ヨーショクのねこや? 知らない子ですね……。
探針
「……シャルティア様、
「ふうん。
「『
「モニターを回してちょうだい、シズ」
「はい」
ナザリック大墳墓第2階層。いつものようにダンジョンをモニタリングしていたシズは、素早く異状を見つけると、階層守護者であるシャルティアへと報告した。
「これ? この二人組?」
「はい」
モニタ越し、シャルティアが人差し指をちょんちょんと指す先には、つい先ほど『ランテの遺跡』の入口をくぐり抜けた影が二つ映っていた。
「なんだかボロそうだぇ……」
その二人組は、遺跡に入る前から、
「アレは偽装、とのことです」
ランテの遺跡入り口に潜伏している看破系のシモベは、容易にその隠れたステータスを読み取っていた。あのボロマントの下には、他の侵入者を突き放すほどの価値の装備が隠されている。……そして同様に、当人たちの
「強いの? どれくらい?」
「……たぶん、“青の薔薇”全員と戦って、良い勝負をするくらい……」
「へぇ……面白そうね」
言葉のわりにそんなに面白くなさそうな表情でシャルティアは言う。……まあ確かに、彼女の食指が動くような敵ではないが。
しかし事実、今映っている連中は他の冒険者達よりも頭一つ分飛び抜けている。侵入者の中では異質な存在だ。なるほど、シズが報告に来るわけだ。
「あれらは今回が初めてでありんすの?」
「はい。上の『村』では浮いていました」
『ランテの遺跡村』では、冒険者同士は
「……組合では、チーム名“白”の、『ニー』と『ヨン』という名前で、登録していました。帝国領の片田舎出身で、成りたての
「ふぅん……」
……なんだろう? 人の名前をとやかく言う気はないが、なんだかすっごい雑な気がする……。
そうこうしているうちに、二人の冒険者は低レベルの雑魚を倒しながら奥へ奥へと踏み入っていく。その戦闘の様子は、最小限の動作にして最短時間の討伐。明確な
しばらく淡々と進む二人だったが、もう他の冒険者がうろつけないような奥部まで辿り着いたことを認識すると、ようやく動き辛そうに被っていたボロマントを外した。
「……へー……。刺突剣使いと信仰系
「ニー」は見た感じ、小柄な
「ヨン」の方は、いかにも神官職といった見た目の女性。深緑色を基調としたローブとフードを
なるほど、小回りがきく前衛と信仰系の後衛とは、このダンジョンに限って言えば、二人だけのチームであれば悪くない構成だ。
人目を
「ふぅん……確かに、悪くないようでありんすね」
以前は小物同士の小競り合いなど
「この侵入者、目的が……他の人間と違う、と推測します」
シズがシャルティアにそう伝える。「ランテの遺跡」に入る冒険者の目的は、主に貴重なアイテムの発掘だ。しかし、この二人にはそういった盗掘根性的な雰囲気が見当たらない。むしろ、何らかの確固たる意志を持って、この遺跡の本質を解き明かすかのように、真っ直ぐに
「……確かに、怪しいでありんすね」
戦力的には小物なので、シャルティアもあまり乗り気ではないが、これは至高の御方に
「……いかが、致しますか?」
シズがそう尋ねる。ここで言う「いかが」とは、何を指すのか?
