ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

バフみ。



会敵

「ヨク来タナ。待ッテイタゾ」

 

王都西にある洞窟の深部、人の知られざる領域にて――

 

「サア、死ヌ気デカカッテコイ」

 

――“蒼の薔薇”は、正体不明の存在と対峙(たいじ)していた。

 

小柄な()()と、少女のような声。しかしその全身は漆黒に染まり、その声色は殺意に満ちている。

 

華麗なるアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のリーダーことラキュースは、正義を重んじる。たとえ相手が人間でなかろうと、会話ができるのであれば、まずは平和的交渉を試みるのが彼女の信条だ。

 

「あなたが、この洞窟の主かしら? 勝手に入ったことは謝るわ。けれど、ここは私達人間が縄張りとする地。人間として見過ごすわけにはいかない。もしよければ、ここが()()()()()、あなたが()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私達に聞かせてはもらえないかしら?」

 

貴族の令嬢らしく、ラキュースは(りん)と澄んだ声で威厳を持って問いかける。……が、なぜだろう? 今にも「ほらね、怖くない。ね? 怯えていただけなんだよね?」とでも言い出しかねない、妙にあったかい雰囲気を(まと)っているのは……。

 

「…………」

 

「その存在」は、ラキュースの質問に一切答えることなく無言で立ちすくみ、剣呑な雰囲気でこちらを凝視している。明らかに話し合いに応じる構えではない。

 

「おい、貴様! 何者だ!? その黒い姿……見たことはないが、お前は()()()()種族なのか? それとも、正体を隠しているのか?」

 

イビルアイが強者の雰囲気を(まと)い、高圧的な態度で詰問する。この場の優位は自分たちの方にこそある。何しろ、奴は今まさにこの棲家(すみか)の奥底まで入り込まれ、後がないのだから……。

 

「…………」

 

……無言。しかし――

 

「なっ!? くっ……!」

 

「ごおっ」と、その黒い姿から凄まじい殺気が膨れ上がる。圧倒的な敵意が叩きつけられ、一同が身を(すく)ませる。

 

黒い存在の両手が、すうっと「()」の字に伸びた。あれは、鎌のような武器だろうか。全てが黒いため、どこまでが手で、どこからが鎌の(つか)かすら分からない。

 

「おいラキュース、どうやら話し合いに応じる気はなさそうだぜ。野郎、最初のセリフ以外もうウンともスンとも言いやがらねえ」

「向こうは完全にやる気。殺気がガチ」

「残念。美少女のお出迎えなら良かったのに……」

 

ガガーラン、ティナ、ティアはそう言うと、武器を構えた。ラキュースは「ふぅ……」とやるせなさそうに溜息をつくと、気持ちを切り替えたのか、キッと()を目で射抜く。

 

「総員、戦闘態勢!! 強敵1! たぶん近接戦闘型! 方針はさっきと同じ! かかれ!!」

 

一同は散開する。

 

「まずは私から開幕と行こうか! 〈飛行(フライ)〉!」

 

イビルアイは空間の広さを生かし、空戦を選択する。

 

「さっきの死の騎士(デス・ナイト)より弱いなんて言うなよ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

空中から滑空するように高速接近し、爆撃機のように水晶の欠片を放出する。

 

敵は鎌を持ったまま両手で顔をかばい、そのまま多くの(つぶて)をその身に受けた。魔法で作った結晶はすぐさま消え去る。並の生き物なら、この時点で穴だらけの身体から血を吹き出して倒れるはずだ。しかし、やはりそんなに弱いはずがない。奴は持ちこたえていた。全身が黒いので、どのくらいの傷を与えたのかもよくわからない。

 

黒い存在がかばっていたその両腕を下ろした時には、既にガガーランが目の前まで肉薄し、刺突戦槌(ウォーピック)を振りかぶっていた。

 

「ォォオオオ! 〈剛撃〉!」

 

武技によりスピードの倍加した振り下ろし。しかし――

 

「…………」

 

スッと、黒い影は最小の動きでそれをすり抜けた。そして、まるで力の入っていないような振りで、鎌を一閃する。

 

「ぐっ……!」

 

それは鋭く、ガガーランの踏み込みの足に一筋の傷を作った。

 

と、黒い敵の右後方から――

 

「シッ! 不動金縛りの術!」

 

