更衣室のある別館に向かう途中、奇妙な光景が目に入ってきた。弟君と篠ノ之箒が並んで道端を凝視していたのだ。視線の先には・・・うさぎの耳が生えている。どう考えても、こんなことをする人間は世界中を探しても1人しかいないだろう。あの天災しか。
立ち去る篠ノ之箒を見送った後、おもむろにうさぎの耳に手を伸ばし、勢いよく引っ張る弟君。
「のわっ!?」
引き抜くときに力を入れすぎたのか、盛大に転んでしまった。何をやっているんだ。
「いてて・・・」
「何をしているんですか」
「何をしていますの?」
後ろからやって来たセシリアさんが私と同じタイミングで弟君に聞いた。
「お、セシリアか。いや、今このウサミミを・・・」
ん?どうした?何故言葉が止まる。何故セシリアさんから目を離さない?
「!?い、一夏さんっ!」
ばばっとスカートを押さえて後ずさるセシリアさん。なるほど、スカートの中を見られたか。
「す、すまん。その、だな。ウサミミが生えていて、それで・・・」
「は、はい?」
間抜けな声で訊き返す。まあ、いきなりそんなこと言われても訳がわからないな。セシリアさんの顔が、恥ずかしいのか怒っているのか、はたまた両方か。赤く染まっていった。
「いや、束さんがーー」
キィィィィン・・・
上から聞こえる、何かが高速で近づいてくる音。
「伏せてください!」
反射的に弟君とセシリアさんの手を引き、床に伏せさせる。
ドカーーーーン!!!
謎の飛行物体が地面に突き刺さり、あたりに充満する砂煙。落ちてきたものを確認するが、これは・・・
「「「に、にんじん・・・?」」」
3人の声が揃った。間違いなくあの人だ。
「あっはっはっ!引っかかったね、いっくん!お、ふぇーくんもいる!」
この人は普通に登場することができないのだろうか。いや、無理だな。この人に普通を求めるのは世界から争いを無くすこと並みに不可能だ。
「お、お久しぶりです、束さん」
「うんうん、おひさだね。本当に久しいねー。ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?トイレ?」
「えーと・・・」
言葉に詰まる弟君。さっきの様子を見る限り、篠ノ之博士を避けてどこかに行ったのだろう。それをそのまま言うわけにもいかない。
「まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機ですぐ見つかるよ。じゃあねいっくん、ふぇーくん。また後でね!」
そう言って軽い足取りで走り去る。なんだあの速さ。私でも追いつけるか怪しいぞ。そして、あの耳こそが箒ちゃん探知機なるものなのだろう。ダウジングよろしく一方向を向いている。篠ノ之箒の何を探知しているのだろうか。DNAとかか?いや、ないな。
「い、一夏さん?今の方は一体?フェルテンさんも存じているようでしたが・・・」
「束さん。箒の姉さんだ」
「え・・・?ええええっ!?い、今の方が、あの篠ノ之博士ですか!?現在、行方不明で各国が探し続けている、あの!?」
「間違いないですよ」
この校外実習の主題は『ISの非限定空間における稼働実験』である。そのため代表候補生には山ほど新武装や試作品が送られてくるのだが、部外者は参加できないことになっているため、それらは揚陸艇で送られてくるのだ。その規制を見事に完全無視した篠ノ之博士。なんというか、流石だ。あの人を縛れるのは織斑先生くらいじゃないか?少なくとも国には無理だ。
「まあ、いいや。箒には用があるみたいだったし、今のところ関係なさげだし。ところで俺は海に行くけど、セシリアとフェルテンは?」
「え、ええ、わたくしも海へ」
「同じく」
「じゃあ、一緒に行くか」
「そうですわ、どちらかにサンオイルを塗っていただきたいのですが、よろしくて?」
「構いませんよ。どっちがやりましょうか」
「うーん、俺は多分絡まれると思うから、フェルテンがやってやればいいんじゃないか?」
「そうですか。では、それでいいですか?」
「ええ。よろしくおねがいしますわ」
男の更衣室は、一番奥の更衣室である。つまり、女子の更衣室の前を通るわけだ。当然、
「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの〜?」
「きゃあっ!も、揉まないでよぉっ!」
「ティナって水着だいたーん。すっごいね〜」
「そう?アメリカでは普通だと思うけど」
