何が起こったのか、さっぱりわからなかった。絶対にフェルトを離したくなくてずっと抱きしめていた。が、いつまで経っても衝撃が襲いかからない。目を閉じていても頭が痛くなるほど目の前が明るくなり、腕の中がほのかに暖かくなったのだ。
恐る恐る目を開ける。ああ、彼は。
「ただいま」
血に塗れながらも優しく微笑む、愛しき男の顔があった。
「「「フェルテン(さん)!!」」」
空にいた3人も寄ってくる。全員信じられないものを見た。だが、その驚きよりも嬉しさの方が勝っている、そんな表情を浮かべていた。
「心配かけた」
「フェルト、フェルトなのだな!?」
「で、でも、先程までその、死んで……」
「フェルテンさん、ひ、左腕が!」
「あれ、なんであるの……?」
いつのまにか千切られて砂浜に投げ出された左腕は無くなっており、フェルトの肩からは腕が生えていた。
「色々話したいことも聞きたいこともあるが、まずはあれからだな」
フェルトは地面に縫い付けられた福音に向かって歩き出す。先の戦闘で背中の武器は全て破壊されているため危険はないものの、それでも不安は拭いきれない。
フェルトはISを身に纏って福音に近づいていく。フェルトのISは、私たちが知っているシュヴァルツェア・ヴォルケとは違っていた。黒を基調としていることは変わらないが、ところどころに銀色の装飾が施され、両手首には銀色の壊れた手枷がついていた。輪が片方にしかなく、先に刃がついた鎖は腕に巻き付き、動きを阻害することはない。同じように壊れた足枷もついており、足に鎖が巻き付いていた。今は右手首から伸びる鎖で福音を押さえつけている。
フェルトはリボルバーを展開して福音の目の前まで行き、頭に向けて3発撃つ。響く轟音の後、福音はぐったりと動かなくなった。確認のためもう3発を胴に撃ち込むと、ビクンッと痙攣し、銀の福音は強制解除された。
「……終わった。戦闘終了だな」
「フェルトッ!!!」
後ろからラウラが飛びついてきた。振り向いて受け止める。
「フェルトッ!心配したんだぞ!お前に何かあったらって、居ても立っても居られなくなって、命令無視して来たら、死んでて!!」
「……すまなかった」
「置いて逝かれたと思った私の苦しみがわかるか!?」
「……本当にすまない」
「今日は何があろうと一緒に寝るぞ!いいな!!」
「ああ」
ラウラは涙やら何やらで顔をぐちゃぐちゃにして言ってくる。罪悪感で胸が締め付けられるが、同時に目の前の少女がますます愛しく思えた。次はない。絶対に離さない。
『……空気を読まないようで悪いが、何が起こったのかを報告してくれないか』
オープンチャネルから聞こえる織斑先生の声に、私たち5人の背筋はピンッと伸びた。
「死んで、生き返って福音を撃破しました」
『……ますますわからなくなった。もういい。お前たちは帰投しろ。報告はそれからだ』
「「「「「了解」」」」」」
通信が終了する。
「……終わったな」
「ああ、終わった」
「僕たち何もできなかったね……」
「そうですわね……」
「うわ、なんか凹むわ……」
「何もできなかったわけじゃない。皆が来てくれなければ私はきっと死んだ時にISコアごと破壊されていた。ありがとう」
さあ、帰ろうか。
「作戦完了ーーと言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用のトレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
医務室にてメディカルチェックを受けてブリーフィングルームに戻ると、全員が正座して一列に並んでいた。
帰還して報告が完了した後、私たち5人は大広間に集められたらしい。それからは畳の上で正座させられ、織斑先生の説教を受け続けて今に至るようだ。帰ってきてすぐに始まったとしたら、かれこれ30分は経っただろう。拷問訓練よりはるかに楽なので問題はないラウラ、昔長く日本にいた鈴の3人は良いが、慣れていないシャルロットとセシリアはやばそうだ。特にセシリア。顔色が赤から青に変わっている。ちなみに弟君は先程目が覚めたらしく、篠ノ之箒とともに医務室で寝ていた。
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……け、けが人もいますし、ね?」
「ふん……」
