銀色の二重奏   作:乱れ咲

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挑戦

そこには何もなかった。生きとし生けるものを包む柔らかな温度も、物を、肉体を、世界を縛り付ける重力も、輝く太陽の威光もない。『無』の中で彼は漂っている。確認できるのは確かな地面の感触のみ。

彼は、虚空に目を向けていた。そこに示されるのは、彼をこの世に繫ぎ止める3桁の数字。既にその数字は始めに示されていたものの半分以下となり、尚も減少し続ける。

(そろそろ限界か……)

手に持った灯りを頼りに地面スレスレを移動しながら、彼は考える。予定していた時間は自分が戻るまでには経過するだろう。戻るのに必要なエネルギー量を考えれば、そろそろのはずだ。戻ろう。

彼は上を目指し、進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っはぁっ!!!」

時刻は0100。昼に生きる生物は眠りにつき、静かな夜の世界が広がっていた。そして静寂を破るように、穏やかな波の真ん中から水飛沫と共に黒い機械が飛び出す。

「はぁ……はぁ……」

無機質な黒に包まれているのは1人の青年。呼吸は荒く、湿った銀色の髪が肌に張り付き、ひっそりと映える月の光を反射して輝いていた。

「……深度200m、7分間の潜水活動実験終了しました」

「エネルギー残量は?」

「残り193。結構危ない所ですね」

「ふーむ……じゃあ、所感を教えてくれ。何度も悪いが、データだけじゃわからないこともあるからな」

「んー……息苦しかった、ですかね」

「苦しい?呼吸はちゃんとできただろ?」

「できましたけど、水圧でしょうか。圧迫感があったんです。それも潜り始めの40m付近までだけ。ただ水中に佇むだけなら何ともないのですけど、戦闘などの激しい活動を考慮するなら早急に対処するべきかと。加えて夜間潜水は光がないので方向感覚を失いそうになります。深海でも同様に」

「ん……よし、わかった」

「ところで、どうして絶対防御って直接命に関わるもの以外は防いでくれないのでしょうね。お陰でかなり濡れましたよ。水中眼鏡を持って行かなかったらどうしようもありません」

「本当に謎が多いよな。やろうと思えば首だって締められるんだろ?なんだ、手が首に伸びるだけじゃ死なないだろってか?折ればすぐ死ぬってのに、わけがわからん……まあそれはそれとして、これでデータ採りは終了だ。お疲れ様。フェルト」

「お疲れ様でした。手伝うことがあれば呼んでください。出来ることはします」

「おう、ありがとな」

通信を切り、青年はふぅ、と息を吐く。無事に実験が終了した安堵からか。もしくは連続で行った実験の疲れからか。

「……帰ろう」

そう呟いて陸へと飛んでいく彼の姿を、空に輝く星々だけが見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り、フェルト」

「ああ、ただいま」

学生寮のいつもの角部屋。夜も更けたというのに、ラウラは私のことを待っていてくれた。読んでいた小説を机の上に置き、椅子から立ち上がって駆け寄ってくる。

「髪が濡れているぞ。服もだ」

「データ採りの時にちょっとな。そのまま戻ったから少し冷える」

「ならまずシャワーを浴びてこい。着替えは私が用意しておくから」

「助かる」

濡れた上着を椅子にかけ、シャツを脱ぎながら脱衣所に向かった。

 

 

 

 

 

「しかし、こんな夜中に実験を行うとはな」

シャワーで海水を流した後、私達は部屋に二脚ある椅子を向かい合わせて話していた。

事の発端は3日前に遡る。北極海でのあの奇妙な出会いを受け、本国は現行ISに水中での活動を問題なく行える機体が存在しないことに危機感を覚えた。そこでドイツ国内の研究機関の一部に『現行第二世代IS用に水中戦闘用のパッケージを開発しろ』という命令を下したのだ。この一部の中にはバーデン=ヴュルテンベルクの研究所も含まれており、選出要因としては、国直属であること。第三世代ISであるシュヴァルツェア・ヴォルケを開発した実績があること。お抱えの搭乗者、つまり私がいるため実験を比較的容易にできることなどが挙げられる。

