クラス代表決定権が終わり、セシリア・オルコットは自室で1人、考えていた。フェルテン=ヴァルターについて。そして織斑一夏について。
迷っていた。考えを改めるべきかどうか。幼少期に両親を亡くし、財産目当てに近づく男。いつもなよなよしく、頼りない男であった父親。そんな男達とは、あの2人は全く異なる。フェルテン=ヴァルターは確固たる強さを持ち、織斑一夏も、正しいか否かはさておき、確かな意志を持っていた。いや、もう、認めよう。男は皆同じだという考えを払拭してしまおう。明日、面と向かって謝罪し、また、1からやり直そう。そう、決めた。そして、
(ーー織斑、一夏ーー)
自分の理想の男などいないと思っていた。そんな中、現れた男らしい男。自分は彼に勝った。しかし、どうも腑に落ちない。彼の試合を見た。愚かなほど直線的で、誰かの顔色を伺う事もない、強い意志が込められた瞳。自分の理想とは少し違うが、何故か目で追っていましそうな。そんな男。
「織斑、一夏」
その名前を口にしてみる。彼の一挙一動が鮮明に思い出され、頭から離れない。この感情はなんだろう。知りたい。この感情を。織斑一夏のことを。その想いは止められなかった。しかし、
「フェルテン=ヴァルター」
その名を口にする。弱々しく体が震える。目に、脳に焼き付いて離れないあの瞳。戦闘中の、氷よりも冷たく、殺意すらも感じられない、全てが抜け落ちたような、あの恐ろしい瞳。そして、戦闘中と日常の、まるで人が変わったような温度差。普段の温和な雰囲気から警戒なんてできない恐ろしさ。しかも、彼はやろうと思えば自分を社会的に抹殺するどころか、圧倒的にドイツが有利な形でイギリスと事を構えることもできたかもしれないのだ。彼の判断でそれは行われなかったが、今思えば心底恐ろしい。これは、1つの大きな借りともとれるのだ。もし、この借りを・・・よそう。
彼は一体何を経験してきた?何を見れば、何を経験すれば、あんな目ができる?得体の知れない恐怖が、彼女を包んだ。
弱い部分につけ込んで自身に残された財を狙う意地汚い男しか見てこず男は皆そうだと思っていた彼女の目には、新たに認識した2人の男はとても新鮮に映ったことだろう。1人は確固たる強さを持ち、もう1人は決して曲がらない意思を持っていた。恐ろしい男と真っ直ぐな男。そこから決して興味が尽きることはない。特に、危ういあの男。彼への興味は尽きなかった。
だが、間違うことなかれ。それはただの興味である。知らないものに置き換えることのないように。
「と、いうわけで、クラス代表は織斑一夏くんに決定しました!一繋がりでいいですね!」
弟君が訳がわからない、といった顔で私とセシリア・オルコットを見て、次に山田先生を見る。
「あの、俺、一勝もしていないんですけど。どうして俺がクラス代表なんですか?」
「それはヴァルターが決めたからだ」
織斑先生が答え、弟君は困惑している。まさか、覚えていないのか?
「クラス代表決定戦の勝者が決定権を有する、と言ったはずだがな。ヴァルターがお前を指名し、オルコットも合意している」
「その通りですわ!」
セシリア・オルコットが勢いよく立ち上がる。
「勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」
相変わらずの話し方だが、内面からトゲはなくなっているな。
「それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの。そして皆さん。先日は浅短な言葉で皆さんを不快にさせてしまったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げるセシリア・オルコット。
「いいよいいよ、そんくらい!」
「さっすがセシリア!わかってる!」
「せっかく男子がいるんだから活かさないとね!」
クラスの皆が口々にセシリア・オルコットを評価する。確かに注目を集めるには男が代表になるのが手っ取り早いな。
今のセシリア・オルコットには多少は好感が持てる。慢心も少なく、誰かを見下すこともしない。彼女は私のところまで歩いてきて、
「今までの言動を謝罪しますわ。これからは、セシリアとお呼びください」
と言って、手を差し出してきた。握り返し、
「わかりました。セシリアさん」
と返す。・・・笑顔に隠れて何故怯える?細めた目が揺れているし、手も微かに震えているぞ?
次は弟君のところに歩みを進める。長く何かを言っているが、要はIS操縦教えましょうか?だ。篠ノ之箒が間に割って入り、断ろうとする。本当に弟君のことを思うのなら教えてもらうべきだろうに。まあ、セシリアさんも弟君の指導者として適当かと聞かれたら、戦闘スタイルからして適切であるとは言いにくいが。
「では、クラス代表は織斑一夏。異存はないな」
はーい、弟君を除くクラス全員が返事をする。これでSHRは終了した。しかし、返事の間を何故伸ばす?
