4日目。昨晩のアルコールがまだ尾を引いているのか頭が痛く、体も重い。見れば、時計は0810を示していた。バーデン=ヴュルテンベルクの迎えが来るのは1000。そろそろ準備等を始めなければ間に合わない。まずはボサボサの頭をどうにかするために、シャワーを浴びることにする。
「ラウラ、起きろ。……ラウラ」
左手で頭を拭きながら右手でゆさゆさと小さな体を揺らすと、のそりと起き上がった。私もそうだったが、乾かさずに寝たこともあって髪がボサボサだ。
「うぁ……頭痛い……」
頭を左手で押さえてラウラが言う。
「とりあえずシャワーでも浴びてこい」
「そうする……」
ラウラはふらふらと備え付けのシャワールームに向かった。その間に荷物をまとめておく。もっとも、まとめるほどの量はないのだが。私服2着に軍服、最低限の日用品、銃とその弾くらいのものだ。軍服を着て、裾の下にあるホルスターにVP9とナイフ、マガジンを入れる。ミリタリーブーツに小型のダガーを仕込み、シュヴァルツェア・ヒメルの拡張領域にしまってあるL96A1の動作確認。ここでドライヤーの音が聞こえてきた。どうやら浴び終えたらしい。
確認作業に戻る。L96A1はライフリングが少し摩耗していた。この状態では今は問題ないものの、このまま使い続ければ危ないため、バレルを交換することにした。
交換し終え、手を拭っていたところで脱衣所の扉が少しだけ開き、ラウラがひょっこりと顔を覗かせた。
「すまない。着替えがないんだ。何か着れるものを貸してくれないか」
「ワイシャツでいいか?」
「構わない」
扉を少し開いて顔を覗かせるラウラに、鞄の一番取りやすい所にあったワイシャツを投げ渡す。それを素早く着たラウラは、
「すぐに戻る」
と言って部屋を出ていった。帰ってくるまでに、マガジンに込められた弾の状態を確認してから、本体と一緒に拡張領域にしまう。
0920。基地の演習場へと続く道を、鞄を担いでベレー帽をかぶりながら進む。視線の先にある演習場の中央には、中型の汎用ヘリであるUH-1イロコイスが停まっていた。
「おはようございます。隊長、隊長補佐」
「ああ、おはよう」
「そろそろブルーノ中将がいらっしゃるかと」
「わかった」
頭の鈍い痛みに耐え、表情を崩さないように筋肉に力を入れながら会話する。
10分後、予定よりも早くブルーノ中将が歩いて来た。……1人で。
「ブルーノ中将、迎えの車はどうしたのですか……?」
恐る恐る聞けば、実に良い笑顔で言った。
「あんまりに遅いもんだから、置いてきた」
待て。基地とホテルが徒歩10分ほどの距離だとはいえ、その移動中に、いや、迎えがあっても大して変わりはしないだろうけれど、襲われたりしたらどうするつもりだったのか。ブルーノ中将は言ってしまえば、女共にとって目の上のたんこぶ以上に迷惑な存在なんだぞ?
