ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

俺が勝たせてやんよ!(プロポーズ)



作戦

「アルベド、あとでシズに連絡して“蒼の薔薇”用にダンジョンを調整させておいてくれ」

「はい、承りました。細かなご要望はございますか? 必要ならば追い込みますが……」

「基本は普段通りで構わん。ただ、レベル30……は、荷が重いな。レベル25チーム用エリアまで当たらせて、それより上は引かせておけ。途中で撤退されてはかなわん」

「はい。では、レベル25チーム用エリアを抜けたところで、エントマと会敵(かいてき)、という流れですね」

「うむ。……いや、待てよ。その前に、死の騎士(デス・ナイト)1体とくらいは戦ってもらうか。あれは防御は固いが攻撃は弱い。良いウォームアップになるだろう。私も連中の戦闘の様子を見たいしな。まあ、イビルアイがサクッと片付けてしまうかもしれんが……」

「畏まりました。ではそのように……」

 

 

 

 

「さて、まずエントマの装備だが――」

 

アインズはエントマの姿を見回す。和風メイド服というこだわりの逸品だ。某氏曰く、会心作であるとのことだ。

 

「エントマよ、お前のその装備は、創造主である源次郎さんが、お前のために用意したもの。お前の特性に合わせて、その効果が最大限引き出されるように設計されている」

「はいっ!」

 

エントマが嬉しそうに返事する。やはり創造主の話となると食いつきが違う。

 

「このナザリックには、私の仲間たちが作った神器級(ゴッズ)アイテムが幾つか保管されているが、装備可能だからといってそれに無理矢理換装したところで、お前の性能と噛み合わない可能性の方が高いだろう」

 

ユグドラシルとはそういうところだ。万能の装備など存在しない。あくまで自分の強みを活かす、あるいは弱点を補うよう、選んでカスタマイズするのが基本だ。

 

「よって、大幅な装備変更はしない」

「はい。了解ですぅ」

 

勝手にデザインを変えるのも忍びないしな、とアインズは付け加える。エントマも誇らしそうだ。

 

「ただし、補助効果のある指輪2つ分だけは換えさせてもらうぞ。これは最低限必要だ」

 

「装備枠」という概念は、この世界でも生きているらしい。同じ指輪スロットに、マジックアイテムを重ねて付けることはできない。アインズのように課金していなければ、左右の手に1つずつだ。

 

外す指輪は、ひとつは支援系魔法詠唱時の効果増大、もうひとつは精神系魔法への耐性強化だ。源次郎が装備させたのだろうか。汎用的で手堅いチョイスだが、今回の戦闘に限って言えば、外してもさほど影響はない。

 

「さて、エントマ。お前に装備してもらう指輪のひとつは、これだ。大地系属性への強い耐性を与える伝説級(レジェンド)アイテムだ。第七位階以下程度の魔法など、ダメージをほぼゼロにできる。これがあれば、あのイビルアイの攻撃魔法のほとんどを無力化できるだろう」

 

……そう、これが「相手を知る」ということだ。属性特化のエレメンタリストなぞ、結局タネが割れてしまえば対処は容易(たやす)い。

 

ユグドラシルを長くやっていれば、多種多様な敵への対応を強いられる。ナザリックには、あのクソ運営が出す癖の強いボスに合わせてわざわざ用意した、()()()()()が、そのクエストの数だけ保管されているのだ。基本属性系統への対処など、初歩の初歩でしかない。渡した指輪も実は、100レベルプレイヤーが束になってかかるような水晶系のボス対策に、過去に使用したものである。イビルアイ相手にはオーバースペックも良いところだ。

 

なお、大地系属性には宝石、酸、毒、重力も含まれる。実質イビルアイの攻撃手段のほとんどを封じる形だ。

 

「エントマ、これの良いところはな、奴の魔法が『無効』ではなく、ほぼ『ダメージゼロ』になるところだ。この意味はわかるか?」

「はい。『効いてるフリ』ができる、ということですね?」

「その通りだ」

 

エントマの答えに、アインズは満足そうに頷く。

 

かつてのアインズとシャルティアとの戦いは、守護者やプレイアデスの間では語り草となっている。もちろんシャルティアを(おとし)めるつもりはなく、そこは気を遣っているのだが、単純に至高の御方の戦術の巧みさを褒め称えているのだ。その中でも、相手に欺瞞(ぎまん)情報を掴ませるということの大切さは、ちゃんと伝わっているようだ。

 

「“蒼の薔薇”の情報は既に一通り調べさせている。……有名人とは因果なものだな。装備品はもちろん、今まで人前で使った魔法や特殊技術(スキル)までもが丸裸だ。もっとも、まだ明かされていない隠し球はあると思って警戒しなくてはならないが……」

 

そう言いつつ、アインズは報告書の一つを取り出して、エントマに手渡す。

 

「それによると、イビルアイで大地系魔法の他に気をつけなければならないのは、第五位階魔法の〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉だな。大地系が効かないと知られれば、こちらにシフトして連発してくる可能性が高い。まあ軽減はしてやるが、お前は少なくとも、『他の魔法よりも地属性が効く』と誤認させて、無駄撃ちを誘発する必要がある。できそうか?」

