1130。作戦開始時刻だ。天気は快晴。照りつける太陽は容赦なく地上を襲う。そんな中、私とセシリアはISを身に纏い、織斑・篠ノ之ペアと並んでいた。
「じゃあ、箒。よろしく頼む」
「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」
妙に機嫌よく話す篠ノ之箒に、不安を覚えずにはいられない。
「それにしても、たまたま私たちがいたことが幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできないことなどない。そうだろう?」
「ああ、そうだな。でも箒、先生たちも言っていたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起きるかわからない。十分に注意をしてーー」
「無論、わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」
「そうじゃねえって。あのな、箒ーー」
「ははっ、心配するな。お前はちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいればいいさ」
「………」
この2人の会話を聞いて不安にならない人間はいないだろう。
「フェルテンさん、あれは流石に見過ごせないのではなくて?」
「当然」
織斑・篠ノ之ペアに近づいていく。
「篠ノ之さん、慢心してはいけません」
「……慢心などしていない」
おお、一気に機嫌が悪くなった。
「貴女は自分の実力を見誤っている。何が大船ですか。自分の身の丈を知った方が良い。でなければ死にます」
「………」
『4人とも、聞こえるか?』
オープン・チャネルから織斑先生の声が聞こえた。まだいろいろ言わなくてはならないとは思うが、仕方がない。
「はい。問題ありません」
『今回の作戦の要は一撃必殺だ。短時間での決着を心がけろ』
「「「了解」」」
「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」
『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使いはじめてからの実戦経験は皆無だ。それに、ヴァルター達もいる』
「わかりました。できる範囲で支援をします」
完全に浮かれている。一見冷静なようにも見えるが、明らかに声が弾んでいた。
『ヴァルター、オルコット』
私とセシリアのプライベート・チャネルから聞こえる織斑先生の声。すぐに回線を切り替える。
「「はい」」
『篠ノ之は浮かれている。あんな状態では何かをし損じることもある。サポートを頼む』
「「了解しました」」
『では、はじめ!』
作戦開始。紅椿は白式を担ぎながらも、ものの数秒で高度500mに到達した。流石にスペックは高いな。
「3分後に出撃ですわね」
「ああ。セシリア、私たちはあの2人が任務に失敗する前提で行動しよう。損害が大きいのが1人の場合、もう片方に運ばせる」
「では、2人とも重症でしたらどうしますの?」
「その時はセシリア、頼めるか?」
「構いませんが、フェルテンさんは大丈夫なんですの?」
「ああ。単独で撃墜できそうならするし、無理そうでも撤退の時間稼ぎはする」
「わかりましたわ」
そこで会話は終了。武装の最終確認をする。武器は追加されたものも全て持ってきている。弾薬もできるだけ。新作の弾も持ってきた。
『ヴァルター、オルコット、今すぐ向かってくれ。どうもあの2人は手こずっているらしい』
予定より早く出撃命令がきた。どうやら弟君は初撃を外したらしい。
「「了解しました(ですわ)」」
スラスターを使って離陸、加速する。セシリアと並走して、送られた衛星情報を元に戦闘空域を割り出し、急行する。
キィィィィンーーー
空を切り裂き、甲高い音を出しながら1830km/hで飛行する。全速力でないのは、戦闘に備えてできるだけエネルギーを残しておくためだ。目標はまだ視認していないが、衛星から送られてくる映像で確認できた。顔や腹部も全て装甲で覆った、銀色の機体。2人との戦闘を見てわかることは、頭から生えた一対の翼の形の、大型スラスターと広域射撃武器を融合させた特殊武装である《銀の鐘》による高機動とエネルギー弾の弾幕。これらが脅威であること。狙いの精度は高くなさそうだが、連射性能が非常に高い。弟君と篠ノ之箒は回避行動を行いながら二面攻撃を仕掛けているが、かすりもしない。全て紙一重で避けている。なるほど、これでは通常弾では不意打ちをしない限り避けられる。そう判断して、空のシリンダーを展開。3発通常弾を装填し、2発は新たに作った近接信管炸裂弾。残りはフレシェット弾を装填する。
紅椿が二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り出す。そこで腕部展開装甲が開き、発生したエネルギー刃が福音を襲う。そのまま急加速して間合いを詰めていく紅椿。この猛攻は回避しきれず、福音は防御を使い始めた。
「La……♪」
甲高い機械仕掛けの声が微かに聞こえてきた。
紅椿を引き剥がすために全方位に向けてエネルギー弾を撃つ福音。紅椿は光弾どうしのわずかな隙間を縫って迫撃することで隙を作った。ここで白式の零落白夜を叩き込めば、そこで終わらずともここからの戦闘は有利になる。
だが、白式は福音とは真逆の進路をとった。瞬時加速と零落白夜の2つを使って1つの光弾を斬り払う。その進路の先には、船がいた。海上は教師陣によって封鎖されているはずだ。ならば、密漁船か?
そして、直後、雪片弍型のエネルギー刃が消える。エネルギー切れだ。あいつは馬鹿か!?エネルギーがまだ残っているのなら100万歩譲って良しとしても、ないのなら何故放っておかなかった!
