戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 何と無く聞いていたシンフォギアラジオのある会話を聞き、この小説の執筆を思い付きました。

※この作品は、基本的に三人称視点(作者視点とも言う)で物語が進められます。物語で語られるのは主にこの作品の主人公やその周辺になり、それ以外の原作と相違点が無い部分はあまり描写しません。ですが、主人公の存在によって相違点が発生した場合はそちらの描写も書く予定です。


Chapter1 ルナアタック事変
EPISODE 1 全ての始まり


 ある晴れの日。海辺の近くにあるドーム型のライブ会場の空を(かもめ)の群れが鳴きながら飛ぶ。

 

 今日、そのライブ会場で大人気ツインボーカルユニットの“ツヴァイウィング”のライブが開催される。故にライブ会場にはライブを見ようと沢山の人々が行き交う。

 

 ライブ会場に入る為に並んだ人達の長蛇の列の中にとある少年がいた。オレンジのTシャツの上に白いパーカー、暗いグリーンのストレートパンツ、白のスニーカーの装いをした明るい茶髪の()()──立花(たちばな)(ひびき)はスマフォを耳に当てながら電話を掛けていた。

 

「お〜い、未来(みく)〜。今何処だ〜? 俺もう会場だぞ〜? このままだと1人で入ることになるぞ〜?」

 

 響は気怠そうに電話越しの相手にそう伝える。響がここまで気怠そうにしているのは、彼が現在並んでいる長蛇の列に並ぶ前に電話越しの相手を捜していたからだ。待っても捜しても現れない相手に痺れを切らした響は、仕方無く長蛇の列へと並んだのだ。

 

 まぁ、それを抜きにしたとしても、この全く前に進んでいる気がしない鬱陶しさが半端無い長蛇の列に響は(ほとほと)参っているのだが。

 

『ごめん、ちょっと行けなくなっちゃった……』

 

「はぁぁぁあああぁぁぁっ!?」

 

 電話越しに聞こえてくる幼馴染みの親友の少女の急な知らせに響は思わず大声を出してしまう。その大声を聞いた響と同じく長蛇の列に並んでいた人達の視線が響に集中し、響は周りの人達に軽く謝罪をして声のトーンを低くする。

 

「何でだよ!? 約束してただろ、一緒にライブを見に行こうって!?」

 

 この響という少年は何を隠そう“ツヴァイウィング”の熱狂的なファンである。そんな響と同じく“ツヴァイウィング”のファンだった未来という少女は幸運にも“ツヴァイウィング”のライブチケットを入手し、自分と同じく“ツヴァイウィング”のファンだった親友の響と共にライブを見に行こうと約束していたのだ。

 

『盛岡の叔母さんが怪我をして。お父さんが車を出すって……』

 

 未来も響と一緒にライブを見に行くのをとても楽しみにしていた。しかし、身内の怪我の報を聞いたからにはそちらを優先させねばなるまい。

 

「……そっか。チケットも勿体無いし、ライブは俺だけで楽しんでくるよ」

 

『本当にごめんね……』

 

 渋々ながら了承した響は1人だけで楽しんでくることを告げ、未来は本当に申し訳なさそうに謝罪しながらお互いに電話を切った。実は何気に電話を切るタイミングは同時だったのだから、流石は幼馴染みといったところである。

 

「はぁ……俺って神にでも呪われてるのか? それだったら俺に呪い掛けた神マジで死ね。寧ろ俺が神をぶっ殺してやる」

 

 上手く事が運ばない現状に対して呪詛を吐きながらスマフォをポケットに仕舞う響。ボディバッグのベルトの位置を調整しながら響は上を見上げ、その響の視界に“ツヴァイウィング”の映像が目に入る。

 

「……まぁ、念願の“ツヴァイウィング”のライブなんだ。未来の分も楽しんでやらないとな!」

 

 “ツヴァイウィング”の映像を見て元気を取り戻した響は、独り言を呟きながら長蛇の列を進む。

 

 “ツヴァイウィング”は、2人の大人気美少女歌姫のツインボーカルユニットである。

 

 1人は、明るい橙色の髪の少女──天羽(あもう)(かなで)。響にとって天羽奏とは、テレビで見た感じでは明るく奔放な言動が目立つ姉御肌の少女に映っていた。そして、“ツヴァイウィング”の相方の少女をよく弄っていた。

 

 もう1人は綺麗な青い髪の少女──風鳴(かざなり)(つばさ)。こちらは、天羽奏と比べると大人しく少し弱気な性格に見えているが、コンビの天羽奏に弄られて拗ねたりした時の姿はとても可愛いものだと響は記憶している。

 

 2人とも美人だが、美人のベクトルはある意味真反対である。天羽奏はスタイルがとても良いボンキュッボンの少女で、風鳴翼はスレンダーな体型だがその容姿や立ち振る舞いから和風美人を連想させる。

