ナザリック・ディフェンス   作:犬畜生提督

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<前回のあらすじ>

ヨーショクのねこや? 知らない子ですね……。



第四章
探針


「……シャルティア様、()()()()人間が二人、侵入してきました。ご確認下さい」

「ふうん。()()()?」

「『()()()()()()()()()、です」

「モニターを回してちょうだい、シズ」

「はい」

 

ナザリック大墳墓第2階層。いつものようにダンジョンをモニタリングしていたシズは、素早く異状を見つけると、階層守護者であるシャルティアへと報告した。

 

「これ? この二人組?」

「はい」

 

モニタ越し、シャルティアが人差し指をちょんちょんと指す先には、つい先ほど『ランテの遺跡』の入口をくぐり抜けた影が二つ映っていた。

 

「なんだかボロそうだぇ……」

 

その二人組は、遺跡に入る前から、亜麻色(あまいろ)のマントを頭からすっぽりと(かぶ)り、顔さえよく見えないほどに全身を包んでいた。マントはマジックアイテムではないことを示すかのごとく、汚れや(ほつ)れがところどころに目立ち、そのせいか、装備もろくに揃えられないような、見窄(みすぼ)らしい貧乏冒険者のような印象を抱かせる。しかし――

 

「アレは偽装、とのことです」

 

ランテの遺跡入り口に潜伏している看破系のシモベは、容易にその隠れたステータスを読み取っていた。あのボロマントの下には、他の侵入者を突き放すほどの価値の装備が隠されている。……そして同様に、当人たちの力量(レベル)も。

 

「強いの? どれくらい?」

「……たぶん、“青の薔薇”全員と戦って、良い勝負をするくらい……」

「へぇ……面白そうね」

 

言葉のわりにそんなに面白くなさそうな表情でシャルティアは言う。……まあ確かに、彼女の食指が動くような敵ではないが。

 

しかし事実、今映っている連中は他の冒険者達よりも頭一つ分飛び抜けている。侵入者の中では異質な存在だ。なるほど、シズが報告に来るわけだ。

 

「あれらは今回が初めてでありんすの?」

「はい。上の『村』では浮いていました」

 

『ランテの遺跡村』では、冒険者同士は顔馴染(かおなじ)みであることがほとんどだ。余所者(よそもの)はとても目立つ。……とはいえ、新参者は定期的に入ってくるので、初々しい感じであれば、不審がられるどころか、むしろ可愛がってもらえるはずなのだが……。

 

「……組合では、チーム名“白”の、『ニー』と『ヨン』という名前で、登録していました。帝国領の片田舎出身で、成りたての銅級(カッパー)と、自己紹介していたようです」

「ふぅん……」

 

……なんだろう? 人の名前をとやかく言う気はないが、なんだかすっごい雑な気がする……。

 

そうこうしているうちに、二人の冒険者は低レベルの雑魚を倒しながら奥へ奥へと踏み入っていく。その戦闘の様子は、最小限の動作にして最短時間の討伐。明確な力量(レベル)差が感じられる。

 

しばらく淡々と進む二人だったが、もう他の冒険者がうろつけないような奥部まで辿り着いたことを認識すると、ようやく動き辛そうに被っていたボロマントを外した。

 

「……へー……。刺突剣使いと信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、ってところのようね」

 

「ニー」は見た感じ、小柄な直接攻撃型(アタッカー)の男性。緑系の身軽な服装に、白黒の変わった縞模様のレイピアに似た刺突剣を持ち、素早さとトリッキーな動きで敵を翻弄するタイプのようだ。髪は栗色で、顔立ちからはやや意地の悪そうな、食わせ物な印象を受ける。

 

「ヨン」の方は、いかにも神官職といった見た目の女性。深緑色を基調としたローブとフードを(まと)い、穏やかで涼しげな顔に金色の髪を(なび)かせ、小さな杖を振るう。後方支援、回復役(ヒーラー)、それと対アンデッドの魔法攻撃役を兼ねているようだ。

 

なるほど、小回りがきく前衛と信仰系の後衛とは、このダンジョンに限って言えば、二人だけのチームであれば悪くない構成だ。

 

人目を(はばか)らずに戦えるようになったからか、そこからの二人の動きはかなり良くなった。他の冒険者が到達できない「レベル20チーム用エリア」を楽々と踏破していく。

 

「ふぅん……確かに、悪くないようでありんすね」

 

以前は小物同士の小競り合いなど歯牙(しが)にも掛けなかったシャルティア。しかし、彼女もここ最近は色々なことを勤勉に吸収し、「1ミリと3ミリ」とは行かなくても、「10ミリと30ミリ」程度の見分けはつけられるようになった。彼女なりの成長の一歩と言えよう。

 

「この侵入者、目的が……他の人間と違う、と推測します」

 

シズがシャルティアにそう伝える。「ランテの遺跡」に入る冒険者の目的は、主に貴重なアイテムの発掘だ。しかし、この二人にはそういった盗掘根性的な雰囲気が見当たらない。むしろ、何らかの確固たる意志を持って、この遺跡の本質を解き明かすかのように、真っ直ぐに最奥(さいおう)へと向かっていくような印象を受ける。

 

「……確かに、怪しいでありんすね」

 

戦力的には小物なので、シャルティアもあまり乗り気ではないが、これは至高の御方に(たまわ)った大切な任務だ。まるで自らに言い聞かせるようにそう呟き、気合を入れ直す。

 

「……いかが、致しますか?」

 

シズがそう尋ねる。ここで言う「いかが」とは、何を指すのか?

