お願い死なないで“蒼の薔薇”! あんたが今ここで倒れたら、アインズ様との約束はどうなっちゃうの? 隠蔽の効果はまだ残ってる。ここでバレなきゃ、生きて帰れるんだから!
「くらえっ! 〈
「!!?」
二百年前、イビルアイが蟲の魔神向けに開発したという、オリジナルの殺虫魔法が炸裂した。白い
「!……!」
最初、黒い影は、驚いて身構えている様子だった。
「…………?」
次に、不思議そうな仕草で、自らを覆う白い
「…………」
しまいには、
手で扇いだ程度では魔法の霧は晴れない。相変わらずまとわりついたままである。しかし、魔法の効果時間自体がほどなくして切れ、白い
「…………」
その一部始終を、イビルアイは見ていた。炎から抜け出して治癒中のガガーランも、ティアも、ティナも、ラキュースも、全員が見ていた。……状況は明らかだ。先ほどのイビルアイの魔法は、相手に何の
「…………」
黒い存在が、不意打ちで魔法を食らわせたイビルアイをジロリと睨み、右手の鎌を掲げた。その仕草には見覚えがある。
「っ!? 回避!」
次の瞬間、ゴオッと炎が吹き上がった。今度は効果の中心にいたイビルアイも少し焦げたが、残り4人も軽く
「イビルアイ、すまねえな。勘違いだったみたいだ」
「なに、私も気になったからな」
結局魔力を無駄にしただけだったが、まあ、疑念を晴らすための必要経費とでも思うことにしよう。イビルアイはむしろ、あのヤルダバオトとの繋がりという、身の毛もよだつような連想を断ち切れたことに、心のどこかで
「しかし、そうなると厄介だぞ。あいつには弱点がない。その上、蟲メイドより強い」
「あーあ。とんだ復帰戦だなオイ」
「違いない」
ガガーランとティアがそんな軽口を叩く。さあ、仕切り直しだ。
◆
『「絶対に食らうな」、とは言ったがな、エントマ』
アインズの話には、続きがあった。
『食らうのを恐れて全力で逃げていては、それはそれで正体をバラしているようなもの。これも先ほどの
……そう、全ては戦術のうちだった。
まずはじめの仕掛けは、符術〈轟炎符〉。〈爆散符〉とは異なり、純粋な炎ダメージを与えるものだ。これは同時に相手の目をくらませ、炎への対処に集中させ、エントマ自身から注意を離す目的がある。
次にエントマがしたことは、幻を作り出す
それと同時に、エントマはある一つの
不可知化したエントマは幻影から離れ、〈
あとは〈
もちろん、ここまでお膳立てしておきながら、イビルアイが〈
ここまで全ての布石も、第九位階魔法の
◆
「〈
イビルアイの酸の攻撃を避けた黒い存在に合わせるように、ガガーランが待ち構えて
「ふん!」
それはあっさりとかわされる。しかし、想定済みだ。
「砕けや!」
“鉄砕き”の特殊効果が発動する。この洞窟の地面は不思議な効果で砕けなかったが、地属性の衝撃は同心円状に広がった。
「…………」
黒い存在はほんの少しバランスを崩す。それを狙っていたとばかりに、背後からティナが短剣を振り下ろした。
「…………」
しかし、そんな崩れた体勢からすら、黒い存在はその短剣をかわしざま、鎌を一閃する。その瞬間、ティナの短剣を握った右手首は宙を舞った。
「っ!」
ティナは素早く距離を取ると、左手で懐から第二位階魔法〈
ティナがそうしている間にも、戦局は動いていた。
「射出!」
ラキュースが“
「…………」
カカカカンッと、4本の剣のうち3本は、鎌によって強く弾かれ、大きな円軌道を取ってラキュースの元へ戻っていった。そしてもう1本は――
「ぐっ……」
背後で隙を突くつもりだったティアの右肩口に突き刺さっていた。これを狙って弾いたのか。超級の技術だ。
「〈
ティアが回復する間、今度はイビルアイがカバーに入る。短剣はかなりの速度で黒い存在の背中に突き立った。
「…………」
さすがに効いたのか、黒い影は身をかがめて膝を折る。そこへ――
「ここだっ! くらえっ!」
ガガーランの
「…………」
……それを、黒い影はヒョイヒョイとかわし、時には先端に鎌を引っ掛けて
「ぁ……ぁ……っ」
それは、ガガーランの右の首筋を裂いた。ガガーランは
「ガガーラン! しっかりしろ!」
ティナがガガーランを後ろに引きずり倒すと、手早くポーションを振りかける。
「す、すまねえ……。けど……くそっ……」
ガガーランは今の
「超技!
