ダンジョン(偽)できました~。
「これは、どうなされたのだ?」
城塞都市エ・ランテルの昼下がり、広場の一角に冒険者達が集まっているのを見かけたモモンは、顔見知りのミスリル級冒険者チーム“虹”のリーダーに声を掛けた。
「あっ、モモン殿。奇遇ですね。お会い出来て光栄です」
「モックナック殿、お互い冒険者同士、固っ苦しいのはやめにしようではないか。それで、この騒ぎは?」
「……恐縮です。えっと、今日の午前から例の遺跡に潜ってた連中が今しがた戻ってきたんですが、なんでも、珍しく犠牲者が出たそうでして……」
「ほう……例の遺跡というと、『ランテの遺跡』だな。比較的安全だと聞いていたが、どういういきさつなのだ?」
「その、死んだのは
モモンはその輪の中心に目を向ける。
「俺達は……あの遺跡の主を怒らせちまった……」
おそらくその犠牲者のチームのリーダーであろう、傷だらけの冒険者が、青い顔でポツポツと語り出した。
「最初はいつも通りだったんだ……。いつも通り、遺跡に入って意気揚々と宝探しをした。あの遺跡の奴ら、ヤバくなったら逃げちまえば追ってこないからさ、俺達は調子に乗って、奥へ奥へと進んだんだ。その先に宝を見つけたんだけどさ、そこに
神殿から応急処置に来た神官、冒険者組合から事情を聞きに来た職員、そして多くの冒険者の野次馬の前で、男はその時の状況を
「撤退用に隊列を整えてる時に、シヴォフラーグが悔し紛れに思わず悪態をついたんだ。『このクソッタレのアンデッド野郎共! 財宝よこしやがれ! ここの主は性格捻じ曲がってやがるぜ! バケモンの後ろに隠れやがって臆病もんが! 財宝抱えて出てこい! 土下座して全部差し出せ!』って……。そしたら……」
語り手はブルッと体を震わせる。
「……明らかに、周りのアンデッド達の雰囲気が変わった。……今なら分かる。あれは……憎悪だ。あいつら、急に動きが良くなりやがって、俺達の退路に回り込みやがった。完全に虚をつかれたよ。今までそんな動きしたことなかったのに……」
当時の状況を思い出しているのだろう。かなり顔色が悪く、息も荒い。
「俺達は死に物狂いで血路を開いた。ただ、シヴォフラーグの奴だけは集中攻撃を受けてな……。どうにか奴の身体を引っ張り込んで、背負って一目散に逃げ戻った。……ひとしきり距離を取って、後で見てみたら、シヴォフラーグの奴、息してなかった……。体のあちこちに矢を受けて、首筋は噛み切られて酸で溶かされてた……」
「…………」
冒険者達は、その様子を思い浮かべて顔を
「間違いねえ! あの遺跡の『主』って奴は、俺らの話をどっかで聞いてやがるんだ! きっとはじめから全部見てやがるんだ! 俺達はあの手下のアンデッド共に、本気を出されずに遊ばれてるだけなんだ! なんてこった! 畜生!」
モックナックはゾクリを身を震わせる。今や“虹”も、ランテの遺跡のリピーターだ。これまでも随分稼がせてもらった。しかし、もしもそれが逐一観察されているとしたら……? 「遺跡の主」とやらの、掌の上の出来事だとしたら……?
