1900。夕食を食べ終え、すぐに音楽室へとやって来た。ラウラは取ってくるものがあると言うので、私は先に行っている。しかし、待っている間は暇になる。ピアノでも弾いていようか。
・・・よし、今はベートーヴェンの月光を弾こう。この曲はお気に入りだ。なんとなく弾くならこれ、というくらいには。
弾き始める。流れるように。鍵は叩かずに触るだけ。何かが聞こえてくる。なんだ?どこからか優しいが力強く、高い音が決まった音の旋律を崩してに入ってくる。だが、決して台無しにはせず、角を落として穴を埋めるような、そんな入り方だ。この音色は、バイオリンか?音がするのは入口からだ。弾きながら、振り向く。ああ、なるほど。見せたいものとはこれか。
ラウラが一体いつできるようになったのか、バイオリンを弾いていた。力強く、気を抜いたら意識を全て持っていかれそうな音色。ラウラらしい。
1曲弾き終わってから話す。
「どうだ、驚いたか?」
「そりゃもう。いつ、誰に習ったんだ?」
「初めてピアノを聞かせてもらって、別れた1ヶ月後からだ。ベルリンに、お前が来た時にはもういなかったがバイオリンができる人がいてな。興味があることを伝えたら快く教えてくれて、別れ際にこのバイオリンまでくれたんだ。言ってもよかったんだが、どうせならしっかり出来るようになってから驚かせようと思ってな」
どこか私の経緯と似ていて、おかしくなって笑った。不思議がるラウラに私がピアノとチェロを習った経緯を教えると、ラウラもおかしくなったのか、笑った。
「どうしてベルリンにいる間に教えてくれなかったんだ?」
「・・・タイミングが掴めなかったからだ。私はお前が弾いているのを見るのが大好きでな。溺れていたら、遠くなった」
自嘲気味に笑うラウラに、小さな笑みがこぼれた。
それから、約束の8時までの残り50分程、2人で弾き続けた。どちらかが知っている曲に、適当に合わせる。それだけで非常に楽しかった。
2000。約束の時間ぴったりにやって来たデュノア君が私達の演奏を聴いていたのか、拍手をしながら教室に入ってくる。演奏の合間に目的について話したところ、私とラウラのデュノア君に聞きたいことは同じだった。
「どうしたんだい?こんな所に呼び出して」
デュノア君が問う。さあ、切りだそうか。
「いや、すみません。1つ、貴方に聞かなくてはならないことがありまして。単刀直入に言います。貴方はシャルルという名前ではないのではありませんか?」
目に見えて動揺するデュノア君。
「シャルロット・デュノアさん。ですよね?」
「な、何のことかな?僕は男だよ?女性名なわけがないじゃないか」
「ならば、その男にしては不自然な重心や歩き方はどう説明する。声も高いし、喉仏も出ていない。実は女であると言われた方が信用できる」
ラウラが指摘する。重心や歩法なんてものは簡単に矯正できるものではない。喉仏などといった身体的特徴ならば尚更だ。従って、それらは性別判別の重要な要素になり得るのだ。
しばらく、沈黙が続く。
「沈黙は肯定と受け取りますよ。よろしければ、男装することになった経緯を話してはくれませんか」
「・・・はぁ。やっぱりダメかぁ」
そう言って、諦めたような目をして私とラウラを見るデュノアさん。静かに、ポツポツと男装の理由を打ち明ける。自分が愛人の子であること。母が死んで、デュノア社に引き取られたこと。たまたまISの適性が高いことがわかり、デュノア社のサポートもあって代表候補生にまで登りつめたこと。2人の男性操縦者の出現に伴い、父親から男装してIS学園に行き、男性操縦者のデータを入手することを命じられたこと。父親にあったのは3回で、会話も数回程度しかしていないこと。後半は知らなかったが、前半はやはり聞いたことがあった。
「デュノア」
「2人ともシャルロットでいいよ」
「では、シャルロット。貴様はこれからどうするのだ?」
ラウラが聞く。
「2人にばれちゃってるし、多分本国に呼び戻されることになるだろうね。デュノア社は潰れるか、良くて他企業の傘下に入ることになると思う。少なくとも今まで通りににはできないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな。僕は代表候補生をおろされて、良くて牢屋行きだろうね」
「そうか」
ラウラが短く返す。あの時の少女が、こんなことになっているとは思わなかった。仕方がなかったとはいえ、放っておいた自分に怒りが湧いてくる。だが、あの時はどうしようもなかったのだ。では、今は?何ができる?
