さて、ドイツ滞在最終日である。1週間のうち5日目と6日目は、いつものメンバーと先生方へのお土産を買ったり、新しい服を買ったり、バーデン=ヴュルテンベルク駐屯地の訓練に参加したりと充実した日々を過ごすことができた。そして訓練中に思ったことだが、多分バーデン=ヴュルテンベルクの兵達ならISを一度なら撃退することができる。というのも、私とラウラが交代で攻撃目標となった防衛訓練を何度か行ったのだが、私たちが攻撃的手段をとっていなかったとはいえ、シールドエネルギーを200前後削られた。制限空間内でもかなりの速度を出せるシュヴァルツェア・ヒメルで、だ。二個中隊による連携した飽和攻撃があれほどまでに厳しいものだとは思わなかった。今回は160人、つまり二個中隊での対IS戦闘だったが、実際にISが襲ってきたとすれば、この駐屯地全員、つまり総勢580名の隊による対処となる。しかも、計四個中隊のコマンドー部隊が戦闘に当たってもまだ戦闘員は残っている。この駐屯地の兵は、たとえ通信兵であったとしても第一線で十分に戦えるだけの実力はあるし、やろうと思えば誰もが各兵科の代わりを務めることもできる。いわば、各基地から何でもできる人間が掻き集められ、統率された部隊がバーデン=ヴュルテンベルク駐屯地の特殊戦団なのだ。世の男性が希望を持つのもわかる。その中に自分の名前もあると隊長に言われているのだから、誇らしい。
そして何故一度だけなのかと言えば、撃退のために多くの被害が出ることが簡単に予想できるためだ。敵はIS。火力の差は一目瞭然。訓練中も殺せそうな瞬間は両手で数えられないほどあった。しかも、他の追随を許さない機動力で逃げようと思えば簡単に逃げられる。そこで援軍と合流して再度襲ってくれば、勝ち目は薄い。だから一度だけなのだ。まあ、襲撃が基地にではなく、例えばシュヴァルツヴァルトであったのなら勝率は格段に上がるが。
そして同時に思ったことだが、ISには他の兵器では勝てない、なんてことはない。確かに強大な存在ではあるものの、全く歯が立たないわけではないと感じた。一般市民だけでなく、軍人にとっても最も印象を受けたIS関連の事件といえば、白騎士事件だろう。現存の兵器をはるかに凌駕する戦闘能力を見せつけられたことで勝てないと思い込んでいるだけだ。あれは織斑先生と白騎士だから出来たことであって、他の操縦者ではそうはいかない。何故そのことに世の人間は気づかないのか。いや、白騎士を英雄視させることで気づかせないようにしているのか?
それはそれとして。今私はイロコイスでベルリンに戻り、この1週間のうちに出てきた仕事を片付け、隊員に挨拶をして、ベルリン・テーゲル空港の滑走路にいる。いや、なかなかに忙しかった。隣にいるラウラも少しぐったりしている。
「ボーデヴィッヒ隊長、ヴァルター隊長補佐、離陸の用意が完了しました」
「ああ、お疲れ様」
「私たちがいない間、また頼むぞ」
「はい!隊長達もお元気で!!」
代表で来た隊員が敬礼で私たちを見送る。それに敬礼で返し、搭乗。さて、またあの長い警戒態勢が続くのか。
日本ードイツ間の空路は、ソビエト崩壊以降、ロシア上空を通過する12.3時間程度のものが普通となっている。しかし、私たちの乗る飛行機はその空路を使わなかった。理由としては、今回のフライトが秘密裏に行われていることが大きい。ロシア連邦軍には伝えているものの、何処に何が潜んでいるかわからない。主に女性権利団体とか、存在は過去に何度か確認されているものの、情報の少なさから都市伝説と化している亡国企業とか。故に、私たちは北極海を通る航路を使い、18時間かけて日本へと向かうのだ。正直なところ、いるところにはいるのだから遠回りしても大して効果はないとは思うが。そして今、北極海上空を通過しているところである。私は警戒中、ラウラは休んでいる。
2050。警戒任務を交代する直前に、シュヴァルツェア・ヒメルのハイパーセンサーが接近してくる蒼色の機体を捉えた。セシリアのブルーティアーズの空のような青ではなく、まるで深海のような、暗く深みのある蒼。海の色と同化して見つけづらかったため、発見が少し遅れてしまった。すぐに飛行機の操縦者とラウラに連絡して、オープンチャネルを開いて日本語で警告する。
「そこのIS、止まれ!」
蒼色のISは速度を落とすことなく、むしろ加速してきた。私はセミオートライフルを展開し、空に向けて撃つ。
「止まれ!これは最終警告である。止まらないならば敵とみなし、排除する!」
機内から飛び出してきたラウラが私の横に並ぶ。距離は1000mほどにまで近づいてきた。撃ち墜とそうと私がトリガーに指をかけた瞬間、蒼色のISは急停止し、両手を挙げ、敵意が無いことを伝えてきた。だが、信用できるはずもない。そもそも、敵意が無いのなら何故ここまで近づいてきたのか。私は着剣したセミオートライフルを、ラウラはアサルトライフルを構えたまま警戒を続ける。本国からの発砲許可は既に得ているが、銃口を向けられてなお依然として両手を挙げたまま微動だにしないISには、何故か本当に敵意が無いようにも思える。まるで、無抵抗な市民を前に、銃を構えているかの様な。しかし、市民と呼ぶにはやけに親近感、の様なものを感じたのだ。これはラウラも同じらしく、プライベートチャネルで、
