時は飛んで6月最終週である。学園は月曜から開催される学年別トーナメント一色になっていた。全生徒が雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っている。
私達男は広い更衣室で着替える。反対側の更衣室には本来の倍の女子生徒を収容しているため、かなり狭いのだろう。悪い気もするが、どうしようもないことだ。
「しかし、すごいなこりゃ・・・」
更衣室のモニターを見ながら弟君が呟く。確かに、各国政府関係者や研究所員、企業エージェントや軍幹部などの顔ぶれが一堂に会しているのは壮観だ。中には私が会ったことがある研究所長の姿も見える。
「3年にはスカウト、2年には1年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者にはさっそくチェックが入ると思うよ」
「ふーん、ご苦労なことだ」
「私達男には無関係な話ではありませんよ、一夏君。男というだけで相当注目されるのですから」
「げ、まじかよ」
今一度君は自分の立場を認識すべきだと思う。ほら、シャルロットさんも呆れている。
試合開始は少し遅れていた。何故なら突然のペア対戦への変更により従来まで使っていたシステムが正しく機能しなかったためだ。そのため、本来ならば前日にはできるはずの対戦表も、今朝から生徒たちが手作りの抽選くじで作っていた。
「あ、対戦相手が決まったみたい」
モニターがトーナメント表へと切り替わった。そこには、実に面白い対戦カードがあった。
一回戦第一試合、ラウラ・ボーデヴィッヒとフェルテン・ヴァルター対織斑一夏とシャルル・デュノア。まさか初戦で一番苦手であろう相手と戦うことになるとは。2人を見ると、初めて虫を食べた新兵のような顔をしていた。そんなに私達と戦うのは嫌か。
アリーナ中央で対峙する。この戦いで最も重要なことは、いかに早く弟君とシャルロットさんを分断し、弟君を撃破してシャルロットさんを叩くかである。
「やるからには勝つからな」
「やれるものならやってみろ」
試合開始。弟君が突っ込みラウラに斬りかかり、ラウラはプラズマ手刀を交差させて受け止める。
「ふん、そんなものか?」
「僕を忘れてもらっちゃ困るよ!」
「忘れるわけないじゃないですか」
シャルロットさんがアサルトライフルを2丁構えてラウラを狙う。やらせない。リボルバーカノンをハイパーセンサーによるロックオンをせずに撃つ。ロックオンすると警告が出てバレるからだ。砲弾は紙一重で躱されたが、シャルロットさんと弟君を分断することはできた。弟君の相手はラウラに任せる。
「どいてくれないかな?」
「それは無理な相談ですね」
シャルロットさんは62口径ショットガン《レイン・オブ・サタディ》2丁を展開して面制圧攻撃をしてくる。トリガーが引かれる瞬間に私は上昇しながら飛来する散弾に合わせて前転し、その間にリボルバーを撃つ。多少は被弾したが、問題ない。装填しているのは徹甲弾。第二世代の装甲であれば易々と貫く威力を持った弾丸をシャルロットさんはシールドを3枚展開して防ぐ。それからマシンピストルとリボルバー、アサルトライフル2丁による接近戦を行っていたが、マシンピストルのマガジンが空になった一瞬をついて、シャルロットさんが瞬時加速で弟君の元へ行ってしまった。これは私のミスだ。シャルロットさんが瞬時加速を使えるとは思っていなかった。初歩的なミス。
ラウラにプライベートチャネルで話す。
「すまない、逃がした。10秒引きつけてくれ」
「Ja」
弟君の零落白夜をプラズマ手刀で受け流し、弟君が体制を崩している間にワイヤーブレードで切り裂き、拘束する。シャルロットさんが弾幕を張って弟君を救出しようと接近し、弟君の前に出ようとするが、私が6発入るシリンダーに装填した2発の通常弾で少しだけ妨害することで、行動を遅れさせる。ついに白式の前に到着したラファール・リヴァイブ・カスタムⅡが両手に展開したアサルトライフルで弾幕を張るが、ラウラは弾幕を白式を引きずりながらも小刻みに動くことで、被弾を最小限にとどめてやりすごす。
「離脱!今!!」
私がプライベートチャネルで言った途端にラウラが拘束はそのままにワイヤーを最大まで伸ばして離脱する。ブレードを地面に刺して動きにくくするの忘れない。身動きがとれない相手を前に戦術的優位を簡単に手放したラウラに困惑する2人に向かい、私はまたもロックオンせずにリボルバーカノンを撃つ。3発目以降に装填しているのは炸裂弾。シャルロットさんは拘束された弟君をシールドで庇うが爆発を完全に防ぎきることはできず、更に横からラウラのリボルバーカノンによる炸裂弾も飛来する。音速をはるかに超えて飛来する75mm口径と88mm口径の炸裂弾。着弾による爆風が起こした砂埃が晴れると、そこには満身創痍な白式とボロボロになったシールドを構えたラファール・リヴァイブ・カスタムⅡがいた。合計9発の炸裂弾の直撃、もしくは至近弾をくらった2機に残ったエネルギーは残り僅かだろう。
「や、やってくれたね・・・」
2人が立ち上がる。駆動部にダメージがあったのか動きは鈍く、もう虫の息だ。トドメを刺そうとショットガンとマシンピストルを構えて突撃しようとした瞬間、
「・・・っ!!!っあぁぁぁぁっ!!」
ラウラがもがき苦しみ始めた。
あの2人はもはや戦えない。エネルギーもすぐになくなるだろう。私達の勝利は揺るがない。
・・・Ich habe die
Anweisungen
verstanden.