ティナが“スリケン”を投じると同時に、忍術を発動する。これが決まれば、敵は避けることすらできずに刃物の餌食となる。

 

しかし――

 

「…………」

 

金縛りをかけたのにも関わらず、敵は首だけをひょいと曲げてスリケンを避けると、お返しに何かを投擲(とうてき)する。それは意趣返しとばかりに黒くて平べったい、謎の物体だった。ティナの投擲(とうてき)速度よりも速く、正確に眉間を狙う。

 

「っ!?」

 

ティナがギリギリで身体を反らして避けられたのは、経験と勘によるものか……。

 

「なら、こっち!」

 

今度は敵の左斜め後ろから、ティアが網を投じる。しかし、網は敵にかかることなく、パサリと落ちる。

 

「…………」

 

黒い敵はティアに向き直り、先ほどと同じく、()()()()をティアにも投げつける。

 

「おぉぅっ!!」

 

既に見て心構えのできていたティアは、どうにか避ける。……それにしても、鎌を持っている手でそのまま投擲(とうてき)を行うとは、並大抵の技術ではない。黒くてよくわからないが。

 

「これならどうだ!? 〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉!!」

 

やや上空、敵の死角から、イビルアイが得意のオリジナル魔法をかける。しかし、それは効果を発揮しない。

 

「くそっ、だめだ!! 行動阻害耐性あり! 弱体化不可!」

 

イビルアイがすかさず叫んで全員に伝える。行動阻害のみならず、負のエネルギーによるダメージと数々の状態異常を引き起こす、イビルアイの最強のカードの一つ〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉。これを抵抗(レジスト)された以上、もはや搦手(からめて)による弱体化は不可能と見ていい。

 

「〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

 

ラキュースがガガーランをやや後退させ、足を手早く治癒する。人間は万全かそうでないかで出せるパフォーマンスが全然違う。ラキュースは続いて強化魔法(バフ)の詠唱に入る。長期戦になる構えだ。

 

「…………」

 

敵は無言でじっとしている。現在はガガーラン、ティナ、ティアで三角形(トライアングル)状に囲んでいる布陣となっている。支援役のラキュースはガガーランの後ろ。イビルアイは空中にて臨機応変。この完璧な包囲陣形に対し、黒い存在は、今のところ自分から積極的に仕掛けてくる様子はない。しかし、じっとこちらの様子を観察しているような、何か底知れない不気味さを感じる。

 

「……コイツ、やっぱ似てやがんな。なあティア」

「……確かに」

 

……そう、似ているのだ。小柄ながらに異常な底力を持っているところも、行動阻害や弱体化魔法(デバフ)が効かないところも、死角に回り込んだはずなのに完璧に対応される視野の広さも、そして、向けられる殺気の種類も……。実際に剣を交える戦士職には、戦う相手に対する、何かそういう「気付き」みたいなものがある。

 

「なあお前、キモ蟲メイドだろ!? 王都で俺と戦った」

「…………」

 

無反応。

 

「ご主人様はどうしたよ? ヤルダバオトってやつ」

「…………」

「黒くてわかんねえけどそれメイド服だろ? あのくっそ(かて)ぇの」

「…………」

「なんかしゃべれや! 女の声してたけど、アレだろ? “口唇蟲(こうしんちゅう)”っつったっけか。本当の声聞かせてくれよ。俺、お前のダミ声好きだぜ」

「…………」

 

ガガーランは手当たり次第にカマをかけてみる。が、全て無反応。

 

「ガガーラン、さすがに見当違いだ」

「けどよぉ……」

 

イビルアイが(いさ)めるが、ガガーランは不審がっているようだ。まあ、気持ちは分かる。あれほど強い存在とは、そうそう出会うものではない。おまけにどちらも王都近辺だ。このレベルの魔物が他にもゴロゴロといられては、たまったものではない。だが――

 

「こいつはあの蟲メイドより攻撃手段は少ないが、近接戦での基礎能力は多分上だぞ」

 

ガガーランとティアは蟲メイドと死闘を繰り広げたせいで印象が強いのかも知れないが、イビルアイは知っている。ヤルダバオトの配下には、あれと同じくらいの強さのメイドがもう4人いた。それに、イビルアイはその長い人生の中で、それなりの数の強者に出遭ってきている。おそらく、世の中いるところにはいるのだ。人間の生活圏が狭いだけで。

 

「でも、正体を隠しているのは怪しい」

「む……」

 

確かに、それは一理ある。あの黒いのが元から「そういう生き物」でないとしたら、特殊技術(スキル)かマジックアイテムにより、正体を隠している、ということになる。

 

(だとすると、何のために……?)