 

 一見性格も体型もある意味で凹凸で真逆な2人だが、ステージに上がった2人は見事にマッチングされたパフォーマンスを繰り広げ歌を聞いた者全員を魅了するのだ。正にベストマッチな2人である。

 

 思春期真っ盛りの響は、この美人なツインボーカルユニットを話題にして男友達と話してたこともある。その中には勿論、歌のことだけでなく猥談も含まれていたりするのだが、その話を偶然未来に聞かれた響が耳を引っ張られたりしていた。

 

 兎に角、そんな“ツヴァイウィング”の熱狂的なファンである響は心躍らせながら会場入りするのをまだかまだかと待ち焦がれていた。

 

 そうこうしてる間に長蛇の列も進んで行き、響は未来から受け取ったチケットを使ってライブ会場に入場した。

 

「さーてと、まずは今回の必須アイテムを買い揃えないとなぁ!」

 

 ライブ会場に入場した響がまず最初に始めたことは、今回のライブにて際して発売されるグッズを買い揃えることだった。

 

 販売コーナーに向かった響は、今日発売の“ツヴァイウィング”のニューシングルの“逆光のフリューゲル”のCDの初回限定版を自分と未来の分、今回使用される赤、青、黄のサイリウムを2本ずつ持ってレジへ行き、スマフォの電子マネーを使って精算した。

 

(未来の土産も買ったし、これで良しだ)

 

 響は自身のスマフォを確認して現在時刻を確認する。響が時計を確認した時、既に時刻はライブ開始の10分前に差し掛かっていた。長蛇の列を並んでいる間にかなりの時間が過ぎていたのだ。青かった空も今は橙色の夕日に変わろうとしている。

 

「……そろそろ席に座った方が良いか。ギリギリで行くと席に行くの時間掛かるしな」

 

 時刻が丁度良い頃合いだと思った響は、観客席へのゲートを潜る。

 

「おぉぉぉぉぉ……っ!!」

 

 響がゲートを潜った先に広がっていたのは、広大なライブホールだった。

 

 ホールの奥には後部にステンドグラスが張られた巨大なメインステージ、ステージと繋がっているガラス状の円環とその中心に嵌め込まれたかのような通路のようなステージ、その通路の下には円状に広がる立ち見席、そして端にはステージから少し遠いが座って見ることの出来る座席があった。

 

 目の前の豪華なライブホールに響は感動して思わず言葉を漏らしていた。ライブホールに見惚れていた響だったが、少しして正気を取り戻して指定された自分の座席のある場所に向かった。

 

 荷物を整理し、両手に黄色のサイリウムを持った響はライブが始まるのを再びまだかまだかと待ち焦がれている。

 

 定刻となった直後、ライブの案内をする為にほんのりと光っていたホールの座席の側にあった紫と青以外のライトが消える。そこに間髪入れずに音楽が会場全体に響き渡り、ステージの背後のライトがカラフルに光ってステージの端からスポットライトが上がる。

 

「来た、来た、来た来た、来た来た来たぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 響は遂にライブが始まることを確信して興奮しながら周りの観客と同様にサイリウムのライトを点ける。点けられたライトで会場が黄色に染め上げられる。

 

 盛り上がる歓声と光る羽のエフェクトが宙を舞う中、上からのスポットライトに照らされながら2人の少女が舞い降りてきた。

 

 それはお互いにデザインが違う薄いピンクと薄い水色の唯一同デザインの対になる翼の装飾を付けたステージ衣装に身を包んだ“ツヴァイウィング”、天羽奏と風鳴翼の2人の少女だった。

 

 2人は鳥のように軽やかにガラス状の十字形のステージの上に着地する。着地した2人は観客に向けて手を振り、お互いに歩み寄ってステージの真ん中で合流し振り付けのダンスを踊り始めた。

 

「はい! はい! はい! はい! はい!」

 

 “ツヴァイウィング”の2人をその目に映したその時からテンションがMAXになっていた響は、黄色に光るサイリウムを振りながら周りの観客達と一緒にリズムを取っていた。

 

 “ツヴァイウィング”の2人が“逆光のフリューゲル”を歌う中で、その声に続くように声を出す観客達の中の一部の「せーのっ!」の声に合わせ、響や周りの観客は歌詞の一部を天羽奏の声に合わせて声を張り上げる。

 

「と・き・は・な・て!!」

 

 続いて風鳴翼に移り、今度も「せーのっ!」の声に合わせて風鳴翼に続くように響達は声を張り上げる。

 

「つ・き・あ・げ・て!!」

 

 そこからは暫く最初のようにリズムを取り始める。歌を歌う中で“ツヴァイウィング”の2人はガラスの足場を駆け出して巨大なステージまで移動する。

 

