魔導国は繁栄しました。
薔薇
リ・エスティーぜ王国王都、ロ・レンテ城のとある一室。そこでは現在、その部屋の主、王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと、その「友人」、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ、そしてティナの3人が、優雅に紅茶を
「……ひまー……」
……約一名、それほど優雅でもなかった。ティナは間延びした声でそう吐き出すと、ぐてーっとテーブルの上に頬を押し付ける。もちろんわざとだ。自らの意志を示す、とてもわかりやすいポーズである。
「最近の行動パターン、孤児院か、ここか、宿屋ばっかし。退屈……」
「しょうがないじゃないティナ、今は依頼も入ってないし……」
ラキュースが
王国に3つ――いや、今は数が減って2つか――しかない、アダマンタイト級冒険者の一つ、“蒼の薔薇”。その活動形態は、他の冒険者とはだいぶ違う。
まず、他の冒険者でもできるような依頼は受けない。最高位のアダマンタイト級が受けるべき案件は、他の誰にも任せることのできない、危険度の極めて高い案件ばかりだ。そして、そんな案件が舞い込んでくるということは、それがそのまま、国難と言えるような緊急度の高い状況下にあること意味する。そんな時に万が一、「ごめんなさい、
それと彼女らは、アダマンタイト級にふさわしい依頼額でなければ依頼は請け負わない。これは、冒険者の
「魔導国の偵察任務は?」
「つっぱねたわよ、あんなもん」
そんな栄えあるアダマンタイト級チームに対して、「あの魔導国をどうにかしてくれないか?」という依頼が、一部の貴族達から出たらしい。
……そう、この
その苛立ちもあるのだろう。一部の貴族は冒険者達を駆り出そうとした。本来は国家間の政治に冒険者を使うのは
「ガガーランとティアもだいたい勘を取り戻したらしいし、そろそろ営業再開してもさー……」
「……そうね。当人達は『まだ本調子じゃない』って言ってたけど……」
そう、あの大悪魔、ヤルダバオトに殺された二人は、生き返った後のリハビリをほぼ果たした。“蒼の薔薇”は最近になってようやく、実質の休業状態から抜け出そうとしていたのだった。つまり――
「なんかしよーよー鬼リーダー。体
……意図せぬ休暇を、持て余していた。
「その呼び方やめて。……でもそうね、依頼はないけど、そろそろどこかで連携のブランクを解消しておきたいところね」
「そう、それそれ! 近場で
「……うーん、それなら……依頼じゃなければ……いや、でも……」
「退屈退屈~」
駄々っ子のようなティア――もちろんわざとふざけているだけだが――に、ラキュースが答えあぐねていると、それまでの二人のやり取りをニコニコと聞いていたラナーが、思い出したとばかりにポンと手のひらを合わせて話に入る。
「そうそう! 退屈
「ラナー。ええ、是非」
ようやくまともなお茶の話題が来た。とりあえず、ティナの退屈攻撃から抜け出せるのなら何でもいい。……とばかりに、ラキュースは話に飛びつく。我らが王女様は、
「お二人は、この王都から西へ馬で半日ほどの距離に、小さな岩山の洞窟があるのをご存知ですか?」
「岩山の洞窟? ……もしかして、だいぶ前に盗賊団が根城にしてた?」
「ええ、たぶんそれです」
もう何年も前になるが、確かにそのあたりに天然の洞窟があり、わりと大きめの盗賊団が住み着いていたことがあった。しかし、あまりにも王都に近く「害あり」と判断されたため、王国正規軍による討伐隊が組まれ、全滅させられたと記憶している。それ以降は話を聞かないので、その洞窟はおそらく今も無人のままだろう。
「その洞窟に、隠し扉が見つかったんだそうです」
「え?」
「ほう」
二人が軽く興味をそそられる。
