ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

お願い死なないで“蒼の薔薇”! あんたが今ここで倒れたら、アインズ様との約束はどうなっちゃうの? 隠蔽の効果はまだ残ってる。ここでバレなきゃ、生きて帰れるんだから!



死戦

「くらえっ! 〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉!!」

「!!?」

 

二百年前、イビルアイが蟲の魔神向けに開発したという、オリジナルの殺虫魔法が炸裂した。白い(もや)が、敵のその黒い身体を包み込む――

 

「!……!」

 

最初、黒い影は、驚いて身構えている様子だった。

 

「…………?」

 

次に、不思議そうな仕草で、自らを覆う白い(もや)を見つめていた。

 

「…………」

 

しまいには、(わずら)わしそうに両手でパッパッと払おうとしていた。

 

手で扇いだ程度では魔法の霧は晴れない。相変わらずまとわりついたままである。しかし、魔法の効果時間自体がほどなくして切れ、白い(もや)はスゥッと立ち消えになった。

 

「…………」

 

その一部始終を、イビルアイは見ていた。炎から抜け出して治癒中のガガーランも、ティアも、ティナも、ラキュースも、全員が見ていた。……状況は明らかだ。先ほどのイビルアイの魔法は、相手に何の痛痒(つうよう)も与えていない。

 

「…………」

 

黒い存在が、不意打ちで魔法を食らわせたイビルアイをジロリと睨み、右手の鎌を掲げた。その仕草には見覚えがある。

 

「っ!? 回避!」

 

次の瞬間、ゴオッと炎が吹き上がった。今度は効果の中心にいたイビルアイも少し焦げたが、残り4人も軽く(あぶ)られる程度でどうにか回避する。一度見たからこその対応だ。

 

「イビルアイ、すまねえな。勘違いだったみたいだ」

「なに、私も気になったからな」

 

結局魔力を無駄にしただけだったが、まあ、疑念を晴らすための必要経費とでも思うことにしよう。イビルアイはむしろ、あのヤルダバオトとの繋がりという、身の毛もよだつような連想を断ち切れたことに、心のどこかで安堵(あんど)しながら、気持ちを切り替えることにした。

 

「しかし、そうなると厄介だぞ。あいつには弱点がない。その上、蟲メイドより強い」

「あーあ。とんだ復帰戦だなオイ」

「違いない」

 

ガガーランとティアがそんな軽口を叩く。さあ、仕切り直しだ。

 

 

 

 

『「絶対に食らうな」、とは言ったがな、エントマ』

 

アインズの話には、続きがあった。

 

『食らうのを恐れて全力で逃げていては、それはそれで正体をバラしているようなもの。これも先ほどの欺瞞(ぎまん)情報と同じだ。疑われるのなら、晴らしてしまえばいい。「実際に魔法を受けたが何も効果がなかった」、というところを見せてやるのだ。そうすれば、向こうはもう二度と撃ってこない』

 

……そう、全ては戦術のうちだった。

 

まずはじめの仕掛けは、符術〈轟炎符〉。〈爆散符〉とは異なり、純粋な炎ダメージを与えるものだ。これは同時に相手の目をくらませ、炎への対処に集中させ、エントマ自身から注意を離す目的がある。

 

次にエントマがしたことは、幻を作り出す特殊技術(スキル)の使用。自分と重ねるように、寸分違わぬ真っ黒な自分の幻影を作り出した。

 

それと同時に、エントマはある一つの巻物(スクロール)を使用した。その中身は、第九位階魔法〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉。“蒼の薔薇”にとっては神代(かみよ)の魔法。連中ごときには決して看破されることはなく、それ故に、たとえ必中魔法であっても対象選択(ターゲティング)されることはない。

 

不可知化したエントマは幻影から離れ、〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉の効果範囲外から幻影を操って、さも「なにこれ?」的な演技をさせる。これをしっかりと“蒼の薔薇”全員の目に焼き付けさせる。

 

あとは〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉の効果終了を待った後、幻影の動きに合わせて再度〈轟炎符〉を放ち、その隙に幻影に重なるようにして全てを解除。元の状態に入れ替わる、というカラクリだ。

 

もちろん、ここまでお膳立てしておきながら、イビルアイが〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉を撃ってこない可能性も、幻影に別の攻撃をされてタネがバレてしまう可能性もあった。しかし、アインズにより全能力と全知覚を強化されたエントマは、“蒼の薔薇”の()()を見通していた。会話内容、目配せ、位置取り、連携……その全てだ。実力が一段上の者にしかできない、戦局全体の俯瞰(ふかん)とコントール。……そう、イビルアイは〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉を()()()()()()()()()()()()()()()。まさに疑惑を晴らす絶好のチャンスを、()()()()()()()

