ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

「ラスボスを倒したと思ったら真ラスボス」は基本。



応対

「アインズ様。“薔薇”が掛かりました」

 

ナザリック地下大墳墓の執務室。脇にアルベドを控えさせ、アインズはデミウルゴスから報告を受け取っていた。

 

「そうか。思ったより早かったな」

「ええ。きっと、風の(うわさ)でも耳にして、興味を持ったのでしょう。ふふ……」

 

デミウルゴスがなんだか意味深な笑みを浮かべる。アインズに「お主も悪よのぉ越後屋」とでも言って欲しそうな顔だ。残念だが、お代官様はその中身をよく知らないのだ……。

 

事の起こりは、もう少し前になる。「ランテの遺跡」がいい感じに平常運転で落ち着いてしまったので、そろそろそのノウハウを生かして、偽ダンジョン第二号でも作るか、という運びとなった。アインズは例の「ゴミ箱」ストレージの一覧を「所持数降順ソート」にして眺めながら、「今度はちょっと『和のテイスト』でも混ぜてみるか」なんて思いつきを実行していた。最終的に、和というか、東洋的(オリエンタル)民族的(エスニック)なのも幾分混ざったが、まあ謎の遺跡っぽくていいんじゃないか、程度のノリである。

 

ちなみに、今回は遺跡の名前は付けていない。冒険者達が勝手に名付けるのを期待する。

 

偽ダンジョン二号店の顧客は、王都の冒険者達だ。しかし、ここで気がかりが一つ出てくる。アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”である。もうひとつのアダマンタイト級チーム“朱の雫”ならば、別に()()()()で構わない。しかし、“蒼の薔薇”がダンジョンに来たら、()()()()が必要だ。連中には借りもある。できるなら後手に回らず、ちゃんと()()()()()()()()

 

そんなわけで、王都にダンジョンを作り、その入り方を(うわさ)として流布(るふ)した時点から、“蒼の薔薇”の動向は監視させるようにしていた。監視役に影の悪魔(シャドウ・デーモン)では若干荷が重いので、ハンゾウを(つか)わせるというVIP待遇だ。連中がダンジョンに何らかの反応を示すまで気長に待つつもりだった。しかし、予想外に早い食いつきだったようだ。

 

「あの様子ですとおそらく、明日中(あすじゅう)に準備を整えて王都を()ち、近くでキャンプして、明後日(みょうごにち)には『王都西の洞窟』の探索に入るかと」

「そうか。報告ご苦労、デミウルゴス。少し遅くなったが、これでエントマの望みは叶えてやれそうだな」

 

エントマには、あのイビルアイという小娘の声を与えるという約束をしていた。あの時、瀕死になってまで頑張ってくれたエントマ。喜んでくれればいいが……。

 

「アインズ様、その件ですが、ひとつ提案がございます」

 

デミウルゴスが眼鏡をクイッと持ち上げる。

 

「ほう。聞こうじゃないか」

 

基本的にアインズは、デミウルゴスとアルベドに対しては、ほぼ完全にイエスマンだ。そりゃそうだろう。アインズより遥かに優れた頭脳が、ナザリックのためだけを思ってあれこれ思案してくれているのだ。「おまかせ」した方が良い結果を生むに決まっている。

 

「“蒼の薔薇”への雪辱、エントマ自身に果たさせてみてはいかがでしょう?」

「……ふむ」

「エントマは戦闘メイド。敗北は相当(こた)えたことでしょう。ここはやはり、自分自身の手で復讐を果たしてこそ、汚辱を(そそ)げるというもの。エントマにとっても、それが何にも(まさ)る褒美となりましょう」

「……なるほど」

 

一理あるな、とアインズは思った。リベンジマッチというわけか、なかなか面白そうではないか、とも。

 

「……その代わりと言っては何ですが、このデミウルゴス、“蒼の薔薇”を生かして帰すことを提案致します」

「…………ん?」

 

アインズがピタッと止まる。

 

「……デミウルゴス、もしか……オホン……。“蒼の薔薇”は、お前の計画にとって必要か?」

「必ずしも、というわけではありませんが、あれらは、いたらいたで使い道はあります。例の王女の友人で、アダマンタイト級冒険者。ニンゲンの中の強者。その利用価値は高いかと。どう思います? アルベド」

「ええ。私もそう思うわデミウルゴス。アインズ様、あれはゴミの中でも使える方です。羊を追う犬のようにして使えるかと。もちろん、いないならいないで構いませんが」

「……そ、そうか……」

 

少しの間、沈黙が降りる。

 

(や、やっべぇぇ~~!! 完全に何も考えずに殺す気だったぁぁぁぁ~~~~!!!!)

