エントマ「獲ったどー!」
アルベド「処す? 処す?」
「エントマ、
アインズが短く〈
========
「…………」
黒い影は、イビルアイの喉と頭を掴んだまま、
「く……」
イビルアイには、もはや抵抗できるだけの力はない。黒い存在の体格は、自分と同じくらいだ。しかしなぜか、「喰われる」と思った。
黒い存在はそのまま、顔と顔が触れる直前まで近づき――
「イツデモ来イ。マタ、遊ンデヤル」
――そう、告げた。
真っ黒で見通せないが、その表情はどこか、ニイィと酷薄に
黒い存在は、そのままイビルアイをポイッと投げ捨てた。彼女はドサッと地面に無様に横たわる。
「ぐっ……き、貴様……っ」
黒い存在は、まるで興味を失ったとばかりに、地面にへたばった敗者から背を向けた。背中に突き刺さる恨みの視線すらまるで意に介さず、そのままポテポテと歩き、ある一箇所まで行くと、クルッと向きを変え、通路口を向いてピタッと停まった。
……その姿には、見覚えがある。
『ヨク来タナ。待ッテイタゾ。サア、死ヌ気デカカッテコイ』
……それは、“蒼の薔薇”が最初にこの広間を訪れた時と、全く同じ光景だ。黒い存在は、今までの自分達の激戦など、まるではじめから存在していなかったかのように、来る前と寸分変わらぬ姿でそこに
「……お……お前は……どこまで……っ!」
それは、激戦の末に敗れ、一度は死を覚悟したイビルアイへの、この上ない侮辱であった。
怒りに震えつつ、どうにか立ち上がるイビルアイ。しかし、黒い存在はもう顔を向けることすらしない。……分かっていた。このままおめおめと逃げ去るしかないということを。通路口を塞いでいたミイラ男は、いつの間にか消えていた。まるで「さっさと去れ」とでも言わんばかりに。
イビルアイは、黒い存在をきっちりと視界の中心に収めつつ、後ずさるようにして、ヨロヨロと脱出口へ向かった。しかし、その間も黒い存在は微動だにしない。無駄に警戒している自分が、ひどく惨めに思えた。
イビルアイは、よろけながらようやく通路口まで辿り着くと、キッと黒い存在を睨みつけ――
「絶対に……殺してやる……っ!」
――そう吐き捨て、通路の向こうへ消えていった……。
◆
「アインズ様、
シャルティアが不思議そうに尋ねた。
「構わん。連中の底は知れた。あの程度の者、その気になれば、どこにいようといつでも
「もちろんですアインズ様。一言お命じいただければ、数刻と待たず、誰にも気づかれることなく拉致してご覧に入れます」
「……そういうことだ」
「なるほど! さすがはアインズ様!」
そう、今ここでどうこうする必要など全くないのだ。アインズは当初の計画通り、エントマの見事な白星を
「以前にも言ったであろう? 潰してしまっては、使えるものも使えなくなる。あれらは、必要となる時まで泳がせておこう。なあ、デミウルゴス」
アインズは失敗の教訓を活かし、「これでいいですよね?」的な意味でデミウルゴスに水を向けた。それに対し、デミウルゴスは――
「まさに、その通りかと。くくく……」
――我が意を得たり、とばかりに、満面の笑みを浮かべていた。……というか、喜び過ぎなのでは?
「……しかし、あれだけ追い詰めたのに関わらず、事前調査を
「……了解、しました」
アインズはシズにそう告げた。……しかし、あれで王国最高か。表立った王国民に関しては安泰だな、などと思いながら……。
「それと、エントマを含め、次の機会に連中の対処をしたいという者がいれば、早めに申し出るが良い。相談に乗ろう」
皆の反応から、なんとなくこれ部下のストレス発散になるんじゃないかと思い始めたアインズは、ふとそんなことを言ってみた。
「でしたら私が!」
「わらわもでありんす!」
「えっ!? ずるい! あたしも!」
……意外と好評だった。
「あ~……。階層守護者はオーバースペックだと思うのだが、お前達、加減はできるのか?」
「楽勝です!」
「弱体化魔法をかけて下さい! いっぱいかけて下さいアインズ様!」
正直、嫌な予感しかしない……。
「か、考えておこう……」
アインズは明日の自分に丸投げすることにした。
「お前達も見たと思うが、連中のチームワークはなかなか参考になる。弱いながらも持てる手札を駆使し、お互いに得手不得手をカバーし合う。あの連携はなかなかのものだ。弱者だからといって一笑に付すのではなく、強者である自分達にも活かせるところがないか、各自しっかりと学んでほしい。なあコキュートス」
「ハイ、オッシャル通リカト」
既にこの手の話については一家言あるコキュートスは、ウムウムと頷いていた。
「……さて、固い話は以上だ。一仕事終えたエントマを迎え入れて、このままちょっとしたパーティーでも続けようではないか」
アインズがそう陽気な声で締めくくった。つられるように、一同の顔が
「ところで、エントマを褒めてやりたいのだが、なにかよい褒美はないか?」
「アインズ様、エントマにとっては、この勝利こそが何よりの褒美。ただ、運動の後で空腹ではあるかと。あの細腕一本では物足りないことでしょう」
「なるほど。さすがはよく分かっているなソリュシャン」
「でしたら、私の方から、活きの良い人間を1体進呈しましょうか?」
「ん? 死体ではなく? 影響のない人間がすぐに手配できるのか、デミウルゴス」
「ええ。1頭や2頭潰したところで、経営には全く影響ありませんので……」
「? そうか。なら、
「お任せを。すぐに運んで参ります」
◆
ヨタヨタと、洞窟内をイビルアイは歩いていた。
「…………いつでも……来い……だと……?」
左腕がなく、バランスが悪い。回復アイテムはもうないが、
「……また、遊んでやる、だと……!?」
そんなイビルアイの心中に渦巻くのは、憤怒であった。
死闘だった。“蒼の薔薇”の5人全員、持ちうる最善の手を尽くした。チームフルメンバーでの1対5。完璧な連携が取れていた。……にも関わらず、それでなお
……それを、「遊び」、と言ったのだ。
イビルアイはギリッと歯を噛みしめる。イビルアイとて、敗北の味は知っている。直近では、大悪魔ヤルダバオト。あの時は、悔しいとか以前に、あまりにも圧倒的な差に、種族としての違いを見せつけられた。……まあ、だったらそれに肉薄した英雄モモンは何なのかと言われそうだが……。
それから更に
しかし、今回の敗北はなぜか、今までと比較にならないほど、猛烈に悔しかった。決して届かない圧倒的戦力差ゆえの絶望ではない。自分が努力していれば、あるいは届いたかも知れない
今はただ、そんな自分が情けない。思わず目の端がじわりと熱くなる。
滲んだ視界の先から、見知った4つの影が駆けつけてくるのが分かった。
(みんな……無事だったか……。よかった……)
……違う。
(……結局、私は、守れてなどいなかった……!)
緊張の糸が解け、イビルアイがゆっくりと倒れ込む。薄れゆく意識の中で、無残な自分の身体をふわりと抱え込む、守るべきだったはずの4人の仲間の温もりを感じながら……。
――目覚めた彼女は、果たして失意から立ち直れるだろうか?
負けたッ! 第3部完!