ハゲが治るよ! やったねジルちゃん!
「
蛙のような異形の化物の言葉に従い、ジルクニフは顔を上げる。そこには、絶対なる不死の王、アインズ・ウール・ゴウンが鎮座していた。そう、ここは魔の震源地。ナザリック地下大墳墓、玉座の間である。
先ほどの蛙の化物の名は確か、デミウルゴスと言った。最初にここで遭った時には、奴の言葉に部下達は無理矢理膝をつかされた。しかし、今回はその言葉には強制力を乗せなかったらしい。
(「自らの意志で礼を示せ」、ということか……)
ジルクニフは腹に力を入れる。立ち向かうために。
「
「……よく来てくれた。ジルクニフ殿」
皇帝からの敬意を込めた礼に対し、骸骨の王は
「ジルクニフ殿。いくら貴殿の国が我が魔導国の傘下に入ったからと言って、私は奴隷の主のように振る舞うつもりはない。お互い国を治める者同士、分かり合えることもあろう。仲良くやっていこうではないか。私のことは気軽にアインズと呼ぶが良い」
――白々しい。どの
「……畏まりました。ならば、私のことはジルとでもお呼び下さい。アインズ様」
「……うむ。感謝するよ。ジル」
そういえば皇帝に即位してからというもの、敬語なぞついぞ使っていなかったな、などと思いながら、ジルクニフはアインズの顔を潰さない落とし所として「様」を付けた。国としての上下関係を
(……しかし、今、奴の声がどことなく寂しげに聞こえたが、気のせいか? ……うん、気のせいだな。あの魔王にそんな感情あるはずがない)
「空の旅はどうだったかね?」
「それはもう、快適でした。貴重な経験をさせていただきました。感謝致します」
澄ました顔でそう答えるジルクニフに、後ろのに控える三騎士は、見えないように何とも言えない表情を浮かべた。そう、彼らは今回、帝都からここまでドラゴンに乗せられて、わずか半日足らずでやって来たのだ。まさかドラゴンの背に乗って飛び立つなどという
(人類が
なお、ジルクニフは最初はおっかなびっくりだったが、慣れてくると子供のように興奮し、竜の背から身を乗り出して部下をハラハラさせていた。おそらく皇帝陛下も、日々の重圧に耐えかねて、ストレスの捌け口を求めていたのだろう。……と、部下たちはそう好意的に解釈することにした。先ほどの騎士達の微妙な視線は、ジルクニフがついさっきまでのはしゃぎっぷりを今完璧に隠しおおせているからだ。
「大使ロウネ・ヴァミリネン。一旦ジルの列に加わるが良い」
「はっ」
少し違う位置に控えていた人間が、ジルクニフの傍まで行って膝を折る。
「彼はなかなかに優秀なようだな。私の部下が褒めていたぞ。良き部下を持ったな、ジル」
「光栄に存じます」
帝国の優秀な秘書官であるロウネは、最初にナザリックに滞在した縁もあり、属国化後はしばらく大使として魔導国に派遣されていた。その間も帝国情報部とは頻繁に情報をやり取りをしており、お陰である程度の内情がジルクニフの耳に入ってきている。……といっても、ナザリック地下大墳墓内に関しては、下手に出歩けなかったため分かっていることは少なく、主にエ・ランテルの現在の統治状況や民の扱いが多くのウェイトを占めるが。
(ロウネ……随分と変わり果てたな……)
そんなロウネだが、ジルクニフの元にいた時はもっとこう、帝国のためにとその身を尖らせる、愛国心溢れる有能な政務官だった。しかし、現在はジルクニフの見知った時よりも今は幾分かふっくらとしており、妙に肌ツヤが良い。そして、まるで何かを悟ったかのような深い眼差しと、まるで野心の
(……やはり、洗脳されたと見て間違いないな。気の毒なことをした……)
ジルクニフは元部下にそっと
「今後の大使及び領事に関しては、我が部下と擦り合わせをしてほしい。頼んだぞ、アルベド、デミウルゴス」
「はい」
「承知しました」
玉座の脇に控えていた、目を
「ところで、私が貸し与えた部下の方は役に立っているかね? ジル」
「はい。大いに助かっております、アインズ様」
ジルクニフが貸し与えられている部下というのは、総勢20名の
帝国の属国化に当たって作業も増えるだろうということで、手伝いにと魔導王が寄越したのだが、当初は
「魔導国の属国になる」……などという唐突な話にピンとこなかった皇城務めの
――しかし、この
まず、その口調は流暢にして理知に富み、物腰も柔らかい。ジルクニフや国の重鎮に対しては「派遣先の国」としての礼を
外見に関しても、どういうわけかその身体から
そんな彼らであるが、助っ人として入るやいなや、
魔導国への従属に関する細やかな
魔導王はそのまま続けて言った。
「我が部下達はまだしばらくは駐留させておくつもりだ。その間は、事務要員として好きに使ってくれて構わんぞ」
……そう、属国化のゴタゴタがある程度落ち着いた今でも、あのアンデッド達はまだいるのだ。帝国の政務を担う戦力として……。
この世界において、公務ができる人材というのは貴重である。なぜなら、必要な教養を得る機会が一般市民には存在しないからだ。教育などという制度は平民にはない。読み書き
では、事務、それも政務レベルのものができるような技能を誰が習得できるのかというと、これはもう、お抱えの教育係をつけられるような貴族の子女くらいしかいない。よって、皇帝がいくら実力至上主義を掲げていようと、宮仕えの役人は当然のごとく貴族階級が占めているのである。
