「海っ!見えたぁっ!」
トンネルを抜けたバスの中で、クラスの女子が声を上げる。
校外実習初日。天候は快晴。太陽光を反射してキラキラと海面は輝き、穏やかな潮風にゆっくりと揺らいでいた。
「着いたか」
イヤホンを外しながら、隣に座るラウラが言う。
「今日から3日間は晴れるらしい。本国からも追加武装を送ったと連絡があった。明日から忙しくなるぞ」
「今日は疲れないようにしないとな」
「なんでこう、会話が固いかなぁ・・・」
後ろに座っているシャルロットが言ってきた。シャルロットの隣に座る弟君は窓の外の景色に夢中なのか、ずっと外を眺めている。
「もちろん遊ぶぞ?せっかく水着も買ったのだからな。なあ、フェルト」
「当然だ」
「僕も一緒にいい?」
「「もちろん」」
しかし、海か。あれを思い出すな。
「そうだ、フェルトは地獄の8月3日を知っているか?」
なんとタイミングの良い。
「当然だ。なんせ当事者だからな」
「そうだったのか!?」
「ん?何の話だ?」
外の景色をを眺めるのをやめた弟君が聞いてきた。
「ドイツ連邦軍に5年前まであった行事だ。沖に出た船から海岸までの8kmを泳ぐのだが、ある部隊がサメに襲われてから廃止されたのだ」
「・・・ちなみにその部隊は?」
「全員無事に帰ってきたらしい」
「懐かしいな」
「まさかとは思うが、襲われたのか?」
「襲われたというか、出会っただけのような感じだな。まだ目的地までは時間がある。初めから話そうか」
「海水浴に行くぞ」
暫定11歳になった夏、訓練後にブルーノ少将からいきなりそう言われた。ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地の皆には既に伝わっているらしく、厳正なるくじ引きによって行くことが決まった人は喜び、行けなかった人は悔しがっている。だが、どこか安心したように見えるのは気のせいか?
「明日出発だ。水着は・・・ほら、多分これでサイズはあうだろ。飯食って休んでおきな」
言われた通り休む気だが、どうも嫌な予感がする。
軍用トラックに揺らされながらゲームをしながら過ごし、少しだけ懐が暖かくなった15時間。0700に駐屯地を出て、海に着いた時には既に日が落ちていた。
「明日、0900より海水浴が始まる。長旅の疲れをしっかり取っておくように」
「「「Ja!!」」」
ブルーノ少将の言葉に返事をする、私を含めた19人。海岸近くに停泊している7隻の船が、不穏な空気を醸し出していた。
翌日の0830。砂浜には、合計約140人ものドイツ軍人が10人1列で並んでいた。どうやら陸海空各軍から集まっているらしい。そうルッツが言っていた。
0900になり、ブルーノ少将が前に出る。
「これより、海水浴を始める。総員、直ちに船に乗れ!2列ごとに1隻だ!」
駆け足で乗り込み、抜錨。ほら、嫌な予感的中。昔聞いた海水浴とまったく違うぞ。見れば、ハーデン=ヴュルテンベルク駐屯地から来た人以外の目が死んでるじゃないか。
「全員、飛び込め!!」
「「「ヒャッホーイッ!!!」」」
どれくらい船に乗っていただろうか。ブルーノ少将含む20人が叫びながら号令に合わせて飛び込む。他の軍人は・・・渋々入っているな。どうしてこんなことに、と言わんばかりだ。
船が去ってから、ブルーノ少将が叫ぶ。
「これより、遠泳訓練を開始する!内容は、海岸にたどり着け。以上だ!!」
「行くぞ、フェルト!!」
そう言って私の手を引き、何故か海岸から遠ざかるテンションが高いハーデン=ヴュルテンベルクの人達。
「ちょっ、何処に向かうのですか!?」
「知らん!面白そうだから行くだけさ!島でも探しに行こうぜ!!」
「そんな滅茶苦茶な・・・」
「ほうら、置いてくぞ!!」
「ああ、もう!わかりました!ついていきますよ!!」
「だめだ、飽きた。海岸行こうぜ」
「結局そうなるならさっさと海岸行けば良かったじゃないですか!他の人達もう見えませんよ!?」
「そう怒るな。ほら、笑え笑え!」
「「「はっはっはーっ!!!」」」
19人の男達に揉みくちゃにされながら潮に流されること体感20分。やっと海岸に向けて進路を取った。そこからの行動は速い。精鋭揃いのハーデン=ヴュルテンベルク所属。ぐんぐん海岸に近づいていく。そんな時、1人が叫んだ。
「サメが来たぞー!!」
「「「まじか!まじか!!」」」
どうして皆楽しそうなんだ!?
