ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

ここは私に任せて先に行け! なあに、後ですぐ追いつくからよ……。



絶望

「〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 

水晶の障壁が展開し、「ガインッガインッ!」と重い衝突音を奏でる。イビルアイはその間に小さく息をつき、次に備えて詠唱を始めた。

 

(まず)いな……)

 

状況は(かんば)しくない。洞窟の奥、その主らしき黒い存在と、孤立無援となったイビルアイ。一対一で戦っているのだが、まだ数分しか経っていないはずなのに、数時間のように感じる。

 

敵の戦法は単純だ。イビルアイが〈飛行(フライ)〉で空中に逃げれば、あの回避の難しい投擲物(とうてきぶつ)が正確に急所を穿(うが)ってくる。さりとて地上に降りて体捌(たいさば)きで避けようとすれば、今度は本体が恐ろしい速度で向かってくる。空中戦で距離を取るタイプの魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるイビルアイにとっては、安全地帯を潰された形だ。

 

「いい加減くたばれ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!」

 

水晶の欠片(かけら)が黒い影に飛びかかる。相手はその密集部を身体を(よじ)って(かわ)すが、端の一部を食らってよろめいた。黒い存在は身軽さを優先したかったのか、いつの間にかカイトシールドを手放し、両手に鎌を持つスタイルに戻っていた。

 

(馬鹿な奴め、この回避の難しい水晶の散弾から身を守る(すべ)を、自ら捨てるとは)

 

イビルアイのこの場における攻撃手段は、(もっぱ)ら〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉である。至近距離で集中してダメージを与えることもあれば、離れた位置からワイドレンジで放つこともできる。仲間の巻き添えの心配がない今、イビルアイはこの得意魔法を心置きなく振るっていた。

 

(しかし……)

 

黒い存在の様子を確認しながら、イビルアイは焦りを抱く。自分の魔法は今までそれなりに命中し、ダメージを与えてきたはずだ。相手の様子からも、その手応えがある。なのに、奴の動きに衰えが見られない。本来であれば、そろそろこのあたりで相手の動きに精彩を欠き、形勢が傾くはずなのだが……。

 

(異様に打たれ強いのか、それともまさか、自動回復のような手段を持っているのか……?)

 

それは恐ろしい想像だ。これまでのダメージの蓄積が、無意味になるということなのだから。

 

(見通しが甘かった……。これは作戦失敗だ……)

 

そう。イビルアイは、最初のうちは自分の魔法攻撃の手応えが大きかったため、ゴリ押せば(たお)せると踏んでしまったのだ。〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉で身を固め、〈損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)〉で肉体ダメージを抑え、小技で誘導しつつ〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉でダメージを与える。魔力を出し惜しみせず、殺し切る方向へ舵を切ってしまった。

 

しかし、イビルアイの戦闘経験はつい今しがた、冷たい計算結果を返した。すなわち、このまま魔力を使い切るまで戦っても、奴を(たお)し切れない。魔力の切れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)など、ただのサンドバッグだ。イビルアイは体術でもそこらの有象無象に負けない自信があったが、それが目の前のこの化物相手に何になるというのだ?

 

(やはり撤退だ。まだ魔力に余裕があるうちに何としてでも……なにっ!?)

 

イビルアイがそう決めたと同時に、黒い存在が猛攻を仕掛けてきた。黒い物を幾つも投げ放ち、炎の魔法を使い、逃げ道を塞いだ上で接近して鎌を振るう。それは懸命に致命傷を避けて守りに入ったイビルアイに、幾つもの軽傷を負わせた。

 

(こいつ……まさか……()()()()()()()? 私の魔力残量が……。()()()()()()()()()()()()()()が……っ)

 

あまりのタイミングに、イビルアイが思わずそんな馬鹿げたことを考えてしまうほどだった。

 

「くそ! 離れろ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!」

 

至近距離からの魔法の投射を牽制(けんせい)に、ようやく距離を取ることに成功する。そして、やむを得ないとばかりに秘蔵のポーションを取り出し、隙を見せないようにと、瓶ごと自身で叩き割って中身を身体に吸わせた。

 

「…………」

 

