「迷子の迷子の神主さん。あなたの神社(おうち)はどこですか」 作:Veruhu
その時、妙な悪寒が走った。いや、これまで全然悪寒してなかったのかよと聞かれるとしてたのだが、その倍を行くような悪寒を感じたのだ。
俺は一層警戒しながら、闇夜の森の中に耳を澄ました。
――――ザクッ……ザクッ……ザクッ……ザクッ……
何かがこちらに向かって、地面を踏みしめながら歩いてくる音が聞こえた。二足歩行の動物のように聞こえる。となると人か?
俺は一瞬、その主に助けを乞うてみようか迷う。しかし、この悪寒はなんだ。俺の身体の本能が、あれは危険だと警戒信号を出しているように感じる。人だったら助けてもらえるのかもしれないが、もし敵対的な者だったらどうする。嬲り殺されるかもしれない。はたまた、もしかすれば人ならざる者なのかもしれない。俺は、その体の中にある本能から、
この足音は、明らかに俺に対して敵対的な者の足音だと、そう本能が言っているのだ。
俺は、静かにその足音から離れようとした。
――――ザッ……
足袋で地面を静かに踏みしめる。そうしてもう一歩ゆっくりと危険と思われる足音から離れようとした時、その危険な足音は止まった。
足音が聞こえない。相手は俺の動きを察知したのかは分からないが、止まったのである。闇の森の中にありえないほどの静寂が訪れた気がする。
俺は直感的にそう思った。相手は、俺が逃げようとしていることに気が付いている。捕食者が、捕食対象と決戦前のにらめっこをしている時のように、俺はへびに睨まれたような気持ちって、一歩も動けなくなる。
その時だった。
―――――ダダダダダダダダダダダダダダッ
相手は走った。まず間違いなく俺に向かって、脇目も触れずに突進してきた。俺自身はヤツの姿を明確に捉えることはできないが、ヤツは俺のことを間違いなく補足しているのだ。
ヤツから逃げるように、必死に走った。だが俺は装束を着込んでしまっている。動きは全体的に拘束され、満足に走れるはずもない。しかも余りの暗さから地面に何があるのかもわからない。だが俺は生存本能から、そして恐怖から逃れたいという、もはや反射に近い動きで逃げた。
だがこの闇夜の森林という環境が、そしてこの装束に固められた格好から俺は満足に走ることもできずに、おそらく木の根に足を引っかけてしまい、転んだ。
転んだ拍子に、右手に握っていた
――――畜生。もう逃げるのも無駄か
俺は悲痛な思いを感じつつ、振り向こうとした。しかし……
「なーにこんな真夜中に森の中で鬼ごっこやってんのよ。…………そこの妖怪。悪いけどその獲物は諦めなさい。博麗の巫女として、眼前で人間を見捨てるわけにはいかないの」
そんな女性の声が、空から地上に轟いた。俺は思わず上空を見上げてしまう。
――――月夜に人が浮いていた
俺はそんな、ありえない光景を見ながらも、俺を追いかけてきたヤツを振り返って見てしまう。
どす黒い影が、俺のすぐ後ろに居た。恐怖の固まりかのような影、あるいは煙は、闇夜の黒に紛れてほとんど見えない。しかし
「諦めないって言うなら、私が相手になるわよ。最近暇で暇で仕方がなかったから、良い暇つぶしになりそうね」
月夜に浮く人は、そんな事を黒い影に向かって言った。黒い影は少し思案したようだが、やがて踵を返し、納得の行かなさそうな足音を立てつつ、闇夜に消えていった。