 歌がサビに入る直前に一度歌が止まり、ライブホールの天井が上に向かって動き始める。12個に分かれたそれぞれのパーツが広がるように上に開き、時間が経ってすっかり夕焼けとなった空が姿を現わす。

 

 そして、歌はサビに突入して会場の盛り上がりが頂点を迎える。背景の夕焼けと“ツヴァイウィング”の歌とダンスが観客達の心に感動と興奮の嵐を巻き起こす。

 

 サビを終えた“逆光のフリューゲル”は一気に終局に向かい終わりを迎えた。歌を歌い切った“ツヴァイウィング”に向けて観客達は精一杯の歓声を送る。

 

「これが……ライブ。これが……“ツヴァイウィング”!」

 

 歓声の中、響は自分が惚れ込んだ“ツヴァイウィング”という存在に感銘を受けていた。自身と歳が変わらないのにも関わらず、これだけの歓声を受けて輝く目の前にいる“ツヴァイウィング”という存在が響にはただひたすらに眩しく写っていた。

 

「まだまだ行くぞぉ!!」

 

 興奮した会場に奏が声を張り上げると、それに続くように観客達のテンションもまた跳ね上がる。

 

 次に以前に“ツヴァイウィング”が歌っていた“ORBITAL BEAT”という歌のメロディが流れ始める。しかし、立ち見席の中心が唐突に爆発を起こして曲が途切れた。

 

 そして、煤が空気中を舞い、それを見た奏は目付きを鋭くして呟いた。

 

()()()が来るっ!」

 

 唐突にそれは現れた。海上の空を舞う異形がライブホールに襲来し、爆発で開いた中心の穴からはまた違った巨大な異形が姿を現わす。

 

 異形の名は“ノイズ”。人類共通の脅威とされる認定特異災害。空間から滲み出るように突如発生、人間のみを大群で襲撃し、触れた者を自分諸共炭素の塊に転換するという特性を持つ。また、発生から一定時間が経過すると、ノイズ自身が炭素化して自壊するという特性も併せ持っている。

 

「ノイズだーっ!!」

 

 突如現れたノイズに、会場にいた観客達は慌てふためき逃げ惑う。巨大なノイズは口と思われる部分から緑色の液体のようなものを吹き出し、その中から種類がバラバラの無数のノイズが現れる。

 

「助けてくれぇぇぇぇぇ!? うあぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 丸い形をしたノイズ──クロールノイズに捕まった青年は、周りに助けを請い悲鳴を上げながらその色をノイズと共に全身を黒く変色させ一瞬で炭素の塊に変わって砕け散る。

 

「死にたくない! 死にたくないっ! 嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 二足歩行をするノイズ──ヒューマノイドノイズに捕まった少女が、涙を流しながら悲鳴を上げ拘束から逃れようとするがその少女もまた炭素の塊に変わり絶命する。

 

 ノイズは混乱して逃げ惑う人々を一人一人確実に炭素の塊に変えていく。空を舞うノイズがその形状を槍のように変え上空から襲撃し、そのノイズに貫かれた人々が炭素の塊に変わり絶命する。

 

 先程まで誰もが楽しんでいた空間が一瞬にして地獄へと様変わりし、場は混乱と混沌を深めていく一方だった。

 

「ここにいたら殺される……! 兎に角、安全な場所に避難しないと!?」

 

 惨状の現場にいた響もノイズから逃げる為に急いでライブ会場を後にしようとする。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

 

 その時、逃げようとする響の耳に歌が聞こえてきた。

 

「えっ」

 

 耳に聞こえてきた歌に足を止めた響は、歌が聞こえてきた方角へと振り返り目を見開いた。

 

 響の視線の先には、ボディコンのような体にみっちりと密着した体のラインが丸分かりになっている橙色が主軸で他に局所局所が白と黒の服のようなものを纏い、足にロングブーツ型のヒールのような黒い装甲と腕に籠手のような白い装甲、腰には対になった2つの白い装甲、頭部にツノのような突起が付いたヘッドホンのようなもの、胸元に宝石のような集音マイクの形をしたものを身に付けた天羽奏の姿があった。

 

「何だよ、あれ……奏さん?」

 

 目の前の出来事を処理しきれずにいる響は、その場で突っ立ったままただ呆然と呟く。

 

 響が動けないでいる間にも奏は動き出す。奏は両腕に付けられた白い装甲を左右で合わせ、合わせられた装甲が奏での腕から射出される。射出された装甲は空中で変形して形を変え、長い柄を持つ先端が鋭く尖った形状のもの、まるで槍のような形状に変化した。

 

