稼ぐぜ稼ぐぜ! あ、その前に山羊ぶっぱなしてくる。
――ランテの遺跡の来訪者は、その日、ゼロ人だった。
その日は、都市エ・ランテルに魔王が君臨した日。あの大虐殺を引き起こした異形の魔王、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが魔導国を建国した日。住民の何割かが家財を抱えて、我先にと逃げ出した日。残った者達が建物に篭り、門戸の隙間から息を潜めて様子を窺った日。……そして、漆黒の戦士モモンが、民の安寧と引き換えに魔導王の軍門に
それから数日。ランテの遺跡への訪問者は、ゼロから少しずつその数を取り戻していった。住民達が城門を抜けて行き来しても、危害を加えられないと分かったからだ。凶悪な骸骨の騎士の横を卑屈に怯えながら通り抜ける冒険者の心境は、いかばかりか……。
そしてさらに1ヶ月後。ランテの遺跡訪問者数は、エ・ランテルが譲渡される前の4割程度にまで回復していた。ただし、冒険者の総数は元の2~3割ほどにまで激減している。冒険者は比較的フットワークが軽い職業だ。何か「特別な理由」でもない限り、わざわざこんなアンデッドの都市に留まることなどしないだろう。
残った冒険者にとって、遺跡の発掘は命綱だ。なにせ、他に仕事がない。近隣の
人々が死への恐怖と生への希望との間で困惑を繰り返す、激動の魔都エ・ランテル。これは、そんな都市の、ある一日のことである――。
◆
「魔導王陛下、再びお会い出来て光栄です」
「うむ。また邪魔するぞ」
エ・ランテル冒険者組合の応接室。未だ謎多き魔導国の支配者は、組合長プルトン・アインザックの元を訪れていた。護衛の天使が神々しさを
「その……陛下、バハルス帝国の属国化、おめでとうございます」
「ん? ……ああ、その……うむ」
「…………」
「…………」
何故か二人とも、どこか手探りのやりとりをする。
魔導王がアインザックに冒険者の新しい形を提案したのが数週間前。そして、同じく魔導王が、帝都アーウィンタールの闘技場にて武王を
最初はただ恐怖した。底知れぬ力を持ったその人外の魔王に。次に驚愕した。思いもよらぬほど理性的で、人の立場に立った、その物腰に。そして、次第に尊敬と、もしかしたら親近感も抱いていたのかもしれない。共に冒険者達の未来を憂う、新しい制度への開拓者の同志として。
「アインザック、その……な。その件に関しては、今はあまり触れないでくれると嬉しい……」
「は、はぃ……」
アインザックは何だか妙に腰が引けている。
(あっれぇ~? こいつとは結構仲良くなったと思うんだけどなぁ~……)
そう、ここに来て、アインザックはまた分からなくなった。武王と戦って冒険者を勧誘する、これは分かる。まさか圧勝するとは思わなかったが、まだ計画通りの内容だ。……だが、なぜその流れで、あの鮮血帝が属国化を申し入れたのだ? ただの試合ではなかったのか? 魔導王は見えないところで一体何をしたのか? ……もしかして自分は、魔導王に騙されているのではないか? 冒険者も闘技場も全部建前で、魔導王の何かとてつもなく大きな仕掛けに、利用されているだけなんじゃないだろうか?