その上で、鮮血帝は先の大粛清によって無能な貴族達を取り潰したため、腐敗は大幅に減った反面、人材不足には四苦八苦していた。加えて、生き残った優秀な貴族であっても、上流階級同士の繋がりには、善悪も好悪も一概につけ難い、持ちつ持たれつの関係を持つ部分が多々あり、鮮血帝をして強硬にそれらを断ち切るわけにはいかなかった。役人達にはそれぞれ、背負って立つ家のしがらみというのがあるのである。
そこへ来て、あの
加えて、あのアンデッドどもは睡眠・食事不要なのである。魔導王の取り決めで「休息」、「休暇」と呼ばれる制度があるらしく、彼らはそれを忠実に守り、交代で「仕事をしてはいけない」時間を作ってはいるらしい。しかし、それ以外は基本、不眠不休の働き詰めである。これが恐ろしい。朝一で役人達が職場に入ると、その日やる予定だった書類が全て完成した状態で積まれていたりするのである。もう遠い目でお茶を
……さて、そんな感じで帝都に静かに浸透したアンデッド達。理性的であり、仕事ができ、情に流されず、懐柔にも賄賂にも応じない。圧力や脅しなどもってのほか。おまけに24時間臨戦態勢。とくれば――
「……ええ、本当に優秀な方々ですよ。うちの
「ははは。それはすまないな」
ジルクニフは半ば冗談として皮肉を混ぜたが、実は全く笑い事ではない。帝国の文官達は、実力相応に自らの仕事に誇りを持って業務に当たっている。皇帝寄りすぐりの役人達は、彼らの受け持つ裏方仕事こそが帝国の屋台骨を支えていると信じて疑わず、そして、自分達こそがそれをこなせる数少ないエリートであると自負している。それがこのザマである。プライドがへし折られても仕方がない。
魔導王直々の派遣ということで、この
「ただまあ、ゆくゆくはああいった者達も有償の派遣制度に切り替えるつもりだ。心しておくが良い」
「はい。心得ております、アインズ様」
(まあ、今まで無償で働いてくれただけでも御の字だが……)
「そうそう、あれらが気に入ったのなら、以前に話していた各種アンデッドのレンタルも検討しておいてくれたまえ」
(やはりそれが狙いか!)
ジルクニフは
帝国情報部は、エ・ランテル及びその近隣で魔導国が行っていることを知っている。アンデッドの有効利用だ。街の
都市エ・ランテルは、アインズ・ウール・ゴウンによる占領とも呼べる状態によって、半ば強制的にその状況に置かれたが、奴が帝国にも同様のシステムを構築しようと考えるのは自然なことだ。しかも、今度はどうやら、より狡猾に、友好的かつ平和裏に……。
(間違いない。あの
ジルクニフの考えはこうだ。奴はまず、帝国の頂点からアンデッドを浸透させる手段を選んだのだ。人類と意思疎通ができるどころか、高度な業務までやってのけるアンデッドを皇城に配置することで、最初は帝国の首脳陣からアンデッドに対する先入観を取り払った。そして、共に業務に携わる中で、アンデッドに対する恐怖と嫌悪のイメージを払拭し、ゆっくりと信頼と実績を勝ち取っていった。そうして、アンデッドの有用性を証明してみせたのだ。
(役人への洗脳が済んだら、次は平民へ、というわけか……)
魔導王の狙いはおそらく、トップダウンによる改革だ。皇帝がアンデッドを利用すると言えば、臣下も是と言うしかない。領主がやると言えば、領民は従うしかない。まず上に認めさせ、下々の者は上の決定を信じて従い……いつの間にか、帝国全土に使役用アンデッドが
(……では、もしそうなったとして、それの一体何が
はっきり言って、アインズの目論見に乗ったとしても、アンデッドの利用価値は果てしなく高い。一度は帝国も考案したことのあるアイデアだ。絶対服従のアンデッドを安価かつ大量に供給することができれば、帝国の抱える多くの問題は
(考えろ……何が
ジルクニフの思考は、更にその先へ向かう。
アンデッドによりもたらされる平和と繁栄。……しかし、それらは全て、あのアインズ・ウール・ゴウンが
あるいは、魔導王がある日突然「飽きた」とばかりに手のひらを返し、全てのアンデッドを豹変させて、
(それと、重要な懸念がもう一つある……)
仮に、奴が未来永劫、帝国にとっての善王として振る舞い、帝国を繁栄に導いたとしよう。その時、帝国臣民は『魔導王アインズ・ウール・ゴウン』のことを、どう思うだろうか?
『人智の及ばぬ力で、富と繁栄をもたらす存在』……人はそれを、何と呼ぶか? ジルクニフは知っている。いや、誰もが知っている。言うまでもない。
(――『神』、だ。このままいけば、アインズ・ウール・ゴウンは、人類の『神』として君臨する。それも、10年もしないうちに……)
……それがジルクニフの見立てだ。おそらく、四大神が
そうなってしまっては、もはや立ち向かうどころの話ではない。崇拝する対象に刃を向ける者などいようはずもない。おそらくその頃には、帝国国民は環境にすっかり慣れて堕落し、アンデッドなしではもはや畑仕事一つ
(手遅れになる前に手を打たなければ! どうにかアンデッドの浸透を遅らせ、その間に可及的速やかに奴を滅ぼす手段を……! しかし、今更どんな手があるというのだ? あるものと言えば――)
「そうそう、話は変わるが、お前の方から面白い報告が上がっていたな。なんでも、帝都の地下に大迷宮が見つかった、とか」
「っ!」
まるで思考を読んだかのようなタイミングでのアインズの横槍に、思わずジルクニフの心臓が跳ね上がった。決して表に出しはしないが。
「ジル、よければ詳しく聞かせてもらえないか?」
ジル「これから人という種族の存続をかけた戦いに入る。
未来を守る戦いだ。
全身全霊をかけんほぉっ!?」