怒り心頭の織斑先生に対し、救急箱やら水分補給パックやらをわたわたと持ってくる山田先生。この厳しさが織斑先生なりの優しさであることは全員が知っている。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいねーーあっ、ヴァルター君は出て行ってくださいね!?」
「わかっていますよ」
「そ、そうですか。そうですよね。それじゃ、みなさんまずは水分補給をしてください。夏はそのあたりも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」
各々返事をしてからスポーツドリンクのパックを受け取る。
「………」
先程から一言も発しない織斑先生が私たちを見ていた。
「織斑先生、なんでしょうか?」
「……しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」
「……え?」
言うなりすぐに後ろを向く織斑先生。織斑先生が人を褒めることはとても珍しいため、嬉しかった。
「では、そろそろ私は出て行きますね」
私と山田先生が泊まっている部屋に入って扉を閉め、ISスーツの上を脱ぐ。置かれた鏡の前に立って自分の身体を見ると、跡が残っていた。しばらく眺めたり触ったりしていると、扉が開かれた。
「あっ、ごめんなさい!ヴァルター君ーーってなんですかそれ!?」
驚くのも当然だろう。私の左肩の根元には、まるで溶接されたような傷跡がくっきりと残っていたのだ。
「え、痛くないんですか!?」
「はい。完治はしているようです」
「ど、どうしてこんな……」
「腕がちぎれましたから」
「ち、ちぎれた!?」
「はい」
「と、とにかく見せてください!」
それから二度目の診察が始まった。しかし、校外実習中にこのような事件があったのなら、大きな問題になるのでは?……揉み消されるかな。
「ね、ね、結局なんだったの?教えてよ〜」
「……ダメ。機密だから」
夕食の席で、シャルロットに1年女子が群がってあれやこれやと訊いている。一番聞きやすい性格をしているシャルロットに訊けば教えてくれると思ってのことだろうが、シャルロットは非常に責任感が強い。人選は間違っていたな。
「ちえ〜。シャルロットってばお堅いなぁ」
「あのねえ、聞いたら制約つくんだよ?いいの?」
「あー……それは困るかなぁ」
「だったら、はい。この話はこれでおしまい。もう何も答えないよ」
「ぶーぶー」
同学年の女子を軽くあしらうシャルロット。流石だ。
「なあ、フェルト」
私の横にちょこんと座って食事をしていたラウラが私を見て言う。今回の食事は織斑先生の説教でラウラが慣れたこともあり、正座に挑戦している。
「シュヴァルツェア・ヴォルケは第二形態移行をしたと考えていいのか?」
「おそらくは。武装はあの手枷と足枷が増えただけだがスペックは格段に向上したし、まだ一部の教師たちしか知らないがワンオフ・アビリティーも発現した」
「なに?どんなものだ?」
「……あとで話そう。周りの人に興味を持たれている。ここまでの会話は聞かれていないようだが」
聞かれていたとしても、ドイツ語と英語とフランス語をごちゃ混ぜにした混沌とした言語だったため、わかるはずもないのだが。
「わかった。後でだな。おっと、次は魚を取ってくれ」
「了解」
箸で刺身を取って醤油につけ、開かれたラウラの口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼しながら幸せそうに笑うラウラを見ると、今日の疲れが飛んでいくようだった。
夜。昼の戦闘が嘘であったように思えるほど穏やかな海岸を歩いていた。部屋から窓の外を眺めていたら、不意に歩きたくなったのだ。
ザッ、ザッ、と砂浜に足が沈む。波の音と砂の音、風の音が織り成す旋律は、1日の疲れを癒してくれた。
サッ、ズサッ、ザッ
砂浜に腰を下ろして海を眺めていると、後ろから聞こえてくる足音。
「フェルト。隣、良いか?」
「もちろん」
ラウラだった。風に揺れる銀色の髪は月光を浴びて神秘的な美しさを放っている。その様は、まるでおとぎ話の妖精のようだった。
2人並んで海を眺めていると、ラウラが口を開いた。
「もう二度と、あんな無茶をしないでくれ」
「……善処はするが、約束はできない。学園にいる間はまだしも、軍に戻ればどんな任務に就かされるかわからない」
「それでも、やはり失う悲しみは耐え難いものだ」
ラウラは私を真っ直ぐに見てくる。その表情は、今にも泣いてしまいそうだった。