 

アインズは大いにテンパった。精神安定化が数回起こるほど。

 

そういえば、“蒼の薔薇”の処遇については誰とも話していなかった。しかし、冷静に考えれば、あの連中は王国にとっての重要人物だ。そして、アルベドは今、王国を都合よく踊らせるべく暗躍している。デミウルゴスも計画に関わっているだろう。“蒼の薔薇”という王国冒険者チームは、アインズがこの二人に何の断りもなく勝手に殺していい存在ではないのだ。

 

(なんてこった……)

 

アインズの脳内に、かつての会社員時代の苦い思い出が蘇る。あれは……そう、得意先に追加で商材を売り込むための企画書を作っていた時のことだった。上司のちょっとした思いつきの発言が、なぜか先方に伝わってしまい、それがいたく気に入られてしまった。そのせいで、その話に辻褄(つじつま)を合わせるべく、商材をもっと根本から練り直す必要に迫られたのだ。残業続きでようやく新しい企画書を完成させて上司に見せた時、あのクソ上司「俺、そんなこと言ったっけ?」とかほざきやがった。あの時は、テメエが吐いた証拠の議事録を100部プリントアウトしてその口に突っ込んでやろうかと思ったものだ。

 

……まあつまり、何が言いたいのかというと、部下が必死こいて立てた計画を、無能な上司の一突きで滅茶苦茶にすることなどあってはならない、ということだ。ナザリックはホワイト企業。理想の上司を目指すのだアインズ!

 

「……う、うむ。なかなか悪くない提案だ。生かして利用するという考え方、嫌いではないぞ。殺してしまっては、使えるものも使えなくなるからな」

 

アインズは、先ほどまでの自分を思いっきり棚に上げて、そんなことをのたまう。

 

「……しかし、そのままでは先ほどの話と噛み合わないな。エントマは既に顔を見られている。“蒼の薔薇”とエントマを引き合わせた(のち)に生きて帰しては、繋がりがばれてしまうではないか」

 

アインズは純粋に疑問を口にする。しかし、「そう(おっしゃ)ると思って」とばかりに、デミウルゴスは用意していた「回答」を述べる。

 

「そこでですが、こういう余興はいかがでしょう? ――――」

 

……………………。

 

「なるほどなるほど! 面白いな。しかし、まずはエントマ本人の意志を確認しないとな。呼んできてもらえるか?」

 

 

 

 

「アインズ様。プレイアデスが一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御身の前に」

 

それから数分と待たずして、エントマは執務室に出頭し、臣下の礼を取った。エントマ特有の少し間延びしたような口調は、真面目な時は幾分か()りを(ひそ)める。なお、今のエントマの声は、以前の侵入者の女から取ったものだ。

 

「よく来たなエントマ。今日は折り入ってお前に話があるのだ」

「はい。ご用命とあらば、いかようにも」

「“蒼の薔薇”のイビルアイ、覚えているか?」

 

ギチィ、と奇妙な音が室内に響く。その名前は、自分に屈辱を与えた(にっく)き敵の名前だ。同時に、敗北という形でナザリックに泥を塗ってしまった、自らの罪の名前だ。

 

「……もちろんです、アインズ様。贖罪(しょくざい)の許しをいただけるというのであれば、今すぐにでもこの命――」

「待て待て。そういう話ではない」

 

こういうのホントやめてほしい。うちの子に多いんです。……とアインズは心の中で愚痴った。

 

「実はな、おそらく明後日(みょうごにち)、あの連中が偽ダンジョンにやって来る」

「!!」

 

エントマがピクッと大きく反応する。

 

「エントマ、対処してみるか?」

「ア、アインズ様……」

 

エントマは目に見えて動揺していた。身体のあちこちから、カシャカシャと小さく甲殻を擦り合わせるような音が聞こえる。

 

「ん? 言いたいことがありそうだな。申してみよ」

「アインズ様。可能であれば、私も戦いたく存じます。ですが、私は一度失態を演じた身。それでも、再戦の機会をお許しいただけるのですかぁ?」

 

エントマが、自分の力不足を心底悔やむように、血を吐くような悲壮な声で問いかける。

 

「エントマよ、お前は大きな勘違いをしている」

「……え?」

「お前があの時敗北した理由は単純だ。不幸な遭遇戦だったからだ。手の読めない相手、数の不利、属性や相性の不利……。そんな中、お前はよく戦ってくれたと思う。お前の健闘を誇りに思う」

「……アインズ様ぁ……」

 

エントマが感極まる。早い早い。

 

……そう、アインズはよく知っているのだ。遭遇戦の怖さと理不尽さを。アインズ自身、今まで数え切れないほどの敗北を(きっ)してきたのだから。その無念も、そして、「あの時ああだったら……」という後の祭りの反省も、その蓄積全てが今のアインズを形作っている。だからこそ――

 

「逆に言えば、だ。相手を知り、準備を整えた状態ならば、お前が、確実に、余裕で、勝てる!」

 

アインズは力強く区切って言う。その姿は、歴戦のプレイヤー殺し(P K)上級者のそれだった。

 

「エントマ――」

 

アインズは立ち上がると、ゆっくりと歩いてエントマに近づき、ポンと肩に手を置く。

 

「――お前を、勝たせてやろう」

 

「――――」

 

エントマがブルブルと震える。

 

「アインズ様ぁ! 私、勝ちたいですぅ! 何卒(なにとぞ)何卒(なにとぞ)!!」

 

エントマが伏して願う。おそらく今まで、自らの手で復讐を果たせないことに、諦めつつも()方無(かたな)い思いを抱いていたのであろう。あの小娘の声を褒美として願い出たのも、結局はその叶えられない願いからの妥協の産物にすぎない。しかし、いざ自分が手を下せると分かれば、エントマの熱意は凄まじかった。

 

「良し。その返事、受け取った。では計画を始めよう」

 




アインズ様のうっかりもキリッも、全てが尊い。

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