頭の中で試合開始までの残り時間をカウントする。今日こそは絶対に勝つ。この試合に勝って、そして
3…2…1…
やってやる。
そんな思いを抱いて飛び出した瞬間
緑の双眸が目の前で、俺を見据えていた。
(あれ?おかしいな)
いつの間にか俺は、壁に背を預けた状態で地面に座り込んでいた。はて、何があった?……そうだ。アリーナの地面に叩きつけられて、その勢いで壁に激突したんだ。でも、なんでそうなったんだっけ。確か俺は試合開始の合図と同時に雪片弐型の切っ先をフェルテンに向けて、瞬時加速して……して、これか?
演習でフェルテンが初手に接近してくることは無くて、いつも一定の距離を保ち続けていたからまずは接近しようとしたんだ。それで……待て、考えるのは後だ。この隙をフェルテンが逃す訳がない。俺は今、格好の……やばい!!
そう思った瞬間、方向などないままに、可能な限り速くその場を離れる。
ドドドドドドンッッ!!
直後に聞こえる着弾の音。そして見上げた先には、
「……慣れないことはするものではありませんね」
左手を頭に乗せながら右手にアサルトライフルを構える、
(ああ、痛い。流石に無茶が過ぎたか)
弟君はきっと、試合が開始した瞬間衝撃が走り、地面に、壁に叩きつけられたように感じられた事だろう。事実その通りだ。私は何時ものように初手で距離を置くことはせず、弟君が瞬時加速で距離を詰めてくることを予測して、瞬時加速で迎え撃ったのだ。速度重視の機体同士が真正面から最大速度で衝突したのだ。当然衝撃は相当なものであり、弟君は地面に向かって堕ち、私はアリーナの天井まで弾き飛ばされた。だが、私には弟君程のダメージはない。それでも皆無というわけではないが。
「……あっぶねぇ」
弟君が声を漏らす。
「追い撃ちを避けられたのは素晴らしいですね。まあ、私が遅れてしまったのもありますが……」
「……なあ、何をしたのか参考までに教えてくれないか?俺にはさっぱりなんだが」
「簡単なことですよ?君が瞬時加速で距離を詰めることはこれまでの演習から予想できましたので、私も瞬時加速をしてぶつかったのです」
「それなら、なんでフェルテンの方がダメージが少ないんだ?」
「私がぶつかる瞬間にナイフを展開していたのが大きいかと。よく見てください。白式の装甲に1丁、ナイフが刺さっているでしょう?」
弟君は慌てて自身が纏う機体を確認する。そして膝を覆う装甲にナイフの刃が半分まで刺さっているのを見つけた。すぐに抜き、使用許諾がされていないため非常に重く感じられたのか、手を離す。
「でも、フェルテンに何の衝撃も無かったなんてことはあり得ないよな」
「当たり前です。私達は衝突した後、一夏君は下に、私は上にまるでビリヤードの玉のように弾き飛ばされました。しかし、私は空挺降下と同じように受け身を取ることができたため、ダメージが少ないのです」
互いにぶつかった後、アリーナの天井に飛ばされた私は瞬時に足を天井に向けて、勢いを殺すために天井を転がった。無理矢理止まろうとはしなかったため時間がかかり、追撃が少し遅れたのだ。
「……なんでそんな咄嗟の判断ができるんだ?」
「別に一瞬で判断したというわけではありませんよ?」
「……というと?」
「例えば、130km/hのボールが前から飛んできても、取るぞと決めていれば簡単に取れます。しかし突然目の前に30km/h程度のボールが飛んできても反応出来ず、顔に当たってしまうことがあるでしょう?それと似たようなもので、私は弾き飛ばされることを予測できていた。だから受け身を取るという覚悟のようなものが既にあったため、行動に移すことができたのです」
「なるほどね……今度その受け身を教えてくれないか?役に立つ気がする」
「良いですよ。必ず君の力になります」
「サンキュー。いや、ドイツならダンケ?」
「……ふふっ」
間抜けな顔をして言う弟君が少し可笑しくて、つい笑ってしまった。そんな私を見て弟君はムッとするが、すぐに真剣な表情に戻り、
「それじゃ、仕切り直そうぜ」
「ええ。そうしましょう」
互いに得物を構え、対峙した。
視点は変わり、観客席にて。ラウラ、シャルロット、鈴の3人が並んで座り、試合を見守っていた。
「なんか、今日のフェルテンらしくない」