放課後のことである。私はアリーナにて、いつも通りにIS操縦の個人訓練を行っていた。
私は長く軍人をやっており、あまり仕事がまわってこなかったとはいえ、特殊部隊所属だった。そのため任務中に狙われることも少なくはなく、殺気に敏感になるのは当然だった。
何が言いたいのかというと、訓練中に横から殺気を感じたのだ。反射的に動く。
パパパパパパッ!!
小刻みな銃声と私がいた場所から立ち昇る砂煙。アリーナの入口には悔しそうな顔をしたアサルトライフルを構えた女がいた。
チッ、と舌打ちが聞こえる。私を狙ったのはあれで間違いないようだ。
「何よ、男のくせに避けるなんて。そこは当たって無様に地面に這い蹲るとこでしょ?」
何言っているんだ?
「千冬様の弟があんなに弱いとは思わなかったけど、あんたが千冬様の顔に泥を塗ったのは事実。私がその罪を裁いてあげるから、感謝しなさい?」
高慢な態度に様付けの呼び方。間違いない。狂信者だ。
訓練機である打鉄を纏い、アサルトライフルを連射してきた。私は当たるわけにもいかないので、とりあえず避けながら距離を取る。
「逃げんじゃないわよ!・・・みんな!!」
入口から登場する3人の女達。全員がアサルトライフルを構え、私に狙いを定めている。
「4人に1人で勝てるわけない!大人しくやられなさい!!」
そう言って私に向かって4つの銃口から鉛の弾が飛んでくるが、偏差射撃も弾道予測もしていないのか、まったく当たる気配がない。動き続ければ当たることはないだろう。あれらは有効射程とか知っているのだろうか。
当たらないことにイラついたのか、距離を詰めようとしてくる。流石に近づかれたら当たるかもしれないため、正当防衛になるだろうとリボルバーカノンを展開して撃ち、四方に散らばる女を1つずつ撃ち落とす。短絡的な思考をする人間は行動も単純だ。次にどう動くかなど簡単に予測できる。独自の発射機構により従来の狙撃銃とは比べ物にならない速度に至った通常弾が女が気づかないうちに頭部に命中し、吹き飛ばす。
ドギャンッ!!!ズドンッ!!
当たった衝撃で壁に激突する打鉄。動かなくなった。残りの3人は信じられないものを見たといった表情で地面に横たわる打鉄を見る。ぼさっとしている暇があれば逃げろ。
それからはまるで七面鳥撃ちだった。もともと打鉄はあまり速くなく操縦者の技術も未熟だったため、私が撃った弾の全てが頭部に突き刺さる。あの4人は暫く激しい頭痛に見舞われるだろう。
『そ、そこの生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』
慌てたように響くスピーカーからの声。答えなくても機体を見れば一目瞭然だろうに。
「故意に撃たれ、止める気もなかったようなので、正当防衛に出ました。カメラの録画映像を確認していただければわかります。私も行きますので、管制室で待っていてください」
このままなら十中八九映像は細工され、私にとって不利なものとなるだろう。あの慌てようから、あの声の主はこの4つと同じものであることは簡単に予想できる。
その後すぐに管制室へ向かい、細工される前の映像をダビングする。しかし、この映像を誰に見せればいいんだ?やっぱり織斑先生か?・・・それ以外ないか。
織斑先生は職員室にいた。映像が入った端末を手に近づく。
「織斑先生」
「ん?ああ、ヴァルターか。どうした?」
「至急見て頂きたいものがあります」
そう言って映像を見せれば大きな溜息をつく。
「こうなるのではと予想してはいたが、まさかこんなにも早いとはな。ヴァルター、お前が倒した4人はどうしている?」
「アリーナの扉を全て閉じてロックしたため、閉じ込められているか扉を破壊して出ているかのどちらかです」
「わかった。お前はもういいぞ。・・・はぁ。また仕事が増えた」
申し訳ありません。
その晩に連絡があったが、あの4人と声の主は懲罰房で1週間の謹慎と2週間の自室謹慎となったそうだ。追放はされないらしい。私にはその時受けた注意のみ。打鉄もエネルギーがなくなっただけで傷もなかったため、それについても何もなかった。過剰防衛ととられなくて良かった。あの戦闘は極秘とされ、なかったものとして扱うらしい。しかし、私の罰が甘すぎるのではないか?2週間のタダ働きとかを覚悟していたのだが。
フェルトがドイツを旅立って、1ヶ月以上経った。彼は今、何をしているのだろうか。クラス代表決定戦があったと言っていたな。まさか女と仲良くしているのでは?だめだ、胸が苦しい。あの温もりが恋しい。成る程、これがクラリッサの言っていた恋煩いというものか。なかなかに、辛いものだな。