 

ここまで全ての布石も、第九位階魔法の巻物(スクロール)という貴重品の使用も、全てがこの「〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉無効」という、たった一つのささやかな欺瞞(ぎまん)情報を掴ませるため。この戦いの背後にあるアインズの知恵とエントマの努力を、“蒼の薔薇”が知ることは、もはやない。

 

 

 

 

「〈酸の飛沫(アシッド・スプラッシュ)〉!」

 

イビルアイの酸の攻撃を避けた黒い存在に合わせるように、ガガーランが待ち構えて刺突戦槌(ウォーピック)を振るう。

 

「ふん!」

 

それはあっさりとかわされる。しかし、想定済みだ。

 

「砕けや!」

 

“鉄砕き”の特殊効果が発動する。この洞窟の地面は不思議な効果で砕けなかったが、地属性の衝撃は同心円状に広がった。

 

「…………」

 

黒い存在はほんの少しバランスを崩す。それを狙っていたとばかりに、背後からティナが短剣を振り下ろした。

 

「…………」

 

しかし、そんな崩れた体勢からすら、黒い存在はその短剣をかわしざま、鎌を一閃する。その瞬間、ティナの短剣を握った右手首は宙を舞った。

 

「っ!」

 

ティナは素早く距離を取ると、左手で懐から第二位階魔法〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉相当の高級ポーションを取り出し、切れた右腕に振りかける。遠くにボトッと落ちた右手は消滅し、代わりに、ぼたぼたと血を流していたティナの右腕は生え戻った。ここまで(うめ)き声一つ上げないのは、さすが元イジャニーヤと言ったところか……。

 

ティナがそうしている間にも、戦局は動いていた。

 

「射出!」

 

ラキュースが“浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)”を4本撃ち出し、カバーに入る。しかし――

 

「…………」

 

カカカカンッと、4本の剣のうち3本は、鎌によって強く弾かれ、大きな円軌道を取ってラキュースの元へ戻っていった。そしてもう1本は――

 

「ぐっ……」

 

背後で隙を突くつもりだったティアの右肩口に突き刺さっていた。これを狙って弾いたのか。超級の技術だ。

 

「〈水晶の短剣(クリスタルダガー)〉!」

 

ティアが回復する間、今度はイビルアイがカバーに入る。短剣はかなりの速度で黒い存在の背中に突き立った。

 

「…………」

 

さすがに効いたのか、黒い影は身をかがめて膝を折る。そこへ――

 

「ここだっ! くらえっ!」

 

ガガーランの十八番(おはこ)、怒涛の連続攻撃が襲いかかる。ラキュースの強化魔法(バフ)により、速度も筋力も増した、必殺の連撃。

 

「…………」

 

……それを、黒い影はヒョイヒョイとかわし、時には先端に鎌を引っ掛けて()()()。背中に短剣が刺さった状態とは思えない。明らかにあの蟲メイド以上の身のこなしだ。ガガーランに焦りが見えた頃、黒い存在は連撃の狙った一つと交差し、すり抜けざまにカウンター気味に鎌を一閃する。

 

「ぁ……ぁ……っ」

 

それは、ガガーランの右の首筋を裂いた。ガガーランは頸動脈(けいどうみゃく)から激しく吹き出す血を手で抑えながら、よろよろと後ずさる。

 

「ガガーラン! しっかりしろ!」

 

ティナがガガーランを後ろに引きずり倒すと、手早くポーションを振りかける。

 

「す、すまねえ……。けど……くそっ……」

 

ガガーランは今の数合(すうごう)で察した。奴は自分が(かな)う相手ではない。おそらく、さっきの自分の得意技を100回食らわせたところで、100回同じ結果に終わるだろう。それほどまでに敵との力量差は歴然としていた。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォォオ!!」

 

仲間が続々と返り討ちに合う中、今しかないと思い、ラキュースは“魔剣キリネイラム”の効果を発動する。派手な衝撃波が、黒い存在へ殺到する。

 

「…………」

 

「カィンッ!」と、妙に軽い音がした。見ると、黒い存在の左手には、鎌ではなく、真っ黒なカイトシールドのようなものが掲げられており、ラキュースが放った無属性エネルギーの奔流は、あっさりとそれに受け止められていた。

 

「そ、そんなっ!? 闇の力を秘めし、私の超技が……っ!」

 