観客席で試合を眺めているシャルロットが呟いた。
「あ、それあたしも思った。普段なら攻撃の届かない場所から一方的に撃つのに」
「それに、やけに好戦的というか……」
「2人の言う通り、今日のフェルトは戦い方が普段と違う。本人がそうしようとしているからな」
「フェルテンが?」
「先程こういう会話があってだな……」
「そうだ。そこでなんだが、今日はライフルとリボルバーカノンを使わずに戦おうと思う」
「何?その2つはお前の戦闘の軸だろうに。どうした?」
「ライフルもリボルバーカノンも強力で最も使い慣れているが、最近使い過ぎな気がしてな。遠距離主体ではなく中・近距離用の、2つ以外の装備主体での戦闘もこなさないと。訓練だけではどうも鈍る。近接戦闘がこれから必要になるだろうからな」
「まあどう戦うかはお前の自由だが……」
「もしかしたら私の失態で負けるかもしれないがな」
「……やめてくれよ?」
「ということだ。加えて、今までにない戦い方をする事で、一夏の対応力を測るのも目的の1つなのだとか」
「だからってあんな突撃する?まるで人間砲弾よ?シュヴァルツェア・ヒメルのエネルギーも減っちゃってるじゃない。あたしあれやれって言われても嫌だわ」
「僕も怖くて無理だなぁ……」
「私だって嫌だ」
ガキンッ!ガキンッ!!
アリーナに刃と刃がぶつかる音が響く。
「なんで、こんなに、近いんだ!」
「たまには趣向を変えてみるのも悪くありませんよ?」
「俺にとっては悪い!」
弟君は右手に雪片弐型を、私は左手にナイフを持って斬り結ぶ。これまでの演習を見てきた人からしてみれば、類を見ない光景だろう。
「くそっ、こうなったら何とか距離を取って一呼吸……」
「させません」
右手首に巻き付く鎖を伸ばし、弟君の左手首と繋ぐ。ワンオフ・アビリティは使わない。この試合は弟君の実力を測るものなのだ。簡単に終えて良いものではない。
「うげ、今度は何だ!?」
「チェーンデスマッチというやつです」
「チェーン……!?」
弟君の横薙ぎをナイフで逸らし、胴を蹴る。白式は3m程後方に飛ばされるが、鎖を引っ張ることで引き寄せ、ナイフを振り下ろす。弟君は雪片弐型で咄嗟に受け止めた。
「あっぶねぇ!!」
「おお、良い反応ですね」
「伊達に訓練してた訳じゃ……ない!!」
弟君はナイフを押し返し、袈裟に斬りかかる。私は体を捻ることで避け、チェーンを引っ張りながら刺突を放つ。足と胴を屈めて弟君は避け、返しに逆袈裟を繰り出した。一連の流れが非常にスムーズであったために私の反応がワンテンポ遅れてしまい、弟君は左手のナイフを弾き飛ばす。
(貰った!!)
弟君は素早く刃を返し、唐竹に斬りかかる。私はナイフを失い、新たに展開する暇もない。タイミングは完璧だ。しかし、簡単にやられはしない。零落白夜を発動し一回り大きくなった刀身の根元。エネルギー刃のない部分を両手で挟み、受け止める。
「まだ、まだぁ!!」
次の瞬間、弟君は両手で雪片弐型の柄を握り、自分ごと回転した。この場合後手に回らざるを得ない私の方が圧倒的に不利だ。雪片弐型から手は離れ易く、弟君は次の攻撃にも繋げやすい。そして繋げられた攻撃に対して私には避ける以外の選択肢はなく、零落白夜の特性上防ぐことなどできない。
(これはまずい!!)
迫り来るエネルギー刃を完全に避けようなどとは考えずに、被ダメージを最小限にとどめることに集中する。すぐに雪片弐型から手を離して可能な限り速く身を落とし、刃が僅かに掠るのみに抑えた。そして次の攻撃が来る前に鎖を解き、距離を取る。
「……掠っただけで150も減るのか」
姉弟揃って恐ろしいモノを使う。
「うおぉぉぉっ!!」
弟君が間髪いれず、初撃のお返しとばかりに突撃してきた。私は両手にショットガンを展開し、トリガーを引く。
「っ!!」
散弾のほぼ全てが命中し白式は僅かに仰け反るが、それだけ。弟君の動きを止めるには至らなかった。
「はぁぁぁっ!!!」
被弾にも構わず右手を弓のように引き、雪片弐型の切っ先が私を見据える。高速切替で両手にナイフを展開し、受け流そうとした、その時。
弟君が、
「なにをっ!?」
ナイフでエネルギー刃の腹を叩き、軌道を逸らす。その間に弟君はナイフの刺し傷の無い方の膝部装甲の裏に手を入れ、
パパパパパパパパガキンッ!!