ラウラの腕が私の首に回される。そのまま体重をかけ、私を砂浜に押し倒した。
「お前が離れていくのなら、私はお前を捕まえ続ける。迷惑になろうとも。絶対に、二度と離さない」
指を絡めて手を繋ぎ、しなだれかかってくる。ラウラはとても軽く、消えてしまうのではないかと不安になるほどだった。
「お前がいない世界を想像したんだ」
「……」
「色がなかった。お前の隣にいると、こんなにも鮮やかな世界が。気が狂いそうだった」
私もラウラがいない世界を想像してみた。モノクロという表現が甘く感じられるほど、色がない世界。黒も、白さえも。正気でいられなくなりそうだった。
思わず私はラウラを抱きしめた。離れないように。離さないように。ラウラはされるがままになっている。甘い香りが鼻腔をくすぐった。
不意にラウラが顔を上げ、頭を掴んでキスしてきた。いつもの唇を合わせるだけのものではない、深いもの。夜の砂浜に響く、艶めかしく甘美な音。僅かにのぞく肌も密着させ、どこまでが自分なのかもわからなくなってくる。甘く、痺れるような。そんな感覚。
何分、そうしていただろうか。間に呼吸はしていたものの、苦しくなってどちらからともなく離れる。ラウラの口から続く唾液の柱がぷつんっと切れる。ラウラの目は潤み、とても色っぽかった。
激しい劣情が全身を駆け巡り、抱きしめる力が強くなるのを実感する。ラウラもお返しとばかりに力を入れた。
戦闘の疲れによって筋肉も骨も軋み、鈍い痛みを感じたが、その痛みすらも心地良い。そこに自分がいて、目の前に愛しい人がいて。視覚だけでなく、触覚、嗅覚、聴覚、味覚。五感の全てで愛しさを感じていた。
ずっと、離れなかった。砂浜には静かな波の音と水音だけが響き、夜はますますふけていく。
翌朝。朝食を終え、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たった。1020には作業が終了し、全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食はサービスエリアで摂るらしい。
私の状態はボロボロだった。昨晩、私とラウラの2人で寝ていたためだ。いっそ眠らずに、0400になったら戻れば大丈夫だろうと油断したのが悪かった。何故織斑先生は壁を隔てた部屋の中の様子を知ってか私がいないことを気づけたのか。疑問である。
当然バレれば罰はあるわけで、1時間以上の説教に、撤収作業の力仕事の大半をやらされた。反省はしているが、後悔はしていない。
車内にて、私は最後列の通路側に座っていた。隣にはラウラ、前にはシャルロットとセシリア。弟君は最前列で、織斑先生の隣らしい。
「ねえ、フェルテン・ヴァルター君っているかしら?」
歳は20くらいだろうか。夏の日差しで輝く、鮮やかな金髪の女性がバスに入ってきた。
「はい、私ですが」
私が返事をすると、
「君がそうなんだ。へぇ」
とても興味深そうに、顔には出していないが、申し訳なさそうに私を見てきた。
「貴女は?」
「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」
「……そうですか」
かなり複雑な気持ちだ。銀の福音は暴走状態にあり、彼女の意思はなかったとはいえ、一度殺された相手。自然と自分の目つきが鋭くなるのを感じた。
「ごめんなさいね、あの子が」
「いえ、貴女も無事なようで何よりです。ところで、暴走の原因って知っていますか?」
「あの子は私を守ろうとしてくれたのよ」
「……守るとは、何から?」
「私はそれをこれから追うわ。あの子の翼を奪った元凶に報いを受けさせる」
その目は真っ直ぐに輝いていた。
「でも、どんな理由があっても私は許されるべきではない。どんな贖罪もするつもりよ」
「では、連絡先を交換していただけますか?」
「……え?そんなことでいいの?」
「はい。私が危機に瀕したら連絡します。その時、問題なければ助けに来ていただきたいのです」
「……わかったわ。必ず」
連絡先を交換して、握手をしてからナターシャ・ファイルスはバスを降りた。
「複雑な気持ちだな」
ラウラが言う。
「そうだな。だが、割り切るしかないさ。私を殺したのは彼女が追う奴らだ。彼女ではない」
「それは、そうだが」
「私たちも奴らを追おうか」
「……まさか、そのために連絡先を交換したの?」
「ああ」
「人が良すぎますわ……」
そうだろうか。私はナターシャ・ファイルスを利用しているだけだぞ。