黒い存在は、その様子をじっと見ていた。その姿はまるで、「まだ回復手段があるのか。あと何回分あるのか」と観察しているかのようだ。イビルアイはゾクッと体を震わせた。

 

残念ながら、この「イビルアイにだけ効く貴重なポーション」はこれ1本のみだ。あの王都での激戦後、またいざという時のためにと苦労して用意していたのだが、まさかこんなところで使う羽目になるとは思わなかった。再度入手するには、また昔の伝手(つて)を頼らなければならない。……もっともそれも、ここを無事に抜け出せたらの話だが……。

 

……………………

…………

……………………

 

「くっ……ぐっ! ……随分と元気じゃないか」

 

……それからは、防戦一方だった。どうにかして逃げ延びる算段を整えたいイビルアイと、まるでそれを見越したかのように余裕を与えない黒い存在。魔力も体力も減り続け、そして……

 

(もうこれしかない! おそらくこれが、最後のチャンス……!)

 

イビルアイが、最後の賭けに出ることを決意した。転移魔法は阻害されている。退却先の通路は一つのみ。そしてその通路口には、1体の包帯だらけのアンデッドが立ち塞がっている。一対一ならどうということもないだろうが、このままでは、あのミイラ男をどうにかするために黒い存在から背を向けた時点で、バッサリといかれるだろう。

 

(まずは、残りの魔力のほとんどを費やして、至近距離で奴に魔法をぶつける。そして、奴が(ひる)んだ隙に反転し、〈飛行(フライ)〉で全力で出口へ向かう。あの包帯男は、フェイントでも何でも掛けて、どうにかしてすり抜ける!)

 

あまりにもか細い糸だが、これを手繰(たぐ)り寄せるしかもう手はない。覚悟は決めた。

 

「おい黒いの! なかなかやるでないか! こうなったら、私の究極奥義でお前を葬ってやる! 食らうがいい!」

 

咄嗟(とっさ)に出たブラフのあまりの陳腐さに、自分自身泣きそうになる。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

至近距離から放たれる、一際(ひときわ)大きい水晶の弾雨(だんう)。それを――

 

「なっ!!?」

「…………」

 

――真正面から食らい、全身に被弾しながらもなお(ひる)まず、真っ直ぐに突き抜けてくる恐怖の存在の姿。それが、逃げるためにすっかり背を向けてしまっていたイビルアイの横目に、はっきりと映った。

 

(見透かされていたっ!? これまでか……っ!)

 

イビルアイは死を覚悟した。次の瞬間、おそらくあの鋭い鎌は自分の胴体を両断するであろう。

 

しかし――

 

「ぐぶっ!?」

 

――予想に反して背中に振り下ろされたのは、鋭利な刃物の一閃ではなく、鈍器のような衝撃。そのままイビルアイは地面にべしゃっと叩きつけられた。

 

もはや魔力も体力も尽きたとばかりに、ピクリとも動かないイビルアイ。

 

「…………」

 

黒い存在は、その喉笛を左手でガッと掴むと、喉輪攻(のどわぜ)めの要領でそのまま上に持ち上げた。黒い存在の体躯(たいく)は小さいが、イビルアイも同じくらい小さい。高く掲げるとイビルアイの足が浮くことになる。

 

「ぐっ……」

 

イビルアイが(うめ)く。彼女はもともと呼吸不要なため、首を絞められても窒息死することはないが。

 

「…………」

 

黒い存在はそのまま躊躇うことなく、右手に持った鎌をスッと引き、イビルアイの左腕を落とした。

 

「……っ!」

 

イビルアイの痛覚は、常人よりもだいぶ鈍い。しかし、四肢の欠損という事実は少なからず彼女に動揺を与え、これからすぐ先の、絶望という名の行く末を予感させた。

 

……そのせいだろうか? 切れた左腕が()()()()()()()……なんてことにまで、思考が回らなかったのは。

 

「…………」

 

黒い存在は一瞬「ピクッ」としたかと思うと、左手でイビルアイの喉を締め上げたまま、右手の鎌で彼女の仮面を弾き飛ばし、フードを外させた。

 

白い(かんばせ)(あら)わになり、金色の髪がふわっと広がる。

 