かつては魔導王のその理知的な振る舞いに安堵したアインザックだったが、今はその智謀の深さが底知れなくて恐ろしい。二人の心の距離は、武王と闘う前よりも大きく離れていた。
「オホン……それで、今日はどういったご用件でしょう、魔導王陛下?」
腐っても冒険者組合長だ。アインザックは営業スマイルで本題を促す。
「うむ、今日はだな。あー……と。そう、モモンから聞いた話なのだが――」
「ほう! モモン殿から!?」
良かった。あの英雄が間に入っていれば安心だ。
「なんでも、この近くに『ランテの遺跡』とかいうものがあるらしいな」
「あぁ……その件ですか……」
知ってしまったか……、とアインザックは心の中で溜息をついた。
「エ・ランテルの冒険者で『ランテの遺跡』について知らぬ者はおりません。ここから南の城門を抜けて、少し進んだところに――」
「いや、詳細についてはモモンから聞いている」
「……そうですか。それでその……やはり、支配されるのですか?」
「お前は私を何だと思っているのだ?」
帝国をその手に収めた、野望の覇王です、とは言えない。
「……失礼しました。しかし陛下、ランテの遺跡は陛下の領土と言って差し
エ・ランテル冒険者の頼みの綱もここまでか……。アインザックは半ば諦め気味にそう問いかける。
「……いや、それも悪くはないが、どうせなら、冒険者向けに有効活用してしまってはどうかと思ってな」
「……詳しく、お聞かせ願えますか?」
アインザックは気を取り直して姿勢を正す。これはもしかすると、首の皮一つ繋がったかもしれない。
「以前にも言ったであろう? 冒険者向けの訓練施設を作ると。実戦形式のダンジョンを作るのもいいかもしれない、と」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。既にあるものなら、そのまま使ってしまえばいいではないか」
「…………」
確かに、ダンジョン製作の計画を話していたが、破格の初期投資が必要になると言っていた。……なるほど、おあつらえ向きなのかもしれない。
「聞くところによると、駆け出しの冒険者でも挑戦できるくらい、安全なところらしいしな」
「ええ、確かに。中のアンデッドは、『主』に祈ると逃してくれるそうです。『主』というものが何者なのかは存じ上げませんが……」
「であれば、丁度良いではないか」
「……ただ、不明な部分が多すぎます。遺跡を守るアンデッドは奥へ行くほど強くなり、その先はまだ誰も到達したことがないのです」
「ますます良いではないか。ここの冒険者達の目に光があった理由が分かったぞ。前人未到の地を目指す、彼らは正しく『冒険者』なのだな」
「…………」
実際のところ、金目のもの目当ての盗掘なのだが、そう言われると悪い気はしない。
「そこでだ、冒険者達のその遺跡の探索を、我が魔導国は全面的にバックアップしようではないか」
「なんと!? それは本当ですか!?」
アインザックが思わず身を乗り出す。
「ああ。言ったであろう? 私は冒険者を育てたいのだ。『ランテの遺跡』に挑む冒険者には、私の方から便宜を図ってやろう。具体的な内容については、後で詰める」
渡りに船、とはこのことだ。……いや、しかし、そうなると……。
「その……発掘品の所有権に関しましては……」
「もちろん、取り上げたりなどしない。発見した者で好きにすると良い」
さも当然のように、魔導王は宣言した。
「なんと寛大な! 感謝致します!」
「構わん。私の興味を惹くようなものはなさそうだしな」
「……確かに、私も発掘品の一つを持っており、一番の宝物だったのですが、陛下にあの素晴らしい短剣を頂いてからは、それももはや色褪せて見えます」
魔導王に褒美として与えられた、青く透き通るような短剣は、かの王国の至宝、
「発掘品を所有しているのか? 良ければで構わないが、もし今ここにあるのなら、それを見せてはくれないか?」
「はい、ございます。少々お待ちください」
アインザックは一旦組合長室に行き、引き出しからオリハルコンの短剣を取り出して持って来た。そこにあった理由は、冒険者組合がお
「ど、どうぞ」
「うむ」
「……そう言えば、柄のところの意匠が少しだけ、陛下に頂いた短剣と似ている気がしますね。もしや、遺跡の文明と何か関係が……?」
「……いや、私もそれが作られた背景については詳しくないのでな……」
「そうですか……」
同じゲームだからな、とアインズは心の中で呟いた。