こんな会話が聞こえてくるわけだ。私は特になんともないが、弟君がどこかそわそわしている。そんなに気になるものなのだろうか。
「フェルテンってすげえ体してるんだな」
着替えていると、弟君が言ってきた。
「男の体に興味があるんですか?否定はしませんが、私はちょっと」
「ちげーよ!?なんでそうなる!?いや、ただ筋肉がすごいからさ」
「軍で幼い頃から訓練を受けていれば誰だってこうなりますよ」
「バスの中でも思ってけど、幼い頃っていつくらいなんだ?」
「そうですね、訓練自体は6歳くらいから始めていたかと」
「は?6歳!?」
「始めたばかりの頃は全くついていけなくて、内容は少し軽かったですけどね」
「・・・それでもおかしいと思うぞ」
そうだろうか?ラウラだって幼少期から訓練は受けているぞ。内容は詳しく知らないが。
着替えが済んだので海へ向かう。にしてもラッシュガードはいいな。日差しが痛くない。
「あ、織斑君にヴァルター君だ!」
「う、うそっ!わ、私の水着変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」
「わ、わ〜。体かっこい〜。鍛えてるね〜」
「2人とも、あとでビーチバレーしようよ〜」
「おー、時間があればいいぜ」
ビーチバレーってなんだ?普通のバレーと何が違う?聞いてみたら、大して差がなかった。
訓練では感じられなかった砂浜の熱さからつま先歩きになりながらも波打ち際に向かう。弟君とはここで別れ、少し歩いてみようか。セシリアさんも探さなければならない。・・・いた。
「ああ、ここにいましたの」
私に気づいたセシリアさんが簡単なビーチパラソルとシート、サンオイルを手に歩いてきた。鮮やかなブルーのビキニを着て、腰にはパレオが巻かれている。
「よく似合っていますよ」
「ふふ、ありがとうございます」
シートとビーチパラソルを受け取って、ざくっ!と砂浜に刺す。見たところ立てるにはこうするしかなさそうだし、間違ってはいないだろう。シートをできた日陰に敷いて準備完了。
「さあ、どうぞお嬢様」
「ええ、ありがとう」
なんとなく恭しくしてみれば、のってくるセシリアさん。少し面白くて、2人でくすくす笑ってしまう。
「フェルテンさんもそのように笑うことがあるのですわね」
「笑わない人だと思っていましたか?」
「会ったばかりの頃はそうでしたわね。今は違いますが、それでもあまり笑わないでしょう?」
「そうですね」
セシリアさんはパレオを脱いで首の後ろで結んでいた紐を解き、水着の上から胸を押さえてシートに寝そべる。
「さあ、どうぞ?」
「ではいきますね」
無防備な背中に、サンオイルを少量手にとって軽く温めてから塗る。
「初めてなので上手くはないと思いますが、ご容赦くださいね」
「いえ、上手でしてよ」
「ありがとうございます。ところで、塗るのは背中だけですか?」
「そうですわね、せっかくですし、手の届かないところはこのまま全部お願いします。脚と、お尻も。なんなら前も塗られますか?」
「ご冗談を」
「ふふっ」
からかうような口調で言うセシリアさん。かなり機嫌が良いように見える。頼まれたからにはしっかりやろう。シャルロットが読んでいた雑誌をラウラと一緒に眺めた時に知ったが、サンオイルは重ねて塗った方がいいらしい。
「ああ、ここにいたか。フェルト、探したぞ」
サンオイルを塗り終わり、セシリアさんが紐を結び直している時にラウラとシャルロットが並んで歩いてきた。ラウラの水着は、買い物に行ったときに見ていなかったな。レースをふんだんにあしらった、黒の水着だ。陽の光を反射してキラキラと光る銀髪は左右で一対に結われている。シャルロットのはオレンジのビキニに茶色の縞が入ったパレオを巻いている。
「ラウラもシャルロットもよく似合っているよ」
「う、うん。ありがとう」
「ありがとう。フェルトとセシリアは何をしていたんだ?」
「わたくしがフェルテンさんに頼んでサンオイルを塗っていただいていたのですわ。なかなかお上手でしたわよ。頼んでみてはいかがですか?サンオイルはお貸ししますわよ?」
「そうだな。頼めるか、フェルト?」
「頼まれた。じゃあ、そこに寝そべってくれ」
「じゃあ僕はラウラの次ね」
「わかった」
「あとでフェルトにも塗ってやろうか?ラッシュガードを着ているから必要ないかもしれないが」
「そうだね、あとでみんなで塗ってあげる」
「では、お願いしますね」