千載一遇のチャンスを無駄にした。作戦の要も消え、ここからはいかに福音をこの場に留めて時間を稼ぎ、長期戦で撃墜するかになる。
弟君と篠ノ之箒は何かを話している。いや、言い合っている?まあいい。私のリボルバーカノンの射程に福音が入るまで、残り2秒半。持ちこたえてくれ、と思った途端、紅椿の手から落ちた刀が空中で光の粒子になって消えた。具現維持限界、つまりエネルギー切れだ。これ以上あの2人は戦えない。横に並ぶセシリアの顔は見るからに焦っている。間に合え、間に合えと。だが、速度は既に限界まで上げている。完全に気持ちだけが先走っていた。
福音は一斉射撃を行おうとする。その狙いは急接近する私とセシリアには向けられていない。確実に篠ノ之箒と弟君を仕留める気だ。弟君はエネルギーが切れた機体で篠ノ之箒を庇おうと、福音と紅椿の間に割って入った。
先程用意したシリンダーを装填したリボルバーカノンを展開して狙いを定め、撃つ。ドォォォンッ!!と轟音を響かせて放たれた75mm弾は福音に当たらず、予想通り紙一重で避けられた。だが、意識を2人から逸らすことには成功している。私の隣では、射程圏内に入ったのか、セシリアがエネルギーライフルを福音に向けて連射していた。その狙いも意識を逸らすことだろう。
だが、既に放たれた光弾は止められない。容赦なく2人に降り注ぐ十数発の爆発光弾。白式が受けきれなかった光弾は紅椿に命中し、2機は爆発に呑み込まれる。
私たちに向かっても光弾は降り注いだ。だが、密度は低い。躱して接近するのは容易だ。着剣したセミオートライフルを展開し、突撃する。繰り出す刺突をひらりひらりと避ける福音。だが、私ができる限り短い間隔で突きを繰り出しているためか、防御・回避に専念せざるを得ないようだ。撤退させるなら今。オープンチャネルを開き、3人に伝える。
「時間を稼ぎます。今のうちに撤退を」
「い、一夏が、一夏が!」
「狼狽えるのは後からでもできますわ!今は退きますわよ!」
ぐったりと動かない白式を抱えて撤退するセシリア。かろうじて動く紅椿の展開装甲を使って篠ノ之箒はその後に続く。その様子を振り返らずに見届けながらも刺突をやめない。どれだけ急加速で逃げても追ってくる私に向かい、福音は後退しながら光弾を放ってくる。全方位にではなく、私のいる方向に狙いを絞ることで弾幕を密にしていた。これは避けられないため、私も後退しながらライフルを撃ち、距離をとる。さて、ここからだ。3人が本部に帰還するまで5分といったところだろうか。
『ヴァルター、聞こえるか』
織斑先生の声だ。
「はい。聞こえます」
『オルコットからお前が戦闘空域に残っていると連絡があった。いけるか?』
「撃墜は厳しいかもしれませんが、持ちこたえるだけなら可能です」
『ならば、可能な限り福音をその場に留まらせろ。いいな?』
「了解」
連射速度が私が所持している武器の中で最も速いマシンピストルを2丁撃ちながら通信する。弾が切れたらマガジンだけを収納し、新たなマガジンを展開することで弾幕を張り続け、敵の光弾を相殺する。合計6マガジンを撃ち尽くしたらマシンピストルを収納し、福音と対峙する。
「La………♪」
また、機械仕掛けの声を出した。無機質なはずの音には、怒りが込められているようにも感じられた。
切り裂くような緊張感から、改めてここが実戦であることを実感する。命のやりとり特有の、久しぶりの感覚。意識はただ目の前の敵を撃破することに集中し、五感は冴え渡った。
声の直後、福音は前方120度に光弾を撃ち出した。接近すれば避けきれないほどの密度の高い弾幕に、私は遠距離戦闘をせざるを得ない。リボルバーカノンを展開し、後退しながら2発目、3発目を撃つ。2発ともすれすれで避けられる。端から期待はしていない。本命は次弾からだ。
4発目を撃つ。福音はまたしても紙一重で躱す。が、横でいきなり爆発する弾頭。福音は爆風に呑まれ、体勢を崩す。すかさずもう1発撃ち込むと、学習したのか今度は大きな動作で回避する。これでもう近接信管炸裂弾は通用しそうにないが、所持弾数も6発しかなかったため、問題はない。
お返しとばかりに光弾を撃ってくる福音。私はリボルバーカノンを収納し、マシンピストルを両手に展開する。飛来する光弾を避け、当たりそうなものは50口径弾で撃ち、手前で爆発させる。
そのまま後退を続け、光弾と光弾の間が大きくなるまで離れてからリボルバーカノンを向ける。福音は狙いを定めさせないためか動き回るが、関係ない。轟音が響き、福音に向かう数千本の鋼鉄の矢。弾幕とは違った逃げ場のない面攻撃に、福音はただエネルギーシールドと《銀の鐘》で搭乗者の身を守る他なかった。福音に命中したのは百数本、或いは数十本程度だろうが、ダメージはかなり大きいはずだ。証拠に、福音は丸まって被弾面積を小さくした状態から動かない。念のためにリボルバーカノンを収納し、セミオートライフルを展開して3発の徹甲弾をボロボロになった翼に撃ち込むと、福音はバランスを失い、崩れるように海面へと落ちていった。
「織斑先生、聞こえますか」
『聞こえている。福音の動きが止まったようだが、やったのか?』
「恐らくは。これより帰投ーーーできそうにありません」
『なに?どういうことだ』
海面が強烈な光の珠によって吹き飛ばされる。その熱量は球状に海を蒸発させ、陽炎を発生させる。ゆらゆらと揺れる福音の姿は、先程まで戦っていたものとは大きく異なっていた。
「銀の福音、再起動しました。『第二形態移行(セカンド・シフト)』です」