黒兎隊が始動してから7ヶ月。私はハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地に戻ってきていた。事の始まりは3日前に遡る。
いつも通りに起きて訓練して食べてたまに笑って弾いて寝る。そんな充実した毎日を送っていた私の元に、1本の電話があった。ブルーノ中将からだ。
「フェルテン=ヴァルター大尉です。お久しぶりです、ブルーノ中将。いかがされました?」
「フェルト、お前一時的にうちに戻ってくることはできるか?」
うち、つまりハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地、それも小隊だろう。私が戻らなければならない理由がわからない。不祥事もなく、問題となる行動もしていないため、悪いことではないとは思うが。
「可能ですが、何故?」
「例の研究所についてだ」
気を引き締める。忘れることはない、あの記憶。死体の山。薄汚い、臭い男。
「ルッツがあの一件以降も調査していてな、ドイツ国内だけでなく、イタリアやスペイン、ロシア、日本なども調べていたんだ。それらの国は白だと分かったんだが、どうもフランスが怪しくてな。軍じゃない、一般の小さな会社にどういうわけが研究内容の一部が漏洩していて、それを元に研究が進められそうな状況らしい」
「つまり、私が一時小隊に戻り、フランスで研究が始まりそうなところを一緒に叩くということですね」
「そうだ。特に今回のフィールドは山中。お前なしに行動することも考えたんだが、狙撃兵としてのお前の技術や観察眼があれば、一度の行動で終わらせられる可能性が上がる。なによりお前の因縁の相手だからな。俺たち小隊全員で行動するのが一番だろう」
「ありがとうございます」
ここで参加しない手はない。当然行く。
「了解しました。私、フェルテン=ヴァルター大尉、その作戦に参加させて頂きます。手筈はそちらで」
「ああ、勿論。では、3日後に戻ってきてくれ」
了解。と返事をして、通話を終了する。時刻は2300。いつもならば眠っている時間だ。明日、朝一にラウラに話して訓練後に準備だ。それにしてもフランスか。ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地からそこそこ近いな。
朝食後に、ラウラに一時的にハーデン=ヴュルテンベルクに行く旨を連絡。小隊の作戦に参加することを伝えると、すぐに了承してくれた。黒兎隊の面々にも伝え、いつも通りの訓練を終えたところで準備をする。L96A1とVP9、ナイフ2丁を確認し、弾を込めたマガジンを用意出来るだけ用意してから、明日の移動に備えて眠る。
0730にベルリンを出発して、今に至る。現在時刻は1700。大移動だった。シュヴァルツヴァルトの訓練以降会っていなかった仲間達に挨拶して、ブルーノ中将のもとへ向かう。
他の部屋と比べて少し立派な扉を叩き、返事の後に入室する。
「フェルテン=ヴァルター少佐、只今戻ってまいりました」
「久しぶりだなフェルト。よく戻ってきた」
それから、改めて作戦について話される。フランスの森の中に研究員が少数だが集まっており、そこに研究施設があると想定される。作戦に参加するのは小隊のみ。国境を越えることと、秘密裏に行うことを考えてのことらしい。
説明が終わり、部屋から出て、懐かしい食堂で夕食を食べる。明日の行動開始は0900。フランスにて少しの休息を挟んだのち、夜間に強襲して迅速に潰す。
「久しぶり」
そう言って、廃棄倉庫のピアノを撫でる。指先に少し埃がついた。
持ってきた布にクリーナーをつけて拭く。みるみる汚れていく布を見て、7ヶ月という時間の長さを感じた。私にとっての7ヶ月は短いものだった。日々が充実していたから。しかし、こいつにとっては違う。仕方がなかったとはいえ、放置し続けたことに変わりはない。ごめん、と謝りながら拭く。
そろそろクリーナーが乾いた頃だろうか。鍵盤に手を置き、確かめる。十分乾いた。指を置く。さて、何を弾こうか。
鍵を優しく押し込む。音を紡ぎ、曲の形にする。ショパンの夜想曲。考えるのは、ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地での思い出と、ベルリンにいるラウラのこと。大丈夫だろうか。ラウラのことだ。きっと、大丈夫だろう。いや、それでも、やっぱり。
長時間の運転の疲れから、いつもより弾く時間を短くする。昔のままに残されていた私室で眠る。明日が本当の最後になるように祈って。