連射速度はマシンピストルに匹敵するだろうか。私は横に移動することで避けようとしたが、放たれた8発のうち、6発の銃弾がシュヴァルツェア・ヒメルのエネルギーを減らしてしまう。だが、これだけで済んだ。弟君からしてみれば、済んでしまった。
「へっ?」
弟君が間抜けな声を出す。それもそのはず。
この決定的な隙を決して逃さない。伸びてきた右手を捕まえ、勢いを利用して地面に投げつける。身動きがとれない白式を両手両足の鎖を使って捕らえ、両手にアサルトライフルを展開。弟君に向ける。
「えっと……こ、降参!ほら、武器ももうないしさ、な?」
「ルールにありませんので」
「そこをなんとか!」
「生憎、やられたらやり返す性質なもので」
「まじかよ……」
容赦なく装甲のない腹部を狙ってフルオート。マガジン内の弾を撃ち尽くし、白式のエネルギーはなくなった。
「おおう……痛い……」
アリーナのど真ん中で、ISを解除した途端に残っていた銃弾を受けた衝撃から呻き声を上げてしまう。あ、やばい、吐きそう。
「もう、あんなに良い試合した後だってのに、だらしない」
「そんな事言ってもしょうがないだろ?痛いもんは痛い」
鈴が呆れたように言ってくるが、どうしようもない。
「でも」
一転して優しい、包容力のある声に変わる。
「まあ、良くやったんじゃない?」
………。
「あたし達の中でもフェルテンのシールドエネルギーを200以上削った人なんて、ラウラとシャルロットしかいないんだから」
……そうだ。そうだけど、
「やっぱり、悔しいなぁ」
五体を地面に投げ出して、そう漏らした。フェルテンがいない間、どうやったら勝てるか、何が必要かを考えて、必死になって訓練した。鈴やシャルロットを巻き込んで、奇策も用意して、無理を言って毎朝剣術を千冬姉に教わってまで。だけど、届かなかった。
「はぁ、チクショー……」
また、負けた。
「……ヒヤヒヤした」
「それはこちらの台詞だ。初手の激突然り、チェーンデスマッチ然り。らしくないにも程がある」
「拳銃の撃ち方はシャルロットが教えたのか?」
「うん。2人がドイツに行ったその日に頼まれたんだ」
「いや、あれは盲点だった。拡張領域がないから雪片弐型しか武器がないと思っていたが、量子化しなくとも普通に持っていれば問題なかったか。油断した」
「私も驚かされた。あれもシャルロットが?」
「ううん。僕もさっきまで知らなかった。あれは一夏の思いつきと努力の賜物だね」
1ヶ月で人とはこうも変わるものなのかと衝撃を受けた試合だった。
あ、そういえば賭けをしていたな。とは言っても別に何かして欲しいものもない。さて、どうしたものか。
ふと、思い出した。
『お前がお前なりに考えるべきだ』
………。
「お疲れ様でした。私の意表を突く素晴らしい戦術でしたよ」
アリーナ中央でぐったりとしている弟君の周りに5人が集まった。弟君以外の皆は同じように思っているのか、頷く。
「結局勝てなかったけどな」
不貞腐れたように弟君が言った。
「それでも、一撃も当てられなかった1ヶ月前と比べたら最早別人です。これは誇るべきことですよ」
そう。これは飽くまで演習。つまり次があるんだ。あの拳銃による奇襲戦法は此処にいる人間には通用しなくなるかもしれないが、今日までに彼が得たものはそのマイナスを補って余りある程に大きいはずだ。最後は少し、いやかなり間抜けだったが。
「……そうだな。あー、勝ちたかったぁ!!」
「次よ次。あ、フェルテン。あたしとも今度試合してよ?一夏に抜かれたままじゃ気が済まないわ!」
「勿論」
「セシリアが聞いたらびっくりするだろうね」
「『な、本当ですの!?』って言って飛び跳ねるんじゃないか?」
「うわ、一夏似てない」
男の声であの口調を真似れば、当然可笑しくなる。裏声を使ったら尚更だ。例に漏れず弟君の真似があまりにも似ていないので、皆笑ってしまう。
「だが似たようなことは言うだろうな。間違いない」
「ああ、違いない。ところで、一夏君。あの約束を覚えていますよね?」