顔立ちは、体格と同じく、12歳前後の少女のそれ。しかし、まだあどけなさの残るその瞳は(あか)く輝き、苦しそうに食いしばった歯の中からは、長く伸びた犬歯が顔をのぞかせていた。

 

「…………」

 

黒い存在は、そのままイビルアイの頭を右手で掴み、ぐいっと顔を上へ向かせた。そして、しばらくそのまま静止した。

 

(……何なのだ? 何をしているのだこいつは? 殺すならさっさと殺せ……)

 

そんな、イビルアイの心中にある、諦観(ていかん)の叫びを無視したまま――。

 

 

========

 

 

「間違いありんせん。アレは吸血鬼(ヴァンパイア)。しかもニンゲンから()()()やつでありんすぇ」

「そうか。そこまで分かるのか。さすがは真祖(トゥルーヴァンパイア)だな、シャルティア」

「光栄ですアインズ様。どのようなことでもご質問下さいまし」

 

ナザリック地下大墳墓、第2階層。死蝋玄室(しろうげんしつ)のすぐ近くにできた、ダンジョンのモニタリングと調整を行う部屋で、アインズは()()()()()()()()。いつもの守護者達とプレアデスの面々に……。

 

『私が監督するのはもちろんのこと、ダンジョン管理者のシズ、階層守護者のシャルティアは、どのみち何かあったときのためにモニタしている予定だが、折角だから皆で鑑賞会とでも洒落込まないか? 部屋はあまり広くないが、手の空いている者は、レクリエーションがてら立ち寄るがいい』

 

……と、アインズが以前のスパリゾートのノリでそう言ってしまったのが運の尽き。ガルガンチュアを除く階層守護者とプレアデスは、速やかに当日の全ての予定を前倒しで完遂し、代役と緊急連絡手段を抜かりなく手配し、時間ぴったりに全員馳せ参じてしまった。そんなわけで、全員で“蒼の薔薇”が偽ダンジョンに侵入して以降の様子を見世物にしつつ、頃合いを見てエントマを送り出していたというわけだ。

 

……なお、エントマに強化魔法(バフ)を掛けるときに一悶着あったことは、ここでは伏しておく。

 

「あー……お前達、もっと砕けて良いのだぞ? これはちょっとした余興のようなもので、仕事ではないからな。気楽に楽しんでくれると嬉しい」

「アインズ様、私どもの楽しみは、アインズ様を楽しませることにこそあります。エントマの働きにはご満足でしょうか?」

「もちろん、エントマは素晴らしい働きをしているとも。ユリ」

 

そういうことではないんだけどなー、とアインズは心の中で苦笑した。

 

現在この部屋では、皆がやたらアインズを気にかけてくれることを除けば、全員ゆったりとカウチに座り、目の前の机にはポップコーンとポテトチップスとコーラ、もしくは、食事の趣味が違う者は各自おやつとドリンクを持ち寄っている。これはアインズの「ポップコーンでもつまみながら、のんびりと楽しんだらどうだ?」の一言に、守護者達が「それはいかなる至高の御方のお(たわむ)れですか?」と食いついた結果だ。副料理長まで巻き込んで、あれよあれよという間にここまでお膳立てが整った。恐るべしナザリック。

 

ルプスレギナが嬉しそうにポテトチップスをパリパリと(かじ)り、アウラがポップコーンをつまみつつ画面にコメントし、マーレがなんだか肩身狭そうにチューっとコーラをすする。デミウルゴス、コキュートス、ナーベラル、ソリュシャンは「あそこは自分ならこうする」などの戦術に関する議論を交わし、ユリはシズと昨今のダンジョン事情について情報のやりとりをしつつ、全員に気を配っている。ヴィクティムはふよふよと間を漂っている。そしてアルベドとシャルティアは、アインズの両隣にぴったりと寄り添っている。

 

(……まあ、これはこれで、みんな楽しんでいるようだしいいか……)

 

アインズはそう思うことにした。ここで「支払いは済ませといたから、あとは皆で楽しんでくれ」と言ってそっと去るのが理想の上司というものだが、さすがにそれは目的が違う。

 