突如頭の中にノイズが走り、体の自由が失われる。何者かに操られているような感覚。得体の知れない不快感に、私は発狂しそうになった。
なんだこれは!私はこんなもの知らない!!
「・・・っ!!!っあぁぁぁぁっ!!」
自然と声が出る。苦しい。寒い。怖い。
目の前の男に手を伸ばす。
「フェルト、助け・・・」
プツンッ
言い切る前に、意識が途切れた。
「フェルト、助け・・・」
ラウラが発したとは思えないほど弱々しく小さな声がした瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が溶け、ラウラを呑み込んでいく。
「な、なんだよ、あれは・・・」
弟君が呟く。それは私が聞きたい。シュヴァルツェア・レーゲンにあのような機能は搭載されていなかったはずだ。
ふと、来賓室にいる研究所長を見ると、笑っていた。これが事故なら笑っているはずがない。
・・・あいつか。あいつがやったのか。いつだ?私がいなかった1ヶ月の間にか?いや、今はまず、どうにかしてラウラを救わねば。
溶けた装甲が新たな形を作る。ラウラをそのまま何回りも大きくしたような姿になり、手には織斑先生が使っていた雪片とそっくりなブレードが握られていた。
私はVTシステムを思い出す。しかし、あれはIS条約で禁止されていたはずだ。ドイツでも研究は打ち切られたはずだが、まさかシュヴァルツェア・レーゲンに搭載していたのか!?
・・・ああ、畜生。ふつふつと怒りが湧いてくる。ドイツの研究員は、どれだけ私達から奪えば気がすむのだ!
弟君がなけなしのエネルギーを使ってシュヴァルツェア・レーゲンだったものに突っ込んでいった。VTシステムは弟君に向かって雪片もどきを振るう。弟君はどうにか雪片弐型で防ぐものの、圧倒的パワーで吹っ飛ばされた。
「それがどうしたぁっ!!」
「一夏!落ち着いて!!」
無謀にも再度突っ込もうとする弟君をシャルロットさんが止める。
「どけよシャルル!あれは千冬姉のデータだ。千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ!それを・・・くそっ!!何をされようと俺は行くぞ!!!」
「そのエネルギー切れの白式で何ができると言うのですか?」
「できるかどうかじゃない!!やりたいからやるんだよ!!!」
ああ、もういい加減にして欲しい。私も憤慨しているんだ。これ以上馬鹿なことを言って私を刺激するな。
「ならばお前がどけ。私もやりたいようにやる」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「な、なんだよ!俺がやっちゃダメだって言うのか!?」
「そうだ。エネルギーもないし、何より実力もないお前にはやらせられない」
「でも!!」
「黙れ!!!」
ああ、もう駄目だ。もう知らない。これは私の自己満足だ。だが、絶対に譲れない。
「これは私達の仕事だ。この事態の責任はドイツにあるし、ラウラをどうにかするのもお前ではなく私のすることだ!手を出すな!!お前は隅で膝を抱えて震えていればいい。シャルル、その馬鹿を頼む。絶対に戦闘に参加させるな」
「黙れ!!!」
フェルテンが俺に向かって叫んだ一言で、俺の世界は真っ黒に染まった。五感が全て破壊されたような感覚。真っ黒な沼に全身が浸かっているような、そんな感覚。なんとか意識は保てているものの、手足に力が入らない。反論したいが、口からは掠れた声すら出てこない。
黒いISが雪片もどきをフェルテンに向かって横薙ぎに振るうのに合わせ、フェルテンはいつのまにか両手に展開していたナイフで回転しながら受け流し、その勢いのまま腕に斬りかかる。だが傷は浅く、すぐに回復していた。やっぱり、俺の零落白夜じゃないとダメだ!今すぐ行こう!