ちなみに、実験は夜に行なって昼は何もないなんてことは無く、昼は昼で設計についての会議がビデオ通話で行われていた。

「他国の人間に見られるのはあまり好ましくないらしいからな。それに夜間の活動も視野に入れる必要がある。仕方のないことだ」

「私も手伝えたら良かったのだが……」

ラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの所属はシュヴァルツェア・ヒメルとは違う。ドイツ滞在中にレーゲンの新武装をブルーノ中将達が作っていたが、あくまであれは武装を提供するというだけであって、半ば技術提供の形態をとっていた。しかしこちらにとって知られては都合が悪いもの、つまりアイアスがあるため、ラウラが受け取ったのはニードルガンのみとされている。故に、アイアスはまだ公の場では使えない。こんな騙すようなことをして大丈夫なのだろうか。

 

ハッハァ!!そんなこたぁ俺がなんとかするからいいんだよ!!!

 

高笑いするブルーノ中将の姿が目に浮かんだ。頼もしいような、やっぱり少し不安なような。

「使われる者の宿命だ。あんなことがあってはどんなに重い腰でもあがる。何より、今日で必要なデータは集め終えたんだ。本来の夏期休暇もまだまだ残っている。楽しまないとな」

笑顔を見せれば、笑顔が返ってくる。この何でもないやり取りを、私は気に入っていた。

かち、かち、と部屋に時計の針が時を刻む音のみが響き、ゆったりとした空気が流れる。ふと、この穏やかな空気によってだろうか。私達は2人同時に欠伸をした。私は実験の疲れがあるのだろうし、ラウラも昼はヴォーダン・オージェの水中での有用性について黒兎隊の皆と検証していた。それは開発とは無関係に、現状の装備でどれだけ水中活動をこなせるかを議論するものだった。机の上に所狭しと置かれている端末や資料がどれだけ綿密で価値あるものであったかを物語っている。

「今日も走るのだろう?」

「当然。当人が望んだこととはいえ、一夏君に厳しめのトレーニングを課しているんだ。私が行かない訳にもいかない」

「なら、もう寝よう。流石に疲れた」

「そう、だな。これ以上は朝に響く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「おはようございます」」」

「ああ、おはよう」

光の束が地平を照らし、海の波はきらきらと輝く。学園が海の上にあるために見られる光景だ。何度見ても思う。これは良いものだ。

清々しい朝の空気の中走るというのは、なんとも言えない心地よさがあるように思う。肺が、心臓が、全ての臓器が清浄になるような、そんな感覚。やはり作戦も何もない時は朝に走るに限る。ひたすら気楽に、そして自由に。

体をほぐした後、織斑先生を先頭に弟君、私、ラウラの順で走り出す。この順番は弟君たっての希望によるものだ。なんでも私達が後ろにいれば嫌でも付いていくしかなくなるとか。その気概のお陰か、弟君は息を切らし、滝のように汗を流しながらも私達のペースに遅れることはなかった。やはり織斑先生の弟。成長速度が著しい。だが、走り終えた瞬間膝に手をつくあたりまだまだのようだ。

「その様子だと、私達がいない間もちゃんと走っていたようですね」

「ま、あな。流石に、自分から頼んで、走らないわけ、ない」

「……すみません。まずは呼吸を整えないとですね。ほら吸って、吐いて」

 

 

 

 

 

 

 

「M107はどうだ?砲兵と共有もできるから良いと思うのだが」

「反動が大き過ぎないか?駐退機を設ければ多少はましになるだろうが、そうなると立体戦闘時の使用には不向きだ」

「ふむ……確かに。考えてみれば電磁機構を組み込まざるを得ない点で弾薬は専用のものであった方が良いな」

「88mmの炸薬量を増やしてバレルを延長すればどうだ?電磁加速もより強力なものに……ああ、また反動が大きい。駄目だな」

「ただのレールガンでは初速を産み出すために特別な機構が必要。加えてバレルも長くなってしまうから以ての外。艦や戦車に搭載するのなら話は変わってくるが……」

「単発の威力ではなく、数で勝負するか。バルカン砲はどうだろう」

「……味方共々蜂の巣にならないか?」

「あっ、やっと見つけた。おーい、フェルテン!」

トレーニングを終え、汗を流し終えた頃。後ろから走ってくる弟君に声をかけられ、私達は足を止めた。

「ラウラも一緒か。邪魔だったか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。大したことではありませんでしたから」