「それで、アインズ様、いかがなさいますか? 予定を変更して、アレを捕えて、知っていることを全て吐かせることもできますが……」

「ふむ……」

 

話が逸れるところだったのを、アルベドが引き戻す。スクリーンでは、仮面を取ったイビルアイが苦悶の表情を浮かべていた。

 

「確かに興味があるな。転生した吸血鬼(ヴァンパイア)……なかなかレアではないか。それに、見た目通りの年齢とは限らんだろうしな」

 

アインズは考えた。ただ少し強いだけの人間の子供なら、別に聞くことなど何もない。しかし、あの小娘は何らかの手段で自らの種族を変え、おまけに何十年、何百年と人間の社会に溶け込んでいた可能性が高い。ならば、役に立つ知識の一つや二つは持っていよう。

 

……ちなみに、先ほどアインズが「興味がある」と言った瞬間に、アルベドとシャルティアの表情がスッと消えたことには、アインズは気づいていない。

 

「……しかし、吸血鬼(ヴァンパイア)となると厄介だな。おそらく精神作用系の魔法は効くまい」

「そうでありんすねえ」

 

人間であれば、〈支配(ドミネート)〉等で操って全て吐かせた後、〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で尋問の記憶ごと消去して、何事もなかったかのように帰す、などという裏技も可能だ。既にそのコツは人体実験で掴んでいる。しかし、それが効かないとなると、情報を得ることと生きて帰すことを両立するのは難しい。

 

アインズがしばし悩んでいた、ちょうどその時――

 

 

========

 

 

「ぐ…………」

 

この黒い存在に首を締め上げられ、頭を掴まれながら、イビルアイの置かれた状況はそのまま停滞していた。イビルアイはアンデッドだ。窒息死も、切られた腕からの失血死もしない。しかし、それでこのままとは、何たる拷問か……。

 

(……ああ、そういえば、死を覚悟したことが、つい最近もあったな……)

 

思わず、走馬灯のような記憶まで浮かび上がってしまう。

 

思い出されるのは、まず大悪魔ヤルダバオト。その圧倒的な力を身に感じたイビルアイはあの時、確実に訪れる死を予感したのだ。けれども、その予感は果たされなかった。偉大なる大英雄が、その身を挺して救ってくれたからだ。

 

(……こんな時に何を考えているのだ私は……!? ……ああ、でも……)

 

……女々しいことは分かっている。みっともないことは重々承知だ。伝説の“国堕(くにお)とし”が、何てザマだ。……けれど、最期くらいいいじゃないか。この未熟な外見に見合った、愚かで少女趣味な夢を見たって。そう、もしも――

 

――もしも、この光景をあの方が見ていたら、また私を救ってくれるだろうか? こんな自分の姿を目にすれば、きっと矢のように飛んできて、風のように救ってくれることだろう。二本のグレートソードを軽々と操り、漆黒の鎧に赤いマントをたなびかせて……。今度はお姫様抱っこがいいな。あんな脇に抱えられるんじゃなくて……。あぁ……

 

「……もも……ん……さ……ま……」

 

……なんと情けない。250年の時を越えて生きた魔女の最期の言葉が、惚れた男の名前だとは……。

 

 

========

 

 

「…………」

 

なぜか、鑑賞会場には微妙な雰囲気が立ち込めていた。

 

女性陣は、こういうことには鋭い。一瞬で全てを察した。ただし、その反応は一様に「たかが吸血鬼(ヴァンパイア)のなりそこない風情が、烏滸(おこ)がましい」という嘲笑だった。特にナーベラルの侮蔑は一段強い。

 

「……ほう……くっくっく……。さすがはアインズ様……。そういうことですか……」

 

デミウルゴスは、それはもう嬉しそうに(わら)った。悪魔にとって、人間の心の機微(きび)はご馳走(ちそう)だ。それを見抜くのも、そして、利用するのも……。

 

……よく分かってなかったのは、少年と蟲王(ヴァーミンロード)、それと――

 

(なんだ、また土壇場で強者が助けに来てくれるとでも期待しているのか? まったく、人間とは度し難いな。あ、吸血鬼(ヴァンパイア)だった……)

 

――至高の御方だけであった。

 




圧迫面接(違
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