ラウラとシャルロットに塗って、次に3人に塗ってもらう。途中クラスの女子が数人頼みに来たが、流石に全員に塗っていると時間がなくなってしまうため、やんわりと断った。
それから、流れるままに4人で動いていた。
「せっかく海に来たんだし、軽く泳がない?疲れない程度に」
シャルロットが言ってきた。
「ああ、構わない。フェルトとセシリアはどうだ?」
「いいですわよ」
「構わないぞ」
「なら行こっか」
「どうせなら何か賭けようじゃないか。その方が燃える」
「それなら、最下位の人が飲み物を全員分買うというのがいいと思いますわ」
「いいですね。それでいきましょうか」
「・・・フェルテンさん、1つよろしくて?」
「はい、なんでしょう?」
「その敬語をやめてくださいまし。疎外感があって嫌ですわ」
「・・・わかった」
にこりと微笑んだセシリアさんは、今まで見た彼女の表情の中で一番美しかったように感じられた。
泳ぐときに邪魔になるので、私はラッシュガードを、セシリアとシャルロットはパレオを脱ぐ。準備運動をして、競争開始。
結果としては、セシリアさんが負けた。私とラウラ、シャルロットとセシリアがスピードがほぼ同じだったため、かなり熱い試合だったのではないだろうか。もっとも、全員代表候補生、もしくはそれに準ずる何かであるため、ある程度加減していた。全力でやったらどうなるのだろうか。
「フェルテンってすごい体してるね・・・」
シャルロットが私を見ながら言ってきた。
「一夏君にも同じことを言われたな。それほどか?私がいた部隊ではかなり細い方だったぞ?」
「あの部隊の人と比べてはいけないと思うぞ・・・ん?フェルト、お前銃弾を受けたことあったのか?」
色白なので目立たない銃創にラウラが気づく。
「ん?ああ、昔にな」
「・・・痛くなかったの?」
「いや、あの時はアドレナリンが出ていたのかまったく痛くなかったぞ。血はかなり出たが」
「そ、それはきつそうですわね・・・」
「あ、ヴァルター君はっけーん!」
「一緒にビーチバレーしようよ!」
「ふぇるるんも参戦だ〜!」
本音さんを含むクラスメイト5人に弟君が加わり、3対3で試合をしていた。しかし、参加するにしても1人余るな。
「わたくしは少し疲れましたので遠慮させていただきますわね」
セシリアさんが抜けて3人になった。
「ほう、ヴァルターにボーデヴィッヒが出るのか。私も参戦しよう」
現れたのは織斑先生と山田先生だ。いきなり最強の敵が出てきた。まさか織斑先生が生徒と遊ぶとは。きつくないか、これ。
「織斑は私達のチームに入れ。これで3対3だ。失望させてくれるなよ?」
「・・・全力でいこう」
「うん」「了解した」
白熱した試合だった。織斑先生のアタックはなんとか3割取れるかだったが、残りの2人は大したことなかったためだ。だから渡り合えた。結局30分の試合を制したのは織斑先生チームだったが。ただ、1つ。1つだけ言わせて欲しい。
「「「どうしてボールが消えるんだ(の)」」」
あのアタックに耐えきったボールに賞賛を送りたい。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。時は既に1930。私たちは大広間3つを繋げた場所で夕食を摂っていた。ラウラ、私、シャルロット、弟君、セシリアの順に並んでいる。
「生の魚か。新兵時代を思い出すな」
「ああ。ジャングルでピラニアを生のまま食べさせられたのはいい思い出だ」
「お前らすげえよ・・・」
弟君が苦笑いしながら私たちを見る。見ればシャルロットの顔も少し引きつっていた。
「それにしても、うまいな、このわさび。しかも本わさじゃないか。高校生のメシじゃねえぞ」
「本わさ?」
「ああ、そっか知らないのか。本物のわさびをおろしたやつを本わさって言うんだ」
「えっ?じゃあ、学園の刺身定食でついてるのって・・・」
「あれは練りわさ。えーと、原料はワサビダイコンとかセイヨウワサビとかいうやつだったかな。着色したり、合成したりして見た目と色を似せてあるんだ」
「ふぅん。じゃあこれが本当のわさびなんだ」
「そう。でも練りわさでも最近はおいしいのが多いぞ。店によっては本わさと練りわさを混ぜて出したりもするから」
・・・俄然興味が出てきたな。
「では食べてみよう」
適当に取って口にする。瞬間、舌に電流が走った。凄まじい辛さだ。これが、本物か!
「だ、大丈夫か、フェルテン?」
「あ、ああ。凄まじいな」
頰が引きつってきたが、意外と辛さがなくなるのが早いな。揮発性なのだろうか。