仲間が続々と返り討ちに合う中、今しかないと思い、ラキュースは“魔剣キリネイラム”の効果を発動する。派手な衝撃波が、黒い存在へ殺到する。
「…………」
「カィンッ!」と、妙に軽い音がした。見ると、黒い存在の左手には、鎌ではなく、真っ黒なカイトシールドのようなものが掲げられており、ラキュースが放った無属性エネルギーの奔流は、あっさりとそれに受け止められていた。
「そ、そんなっ!? 闇の力を秘めし、私の超技が……っ!」
ラキュースは驚愕している。そもそも、あんな盾をどこから出したのだ? いくら黒くてよく分からないとはいえ、大きさ的にその身に収納するスペースなどなかったはずだが……。
「…………」
お返し、とばかりに、黒い影はラキュースに向けて何かを
「ぐぅっ!」
剛速球と言っていいその塊を、ラキュースは“
そこへ、時間差でもう1球、腹に飛んできた。
「ぐふぅっ!?」
ラキュースの鎧、“
「ぐぅぅ……」
ラキュースが
ラキュースは思った。このままではまずい、と。メンバーは事あるごとに深刻なダメージを負い、回復アイテムは恐ろしい勢いで消え、
(判断が遅れたわ……!)
リーダーとしてそれを後悔する。しかし、まだ遅くはない。まだ誰も死んでいないのだから。
「総員、撤退! アレは無理!!」
そう声を張り上げた時には、ティアが脇腹を切り裂かれていた。イビルアイが素早くティアを回収し、ポーションを傷口にかけつつラキュースの元まで後退する。他のメンバーも集まった。あとは、もと来た通路まで全力で走るだけだ。
……しかし、黒い存在は確実にこちらを見て、逃すまいと殺気を放っている。
イビルアイが、4人の前に真っ直ぐに立ち――
「……お前達は足手まといだ。先に行け。私がなんとかする」
――敵を
「イビルアイ……」
彼女ならそう言うだろうということは、メンバー全員が分かっていた。そして、悔しいが、それが最善だということも……。
「お願い。ほんの少しでいいから時間を稼いで。それからすぐに逃げて。待ってるから」
「ああ、わかっている」
イビルアイが決意の目で4人の前に立ちはだかる。
「お前なぞ私一人で充分だ! くらえ! 〈
イビルアイが電撃を放つ。これならばあのカイトシールドを貫通し、本体にもダメージを与えることができる。
「…………」
龍の如き閃きが通り過ぎ、一瞬奴の動きが止まったが、さほど効いていないようだ。魔法の選択を誤ったか。……しかし、今一瞬あのカイトシールド自体が「ビクッ」と跳ねたような……。いや、きっとあの黒い
イビルアイが仲間の逃げ道とは逆方向から接近を試みると、黒い存在はイビルアイに向き直り、さきほどのあの黒い塊を放った。イビルアイは〈
「ぐっ! ……くそっ」
思わぬダメージにイビルアイは歯噛みする。……しかし、これで時間は稼げた。メンバー4人が通路口でこちらを見て「コクン」と頷き、その向こうへ駆けていったのを確認した。あとは自分も逃げるだけだ。
……その時、通路口の左右に、輝く魔法陣が出現した。何かが召喚されてくる……。
一体は、トレンチコートに笑い顔の仮面を身に着け、指先がメスになっている細身のアンデッド。もう一体は、包帯の巻かれた身体に
細身のアンデッドの方は4人を追い、肉厚なアンデッドの方は通路口に立ち塞がった。
「ふん……。私達を分断した、というわけか……」
イビルアイは、内心焦りつつも、あくまで不遜な態度を崩さずにそう言い捨て、黒い影に向き直った。
私はイビルアイ。伝説にすら
敵がどれほど強大だとしても――それでも戦アヘェ!?