『どんな武器を使ってみたいか、それがどれ程実用的か』なんて話はいつだってできるからな。ロマン武器は嫌いじゃない。むしろ好きだ。特に80cm列車砲、プファイファー・ツェリスカなどは良い。

「なあ、今日何か予定あったりするか?」

「特にありませんよ」

「まじ?よっし!それじゃあ11時にアリーナに来てくれ!」

現在時刻は0750。大体3時間後か。

「アリーナ?演習でもするのですか?」

「ああ。そうだ、どうせなら何か賭けないか?」

「賭ける?」

「そうそう。飯一回奢るとか、な、ほら、いいだろ?」

「……何か企んでませんか?」

「なっ、何も?」

黒だ。間違いない。

「と、兎に角来てくれるよな?」

「ええ。何を隠しているのか知りませんが、構いませんよ」

「だから何もねぇって。それじゃ、また後でな!」

そう言って、弟君は嵐のように去っていった。しかし、自分から演習を頼んでくるとは。勝算あってのことなのか、それとも考え無しか。確実に前者だろう。それも余程自信があるようだ。でなければ何か賭けるなんてことは言わない。きっと、この10日間で何か大きなものを得たのだろう。

「嬉しそうだな、フェルト。口角が上がっているぞ?」

「当然。賭け事まで持ちかけてくるのだから、相応の自信があるのだろう。私達が言えたことじゃないが、彼はまだ未熟。だがそれでも織斑先生の弟。何が出てくるかわからない」

「だからこそ楽しみだと?」

「そうだ。そこでなんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間を割いてくれてありがとな」

「いいえ。私としても一夏君がどれだけ強くなったかを知りたかったので、ちょうど良かったですよ」

「……なんかテストみたいで緊張するな」

弱気な事を言う弟君の目にはしかし確かな意思が宿っている。『目の前の敵に勝つ』といった強い意思が。

「賭けの内容は勝った方が負けた方に何でも一つ要求できるってことで良いか?」

「構いませんよ。一夏君の勝利条件はシュヴァルツェア・ヒメルのエネルギーを400減らすこと。私は白式のエネルギーを全損させれば良い。ですよね?」

これは弟君が私達にトレーニングを依頼してきた時からずっと続けている試合の条件だ。今回も例外ではなく適用されるだろう。

「ああ。できることなら俺もエネルギーを削り切りたいけど……」

「まずは半分減らすことからです。そもそも私と一夏君ではIS搭乗時間に差があり過ぎます。現にこれまで一撃もまともに与えられてないじゃありませんか」

「うぐっ、それを指摘されると痛いな……だけど、そう言っていられるのも今日までだ!」

「期待していますよ?」

2人同時にふぅ、と長い息を吐き、一夏君は雪片弐型を展開し正眼に構え、私は武器を展開せず脱力し、自然体で構える。双方予想される全ての攻撃に対処できるよう。そして自分の初撃を悟られぬよう。

3…2…1…

試合開始の合図が鳴った。




お久しぶりです。
長期間更新もせず、失踪したと考えられた方もいらっしゃるかと思います。理由としましては、私はこの5ヶ月間多忙な毎日を送っていましたので、執筆にあてる時間を十分に確保できなかった事が最も大きく、また今後、より一層執筆にあてる時間がなくなってしまうことが予想されます。遅ければ、次に投稿するのは春になるかもしれません。早くても冬にはなっているかと。
明日、今日に続いて次話を投稿する予定です。
楽しみに待っていてくださる方には申し訳ありませんが、気長に待っていただけると幸いです。
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