「シャルロットさん。貴女は私を憶えていますか?」
訳がわからない、といった表情で私を見るラウラとシャルロットさん。そうか、ラウラにあの少女のことは言っていなかったな。
「憶えてるかなんて言われても、何処かで会ったことあったっけ?」
「2年程前、あれは6月くらいでしたか。貴女は6人の軍人に出会っているはずです」
思い出したのか、目を見開く。だが、どこか腑に落ちない点があるのだろうか。首を傾げた。
「あの6人の中に銀髪の人は1人しかいなかったはずだけど」
「はい。それが私です」
沈黙が続く。おい、なぜ黙る?
「・・・え!?あの人男だったの!?」
「女だと思われてたんですか!?」
衝撃。いや、確かによく間違われるがね?こら、ラウラ。お腹抱えて笑うんじゃない。こほん。
「私は貴女に謝りたかった」
シャルロットさんは再度首を傾げる。
「あの時、私は無責任にも貴女に父親に会うよう言った。貴女も苦しんでいたはずなのに、羨ましいとも言ってしまった。そのことが悔やまれていました。申し訳ありませんでした」
「あ、頭を上げてよ!僕はあの時の言葉のお陰でお父さんと話すことを決心できて、お父さんが僕を大事に思ってくれていることを知れたんだ!感謝することはあっても、恨むことなんてないよ!」
ああ、そうだったのか。あの無配慮なお節介が役に立ったのか。ん?いや、まて。
「シャルロット、お前は父親に大事に思われていると言ったな。ならばなぜ、このようなすぐにバレる危険なことをやらされた?」
「それがよくわからないんだ。お父さんは僕を守るためだと言っていたけど・・・」
守る?男装させてIS学園に行かせることが守ることに繋がるのか?いや、あり得る。IS学園は他国の影響を受けないとされている。そこに守れる可能性を見たのか?そうだとしたら、浅はかとしか思えない。影響を受けないのは、あくまでも表面上だけなんだぞ。だが、世界的大企業の社長が何も考えずに動くはずがない。今ここでぐるぐる考えても仕方がないな。今度確認してみるか。
正直、シャルロットさんのことは放ってはおけない。2年前のこともある。
「貴女はどうしたいのですか?」
「どうって?」
「貴女は今の状況に納得できますか?」
「するしかないよ」
「義務ではない。私は貴女の意思を聞いているんです。普通に生きたいか、今のままでいいのか。どちらですか?」
「・・・そんなの、普通に生きたいに決まってる!普通に生きて、友達を作って・・・」
「では、可能性は高いとは言えませんが、現状から脱却できる方法があるとします。貴女はそれに賭けますか?」
「・・・もちろん!!」
「なるほど、わかりました。どうか落ち着いてください。ところでシャルロットさん。貴女のルームメイトは誰ですか?」
「・・・?織斑一夏君だけど」
「ならば彼にも事情を話した方がいい。下手にばれるよりは貴女にとっても良いはずです」
「・・・わ、わかった。でも1人じゃ不安だから、彼を連れてフェルテンの部屋に行ってもいいかな?」
「構いませんよ」
「ありがとう」
そう言って別れる。これから忙しくなりそうだ。
「ああ、そうだラウラ」
「なんだ?」
「織斑先生は2年前のモンド・グロッソの誘拐未遂事件に私達が関わっていることを織斑一夏に伝えていないそうだ。ラウラがわざわざ話題を出すとは思わないが、一応知らせておく」
「了解した。なあ、フェルト。お前はシャルロットをどうするつもりだ?」
「在学中、いや、それ以降も女として生活できるようにする」
「できるのか?」
「やれるだけ。失敗してもダメージが最小になるように」
「そうか。ならばその時は私も手伝おう。1人より2人だ」
「ありがとう」