「うげ、そうだった」
「約束って何よ?」
「勝った方が負けた方に好きなことを要求できるという、賭けのようなものだ」
「えっ!?一夏そんなこと言ってたの!?」
「だって今日こそは勝てると思ったんだよ!……よし、どんな要求でも答えてやる!覚悟は決まった!!」
「それでは遠慮なく」
「私の友人になってくれませんか?」
「「「……は?」」」
「育った環境が環境ですから、友人どころか同世代の人すらラウラと他数人しかいなかったのですよ。だから友人といった存在とは無縁だったので」
「いや、あたし達が驚いてるのはそこじゃなくて」
「うん。それ、多分賭けとか無しでも……」
鈴とシャルロットがチラリと弟君の方を見た。私も視線を動かせば、弟君は下を向いて、僅かに震えている。
「……一夏君?」
「……ふふっ……あははっ…ははははっ!!」
「何!?どうしたのよ一夏!?」
「大丈夫だ。ただ、ははっ、可笑しくて……」
「何が可笑しいのですか?」
「
「……同じ、ですか」
「だって、入学したばっかの時、あまり話さなかっただろ?まあ原因は俺にあるんだけどさ」
そういえばそうだった。
「それで、今までずっと、なんて言えばいいんだろ。余所余所しかったからさ。それが嫌だったんだ」
「それで、友人になろうと?私が言うのもあれですけど、勝ち目の少ない賭けまで持ちかけて?」
「ああ。それで返事だけど、俺からもお願いしたいくらいだ。あ、ならその敬語やめてくれよ?」
「ん?ああ、わかった」
「……っし!!!」
いきなり目の前でガッツポーズをする弟君。
「……そこまで嬉しいものか?」
「だって、フェルテンって
……いや、まあ、初対面の時は使うし、無関心な相手にも使うが、
「言ってくれればいつでもやめたぞ?」
「…………」
「…………?」
「……それ、まじ?」
黙って頷けば、項垂れた。
「俺の努力って一体……」
弟君の落ち込みようが余りに面白かったので、私達はフォローもせずに笑ってしまった。
「そうだ、一夏。使った拳銃を見せてみろ」
「え?ああ、ほら」
……ふむ。形状はVP70に似ているな。だが、状態が良いとはお世辞にも言えない。スライドはガタつき過ぎ。これでは簡単に給弾不良を起こすのも無理はない。油も足りていないな。今度は無理矢理スライドを外してバレルを確認する……あー、ゴミが溜まっている。発砲の際に出る塵が、普通の銃よりやや深めのライフリングに詰まってしまっているんだ。そのライフリングすら摩耗している。これでは狙いが安定しないぞ。
「問題が起こって当然。というかよくこれまで何も無かったな」
「そんなに酷いのか?この銃」
「銃自体は悪くはないと思う。モデルとなったであろう銃は3点バーストだから、何故フルオート射撃できるのかは疑問だが。他にも、形状からして連射力の割に反動が大き過ぎて扱い辛いとかがあるかもしれない。まあ、問題は銃の良し悪しではないがな」
「じゃあ何が?」
「メンテナンスが何一つされていないことが問題なんだ。こんな状態で使っていて暴発も何も無かったのなら、運が相当良かったのだろう」
そもそも、銃はこまめに掃除しておく必要がある。撃ったら毎回手入れしろとまでは言わないが、月に一度は最低でもするべきだろう。私のL96A1だって、撃っていなくてもこまめに点検している。車に積んである銃も同様にだ。
「メンテナンスの仕方はわかるか?」
「……さっぱり」
「なら今から教える。二度と戦闘中にジャムらない為にも、一回で頭に叩き込め」
「まじ?助かる」
「そもそもこの銃をどこで手に入れた?」
「学園の整備課に聞いたら倉庫を探してくれて、一番最初に見つけたものを渡されたんだ」
それ、在庫品を押し付けられただけでは?
「……ちゃんと手入れすれば使えるだろうが……一つ聞くが、これをどうやって装甲の裏にしまっていたんだ?」
「ゴムだけど?」
「……ついでだ。ホルスターも作ってやる」
無知というか、なんというか。