・・・そう思った。それだけだった。悔しいことに、俺には今行われている戦闘に入る技術はなく、体も震えたままだった。
フェルテンはマルチ・スラスターを使って高速移動を連続で行い、一本の切り傷をひたすら斬り続けた。傷が塞がりきる前により深く斬りつける。たまらず黒いISは腕を振って避けようとするが、フェルテンはそれを避けながらも攻撃をやめない。遂に雪片もどきを持っていた右腕を肘から斬り飛ばし、すぐにその雪片もどきを腕ごと蹴って拾えないようにした。そして今度は腹を斬る。様々な角度から斬りつけてボロボロにしていく。黒いISは左腕で殴り両足で蹴ってフェルテンを引き剥がそうとするが、うまくいなされて効果は薄い。
ナイフでボロボロになった腹を裂くと中からラウラが出てきた。フェルテンは優しく抱き上げるとアリーナの端まで運び、そっと地面に横たわらせる。すぐさま黒いISが最後の足掻きかフェルテンに向かって殴りかかった。フェルテンは見もせずに後ろに向けてショットガンを撃ち、爆音と共に吹き飛ばす。フェルテンが振り返った時にちらっと見えたが、あれはいつものフェルテンじゃなかった。無表情ではあるが純粋な殺気に満ちており、それ以外の感情は持っていない。俺は何故か死神を連想した。瞬時加速で黒いISに接近してリボルバーカノンをゼロ距離で、片手で撃つフェルテン。何度も何度も撃ち、シリンダーの中の弾を撃ち尽くす頃には黒いISは動かなくなっていた。
怒りで我を忘れるとはこういう感覚なのか。私がどのようにしてVTシステムを撃破したのかは鮮明に覚えているが、その間にどのような思考をしていたのか、さっぱり覚えていない。ただ、ラウラを救えた。それだけでも今は満足だった。ラウラを抱えて医務室まで運び、先生方に後を任せる。
さて、次だ。命は奪わない。生かしたままで殺してやる。
「フェルテン=ヴァルター少佐。貴官にはあの研究所長を捕らえることを命じる。殺してはならないが、多少の傷は構わない」
「了解しました」
上層部を言いくるめて搭載した甲斐があった!VTシステムは正常に機能し、期待通りの強さを見せた!それは1人目を吹っ飛ばしたのを見れば一目瞭然だろう!!
・・・だが、あいつは何だ。途中までしか見ていないが、VTシステムと互角にやり合っていたように見えた。何処かで見たことがある気がするし、何よりあのシュヴァルツェア・ヴォルケに乗っている。黒兎隊所属の女で間違いないだろう。あの機体は想定外だった。ブルーノ=ヴァルター中将とその部下が寄越してきた設計図さえなければ、より良い研究材料を得ることができただろうに!
「やあ、気分はどうかな?」
「あ?そんなのもちろん最高さ!なんせ目標が達成できたのだからな!!」
「そうかそうか、おめでとう」
はて?この部屋に私以外に人はいたか?