 

仮に、もしもあれが、正体を隠した()()蟲メイドだとしたら、この洞窟はもしや、大悪魔ヤルダバオトの(ねぐら)……?

 

(馬鹿な!?)

 

そこまで考えて、イビルアイの背筋にはぞぞぞっと何かが這い上がる。

 

(……まさかとは思うが……いや、そんな……。……確かめなければ……!)

 

そして、もしもそれが真実なら、何としてでも無事にここから生還して、この事実を伝えなければならない。王国全土に、そして、あの大悪魔と互角に戦える唯一の存在、英雄モモン様に……!

 

「なあイビルアイ。もしヤツの正体が蟲メイドなら、『アレ』が効くんじゃないか?」

「……ああ、そうだな」

 

そうだ。確かめる方法はあるのだ。

 

「…………!」

 

突如、それまで静かだった黒い存在に動きがあった。ユラリ、と左右に揺れたかと思うと、例の()()()()を、2つ同時にイビルアイに向けて放つ。

 

「くっ……〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 

地上でならともかく、空中では瞬時の制動が効かない。イビルアイはやむなく魔力で盾を生み出し、跳ね返す。「ガインッ!」という、異様に固くて重い衝撃音が響いた。まともに食らっては危ない。

 

(まさか、こいつ、今の話を聞いていた……? 本当に奴の正体はあの蟲メイドで、話を聞いて危機感を抱いたのか? ……いや、あるいは単純に、身に覚えのない無駄話で戦闘を中断されて、痺れを切らしただけの可能性もある、か。……やはり、ここはひとつ、確かめるしかないな……)

 

イビルアイが身を守りながらそう考えている隙に、敵はシュッとかき消えていた。

 

「ティナ! 後ろ!!」

 

遠くにいたお陰で動きを追えていたラキュースが叫ぶ。黒い存在は恐るべき速さで地を滑るように移動し、自分を囲んでいた三角形の一角、ティナの背後へ逆に回り込んだのだ。

 

「くっ!」

 

繰り出される高速の鎌を短剣で辛うじて受けきったティナは、そのまま体当たりでふき飛ばされる。黒い敵はそのまま包囲を抜け出して後退した……かと思うと、そのままUターンし、今度はティアに襲いかかる。

 

「なめるなっ!」

 

黒い2つの鎌を、同じく2振りの短剣で迎え撃つティア。しかし、2刀を受け止めた瞬間に強烈な蹴りをくらい、ガガーランのところまでふっ飛ばされる。

 

「ふぐっ!」

「うおっ!?」

 

ティナとティアがふっ飛ばされた先は、ラキュースとガガーランのいる位置。つまり、今は4人とも固まった位置にいる。イビルアイは空中で後退し、4人と敵との間に割って入れる位置で牽制している。これを狙っていたとばかりに、黒い存在はスッと右手の鎌を掲げた。その瞬間――

 

ゴオォッ! っと、炎が吹き出した。洞窟が瞬時に煌々と照らされる。洞窟の薄暗さに慣れた一同の目に、唐突に増した光量が襲いかかり、視界が一瞬真っ白に染まった。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

あまりにも予想外な攻撃に即座に対応できず、炎に巻かれる面々。どうにかゴロゴロと地面を転がって抜け出し、手持ちの回復手段で手早く火傷(やけど)を癒していく。

 

「やられた……。魔法が使えるなんて……」

 

黒い存在は、炎に照らされてもなお暗いその姿で、その場を動かず、そんな4人の踊る様子をぼんやりと見つめていた。

 

……そう、ぼんやりと見つめていた。

 

(バカめ! 隙だらけだ!!)

 

炎の餌食になるのを唯一回避していたイビルアイが、低空飛行で回り込み、潜り込むようにしてその横顔に殺到する。そして――

 

「くらえっ! 〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉!!」

「!!?」

 

――白い霧が、その黒い身体を覆った。

 




蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉:エントマの天敵魔法。食らうと死ぬ(蒼薔薇が)。

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