無機質なバイザーに覆われた顔は、一見無表情にも見えるが、確かな敵意を抱いていた。
『ヴァルター!どれだけ持ち堪えられる!?』
「敵の戦闘能力が未知数なのでわかりません。戦闘を続行しますので、準備を万全に整えてから援軍を送ってください」
『……わかった。時間は10分といったところだ。頼む』
戦闘時、最も頼れるのは実は第六感だったりする。経験からそれを知っていたため、直感的に行動を決めた。着剣したセミオートライフルを構え、徹甲弾を撃ちながら接近する。リボルバーカノンを使うには距離が近すぎて、反動で隙ができればそこを突かれるからだ。
福音は迫り来る徹甲弾を避けようともしない。ガンッ、ガンッと鈍い音を立てて命中し、福音を包む殻のような何かにひびを入れる。それでもなお、福音は動かなかった。距離が残り200mとなった瞬間、
『キアアアアアアア……!!』
バギィッと包んでいた殻が割れ、獣の咆哮にも似た声を発し、福音は私に飛びかかってきた。そして切断された頭部からバサッと、生えてきたエネルギーの翼を鷲のように広げた。一際目立つ一対の翼の他にも、胸部から、腹部から、背部から小型のエネルギー翼が生えてくる。言い表すなら、孵化だろうか。
『アアアアアアッ!!』
これ以上近づくのはまずい、と警告が頭に響く。後退するには減速しなくてはならず、してしまったら捕まる恐れがあるため、進路を右斜め前方へと変えて逃げようとする。が、福音は一瞬で間合いを詰めて私を翼で捕まえようとした。
咄嗟の判断でシュピーゲルを使用する。横に向かって瞬時加速をして、自身の5m後方に私の像を違和感がないよう映し出し、本体は光を屈折させて身を隠す。福音は映し出された像を翼で覆うが、そこに実体はないため空振り、体勢を前に崩した。その隙は逃さない。身体へのダメージなど気にもせずに急停止し、高速切替で展開したショットガンで炸裂弾を撃ち込む。この際私に届く爆風などどうでもいい。2丁のショットガンから放たれた合計16発の小型爆弾の直撃を受け、福音は後ろに吹き飛ばされる。なんとか踏みとどまろうとする福音をよそに私は瞬時にショットガンを収納し、リボルバーカノンを展開。福音に銃口を突きつける。装填されているのは徹甲弾。咄嗟に体を捻ることで急所への直撃は避けたようだが、福音の左腕はもうこれで使い物にならないだろう。
だが、ここで焦って取り回しの悪いリーチのある武器を使ったのは間違いだった。福音は左腕に食らった徹甲弾の衝撃を利用して回転することで私と向き合い、私を翼で覆った。直後、ゼロ距離で全身に光弾を浴びせられる。攻撃を受けた時にエネルギーは7割残っており、ISの絶対防御が発動したおかげで身体に傷はないが、衝撃で骨は軋んでいた。しかし、ここでただやられるわけにはいかない。拡張領域から手榴弾をあるだけ取り出してピンを抜く。吹っ飛べ。
ドォォォンッ!!!
爆発の衝撃で拘束から逃れた時には装甲はボロボロになり、エネルギーもほんの一瞬の絶対防御分しか残っていなかった。なけなしのエネルギーを使って落下の進路を変え、小島に墜落する。援軍到着まで、残り3分。私はもう飛べない。福音は翼を半分失い、左腕は使い物にならないが、継戦能力は失っていないようだ。少しふらついているものの、空中に留まっていることが証左になっている。福音は私を一瞥すると離れていこうとした。逃げるつもりなのだろう。ああ、くそ。任務失敗か?まさか。まだやれる。やれないわけがない。この体が動く限り。この目が奴を見据える限り!
エネルギー節約のため、ISのサポートを全てオフにしてハイパーセンサーのみを使用する。軽量化されているとはいえISだ。重量は相当だし、銃の反動も直に私に襲いかかるだろう。戦闘を行うには条件が悪すぎる。
だが、それがどうした。まだ動く。まだ撃てる!まだ戦える!!