流石に看過できないので、色々と注意はする。しかし、私が今頭痛で覇気がないことに加え、もともと人の言うこと、特に小言の類いを聞かないブルーノ中将は軽くあしらってきた。こんなの、どうしろって言うんだ。あっさりと小言を躱されて落ち込んでいたら、ラウラに励まされた。ありがとう、ラウラ。少し救われた。
「んじゃ、行くか!!」
「なんで貴方が仕切っているんですか……」
バタバタバタ……と、プロペラが回っている。地面についたスキッドは少しだけ歪んだ後、すぐにもとの形に戻った。懐かしのバーデン=ヴュルテンベルク駐屯地についたのだ。道中ずっと警戒していたが何もなく、今いるのは言ってしまえば実家なため、かなり安心している。
勝手知ったる我が本拠の演習場に停まったイロコイスは、私たちを降ろすとすぐに飛び立っていった。
「さて、お前らはさっさとその荷物を片付けてこい。場所はわかるな?」
「もちろんです」
ラウラがブルーノ中将の確認に答え、私が先行して歩き出す。ああ、この感覚。この匂い。帰ってきた。
荷物を部屋に置いて、隣の部屋から同時に出てきたラウラと共に廃品倉庫へ向かう。私は手ぶらだが、ラウラはバイオリンのケースを担いでいた。
「おっ、フェルト!お帰り!!」
「久しぶりだなぁ!!」
「お前、ちょっとでかくなったんじゃねえか?そう思うだろ?なあ」
「同感だ。だが、なぜお前は俺にその話題を振った!?」
「だってお前、一番身長のこと見てるだろ?」
「嫌味かくそったれ!!どうせ俺は一番小さいよ!!」
「どうどう」
「ちっくしょう、2年前までは下がいたってのに……」
「いや、子供と比べるなよ……」
相変わらず騒がしい駐屯地の男たちが集まってくる。私たち、というより私は彼らにもみくちゃにされながら、少しずつ倉庫に近づいていった。
「そうそう、おいフェルト、知ってるか?この前、アルベルトの野郎が結婚したんだぜ」
「本当に!?」
「ああ。今は警備でここにはいないが、飯の時にでも見てみな。幸せそうにロケットに入れた写真眺めてるから」
「ていうか、お前らはどうなんだよ」
「そうだぞ!お前らも早く結婚しちまえよ!!」
「「まだ早い(です)!!」
やっと倉庫についた。はあ、疲れた。
倉庫につけば、始まるのは大合唱。ヴェスターヴァルトの歌にリリー・マルレーンなどを、雄々しい雄叫びのようにも聞こえる歌声で合わせる。その声、その叫びは倉庫の壁を震えさせ、駐屯地中に響き渡った。ある人はひしゃげた戦車砲のバレルの上に、またある人は銃の空き箱の上に座って歌った。これ、これ。何故だろう。確かに学園生活は楽しい。楽しいけれど、これはその楽しさとは違う。なんて言おうか、うん。愉しい!これか?
5曲ばかりを歌い終えた頃だろうか。倉庫の入り口にブルーノ中将がやってきた。
「ああ、やっぱりここにいたか。新装備のことで話がある。フェルトとラウラちゃんは来てくれ」
「ええー、まじですか中将」
「もうちょっと、もうちょっとだけダメですかね?」
「楽しいのはわかるが、早いとこ片付けたいことなんでな。すまん。だが、その分夜は騒いでくれ」
「「「おっしゃ、それを待ってた!!!」」」
嫌な予感がする……。
「さて。まずこれが、フェルトのIS、シュヴァルツェア・ヒメルの新装備たちだ!!」
第三倉庫に連れてこられた私たちの前には、2つの布が被された山があった。文字通りの山だ。そしてブルーノ中将は私たちから見て右側の山の布をバサッと持ち上げて言った。
山の中には、2つの装置。まず1つ目は、見た目がGMWに似た大口径の砲。見たところ、50mm口径か?
「50mm自動榴弾砲。発射速度は毎分380発、装弾数52発。こいつが使う榴弾の設計図はお前の端末に送っておいたぞ。ついでに炸裂弾、焼夷弾、閃光弾、音響弾、近接信管も作っておいた。あ、投げても使えるからな?」
「装備する時はどうやって持てば良いのですか?」
「腕を通す輪があるだろ?そこに肘を引っ掛けて、手の平で横向きのグリップを握ればそのトリガーを引ける」
「……パイルバンカーみたいですね」
「まあな。さて、次が本命だ。腰抜かすなよ?」
そう言って、今度は何本かの線が入った直系60cmほどの輪と、あれは、なんだ。髪飾り?