「全員、前の奴の足を掴め!!」
ブルーノ少将が豪快に笑いながら指示を出し、隊員は指示通り足を掴み、列になる。
「あれが去るまでそのままだ!いいな!!」
「「「Ja!!!」」」
「ただ待つだけじゃねえ!!追っ払う気でいろ!!」
「「「Facit Omnia Voluntas!!!」」」
笑って叫ぶ。声は出すが、水音は決して出さない。
それから何分、いや、何十分だろうか?が経過し、サメが視認できなくなってから離れ、陸に向かって泳ぎだす。それからは何もなく、無事海岸にたどり着いた。
「ということがあったんだ」
「それはなんというか・・・すごいね、色々と」
「なあ、フェルテン。その部隊の誰かが怪我とかしてなかったか?」
弟君が聞いてきた。
「サメは血に寄ってくると知ってそう思ったのでしょうが、誰も血を流してはいませんでしたよ」
「なら、どうして?」
「サメは血の匂いだけでなく、水面を叩く音にも寄ってくるんです。だから海面近くにいる獲物を捕らえることができる」
「なるほど、だからか」
「あの一件以降海水浴が廃止されてしまって、駐屯地の皆はとても残念がっていましたね」
「なんていうか、すごい人達だね」
「ブルーノ中将が集める人は、優秀だが一癖二癖あるからな。そこが楽しいところだが」
「楽しいで済ませられるのか・・・?」
「いい人ばかりだぞ?」
ラウラがそう言うが、弟君がそう思うのもわからないわけじゃない。だが、そうやって済ませておいたほうが楽だし楽しいんだ。
「そういえば、フェイシット・・・なんとかってどういう意味なんだ?」
弟君が聞いてきた。
「日本語で言うなら意志が決め手、でしょうか。私が所属していた部隊の標語ですよ」
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
織斑先生のよく通る声に全員がさっと従う。流石だな。
程なくして、目的地であろう宿泊所に到着した。なるほど、これが日本のホテルか。4台のバスからわらわらと出てきた生徒たちが扉の前に整列した。
「それでは、ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくおねがいします」」」
織斑先生の言葉の後に全員で挨拶する。前に聞いたことだが、毎年このホテルにお世話になっているらしい。
「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」
しっかりとした大人という表現が似合う女性が、笑顔を絶やさず挨拶を返してくる。
「あら、こちらが噂の・・・?」
私と弟君を交互に見て言う。
「ええ、まあ。今年は2人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」
「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」
「向こうはともかく、こっちは感じがするだけですよ。挨拶をしろ、2人とも」
「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」
「フェルテン=ヴァルターといいます。日本のホテルには馴染みがなく、このような所に宿泊できることに心踊っています。3日間よろしくお願いします」
「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」
そう言って丁寧にお辞儀をする清洲さん。なるほど、これが日本のおもてなしというやつか。
「不出来の弟と世間知らずでご迷惑をおかけします」
「あらあら、織斑先生ったら。厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
すみません。
「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所はわからなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」
はーい、と返事をしてすぐに旅館の中へと向かうクラスの女子たち。荷物を置いてくるのだろう。
「ね、ね、ねー。おりむーにふぇるるんー」
本音さんか。いつも通り眠たそうだな。
「2人の部屋ってどこー?一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えてー」
クラスの女子の動きが止まり、全員が聞き耳をたてる。怖いな。
「いや、俺も知らない。廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「わー、それはいいねー。私もそうしようかなー。あー、床つめたーいってー」
弟君の冗談に乗る本音さん。しかし、廊下でか。外で眠るのとどっちが楽なのだろうか。
「織斑、ヴァルター。お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」
「それじゃあ。また後で」
本音さんと別れ、織斑先生についていく。
「えーっと、織斑先生。俺の部屋ってどこになるんでしょうか」
「黙ってついてこい」
弟君の顔が引き攣る。
かなり広いホテルの中を歩く。しかし本当に広いな。温度や湿度の調整もしっかりしている。
「ここだ」
そう言って織斑先生が指し示すのは、教員室と書かれた紙が張られた扉だ。なるほど、そういうことか。
「最初は個室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな」
はぁ、と溜め息をつきながら言う。
「結果、教員と同室ということになったわけだ。これなら女子もおいそれとは近づかないだろう」
「そりゃまあ、そうだろうけど・・・」
「ということは、私は山田先生と同室ですか?」
「そうだ。あと、織斑。一応言っておくが、あくまで私は教員だということを忘れるな」
「はい、織斑先生」
「それでいい」
部屋に入ると、2人で使うにはもったいないほど広かった。外側の壁は一面窓になっており、海の素晴らしい風景が見渡せる。東向きの部屋なため、きっと日の出も綺麗だろう。トイレもあり、バスはセパレート。その他にも必要なものは大抵揃っていた。
「おおー、すげー」
弟君が感嘆の声をあげている。
「一応、大浴場も使えるが男のお前たちは時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ1学年全員だからな。お前たちのためだけに残りの全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可能だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」
織斑姉弟が入っていった隣の部屋に行くと、山田先生が既にいた。
「わあっ、ヴァルター君!?」
「3日間、お世話になります」
「あ、そうでしたね。ついつい忘れていました。これから自由時間ですので、遊んできてもいいですよ?」
「山田先生はどうなさるのですか?」
「私は仕事が終わったら行きますよ」
「そうですか。では、お先に失礼しますね」
「はい。楽しんできてください」
水着とタオルと着替えを持って移動する。何回か海には来ているが、訓練も何もなしに来たのは初めてだな。