「……ふむ。そう考えるのは早計なのではないか?」
突如、透き通るような声が突き刺さった。口を出したのは、“漆黒”の英雄、アダマンタイト級のモモンである。
「モ、モモン殿……!?」
周囲の視線が漆黒の鎧に集まる。モモンは小さく「オホン」と咳払いし、こう続ける――
「低位のアンデッドは言葉を発しないし、一見するとただ殺戮の本能に従っているだけに見えるかもしれん。しかし、実は人語を解するものも多いのだよ。特に、何か大きな存在に使役されているものはな」
その場の全員が耳を傾ける。エ・ランテルの冒険者は墓地で発生するアンデッドには縁があるが、何者かに使役された存在については知識が薄い。
「使役されたアンデッドやモンスターは、総じて主への忠誠が異常に高い。その『動きが変わった』というアンデッドも、主を侮辱されたと理解して激昂したのではないか? 主の命令ではなく、自らの意志で……」
周りがザワザワと沸き立つ。
「そ、そんな……モモン殿、あいつらが俺達の言葉を理解していると……?」
「ああ、立派な遺跡を守護する者達なのだろう? ならば十分に有り得る」
「奴らが普段手加減しているとみられることについては……?」
「おそらく、その主に『できれば殺さずに追い返せ』とでも命令されているのだろう。案外、慈悲深い主かもしれんぞ」
「…………」
う~ん、と、冒険者達は唸る。アンデッドを使役する主が慈悲深い、という話には、どうもいまいちピンとこない。
「……いや、もしかすると、その主はもういないのかもしれん。主が亡くなっても部下だけが忠実に役目を守る、というのは、遺跡にはよくあることだ」
「……なぜ、そう思われるのですか?」
「お前達はその遺跡から宝を持ち帰っているのだろう? しかし、それに対してはアンデッド達が激怒したことはない。相違ないか?」
「はい。その通りです」
「もしその主がお前達を見ているのであれば、宝が持ち去られるのを黙って見送るなどということはしないだろう。おそらく、主は見てなどいないのだ。そして、アンデッド達はおそらく、『宝を守れ』という命令を受けていないのだ。あるいは、『宝』そのものを認識できないか……」
「…………」
そんなこと、ありえるのだろうか? ……しかし、偉大なる英雄モモンのことだ。もしかしたら、これまでにもそういう遺跡を見てきたのかもしれない。
「……つまり、あの遺跡の主は既に亡く、中のアンデッドは半ば自動で『追い返す』ために動くのみで、財宝はこれまで通り取り放題、と……?」
「あくまで私見だが、その可能性は高い」
冒険者達は一斉にホッとする。そして、安心すると同時に、ならば遠慮はいらないな、と、チリっと物欲が疼く。
「……ただ、どうやら主への侮辱の言葉は理解できるようだ。下手なことを言うのは止めておいた方がいいだろうな。なんなら、主を褒め称えておけば、逃げるときくらいは案外すんなりと逃がしてくれるかもしれんぞ?」
ははは、と冗談めいた空気が流れる。
「モモン殿はその……遺跡探索はなさらないのですか?」
モックナックが少し前から抱いていた疑問を投げかける。
「ふむ……正直、あまり魅力を感じないな」
それはそうかもしれない。遺跡の発掘品は確かに素晴らしいが、モモンの見事なグレートソードと
「私はそれよりも、困っている者達を助ける依頼を優先したい」
これぞまさに英雄。冒険者達はその
「……聞きたいことは聞けた。シヴォフラーグ殿のことは残念だったな。勇敢に戦った冒険者の同士に対し、お悔やみ申し上げる。……ではな」
そう言うと、赤いマントを優雅に翻し、モモンは去っていった。
「……シヴォフラーグ、良かったな。あの憧れのモモン殿が声を掛けてくれたぞ。……ああ、なんてこった……お前、遺跡でうまく稼げたら、冒険者稼業から足を洗うつもりだったのにな……。そんで、今の彼女と結婚して、小さな店を開く、とか息巻いてたっけな……。……畜生……畜生……ッ」
誰もがモモンの後ろ姿に見とれている中、その
◆
――後日談。
半ば冗談と思われていたが、遺跡内のアンデッドは本当に、主を褒め称えると、逃げる隙を作ってくれることが分かった。以後、遺跡の入口では、これから侵入する遺跡の主に感謝の祈りを捧げるのが冒険者の習わしとなった。……もっとも、その「主」とやらの顔はおろか名前すら、誰一人知らないのだが……。
たまたま立ち寄ったという、少し変わった(メイド風?)修道服を着た赤毛の
「あっははは! ニンゲンってホンット可愛いっすね! もう最高!」
……と、豪快に笑い転げていたそうだが、やはり神殿勢力のアンデッド観とは相容れないものだっただろうか……?
なお、その時に馬鹿にされたと感じた冒険者グループは、その
……というか、戻ってきた時の格好、半裸というか、あれではまるで、装備を身体ごと切って、身体だけまたくっつけたような……。
モモン殿は何でも知ってるでござるな~。