赤い夕日に照らされた廊下を歩く。特に目的があるわけではない。だが、何故かある場所に向かって歩いていた。教室の前を通り、学生寮に辿り着く。誰一人としてそこにはおらず、来るまでも人とすれ違うことはなかった。何を思ったか、最近自室となった1002号室ではなく、隣の1001号室の扉を開ける。2人の銀色が、仲良く、笑って、喋っていた。銀色が自分に気づき、手招きをしてくる。だが、足がまるで根が生えたように動かず、2人の方へ歩き出すことができない。
(なんで!?どうして動かないの!?)
足にどれだけ力を入れても動く気配はない。2つの銀の影は困ったような雰囲気でこちらを見ると立ち上がり、自分から遠ざかっていく。大小寄り添って。ゆっくり、しかし確実に。呼び止めようとも声が出ず、追いつこうにも動けない。
身体中を得体の知れない不快感が駆け巡った。
動け、動け!動け!!
「動け!!!」
バサァッと足にかかっていた布団が勢いよくめくれ上がる。体は汗で少し湿っており、服が肌に張り付いて気持ち悪い。
「夢・・・?」
確認すれば、足は動くし、時刻も0630。夕日というより朝日の時間だ。またか。
(夢で良かった・・・ってどうしてあんな夢を?それも今日だけじゃない。1週間に1回くらい見る・・・)
「あれ?」
ふと横を見ると、ベッドにいるはずのルームメイトがいない。それも、起きてどこかに行ったというよりも初めからベッドに使われた形跡がない。
「・・・まあ、いいや」
のそりと布団から抜け出し、シャワーを浴びに行く。まずは寝汗を流そう。それに彼女のことだ。多分隣の部屋にいる。
・・・なんか、痛いなぁ。
時刻は0500。いつも通りの時間に私は目を覚ました。外はまだ薄暗く、生活の色は見られない。
これまたいつも通りに体の上に重みを感じた。ああ、またかと思い、乗っている人間の体を揺すって起こそうとする。
ふにっ。
・・・ん?なんだろう、いまの感触。
ふにふにっ。
・・・あー、久しぶりのあれか。
「ラウラ、起きてくれ」
「んぅ・・・朝か・・・?」
「おはよう。服を持ってくるから布団の中で待っててくれ」
「んー・・・行くなぁ・・・」
寝惚けているのか、ラウラは私の首に腕を回してより密着してくる。その時に見えてしまったが、やはり何も着ていなかった。
ラウラは普段眠る時着ている私が昔あげたシャツは2着しかなく、どちらかを洗濯し忘れるなどで着られなくなると、他の物を着るのではなく全裸で眠るのだ。ラウラは眠る時、いつも下着を身につけないため、必然的にそうなる。ベルリンにいた頃同じことが4回あり、3回目から慣れはしないものの慌てることはなくなった。慣れはしないが。また何かあげられればいいのだが、今は余分な服など持っておらず、サイズも大きすぎる。ちなみに私はハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地に余っていた戦闘服のズボンとシャツを着ている。寒い時期はそれに戦闘服の上着を着るのだ。そのセットを4着持っている。ああ、そうか。上着を着せて・・・ごわつくな。寝苦しいか。
布団をラウラの頭から被せて包む。当然ラウラは抵抗するが、日常的に鍛えている男の腕力に敵うはずもなく簀巻きにされる。バウムクーヘンのようになったラウラが顔だけを私に向けて、何をすると目で訴えてくるが、寝起きからか目はあまり鋭くなく、膨れた表情はとても可愛らしい。
「とりあえずこれ着て部屋に戻って支度してこい」
そう言ってジャージをバウムクーヘンの穴に渡して、目を逸らしているうちに着てもらう。やはりかなりぶかぶかだ。
「今日も走るだろう?」
「当然だ」
「じゃあ、15分後にここで」
「了解」
ラウラが出て行った後に思ったのだが、彼女は昨晩私の部屋に来るとき何も着ていなかったのだろうか。・・・部屋の隅に雑に置かれたこの部屋のものではないシーツが全てを物語っていた。あとで届けておこう。
「おはよう、フェルテン、ラウラ」
「「おはよう、シャルロット」」
食堂の隅の丸テーブルで食事をしようとすると、シャルロットが声を掛けてきた。彼女とは特に最近同室になったラウラが仲が良く、私もよく喋る。友人とはこういったものなのだろうか。しかしどこか引っかかる。
「ここ、いいかな?」
「構わんぞ」
私とラウラが近づいて1人分のスペースを空けると、そこに座る。ちなみに私とラウラのメニューはパンにソーセージ、サラダとザワークラウト、コーヒー。シャルロットはパンにジャム、フルーツとヨーグルト、コーヒーだった。
それからは会話もなく、全員が10分以内に食事を終え、コーヒーを飲んでいた。
「朝からよくしょっぱいものを食べられるね。僕にはちょっと無理かな」
苦笑いしながらシャルロットが言う。ザワークラウトやソーセージのことを言っているのだろう。
「これはフェルトが部隊に来る前の話だが、フランス軍の部隊との合同訓練をした時も同じことを言われたな」
「朝食はほとんど甘いものだからね。朝からしょっぱいものを食べると、胃が重くなっちゃうんだ」
「食事といえば、昔ハーデン=ヴュルテンベルクにいた頃にイタリア陸軍大佐とその部下と食事をしたことがあったが、その時にドイツでは朝食を早朝と10時頃に分けて食べていることに驚かれたな」
「そうなの?フランスでは朝は忙しいから簡単に済ませちゃうな。休日だったらゆっくりブランチを食べるんだけどね」
「最近は日本式の生活になってきていたが、祖国の生活もなかなかに恋しいものだな」
「そうだね。っともう予鈴30分前か。結構喋っちゃったね」
シャルロットが言うので時計を見ると、確かに予鈴の30分前だ。残りの少し冷めたコーヒーを一斉に飲んで席を立ち、教室へ行く。
「うおおおおお!!」
弟君が教室に見当たらないので疑問に思っていると、本鈴直前に廊下から聞こえる男の叫び声。なるほど、遅刻しそうで間に合わないとみて走り出したか。
「到着っ!」
「おう、ご苦労なことだ」
織斑先生がいなければ、その選択は間違っていなかった。みるみるうちに青ざめていく弟君の顔。
すぱぁんっ!