「もしかして、隠し扉の向こうには、盗賊団の隠し財宝が?」
「いえ、それが……隠し扉の向こうは、更に奥まで洞窟が続いていて、途中にアンデッドまで湧いてたんだそうです」
これは予想外の展開、とばかりに、二人は顔を見合わせる。
「盗賊達がアンデッドと仲良く暮らしてたとも思えませんし、当時捕えた盗賊達からも、隠し扉のお話は一切出てませんでした。おそらく、その隠し通路は、盗賊達が住み着くずっと前からあって、後から来た彼らは、それに気付くことができなかっただけではないかと……」
「……随分と間抜けな話」
ティナは軽く鼻で
「それでですね、その話を聞きつけた冒険者の何人かが、しっかりと装備を整えて、隠し扉の奥へ進んでみたんだそうです」
「へぇ……」
そう言えば、最近は休業中なこともあり、冒険者組合に顔を出すことを怠っていた。タイムリーな情報を拾い損ねたな……、とティナは反省した。
「……でも、最初のうちはアンデッドも弱かったんですが、奥へ行くほど強いのが出てきて、結局奥まで辿り着けずに逃げ帰ったんだとか……」
「ふぅん。どのくらい強かったのかしら?」
ガガーランが聞いたら興味を持つかな、なんてラキュースは思った。
「ただ、その前に途中の道で面白いものを拾ったらしくて……。なんだか異国風の、変わった形の短剣だそうです。魔法で鑑定したところによると、名前は確か……“コダチ”、でしたっけ?」
「
ティナが珍しく大きめの反応をする。
「ティナ、知ってるの?」
「……イジャニーヤにも伝わる、細身の刃物。切れ味はとても良い」
「イジャニーヤって……。もしかして、暗殺用?」
「確かに暗殺に便利。でも、それ専用というわけでもない。イジャニーヤ特有というわけでもなくて、遠い南方の国から流れてくることもある、とも言われてる。というか、実はよく分かってない……」
「ふーん……。それが王都の西の洞窟に? なんだか怪しいわね……」
「実は、イジャニーヤの起源についてもよくわかってない。でも、そこを調べたら、何かヒントが
……どうやらティナは興味を引かれたらしい。
「それにしても、『隠し扉の向こうに未知の洞窟が……』なんて、まるで絵本の冒険物語のようですよね! ロマンがあって、私ちょっとドキドキしちゃいます!」
無邪気な顔でそんなことを言うラナー。それに、ピクッ、と、ラキュースが反応した。
「物語の定番ですと、その奥には、ドラゴンに守られた財宝の数々とかあったりするんですよね」
……再び、ラキュースがピクピクッと反応した。
「あ、それか、伝説の剣が刺さってて、選ばれし者だけが抜いて勇者になれる、とか」
「ティナ!」
「な、なにっ!?」
急に名前を呼ばれたティナは、ラキュースの剣幕に面食らう。
「さっきの退屈だって話、やっぱりそろそろリハビリすべきだと思うわ」
「お、おぅ……」
ティナは若干引いていた。……が、まあ、ラキュースが何を思い立ったかは分かる。それなりの付き合いだ。それにティナも、このままこの流れに乗っかってもいいかと考えている。
「すぐに“蒼の薔薇”メンバー全員で、今後の活動に向けて作戦会議を開こうと思うの。いいわね?」
「おーけー、鬼ボス」
「ラナー、悪いんだけど、孤児院の『ボランティア』、メンバー一同ちょっとだけ休むことになるかもしれないけど、いい?」
「え、ええ。もともとこちらから無理を言っている身ですし。……そんなことより、無茶しないで、無事に帰ってきてくださいね」
場を和ませる
「ありがとう、ラナー。もちろんよ。じゃあ失礼するわ。お茶、ご馳走様」
そう言うやいなや、ラキュースはティナを引っ掴んで足早に退出した。
◆
「…………」
部屋に静寂が戻る。
「…………」
二人がお茶を飲んでいた、空のカップを見下ろすラナーの目には、何の感情も浮かんでいなかった。
新しい古代の遺跡だよ~(錯乱)