「もちろんです! やってみせます!」

 

エントマが元気に答える。というか――

 

「アインズ様、先ほど『軽減』と(おっしゃ)いましたが、それはもうひとつの指輪で?」

「いや。私の魔法でだな」

「え?」

 

予想外の回答に、エントマの動きが、はたと止まる。

 

「エントマ、戦いの直前になったら、私がお前に、ありったけの強化魔法(バフ)をかけてやるつもりだ」

「え? ア、アインズ様御自(おんみずか)らですかぁ!?」

「もちろんだとも」

「ふぁっ!?」

 

意外すぎる展開に、エントマが何やら大変なことになっていた。身体のあちこちがわちゃわちゃしている。大丈夫なのかそれ?

 

「私も本来はお前と同じ、後衛の支援系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。これでもなかなかのものだぞ。今回は私自身は魔力残量を気にしなくていいからな。〈時間延長化(エクステンドマジック)〉を加えて、都合30……いや、40種類以上か、たっぷりとお前に注ぎ込んでやろう。かつて仲間達を支えてきた我が力、存分に味わうがいい」

「ふ、ふわあぁぁ~~!!?」

 

エントマがなんだか地面からちょっと浮いてる。え、それ〈飛行(フライ)〉じゃないよね、どうなってんのそれ?

 

一方で、向こうで「ガタッ」と音がした。アインズが振り向くと、アルベドがわなわなと震えていた。

 

「あ、アインズ様! 私にも……その、強化魔法を……!」

「……アルベド。お前の何を、いつ強化するというのだ……?」

 

アインズが呆れたように言う。

 

「くっ!? わ、私、今から侵入者の排除に行ってきます! ですから!」

「落ち着け! オーバーキル過ぎるわ!」

「でしたら弱体化魔法ですね!? さあどうぞ!」

「落ち着けぇっ!!」

 

……アルベドは放置しよう。何やら向こうでブツブツと作戦を考えているのが怖いが……。

 

「……さて、エントマ。その指輪と私の魔法支援、それだけでお前は充分楽に勝てる。他にも巻物(スクロール)や消耗品等、必要なものがあれば用意しよう。その上でお前に頼みがあるのだが……」

「? なんなりと」

 

ここにきて「頼み」と言われたことに首を傾げながら、メイドとしての礼を取る。

 

「“蒼の薔薇”を全員、生かして帰してやってほしい」

「……畏まりました」

 

エントマが苦もなくペコリと頭を下げる。……忠誠心が高いというのも困りものだ。これでは、本人の意志が、アインズの一言で全て塗り替えられてしまうではないか……。

 

「まあ聞くのだエントマよ。私は『頼み』と言ったぞ。盲目的に従わせるのは本意ではない。事情を話すから、その上でお前の正直な感想を聞かせてほしい」

 

そう前置きし、アインズは“蒼の薔薇”が今後の計画の役に立つこと、殺しては勿体無いことを説明する。

 

「――そういうわけで、なるべく生かしておきたいのだが……」

「……アインズ様、でしたら、私をこの任からお外し下さい。私はあれらとは面識があります。計画の妨げになるわけには参りません」

 

エントマは、この執務室に来てからついさっきまでの悲喜(ひき)交交(こもごも)をそのまま投げ捨てるように、事もなげに言い放った。……本当に、この忠誠心には困ったものだ……。

 

「そこでだなエントマ。私はお前に、正体を隠して、連中を追い払うことを頼みたい」

「……え?」

 

エントマがようやく困惑の表情を見せた。

 

「実は、お前の正体を隠す方法があるのだ。この指輪を付けてみるが良い」

 

エントマがまた別の指輪を受け取り、指に()める。するとその瞬間、全身が黒く染まり、黒い(もや)が吹き出した。

 

「アインズ様、これは……?」

「それは“黒衣(くろご)の指輪”と言ってな、装備した者の正体を分からなくするものだ」

 

黒衣(くろご)の指輪”。これを装備すると、対象は輪郭のぼやけたシルエット状になり、(もや)のエフェクトも付く。ユグドラシルでは、情報ウィンドウに表示されるプレイヤー名や所属ギルドまで黒塗りになるという、なかなかに凝った仕様だ。正体を隠す専用のマジックアイテムである。

 

……しかし、実のところ、レベル80以上ならたいてい用意している程度の看破系の魔法や特殊技術(スキル)で、簡単に剥がれてしまったりする。そのため、レベル100プレイヤー相手に闇討ちPKなどまず不可能、という、結局は微妙系のネタアイテムというオチが付く。ただ、これのせいで一時、低レベルプレイヤーへの辻斬りPKが横行し、用心棒を雇い入れての剥がし&晒し祭りが、あったとかなかったとか……。

 

アインズもさっき「あれ? 見た目変わらないな」と思ってはたと気づき、自身の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の〈魔法的視力強化/透明看破〉を切って、正常に動作していることを確認した。