「……あれは、本当に敵なのか?」
と聞いてきた。トリガーに指はかかったままだが、対峙する時間が長くなればなるほど、発砲する気が削がれていく。こんな感覚には覚えがない。
5分ほど睨み合っただろうか。不意に、蒼いISがオープンチャネルを開いた。
『Guten Abend.』
一昔前のボイスチェンジャーのような、掠れた声が聞こえてきた。
「何者だ、貴様は」
『……』
「私たちの前に現れた目的は何だ」
『……』
「答えろ!!」
『……挨拶だけしにきた』
「挨拶、だけ……?」
怪訝に思いながら、真偽、思惑を確かめるべく、改めて蒼いISを観察する。敵意が見られないのは相変わらず。表情はフルフェイス型なので窺えず、しかし、冗談を言っているようにも思えない。
『スゥ……』
微かに聞こえた呼吸音。先程の会話とこの音から、学園に襲ってきたような無人機ではないと考えられた。恐らく、人間だろう。
『P-Null-Siebzehn,Hexe.初めまして、だね』
……耳を、疑った。まさか、あり得るのか、こんなことが。しかし、P?いや、あれか。ならば納得できる。予想はしていた。もしかしたらいるのではないか、存在しているのではないかと。いや、わかっていたはずだ。こんなこと。蒼いISが言った、ドイツ語の単語の羅列。1つ目のP、これはPrototyp、つまり試作という意味だろう。後の数字2単語、数字で表すなら0-17。初めの0は造られた場所、その後ろの17は型番を表す。そして最後のものは名前。読みはヘクセ。意味は魔女。何故この文字列にこのような意味があるのかがわかるのかといえば、私たちも似たものを持っているからに他ならない。私たちはF。Fertigproduktの略だ。意味は完成品。つまり、あの蒼いISに乗っているのは
『F-Eins-Zehn,Laura. F-Drei-Elf,Felten. 私の可愛い、弟に、妹。やっと会えた。でも、今はだめ。時間がないの。だから、Wir sehen uns wieder. また今度』
「ま、待て!!」
ラウラの制止など気にも留めず、蒼いISは真下に向けて瞬時加速し、バッシャアァァン!!と大きな水音と飛沫を上げ、流氷を割って北極海へと潜っていった。それを、私たちは追うことができなかった。私たちのISが水中での活動に対応していないのが一番ではあるが、予期せぬ出会いに呆然としてしまっていたのだ。
「Null、か……」
「私やラウラ少佐が造られた場所や、昔私たちが潰した場所とも異なります。0番は存在も確認されていません。3つの研究施設とはかけ離れた場所にあることが予想されますね」
「ああ。しかし、一体何処に……いや、ここでうだうだ考えても仕方がないな。こっちで探してみる」
「感謝します」
「そんで、敵さんは敵対する意思を見せず、北極海に潜って逃亡か」
「逃したのは私たちの失態です。申し訳ありません」
「いや、交戦したとしても海に逃げられて終わりだっただろう。2人のISは水中戦を想定していない。海に入ることはできるが、それだけだ。シールド内に水が入らないようにするのにエネルギーを大量消費して、何もできなくなる。お前たちの責任じゃねえよ」
「……ありがとうございます」
「で、その蒼いIS以外は特に問題なかったんだな?」
「はい。以降は何事もなく日本に到着しました。飛行機も、操縦者も無事です」
「そうか。なら良かった。じゃあ、学園生活を楽しめよ」
「はい。では」
ブルーノ中将との通信を切り、ふぅ、と大きく息を吐く。時刻はまだ陽はまだ昇らない深夜。滑走路には私たちが乗っていた軍用機のみが横たわり、昼間は喧しかったであろう虫の鳴き声すら聞こえてこない。あの騒がしくも楽しいバーデン=ヴュルテンベルクとはかけ離れた静けさに、少し寂しくも思う。だが、寂しさよりも、先刻の蒼いISのことも相まって、この不吉なほどの静寂が、嵐の前の静けさのような、巨大な何かが起こる前兆のようにも感じられ、不安や恐怖のの方が大きかった。
宿泊先のない旅行者や、帰りの電車に乗り損ねたビジネスマンが端で寝ているロビーを抜け、料金を支払い、アウディを駐車場から出して車通りのない道を走らせる。運転中も、頭の中から常にあの蒼いISが離れなかった。あれは自己紹介のためだけに現れたと言った。だが、それだけのはずがないのだ。同郷の人があのような無意味なことをするとは考え難い。何か他に意図があったように思える。だが、それは何だ?……わからない。
学園に着くまでの間、私とラウラは考え続けた。蒼いISの搭乗者のこと。Nullの場所。奴が現れ、消えた北極海。しかし、だめだ。何も浮かばない。だが、なんとなく。いつか、そう遠くないうちにまた会うことになる。そんな予感がしていた。
完成品、1-10、ラウラ
完成品、3-11、フェルテン
です