(しかし、改めて見るとショボいなー……。こいつはこんなのでも大事にしてたわけか……)
「……いかがですか?」
「あー……うむ、そうだな……。見たところ、魔化は施されていないようだが……」
「ええ。私は引退した身ですし、コレクションとしてはこのままで十分です。魔化には費用が掛かりますから……」
「発掘品は皆、魔化されていないのか?」
「武具に関しては、ほとんどがそのようです」
「ふむ……。実はな、今ちょうどこの魔化について興味を持っているところでな。もしかすると、冒険者に何かしらのサービスを提供できるかもしれん」
「おお、それは素晴らしい! ……ですが、相場通りの費用ですと、なかなか一介の冒険者には手が出せないのが現状かと……」
「なるほど費用面か。それも何とかなるかもしれん。……いや、これはまだ検討段階だな。確約はできん。無駄話とでも思ってほしい」
「は、はい……」
アインザックは、アインズから返された短剣の刀身を、何とはなしに眺める。一体この御方の引き出しはどれほどあるのか……。
「遺跡探索の支援の件、詳細を詰めるのはまた後日としよう。今日のところはこれにて。一応、冒険者達にも伝えておいてくれ。魔導国は、ランテの遺跡の探索を応援すると」
「はい! きっと皆喜びます」
アインザックは破顔した。やはりこの御方についていこう。仮に何かの謀略に巻き込まれているのだとしても、そんなのもう知ったことか。どうせこの御方の前であがいたところでどうにもならん。ならいっそのこと、諦めて甘い夢を見させてもらえればいいじゃないか。
「あ、そう言えば、ひとつだけお聞かせ下さい。実は冒険者達がかなり気にしていたのですが、その……遺跡内でアンデッドを倒してしまっているのですが、宜しいのですか?」
「ん? ああ、以前にも言ったであろう? 同じアンデッドだからと言って、同族意識があるわけではない。私と無関係の……プフッ……ゴホン、無関係のアンデッドをお前達が倒したところで、私は何も気にせんよ」
良かった。早く冒険者達に伝えなくては。皆結構おっかなびっくりだったからな。……それにしても、骸骨の体でもむせたりするんだな。アインザックはそんなどうでもいいことを思った。
◆
――数週間後、ランテの遺跡の周りには、幾つものテントが立ち並んでいた。
串焼きの焼ける良い匂いが漂い、売り子の呼び込みの声が響き、「魔導王陛下万歳!」と陽気に叫びながら肩を組んで酒を酌み交わす荒っぽい男達もいた。
アインズ・ウール・ゴウン魔導王が「とりあえず」と言って貸し与えたものは、ほんの三種類――
ひとつは、どこかの賢者が開発したという、
もうひとつは、少し火で
そして最後は、外敵からもトラブルからも身を守る、24時間の万全の警備体制である。
遺跡発掘のバックアップと言うからには、てっきり遺跡に一緒に入って戦ってくれる強力な助っ人か何かを提供してくれるのではないかと期待していたが――
『それでは意味がないであろう? 私は遺跡を踏破したいのではなく、お前達冒険者を育て、自らの力で「冒険」させたいのだ』
と、至極もっともなことを言われた。どうやら遺跡探索そのものに関しては一切手を出さない方針らしい。あの遺跡入り口に控えている
……とはいえ、この過酷な世界において、水と燃料が安定して手に入り、なおかつ外敵に
安全かつ快適と分かれば、現地の商売人は
さらには、各種の便宜を図る冒険者組合の出張所、スピード鑑定を行う魔術師組合出張所、治療を行う神殿出張所も作られた。神殿勢力は「傷ついた者を治療しているだけです」と、ビジネスライクな回答だけを寄越している。どうやら、遺跡、アンデッド、魔導王のいずれについても、教義との
また、「冒険者相手」ならでは、ということで、ポーション等各種消耗品の販売、スクロールやマジックアイテムの売買、武具の展示や修理の出張鍛冶なども進出した。本来であれば、こんな草原のど真ん中で高価な物品の取引などできない。しかし、強盗、
――ともかくこうして、エ・ランテルから少し南、何もなかったはずのただの草原に、遺跡と冒険者の集落が誕生したのである。
……ちなみに、ここにさらに亜人種まで混ざって、もっと騒がしいことになるのは、もう少し先のことである。
魔導王陛下は冒険者みんなのことを考えてくれてるんDA☆
いきなり原作10巻終わりまで飛びました。時間の流れが早いっす。
アインザックとのやりとりは、アインズ様がデミえもんから逃げるようにドワーフ国へ旅立つちょい前の時点ですね。
原作の流れに滑り込ませるの楽しいなぁ。