「本学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関だ。本質は学校である以上決まりはある。廊下は走らない。基本だ」
「は、はい・・・。すみません・・・」
「罰として、放課後教室を掃除しておけ。いいな?」
篠ノ之箒が怒られている弟君の後ろをすり抜けて着席し、続いて弟君も席に着く。
イギリスのロンドンにあるビッグ・ベンを思わせるチャイムが鳴ってSHRが始まる。
「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえお前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」
赤点とは何かわからないが、おそらく1ヶ月後の試験のことを言っているのだろう。成績が悪かった者には夏季休暇中に補習があるのだとか。なるほど、その成績の基準が赤点か。
「それと、来週からはじまる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。3日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」
校外実習。弟君は臨海学校とか言っていたか。初日は何もなく完全自由時間だが、2日目と3日目は本国から送られてくる新武装や試作品の実戦テストや非制限空間での行動訓練を行うことになっている。初日は疲れないようにして、2日目以降に備えなければならない。
「ではSHRを終わる。各人、今日もしっかり勉学に励めよ」
「あの、織斑先生。今日は山田先生はお休みですか?」
クラスの女子が聞く。確かに気になっていた。SHRは、いつもなら山田先生が仕切っているのだ。
「山田先生は校外実習の現地視察に行っているので今日は不在だ。なので山田先生の仕事は私が今日一日代わりに担当する」
「ええっ、山ちゃん一足先に海に行ってるんですか!?いいな〜!」
「ずるい!私にも一声かけてくれればいいのに!」
「あー、泳いでるのかなー。泳いでるんだろうなー」
そんなに羨ましいものか?周辺の環境変化の有無や安全性の確認やらを精神すり減らしてする大変な仕事だぞ?
「あー、いちいち騒ぐな。鬱陶しい。山田先生は仕事で行っているんだ。遊びではない」
はーい、と返事をするクラスの女子。どうしてそんなにも浮かれているのだ?
「ねぇ、2人とも」
「ん?」「なんだ?」
夕食を食べ終え、食後のコーヒーを飲んでいる時にシャルロットが話しかけてきた。
「水着って持ってるの?」
「「いや、持っていないが?」」
口を揃えて答える。ラウラも持っていなかったのか。
シャルロットは口を開け、唖然としている。そんなにおかしいことだろうか。本番は2日目以降だから、初日は疲れないようにするのが当たり前だろう?泳ぐのは疲れるじゃないか。
「流石にそれは勿体なすぎるよ!!」
ダンッ!!とテーブルを叩いて立ち上がるシャルロット。
「目立っている。抑えろ」
見られているので私が言えば、大人しく座る。
「あ、うん。ごめん」
「・・・で?何が勿体ないと言うんだ?」
「だって、せっかくの海だよ?泳がないにしても、水着で遊んだりしようよ!」
「だが、重要なのは2日目以降だろう?」
「それはそうだけど、疲れすぎない程度に遊ぼうよ」
「なあ、フェルト」
私とシャルロットが話しているところに、ラウラが割って入る。
「お前は海で遊んだことはあるか?」
「遊んだことはないな。訓練では何度か行っているが」
「そうだろう。私も遊んだことがない。だからその、なんだ。一度海で遊んでみたいのだ」
恥ずかしそうに頰を染め、上目遣いで私を見てくるラウラ。シャルロットは目を輝かせ、
「なら遊ぼう!そのためにも水着を買おう!!ということで、今週末買いに行かない?」
なるほど、これを言うために水着のくだりを言ったのか。
「ラウラ、どうする?」
「私としては行きたいのだが、フェルトは良いのか?」
「構わないぞ」
「よし、決定!じゃあ、日曜日の10時に正門前で集合でいい?」
「わかった」