目の前の屑の両手両足をナイフで斬りつけ、神経を切断する。右手のナイフで脇を刺し、左手のカランビットで膝裏を切り裂く。
汚い悲鳴が密室に響く。ああ、うるさい。動かなくなった男が体幹と首を使って私を見た。
「お、お前はあの時の女!何故ここにいる!?」
「ん?ああ、あの時は女装していたな。では改めて。私はフェルテン=ヴァルター。2人目の男性操縦者であり、シュヴァルツェア・ヴォルケの搭乗者だ。よく覚えておけ」
震えだす研究所長。ああ、醜い。ひたすらに醜い。声を出そうとしているのか、口をパクパクさせている。うるさいのも嫌だな。口を部屋にあったテーブルクロスで塞ぐ。
「罪にはそれ相応の罰を与えられることを知らないのか?お前の悪行は酷すぎて物言わぬ石ですら叫ぶぞ。お前はラウラを殺しかけたんだ。それだけで万死に値するが、私は優しい。命は奪わないでおく」
見るからに安堵する研究所長。
「命は奪わない。それ以外は奪うがね」
「フヘ?・・・ングンンンンヴンヴヴヴゥゥゥゥ!?!?」
部屋にある布で手を包み、四肢につけた傷口をナイフと包んだ手で抉って広げ、部屋にあった水で血を流し、両腕から尺骨神経と正中神経を周辺の肉ごと抉り取り、同じように太腿を切り裂き、両脚から脛骨神経と腓骨神経を抉り取る。肉を切る度に傷口を焼いて塞ぎ、全工程終了。これでこいつはもう動けない。このとき、気絶しないように痛みをじわりじわりと与えるのが重要だ。さつきから篭った叫び声がうるさいので声帯を焼いてしまっても良かったのだが、尋問が手間になる。しかし、足りないな。どうしてくれようか。
・・・そうだ、こいつ男だ。なら、あれがあるはず。ズボンを切り裂き、汚い何かの根元にナイフを当てる。研究所長は残った体力でもがくが、まともに動けていないため意味をなさない。直に触るのは嫌なので、もう一度部屋にある適当な布を簡易的な手袋にして抑え、固定する。抵抗のつもりか首を振っていたことでテーブルクロスが外れた。
「ゴハッ、や、やめろ!!頼む!!それだけはやめてくれぇ!!!」
聞く耳は持たず、カランビットナイフで切る。このナイフは勿体ないが捨てよう。汚い。傷口から血が吹き出るが、すぐに布で押さえて返り血がかからないようにして、焼いて止血。この時、袋も切っていたのか赤に染まった長球が2つ、体と繋がった筋と共に落ちてきたが、引きちぎったそれらと切ったものを押さえていた布にくるんで放っておく。男はあまりの痛みからか失神していた。呼吸はある。死んではいない。しぶといな。
じきに目を覚ますだろう。尋問官に囲まれて。
血の匂いが染み込んだジャージを制服に着替え、シャワーを浴びて血の匂いを落としてからナイフと一緒に焼却炉に放り込み、廊下を歩く。道すがら会った山田先生はラウラは医務室にいると言っていたので、そこに向かう。
赤く、美しい夕焼けが見える医務室のベッドでラウラは眠っていた。あの戦いの後から彼女は目を覚ましていないらしい。
30分程経っただろうか。ラウラが目を覚ました。目をパチクリさせ、辺りを見回す。目が合った。
「フェ、フェルト・・・」
「どうした?」
「私・・・は・・・?」
「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」
織斑先生が入ってきて言う。
「何が・・・起こったのですか・・・?」
ラウラを補助し、上半身を起こす。やはり痛むのか顔を歪めるが、左右で色の違う目はまっすぐ織斑先生を見つめている。
「一応重要案件である上に機密事項なのだがな。VTシステムがお前のISに積まれていた」
「・・・・・・」
「どうやら政府の検査の後に搭載されたらしい。遠隔操作で発動するようになっていた。現在学園はドイツ連邦軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」
「・・・その首謀者は?」
「それはヴァルターに聞け。こいつの方が詳しい」
ラウラは私を見つめる。
「ハンブルクの研究所長だ。四肢の神経を奪って拘束してある。もう二度と動けないだろう」
「そうか・・・黒兎隊に影響は?」
「今回の一件とはほぼ無関係だから、強制捜査に入られるだけ。やましいものもないから、ほとんど被害はないと思う」
ほっ、と安堵の息を吐くラウラ。隊長としてやはり気になるのだろう。隊長補佐である私もかなり心配なのだ。
「今回の件は機密となっている。心配ないとは思うが、口を滑らせることのないように」
「「了解」」
無表情だが、どこか満足げに頷いて医務室から出て行く織斑先生。
「・・・少し休む。流石に疲れた」
「ああ、おやすみ」
ラウラは目を瞑るとすぐに寝た。私も眠ってしまいたいが、まだやることがあるのだ。部屋に戻ろう。