リボルバーカノンのストック部分を地面に突き刺すことで固定。福音の意識は落ちた私には向けられていない。十中八九、当たる。ハイパーセンサーと経験から75mm弾の弾道を予測して撃つ。撃った反動で吹き飛ばされて地面を転がるが、寝ている暇はない。すぐに立ち上がり、着弾を確認。徹甲弾は福音の背中に命中し、頭から生えた翼を1つと背中の小型エネルギー翼を2つもぎ取った。
『キアアアアアアアアアアア!!!』
怒りと殺意が込められた、悲鳴ともとれる咆哮。福音は全速力で私に向かってくる。横に転がるリボルバーカノンをもう一度地面に突き刺し、今度はフレシェット弾を放つ。飛来する鋼鉄の矢を前に、福音は逃げるどころか逆に速度を上げて接近してきた。福音の狙いは、フレシェット弾の命中の衝撃で吹き飛ばされないようにすることだろう。
ドッガァァアン!!!
私の頭を掴み、落下の勢いに自重を乗せて地面に叩きつける福音。
ドググググゥゥッ!!!
脳がシェイクされる不快感。意識が飛びそうになるが、舌を噛むことでなんとか保つ。今なおシュヴァルツェア・ヴォルケは地面を抉り、痕を残していく。頼む。もう少しだけもってくれ。
空いている左手にアサルトライフルを展開し、腹部、胸部に向けて連射。それでも福音は止まらない。残り2分。エネルギーは完全になくなって、身体に亀裂が入ったような鋭い痛みが全身を襲う。同時に左肩の根元から千切れるような痛みが走った。だが、意地で動く。止まってたまるか。福音の勢いがなくなって止まった瞬間を見計らい、あらかじめ展開して身体の後ろに隠していたショットガンを撃つ。福音は吹き飛ばされるが、すぐに体勢を立て直して私の胸を殴りつけた。
息ができない。視界も黒い。全身の筋肉に力が入らず、指すらまともに動かなくなった。ああ、なるほど。どうりで生きている感覚がないわけだ。
鼓動が聞こえない。心臓が止まっている。だが、まだ。
最後の力を振り絞って、展開したナイフを福音の装甲に刺し、掴み続ける。ここで私が死んだとしても、死後硬直によって残された私の重さが少しは時間を稼ぐだろう。だが、そう上手くはいかないらしく、福音は私の胴を殴って私を引き剥がし、そのまま浮上してしまった。
私が最後に見たのは、私を忌々しげに見下ろす、装備の大半を失ってボロボロになった銀の機体と、近づいてくる4つの点だった。
「……わかった。時間は10分といったところだ。頼む」
会話はそこで終了する。第二形態移行をした軍用ISを単独で相手どれ。それがどれだけ無茶なことかはわかっている。それでも、ヴァルター1人に今は任せざるを得ない。自身の無力さに、言葉では言い表せないような感覚を覚えた。
「あいつらはまだ帰ってこないのか!」
「このペースだと、あと2分で帰還します!織斑君はバイタルは安定していますが意識不明、篠ノ之さんは外傷はあまりありませんが、精神状態が不安定です!」
「帰還したらすぐに2人を医務室に運べ!オルコットのエネルギーの補給が完了したらすぐに出撃させろ!」
「「「はい!」」」
先に指示を出していたため、ボーデヴィッヒ、デュノア、凰の3人の出撃準備はほぼ完了している。
「ボーデヴィッヒ、デュノア、凰の3人は出撃しろ!オルコットとは後から合流するように!」
「あの3人ならすでに出撃しています!」
「……わかった。普段なら重罰ものだが、まあいい。それは後でだ。ヴァルターのバイタルチェックも忘れるなよ!」
「はい!」
「ねえ、本当に良かったの?待機命令を無視して出撃なんて」
「良いわけがないだろう。どんな罰でも受けるつもりだ」
「……なんであんたについて来ちゃったかなぁ」
「フェルテンが心配だったからじゃないの?」
「……まあね。ライバルの危機にじっとしてられないわよ」
「だが、お前は織斑のところに行くものだと思っていたぞ」
「うっ……そりゃ、いたかったわよ。でもね、今は私情を挟めるような状況じゃないことくらいわかるわ」