 

もちろん、報告をすることは確定だ。アインズからは、伝えることの大切さについて強く念を押されている。決して(おろそ)かにできない。……しかし、かと言って、この場でアインズに〈伝言(メッセージ)〉を繋げるような緊急事態、というわけではない。まずは簡潔な第一報をしたためてアルベドに渡し、彼女のほうで他の報告書と合わせて処理してもらって、適切なタイミングでアインズに伝えてもらうのがベストだろう。当面の報告はそれで問題ない。しかし、ここでシズが問いかけたのはおそらく、もうひとつ別のこと……。

 

「アインズ様に用意していただいた『アレ』を使うか、でありんすね?」

 

シャルティアの確認に、シズはコクンと首を縦に振る。

 

――「アレ」とは、一口に言ってしまえば、「呪いのアイテム」だ。

 

ベースは他のドロップアイテムと変わらない普通の武具等なのだが、そこにはニグレドの協力を得て、魔法と特殊技術(スキル)を組み合わせた情報系の罠が幾つも掛けられている。厳密には「呪い」ではないが、仕掛けられた側からすればそれに等しい。()わば「トロイの木馬」とも言うべき、アインズ・ウール・ゴウン謹製(きんせい)の情報収集系スパイツールである。

 

これを仕掛けた側はそのアイテムを所持した者を中心に、その周囲に常時〈千里眼(クレアボヤンス)〉や〈盗聴(タッピング)〉を発動することができ、〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉に似た位置情報の追跡や、〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉や〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉等と同等の装備者のステータスを確認することができる。仕掛けられた方にとっては致命的な情報流出と言える。

 

……しかし、実のところ、これらはそこまで破格ではない。実はこのアイテムは低位の〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉ならすり抜けられるが、〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉や上位の探知系魔法には引っかかってしまう。「なんでもアリ」のユグドラシルでも、さすがに盗聴盗撮合戦になるのは(まず)いと踏んだのか、これより隠蔽(いんぺい)効果の優れたトロイの木馬は作れない。

 

アインズやニグレドが腐心したのは、むしろ逆探知対策の方だ。アイテムに掛けられた魔法や特殊技術(スキル)は、自身の存在が察知された瞬間に、全ての痕跡を引き連れて消滅するように仕組んである。実は正味の情報取得系魔法よりも、こちらの方が高度かつ手間が掛かっていたりする。

 

はっきり言ってしまうが、ユグドラシルプレイヤーでこんなものに引っかかる馬鹿はいない。完全鑑定もせずにアイテムを装備するなどという愚行に対する洗礼は、レベル20以上のプレイヤーならとっくに受けているはずのものである。この「トロイの木馬」が成立するのはせいぜい、ごく限定された条件……例えば、イベント攻略中や混戦中、拾ったアイテムを鑑定する暇がないような連中にこっそり混ぜ込むとか、内通者にわざと持たせて会議に参加させるとかだ。さらに付け加えると、この常時発動型情報系の「呪い」は、そのアイテムをインベントリに格納してしまうと効果を発揮しない。ますます、こんなものを身に着けたまま放置するプレイヤーなどいないのである。

 

……しかし面白いことに、実はこれらの事実は現在のナザリックにとって、きわめて都合の良い方向へと働く。何しろ、現地人にはインベントリなどというものは存在しないのだ。その上、この罠を何者かが探知した時点で、イコールそこらの現地人ではありえない能力を発揮したということになる。つまり、相手がそこらの小物冒険者ならば容易に情報を取得でき、一方でプレイヤーやそれに準じる強者であれば、監視が途切れることそのものが得難(えがた)い情報になる、ということだ。

 

アインズはこれらの「呪いのアイテム」をあらかじめ幾つか用意しており、気になる侵入者が現れた際には「拾わせる」ように指示している。その後は、図書館にいるシモベ達が24時間体制で監視を継続しつつ記録をとる手はずである。特に監視が途切れる直前の情報は最重要だ。言ってしまえば決定的瞬間を撮るドライブレコーダーのようなものだ。

 

今のシャルティアの悩みは、それをあの二人相手に使うべきかどうか、という点だろう。彼女は敬愛する至高の御方の言葉を反芻(はんすう)する。

 