もちろん、報告をすることは確定だ。アインズからは、伝えることの大切さについて強く念を押されている。決して
「アインズ様に用意していただいた『アレ』を使うか、でありんすね?」
シャルティアの確認に、シズはコクンと首を縦に振る。
――「アレ」とは、一口に言ってしまえば、「呪いのアイテム」だ。
ベースは他のドロップアイテムと変わらない普通の武具等なのだが、そこにはニグレドの協力を得て、魔法と
これを仕掛けた側はそのアイテムを所持した者を中心に、その周囲に常時〈
……しかし、実のところ、これらはそこまで破格ではない。実はこのアイテムは低位の〈
アインズやニグレドが腐心したのは、むしろ逆探知対策の方だ。アイテムに掛けられた魔法や
はっきり言ってしまうが、ユグドラシルプレイヤーでこんなものに引っかかる馬鹿はいない。完全鑑定もせずにアイテムを装備するなどという愚行に対する洗礼は、レベル20以上のプレイヤーならとっくに受けているはずのものである。この「トロイの木馬」が成立するのはせいぜい、ごく限定された条件……例えば、イベント攻略中や混戦中、拾ったアイテムを鑑定する暇がないような連中にこっそり混ぜ込むとか、内通者にわざと持たせて会議に参加させるとかだ。さらに付け加えると、この常時発動型情報系の「呪い」は、そのアイテムをインベントリに格納してしまうと効果を発揮しない。ますます、こんなものを身に着けたまま放置するプレイヤーなどいないのである。
……しかし面白いことに、実はこれらの事実は現在のナザリックにとって、きわめて都合の良い方向へと働く。何しろ、現地人にはインベントリなどというものは存在しないのだ。その上、この罠を何者かが探知した時点で、イコールそこらの現地人ではありえない能力を発揮したということになる。つまり、相手がそこらの小物冒険者ならば容易に情報を取得でき、一方でプレイヤーやそれに準じる強者であれば、監視が途切れることそのものが
アインズはこれらの「呪いのアイテム」をあらかじめ幾つか用意しており、気になる侵入者が現れた際には「拾わせる」ように指示している。その後は、図書館にいるシモベ達が24時間体制で監視を継続しつつ記録をとる手はずである。特に監視が途切れる直前の情報は最重要だ。言ってしまえば決定的瞬間を撮るドライブレコーダーのようなものだ。
今のシャルティアの悩みは、それをあの二人相手に使うべきかどうか、という点だろう。彼女は敬愛する至高の御方の言葉を
(アインズ様は以前こう
そうだ。ここは「偽ダンジョン」の管理を任されているシャルティアが自ら決めるべき場面なのだ。……しかし、シャルティアは以前の失敗のせいか、少し臆病になっていた。何とはなしに、〈
「チビすけ、相談がありんす。今時間いい?」
『何さシャルティア? 藪から棒に』
シャルティアが、若干
『あたしはその気になる連中、調べるべきだと思うけど? んーでも、あたしよりも、シズの意見はどうなのさ? 侵入者のことは一番詳しいと思うんだけど』
「あ……」
失念していた。シズとは普段あまり
「シズ、目の前のぬしを差し置いて申し訳ありんせん」
「いえ……」
「それで、シズならどうするのがベストだと?」
「……やるべき……かと判断します。アインズ様は、『まだ作っただけでテストしていないので、早いうちにまずは手頃なので実験してほしい』……と
「それは最高の情報ね!」
『シズがオッケーなら間違いないね。んじゃそれでいこう』
「ええ。チビすけ、ぬしにも感謝するでありんす」
『チビチビ言うな! ……しっかし、シャルティアがあたしに相談、ねぇ……』
〈
「あ、あたっ、わらわは別に、チビに助けを求めたわけではありんせん! もともとやるつもりだったけど、ぬしならどうするかなーと気に掛けてやっただけでありんす!」
『へーそうなんだぁーふーん』
「ぐっ……」
シャルティアが言葉を詰まらせる。どうも
『まー困ったことがあったらまた言いに来なよ。お姉ちゃんが相談に乗ったげるからさ』
「誰がお姉ちゃんだこのチビ!!」
そう吐き捨てて、やや乱暴に〈
もしこの場面にアインズがいたら、遠き日の姉弟の面影を思い浮かべて歓喜したことであろう。あと、もしこの場面をペロロンチーノ本人が見たとしたら、姉妹劇に身悶えつつも最終的に「ツンデレGJ!」とか言って親指を立てたに違いない。
「……コホン。そういうわけで、シズ」
「はい」
シャルティアは、少しバツが悪そうに気を取り直す。
「連中に『アレ』を拾わせなんし。
「はい、ございます」
シャルティアが底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「それを……そうね、連中がギリギリ倒せる感じの『ちゅうぼす』に持たせて、当たらせるでありんす。ある程度ボロボロになれば、そのドロップした戦利品を抱えて撤退するはずだから」
「了解、しました」
シズは指示通りに、作戦に迅速に取り掛かった。
……余談ではあるが、シャルティア達にとっては至高の御方々のお言葉は時々難解であるが、日々の勉強会の成果により、ある程度は使いこなせるようになっている。
もうひとつ余談であるが、今回拾わせるアイテムはそこまで貴重でないものの、ちゃんとデータクリスタルが埋め込まれたものであり、他の「偽ダンジョン用捨てアイテム」とは破格の差がある。そのため、「事が終わったら、可能であれば回収するように」とのお触れが出ている。アインズ様の貧乏性ここに極まれりである。
「さーて、連中は何者なのかしらねー?」
モニタの向こう、必死で「中ボス」と戦う二人組を、シャルティアはぼんやりと眺めながら呟く。やはり
――シャルティアは覚えていない。彼女がこの相手と、過去に既に出会っていたことを……。
ニー「“漆黒”じゃねえよ! “白”だっつってんだろ!」
ヨン「第四席次? はて? なんのことだかわかりませんね……」
アインズ「お前ら、ネーミングセンスないな……」