「そうか」
『3人とも、聞こえるか』
「はい。許可なく出撃したことを謝罪します」
『いや、いい。すぐに出撃させるつもりだったからな。罰は反省文だけで勘弁してやる』
「反省文は書かされるのね……」
『今、オルコット、織斑、篠ノ之の三名が帰還した。オルコットはエネルギーの補給が完了し次第向かわせる」
「織斑先生、戦闘状況はどうですか?」
『互角……いや、ヴァルターが押されている。手数の多さでどうにかやり合っているな』
「そうですか……」
『以後、接敵した時に連絡するように。以上だ』
通信が切れる。どうか無事であってくれ。3人が思うことは、それだけだった。
ヴァルター君との通信から、既に6分が経過した。モニターに映る教え子は、機体性能で敵に大きく劣るにもかかわらず、死に物狂いで食らいついて敵をその場に縫い付ける。だが、近距離戦闘で遠距離用のリーチのある武器を使うというミスを犯した。やはり焦りがあったのだろう。彼はミスに気づくが、もう遅い。シュヴァルツェア・ヴォルケはエネルギー翼に包まれ、直後、急激にエネルギーが減少してしていった。爆風によって放り出された機体はボロボロで、ダメージレベルがCを超えているのは明らかであった。
墜落するシュヴァルツェア・ヴォルケを一瞥して移動を開始する福音。逃げられる、そう思った途端、エネルギー翼が合計3枚吹き飛んだ。墜落したシュヴァルツェア・ヴォルケがリボルバーカノンで撃ったのだ。しかし、もうまともに動くだけのエネルギーはないはずだ。それなのに、まだ戦おうとしている。
もういい、もういいんだ。もう、やめて。逃げてくれ。
地面に叩きつけられ、血を吹き出しながらも攻撃を続ける彼に、ブリーフィングルームにいる全員はそう思った。先生達はシュヴァルツェア・ヴォルケに何度も何度ももう止めろ、もう逃げろと叫び続けるが、応答はない。彼の頭の中には、任務を遂行する以外何もないのだ。狂ったように敵に噛みつき、持てる全てを用いて食い止める。だが、
「シュヴァルツェア・ヴォルケ、エネルギー残量0!ダメージレベル暫定E!IS強制解除!ヴァルター君の心拍、停止しました!」
『シュヴァルツェア・ヴォルケのエネルギー残量0!ダメージレベル暫定E!IS強制解除!ヴァルター君の心拍、停止しました!』
目標をかろうじて視認した時にオープンチャネルから聞こえてきた、自身をどん底に落とす声。
フェルテンが、やられた……?
視界が真っ暗になった。自分が今はどうなっているのか、どこに向かっているのか、何をするべきなのか、わからなくなる。
僕は、僕は、僕、はーーー
「シャルロット!!セシリア!!鈴!!」
横から聞こえる厳しい声にはっとする。
「福音を倒さないことにはフェルトを助けることもできない。やるぞ。いいな」
「う、うん!」
どうして、ラウラはこんなにも強いんだろう。
フェルテンさんが、やられた。
あの、何戦、何十戦と戦って一度も勝てたことがない、それどころか攻撃をまともにあてたこともない強い彼が。自分たちの力で勝てるのか不安になるが、それよりも、彼が死んでしまっているかもしれない。そう考えるだけで、恐怖で体が震えてきた。彼がいない、今後の生活を想像してしまう。だめ、穴が大きすぎる。恐ろしくて、恐ろしくて。身体に力が入らなくなった。
「シャルロット!!セシリア!!鈴!!」
意識が現実に引き戻される。
「福音を倒さないことにはフェルトを助けることもできない。やるぞ。いいな」
「は、はい!」
どうして、貴女はまっすぐな目でいられるんですの?
フェルトは死んでいない。ISの操縦者保護機能もあるし、何よりもフェルトがそんな簡単に死ぬとは思えない。だが、これはただの希望でしかなく、現実は……やめよう。
フェルトが倒されたからといって止まっていいわけがない。フェルトが必死になって作り出した機会だ。無駄にすることなどあってはならない。
許さない。