(アインズ様は以前こう(おっしゃ)いんした。『何でもかんでも私に指示を仰げば良いというものではない。何がナザリックの為になるのか自ら考え、行動してみるが良い。お前達が主体性を持って行動してくれることが、私にとっては何よりの喜びだ』と……)

 

そうだ。ここは「偽ダンジョン」の管理を任されているシャルティアが自ら決めるべき場面なのだ。……しかし、シャルティアは以前の失敗のせいか、少し臆病になっていた。何とはなしに、〈伝言(メッセージ)〉を発動する。その相手は――

 

「チビすけ、相談がありんす。今時間いい?」

『何さシャルティア? 藪から棒に』

 

シャルティアが、若干辿々(たどたど)しくも現状を伝える。アウラは渋々といった感じで全て聞き届ける。

 

『あたしはその気になる連中、調べるべきだと思うけど? んーでも、あたしよりも、シズの意見はどうなのさ? 侵入者のことは一番詳しいと思うんだけど』

「あ……」

 

失念していた。シズとは普段あまり()()の話をしないせいか、一緒に考えるということが頭から抜け落ちていた。

 

「シズ、目の前のぬしを差し置いて申し訳ありんせん」

「いえ……」

「それで、シズならどうするのがベストだと?」

「……やるべき……かと判断します。アインズ様は、『まだ作っただけでテストしていないので、早いうちにまずは手頃なので実験してほしい』……と(おっしゃ)っていました」

「それは最高の情報ね!」

『シズがオッケーなら間違いないね。んじゃそれでいこう』

「ええ。チビすけ、ぬしにも感謝するでありんす」

『チビチビ言うな! ……しっかし、シャルティアがあたしに相談、ねぇ……』

 

伝言(メッセージ)〉の向こうでニヤニヤしている闇妖精(ダークエルフ)の様子が何となく伝わる。

 

「あ、あたっ、わらわは別に、チビに助けを求めたわけではありんせん! もともとやるつもりだったけど、ぬしならどうするかなーと気に掛けてやっただけでありんす!」

『へーそうなんだぁーふーん』

「ぐっ……」

 

シャルティアが言葉を詰まらせる。どうも山小人(ドワーフ)の国での(ひと)仕事以来、アウラには頭が上がらない。シャルティア本人は絶対に認めたがらないだろうが、先ほど思わず〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしてしまったのも、アウラのことを無意識に「適切なアドバイスをくれる相談相手」として認識していたからに他ならない。

 

『まー困ったことがあったらまた言いに来なよ。お姉ちゃんが相談に乗ったげるからさ』

「誰がお姉ちゃんだこのチビ!!」

 

そう吐き捨てて、やや乱暴に〈伝言(メッセージ)〉を切った。

 

もしこの場面にアインズがいたら、遠き日の姉弟の面影を思い浮かべて歓喜したことであろう。あと、もしこの場面をペロロンチーノ本人が見たとしたら、姉妹劇に身悶えつつも最終的に「ツンデレGJ!」とか言って親指を立てたに違いない。

 

「……コホン。そういうわけで、シズ」

「はい」

 

シャルティアは、少しバツが悪そうに気を取り直す。

 

「連中に『アレ』を拾わせなんし。()()は……そうね、せっかくだから、レイピアと杖にしましょう。連中が今装備してるのよりもほんの少し上等のやつがあったわよね?」

「はい、ございます」

 

シャルティアが底意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「それを……そうね、連中がギリギリ倒せる感じの『ちゅうぼす』に持たせて、当たらせるでありんす。ある程度ボロボロになれば、そのドロップした戦利品を抱えて撤退するはずだから」

「了解、しました」

 

シズは指示通りに、作戦に迅速に取り掛かった。

 

……余談ではあるが、シャルティア達にとっては至高の御方々のお言葉は時々難解であるが、日々の勉強会の成果により、ある程度は使いこなせるようになっている。

 

もうひとつ余談であるが、今回拾わせるアイテムはそこまで貴重でないものの、ちゃんとデータクリスタルが埋め込まれたものであり、他の「偽ダンジョン用捨てアイテム」とは破格の差がある。そのため、「事が終わったら、可能であれば回収するように」とのお触れが出ている。アインズ様の貧乏性ここに極まれりである。

 

「さーて、連中は何者なのかしらねー?」

 

モニタの向こう、必死で「中ボス」と戦う二人組を、シャルティアはぼんやりと眺めながら呟く。やはり所詮(しょせん)弱者は弱者なので、あまり気の乗った呟きではないが……。

 

――シャルティアは覚えていない。彼女がこの相手と、過去に既に出会っていたことを……。

 




ニー「“漆黒”じゃねえよ! “白”だっつってんだろ!」
ヨン「第四席次? はて? なんのことだかわかりませんね……」

アインズ「お前ら、ネーミングセンスないな……」

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