 

(ふむ……これがフレーバーテキストの『認識阻害』というやつか。面白いな)

 

ユグドラシルでは再現できなかった感覚が、この世界では再現されているらしい。真っ黒な状態のエントマを見ていると、頭が少しぼんやりして、その大まかな姿でさえなぜか印象に残らない。アインズは特殊技術(スキル)のオン・オフを切り替えつつ、エントマを興味深そうに眺めた。そして、エントマが少し困ったようにもじもじとしたところではっと我に返り、視線を切った。

 

「オホン……デミウルゴス、説明してやってくれるか?」

「お任せを」

 

今回の作戦の提案者であるデミウルゴスが引き継いで、幾つか細かな説明を加える。

 

「――まとめますと、エントマ、あなたがこの任務に就くにあたって、『縛り条件』が二つあります。ひとつは、“蒼の薔薇”を殺さないこと。もうひとつは、“蒼の薔薇”に正体を悟られないこと。よろしいですか?」

「はい」

「その指輪を付けるのはもちろんのこと、以前使ったものと同じ……いえ、正確には、()()()()()()特殊技術(スキル)を使ってはいけません。どうですか?」

「……んぅ~……できます! お任せ下さいぃ!」

「良い返事です」

 

既にエントマの中では戦術を立てているらしい。デミウルゴスも満足そうだ。

 

「あ~と、エントマ、正体をバラすなとは言ったがな――」

 

一応、アインズは一言付け加える。

 

「思わぬ事故で、勘付かれてしまうこともあるかもしれない。お前の能力や手腕に関係なく、偶然というのは起こりうるものだからな。万一、連中に気づかれてしまったら、その時は作戦を『皆殺し』に変更する。たとえ連中が死んでも、代わりのプランならいくらでもあるからな。私はどっちに転ぼうが構わんぞ」

 

ここまでの流れを全部ひっくり返すようで悪いが、もし仮にこの計画が失敗してもエントマが落ち込まないように、アインズは一応の保険をかけておいた。これはアレだ。「何かあっても俺がケツを持ってやる。とりあえずお前のやれるところまでやってみろ」という「理想の上司」像だ。

 

……ちなみに、アインズは代わりのプランどころか、メインのプランすら知らない。大丈夫、いざとなっても、あの優秀な二人ならきっと何とかしてくれる。……あれ? これむしろ最低の上司じゃね……? ……そんなアインズの葛藤(かっとう)は続く……。

 

「アインズ様、ご安心下さい! このエントマ、必ず成功させてご覧に入れます!」

「うむ、期待しているぞ。その……すまないな。成功した場合、お前に約束した、あの娘の声をやることはできんが……」

「いいえぇ! それ以上のものをいただいております! 必ずや、このご恩に報いてみせます!」

 

ええ子や、とアインズは温かな気持ちになった。

 

ああ、それと最後に――

 

「大事なことを言い忘れていたな。前回お前を苦しめた、あのイビルアイのオリジナル魔法。名前は確か……〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉、とか言ったな……」

「っ…………」

 

エントマがキュッと身を固くする。おそらくトラウマなのだろう。天敵魔法だしな。

 

「はっきりと言おう。それを防ぐ手立てはない」

「……分かっております」

 

ユグドラシルにおいて、種族特性というのは強固なものだ。それは装備や魔法で安易にカバーできるものではない。アインズ自身、スケルトンメイジ系の特性として炎、神聖、そして打撃という弱点があり、多少細工したところで、そのうちの一つを軽減できるくらいが関の山だ。

 

「私の支援魔法による能力底上げで、相対的に脅威を減らすことはできるかもしれんが、何より、アレを食らった時点で、お前の種族がバレてしまう。そうなると、連中が何か勘付くことは明白だろうな」

「はい」

 

その通りだ。そしてそれは「作戦失敗」を意味する。

 

従って、言えることはただ一つ――

 

「だから、絶対に食らうな」

 

 

 

 

作戦説明が終わり、一旦第7階層に戻ったデミウルゴスは――

 

(アインズ様。このデミウルゴス、少しでもご期待に沿うことができたでしょうか?)

 

――自らを(かえり)みていた。

 

(私の提案した内容など、当然アインズ様は見越しておられただろう。あの“蒼の薔薇”を生かしつつも、エントマの屈辱を晴らし、我らシモベの溜飲(りゅういん)を下げるための策。おそらく、あの偽ダンジョンを作った時から……いや、もっと以前から……。しかし、アインズ様は御自(おんみずか)らそれをお命じになるのではなく、配下である我々から案として上がってくることを望んでおられた。……本当に、どこまでも聡明で、慈悲深きお方よ……)

 

……人知れず涙する最上位悪魔(アーチデヴィル)がいたことを、アインズは知らない。

 




さあ、捏造とオリジナル設定いっぱいですよ~!
ここが受け入れられるかどうかで分かれると思います。
よろしければそのあたり、ご感想お聞かせ下さい。

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