ラウラと所謂恋人同士になってから、早3ヶ月。最近になって浸透してきた文化であるバレンタインまで、残り2日。正直、クラリッサからバレンタインという単語を聞くまで忘れていた。
バレンタインは知っている。ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地の中では珍しい妻帯者とか、恋人がいる人とかに聞いたことがある。確か、男から女に花を贈るんだったか。確かそうだった。花。意外と高い。今日初めて知った。しかし、幼少期からの軍属で金は有り余っている。糸目はつけない。明日、街に行って花を予約してこよう。
「隊長!バレンタインですよ!用意はしてあるんですか!?」
クラリッサはラウラに尋ねる。ニッポンのマンガを読んで知った、好きな人にチョコレートを贈るという文化。失念していた。我らが隊長には、れっきとした恋人がいるというのに。
「バレンタイン?なんだそれは。誰かの名前か?」
クラリッサは膝から崩れ落ちる。なんてことだ。やっぱり知らなかった。今日は、何日だ。バレンタイン2日前。時刻は?1630。大丈夫だ。まだ間に合う!
「好きな人にチョコレートを贈る日ですよ!隊長!」
「何!?」
食いつく。ラウラは、どちらかといえば尽くす系。押しかけ女房タイプだ。(クラリッサ基準)本人曰く、貰ったものを返しているらしいが、そうは見えない。あれは!隊長なりの!愛情表現!(クラリッサ基準)
「クラリッサ、どうすればいい?チョコレートなど用意もしていないぞ」
シュン、とするラウラ。その愛らしい姿にクラリッサはときめくが、いまはそんな場合ではない。
「幸い、まだ昼です。今から街に行って材料を買い、明日作りましょう!」
「ま、待て。作る?作れるのか?クラリッサ!?」
「当然です。このクラリッサにお任せ下さい!!」
「そ、そうか。なら、フェルトに車を、、」
「まぁ!!ってください!!!」
クラリッサがラウラの肩を掴み、止める。
「サプライズで渡すからこそですよ!その方が、きっと愛情もよく伝わります!車は、私が、出しますので」
「そ、そうか。では、頼む」
「了解!!!」
あれから2日が経った。バレンタイン当日である。
(花は一応買って、車にある。花屋に勧められるままに買ってしまったが、よかったのか?)
バレンタイン前日。花屋にて、どの花を買えば良いのか分からずかれこれ1時間、店内をウロウロしていた。
花なんて人生で一度も買ったことがないからどれが良いのかさっぱり分からない。どうしたものか、と悩んでいると、不意に後ろから声をかけられる。
「恋人への花をお悩みですか?」
どうして恋人へのものだとわかったのだろう、と首をかしげる。そんなフェルトを知ってか知らずか、男は続ける。
「バレンタインが最近よく知られるようになりまして、そういったお客様が増えているのですよ。よろしければ、こちらで見繕うこともできますが、どうでしょう?」
願ってもない。即答する。
それから、店員が何を言っているのかさっぱり分からなかった。たまに聞かれる質問にあわてて答える。それだけ。なんなんだ、花言葉って。花に意味があるなんて、知らなかった。
まぁ、いいか。買えたし。なんて考えながら、帰路につく。
「材料は昨日のうちに全部買いました。フェルトも珍しく街に出ていまはいません!これは!!神が微笑んでいる!!!」
「クラリッサ、さっさと終わらせるぞ。フェルトがいつ帰ってくるかもわからない」
ラウラに急かされ、手順の説明に入るクラリッサ。ラウラは必死になって指示についていく。黒兎隊の食事をローテーションで作っていたためか、典型的な失敗はしない。少し面白くないなと考えるクラリッサだが、フェルトのためにせわしなく動くラウラを見て、面白さなどどうでもいい。今、この姿を見られるだけでどれだけ幸せなことか!と邪念を吹き飛ばす。
「クラリッサ、次は?」
ラウラが聞いてくる。説明に入る。そこで、あることを思い出した。
「隊長、ニッポンでは、女性は男性に想いを伝えるため、自分の体液を入れるらしいですよ」
「なんだそれは。日本人は変態なのか?」
軍人らしく、衛生的に良くないので実行はしない。
ぐるぐるとチョコレートをまぜる。
「本当にこんなことを世の恋人達はしているのか?」
と聞いてくるラウラ。慣れない手つきでかき回すその姿に興奮を覚えつつ、肯定する。作業を全て終わらせ、明日を待つ。どうか、隊長の想いが届くことを願って。
部屋から出る。予約して取りに行くつもりが勢いでその場で買ってしまったため、花は今、手元にある。可愛らしく包まれた、9本の赤いバラ。これが何を意味するのかはわからない。まぁ、間違いはないだろう。
朝一にラウラのもとへ届けようと、部屋へ向かう。ラウラの部屋との距離はそこまで離れていない。歩いていく。部屋の前にたどり着くと同時に、扉が開いた。
目が合う。言葉が出てこない。思い返してみれば、恋人らしいことをするのはこれが初めてではないか?クリスマスには仕事があり、共に冷たい金属を持って過ごした。シュツットガルトのクリスマスマーケットに参加する要人の警護。追加報酬とか言って帰り際にグリューワインとシュトーレンをくれたので、それを一緒に食べたくらいしかない。どうしてクリスマス付近には要人警護の仕事が多いのか。ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地にいた時もあった。
そう思うと、恋人らしく振る舞った機会が少なく、ますます何を言えば良いのか分からなくなってくる。
「ラウラ!」
大きな声が出た。ラウラも驚いている。
「これ、その、バレンタインに」
花を渡す。それじゃ、とその場を去ろうとするが、引き止められた。
「バレンタインとは、女から男にチョコレートを贈るものではなかったのか?」
さあ、わからない。私も、駐屯地の人の一部がしていたことを真似ただけである。
「ま、まぁいい。これ!私からの、チョコレート、だ」
だんだんと尻すぼみになっていく言葉。愛らしくて、思わず抱きしめる。
ラウラの体温を感じ、ゆっくりと離れる。じゃあ、また、と言って別れる。笑みが止まらなかった。
朝目が覚める。今日は珍しくフェルトの部屋で起きなかった。少し物足りない気もするが、目的のためだ。仕方がない。机の上に置かれた黒い兎がプリントされた可愛らしい箱を持ち上げる。これをフェルトに渡すのだ。自分らしく無さすぎないか?などと考えるが、ここまできたのだ。腹を括ろう。身支度を整えて扉を開ける。目の前にフェルトがいた。彼の右手には9本の赤いバラ。
「ラウラ!」
呼ばれた。彼らしくない大きな声に驚く。
「これ、その、バレンタインに」
そう言って花を渡してくる。ちょっと待ってくれ。
「バレンタインとは、女から男にチョコレートを贈るものではなかったのか?」
フェルトは首を傾げる。どちらかが違うのか、はたまたどちらも違うのか。
「ま、まぁいい。これ!私からの、チョコレート、だ」
だんだん恥ずかしくなってきて、声が出なくなる。顔が熱い。焼けてしまいそうだ。
不意にフェルトに抱きしめられる。驚いたが、嫌ではない。むしろ好きだ。ゆっくりと離れる彼。もう少しああしていたかったとも思うが、そうは言っていられない。今日も訓練があるのだ。じゃあ、と言って別れる。さて、この花はどうしようか。朝食後にでもクラリッサに頼もうか。机の上に花を置く。自然と笑みがこぼれた。