女ををなるべく刺激しないようにお姫様だっこのようにして持ち上げる。近くに落ちていたとんがり帽子は彼女のお腹の上に乗っけ、タオルは自分の首にかける。そしてほうきを小脇にかかえて落とさないように揺らさないように隣を歩くセイと共にゆっくりと帰路についた。
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