ラキュースは驚愕している。そもそも、あんな盾をどこから出したのだ? いくら黒くてよく分からないとはいえ、大きさ的にその身に収納するスペースなどなかったはずだが……。

 

「…………」

 

お返し、とばかりに、黒い影はラキュースに向けて何かを投擲(とうてき)した。あの平べったいやつか、と思ったら今度は違う。今度は(こぶし)より一回り大きくて質量のありそうな、黒い塊だ。

 

「ぐぅっ!」

 

剛速球と言っていいその塊を、ラキュースは“浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)”と魔剣の腹で受け止める。しかし、あまりのその重さに勢いを殺せず、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。

 

そこへ、時間差でもう1球、腹に飛んできた。

 

「ぐふぅっ!?」

 

ラキュースの鎧、“無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)”がひしゃげそうなほどの力が加わり、鎧越しに内臓を突き抜けるような衝撃が走る。

 

「ぐぅぅ……」

 

ラキュースが(うめ)きながら、ヨタヨタとポーションを取り出して(あお)る。

 

ラキュースは思った。このままではまずい、と。メンバーは事あるごとに深刻なダメージを負い、回復アイテムは恐ろしい勢いで消え、治癒役(ヒーラー)としての自分の魔力ももう残り少ない。万が一、回復手段が尽きた状態で誰かが致命傷を負ったら、この洞窟から脱出する前に息絶えてしまうだろう。そして何より、これだけこっちは消耗しておきながら、未だにイビルアイ以外の誰一人として、あの黒い存在に有効なダメージを与えられていない……。

 

(判断が遅れたわ……!)

 

リーダーとしてそれを後悔する。しかし、まだ遅くはない。まだ誰も死んでいないのだから。

 

「総員、撤退! アレは無理!!」

 

そう声を張り上げた時には、ティアが脇腹を切り裂かれていた。イビルアイが素早くティアを回収し、ポーションを傷口にかけつつラキュースの元まで後退する。他のメンバーも集まった。あとは、もと来た通路まで全力で走るだけだ。

 

……しかし、黒い存在は確実にこちらを見て、逃すまいと殺気を放っている。

 

イビルアイが、4人の前に真っ直ぐに立ち――

 

「……お前達は足手まといだ。先に行け。私がなんとかする」

 

――敵を(にら)みつけながらそう言った。

 

「イビルアイ……」

 

彼女ならそう言うだろうということは、メンバー全員が分かっていた。そして、悔しいが、それが最善だということも……。

 

「お願い。ほんの少しでいいから時間を稼いで。それからすぐに逃げて。待ってるから」

「ああ、わかっている」

 

イビルアイが決意の目で4人の前に立ちはだかる。

 

「お前なぞ私一人で充分だ! くらえ! 〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉!」

 

イビルアイが電撃を放つ。これならばあのカイトシールドを貫通し、本体にもダメージを与えることができる。

 

「…………」

 

龍の如き閃きが通り過ぎ、一瞬奴の動きが止まったが、さほど効いていないようだ。魔法の選択を誤ったか。……しかし、今一瞬あのカイトシールド自体が「ビクッ」と跳ねたような……。いや、きっとあの黒い(もや)のせいで見間違えたのだろう。

 

イビルアイが仲間の逃げ道とは逆方向から接近を試みると、黒い存在はイビルアイに向き直り、さきほどのあの黒い塊を放った。イビルアイは〈飛行(フライ)〉の速度を増して旋回し、その射線を避ける。しかし、その黒い塊は突如としてブーメランのように変形すると、まるで意志を持ったかのように軌道を曲げて、イビルアイの腹部に衝突した。

 

「ぐっ! ……くそっ」

 

思わぬダメージにイビルアイは歯噛みする。……しかし、これで時間は稼げた。メンバー4人が通路口でこちらを見て「コクン」と頷き、その向こうへ駆けていったのを確認した。あとは自分も逃げるだけだ。

 

……その時、通路口の左右に、輝く魔法陣が出現した。何かが召喚されてくる……。

 

一体は、トレンチコートに笑い顔の仮面を身に着け、指先がメスになっている細身のアンデッド。もう一体は、包帯の巻かれた身体に(かぎ)を突き刺したような、屈強なアンデッド。

 

細身のアンデッドの方は4人を追い、肉厚なアンデッドの方は通路口に立ち塞がった。

 

「ふん……。私達を分断した、というわけか……」

 

イビルアイは、内心焦りつつも、あくまで不遜な態度を崩さずにそう言い捨て、黒い影に向き直った。

 




私はイビルアイ。伝説にすら(うた)われる女。
敵がどれほど強大だとしても――それでも戦アヘェ!?

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