「これこそが、俺たちが4ヶ月の月日とユーロを注ぎ込んで作った新装備『アイアス』だ!!」
「アイアス……ということは、盾ですか?」
「おう。この装置を頭に取り付けると、自動で脳波をキャッチしてな。配置したい場所と大きさを意識すれば勝手に展開される。最大展開時の直系は2.2mだ。しかも、これはただの盾じゃない」
「どういうことですか?」
「こいつは7層のエネルギーシールドを展開するんだ。だから大抵の攻撃なら防げるぜ。テストの時も105mm戦車砲を受けて、1枚破れただけだった。加えて燃費も絶対防御の2割程度に抑えてある」
「それはすごい……」
「おっと、それだけじゃない」
「「ま、まだあるんですか?」」
ちょっとノッてきた私とラウラがハモる。
「なんとこいつ、歩兵携帯用に簡素化したものの量産に成功している。エネルギーシールドは3枚、直系70cm。そんで稼働時間も30分前後に限定されるが、それでも防御力は折り紙つきだぜ?」
……まじか。いや、うん。凄すぎて逆に恐ろしい。
「……ちなみに、量産に成功したことは公には?」
「もちろんしてねえよ。んなことしたら世界中大混乱だ」
あ、流石にわかってた。良かった。それにしても、とんでもないものを作ったな。
「さて、次はラウラちゃんのだ」
「わ、私にもあるんですか?」
「おう。ノアがさっき話つけたんだ。まずはフェルトのと同じ『アイアス』に62口径アサルトライフル2丁。そんでこれが追加の武器だ」
そう言って指差したのは、やけに銃身が長いライフルだった。
「ブルーノ中将、これは?」
「45口径ニードルガン。発射速度は毎分600発、装弾数30発。破壊力は完全に無視して、貫通力を高めに高めたものだ。有効射程は100mとちと短いが、アリーナで使う分には問題なし。第二世代の装甲どころか、第三世代のものも貫ける」
「……これまた、恐ろしいものを作りましたね」
「こいつらは言ってしまえば、『女とISによる理不尽からの脱出』用の武器の試作だからな。それにお前らが使うものでもある。力が入らないわけがないだろ」
そう言って私たちの頭を豪快にわしゃわしゃと撫でるブルーノ中将。……ちょっと待て。
「理不尽からの脱出?」
「おう。まだ秘密裏だが、ベルリンの奴ら、つまりお前らの部下だな。にも協力してもらう予定だ」
「「……聞いていないのですが」」
「昨日決めたからな」
「「なら昨日のうちに言って下さい!!」」
「いや、お前ら昨日酔ってたじゃねーか」
「「ブルーノ中将が樽なんか買うからでしょう?」」
「あー、悪かったって。んじゃ、早速実用テストやるか。ほら、行くぞ」
「「あ、ちょ、待ってください!!」」
さて、実用テストを無事終えて時刻は1820。夕食の時間だ。テーブルの上にはやけにこってりとした、おつまみという表現が似合う料理が所狭しと並んでいる。
「さあて、お前ら!我らがフェルトとラウラちゃんの帰還だ!大いに騒いで飲め!!」
「「「Prost!!!」」」
カチィン、と小気味の良い音が響き、男達がジョッキを傾ける。ほら、やっぱりこうなった。
「んで、フェルト。日本での生活はどうなんだ?」
夕食という名の宴会が始まって1時間と少しが経った頃。ブルーノ中将がドカッと隣に座って聞いてきた。
「どう、と言われても。まあ、楽しいことは楽しい」
「そうか。なら良かった。それが一番安全な選択だったとはいえ、強制的に日本に渡ることになったわけだしな。で、どうだ?友達はできたか?」
「……まず友、というものがよくわからないのが大きい。気軽に話せる人なら数人いるが、それを友人と呼んで良いものか……」
「……お前の周りにはずっと同年代の奴がいなかったからな。にしても友とは何か、ねえ。そりゃお前がお前なりに考えるべきだ。俺たちには何も言えねえ」
「そういうものか」
「ああ。そういうもんだ」
私とブルーノ中将は、同時にジョッキに残っていたビールを煽った。
「お、ここにいましたか、ブルーノ中将」
顔を赤く染めたマルコがふらふらとやってきた。
「おう、なんだ」
「向こうで飲み比べやってまして。ブルーノ中将は酒強かったですよね?参加しませんか?」
「お、いいねえ。行かせてもらおうじゃないか。おい、フェルト!お前も来い!」
「ja!!」
宴はまだ続く。やはりバーデン=ヴュルテンベルクが自分の帰る場所なんだと、私はふと思った。