落葉の季節がやってきた。暑苦しい夏が終わり、生命が少しずつ眠りの準備を進める。涼やかな風が吹き、人々にとって、過ごしやすい時期になってきた今日この頃。私は、駐屯地に併設された病院で、ベッドに腰掛け、外を見ていた。
なぜ私が病院にいるのか。単純な話である。入院しているのだ。
別に病気というわけではない。ただの怪我である。この怪我の理由は、昨日の午前1時程まで遡る。
私はラウラと少し話をしてから眠ってしまった。しかし、すぐに目が覚めた。全身、特に右の脇腹に激痛がはしったのだ。ラウラをゆっくり引き離し、服を捲ってみる。腹部が血で真っ赤になっていた。これには様子を伺っていたルッツが、目を白黒させ、謎の言語を話し出す程にパニックになり、すぐさま他の隊員が駐屯地へ連絡。眠りかけの軍医を叩き起こし、治療の準備を急がせ、私達の車は病院へ向けて急加速。ラウラが起き、何が起こったのかを聞いてくるが、パニックをこれ以上引き起こさないためにはぐらかした。
病院へ着くと、すぐに私は運び込まれ、治療を受けた。
これが事の顛末である。
実際、結構な大怪我だったらしい。脇腹は弾が貫通しており、左胸部には弾がカスっていた。いつやられたのかは分からないが、弾が体内に残っておらず、内臓に傷がなかった事は不幸中の幸いであったようだ。しかし、当然弾痕は残り、胸部は3針縫ったらしい。よって、今日明日は安静にとのこと。何故これほどの怪我に気づかなかったのかと軍医は言ったが、さあ?としか答えられず、アドレナリンの過剰な分泌であると一応の決着はついた。
因みに、今作戦における怪我人は私、マルコ、ブルーノの3人のみ。
マルコは右足に弾がカスり、なかなか深く、3針の怪我。
ブルーノは敵の兵士と取っ組み合いになった時、3発いいのをもらい、肋骨の1本にヒビが入ったらしい。本人は
「もう歳かな。ワハハハハ」
なんて言って大笑いしていた。
さて、2日の入院生活中はとても暇だ。今のうちに、作戦後の展開について思い出しておこう。
作戦終了後、怪我人以外は迅速に装備を片付け、整備班と報告班に分かれ、急ピッチで作業が行われた。陸軍総司令部への報告書、これまで入手した情報の整理、保護した6人の今後などなど、やる事は沢山ある。私も手伝いたい所だが、怪我人である事、そしてまだ子供であることから、整備はともかく、それ以外は難しい。よって、何もできないのが現状である。
保護された6人の身柄は、しばらく私達の部隊の管轄下に置き、改めて考慮されることとなった。
ラウラの目の色が左右で違う理由も明かされた。あの研究所では、IS戦闘時のサポートや適合率の向上のため、ナノマシンを用いた技術の研究、その最初で最後の実験ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)の投与が行われており、ラウラはその実験の過程でヴォーダン・オージェが暴走し、自分で制御できなくなってしまった。という事だった。ヴォーダン・オージェの効果としては、脳や神経に負担がかかるが、相手の動きを鮮明に捉えられるというものであり、ラウラはその暴走によって『失敗作』と呼ばれていたらしい。
研究所において、あと1つ言及しておくべきものがある。ISである。あのISは他基地より無断で持ち出されたものであり、4年もの間研究所だけで隠蔽するのは不可能とされ、その基地は人員を丸ごと入れ替え、特設IS部隊として再編。そこにあの6人が呼ばれる可能性が高いらしい。
少なくとも、私が知るのはこれだけ。あとは怪我の療養に専念しなくては。