 槍を掴んだ奏は、その槍を一度構え直後にその場から駆け出す。駆ける先にいるのは無数のノイズ。触れられれば一瞬にして人は炭素の塊となって死に、逆に現代の兵器では倒すこともままならないその存在に勇猛果敢に向かっていく奏。

 

「ダメだ! 行っちゃダメだ、奏さん!」

 

 響は声を張り上げて叫ぶ。突然ライブ衣装から見たこともない謎の装束にいつの間にか変わっていたりと疑問は尽きないが、人類では対抗することの出来ない災害に向かっていく奏を止めようとした。

 

「ハァッ!」

 

 しかし、響の脳裏に浮かんだ炭化される奏の姿は現実には無く、逆に奏が手にした槍によってノイズは斬り裂かれ、その体を貫かれていた。

 

「えっ」

 

 本日2度目の響の口から呆然と漏れ出た声。目の前の信じられない現実に今度こそ響は硬直した。

 

 ノイズとは人が抗うことの出来ない災害である。現状ではどうすることも出来ないというのが世界共通の認識だった。しかし、目の前にいる天羽奏という少女は違った。彼女は1本の槍を携えて目の前の災害を正面から迎え撃っているのだから。

 

 ノイズを貫き、斬り裂き、時に足技の体術で蹴り砕く奏。彼女は大きく跳躍し、体を弓のように反らせてから腕を伸ばして槍投げの構えを取る。

 

【STARDUST∞FOTON】

 

 奏が投げた槍は空中で無数に分裂し、槍の雨となってノイズ達に降り注ぐ。槍の雨に貫かれたノイズはその身を炭素に変えて槍の威力で抉られた地面と共に吹き飛ぶ。

 

 吹き飛ぶノイズの残骸の嵐の中をいつの間にか戻ってきていた槍を携えた奏が駆ける。

 

「これは、歌……なのか?」

 

 その光景を眺めていた響の耳には先程からずっと歌が聞こえてきていた。とても力強く勇猛な戦士の歌が。その声音は確かに今目の前でノイズと戦っている天羽奏という少女のものだった。

 

「ハァ!」

 

 その奏に続くように後ろでもノイズに対して剣戟が振るわれる。後方にて戦っていたのは、“ツヴァイウィング”のもう片割れの風鳴翼だった。

 

 翼は、奏と同じボディコンのような少しデザインに違いのある青を主軸とした局所局所が白と黒のスールを纏い、足に刃のようなものが付いた青い線の入った黒い装甲と腕に白い装甲、頭にはこれまたヘッドホンのようなもの、胸元に宝石のような集音マイクの形をしたものを装着して、手に携えた剣を振るっていた。

 

「翼さんもノイズと戦えるのか……」

 

 相方揃ってノイズと戦う姿を見せる“ツヴァイウィング”という2人の歌姫のもう1つの顔を見た響は完全に付いて行くことが出来ず硬直していた。

 

【LAST∞METEOR】

 

 高速回転した槍から生み出された凄まじい竜巻が周囲の地形を巻き込みながらノイズの集団を蹴散らし、無数のノイズの大元の巨大な芋虫のようなノイズの体を貫いて消し飛ばす。

 

 翼と合流した奏は、2人で共に肩を並べながら駆けノイズを討滅していく。歌を歌いながら多彩な動きで槍と剣を振るうその姿は歌姫と舞姫、そして戦士が1つ存在に同居しているかのようであった。

 

「あれは……」

 

 只々立ち尽し続ける響はそこから微動だにせず、この場が逃げなければならない危険地帯だということも忘れ、戦う歌姫の姿に魅き付けられ見惚れていた。

 

 斬り裂き、貫き、ノイズを討滅する奏と翼。すると、唐突に奏の動きが止まった。手にしていた槍もどこか輝きを鈍くしてしまっている。

 

「時限式はここまでかよ……っ!」

 

 ノイズと戦う手が止まるのと同じく奏の歌も止まる。その隙を逃さんとばかりに1体のノイズが強襲を掛け、奏はギリギリのところでノイズの攻撃を槍で防ぐ。しかし、威力を殺し切れなかった奏は壁際まで後退させられた。

 

「くぅ……! はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息を乱しながら悪態を漏らす奏。直後、突然響が突っ立っていた観客席が崩落した。ノイズが暴れたことで建物に損害が行き、その影響で崩れたのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?!?」

 

 崩落に巻き込まれた響は、重力に従って瓦礫と共に下へ落ちていく。その悲鳴が耳に届いた奏の視線は、自然と落ちた響の下へ向けられた。

 

「うぐっ!? 足が……!」

 

 運良く崩落に巻き込まれず瓦礫の下敷きとなることがなかった響だったが、ズボンが破れて穴が空き、そこから垣間見える足には大きな擦り傷が出来ていて、血も流れ出ていた。

 

 そんな響を視界に捉えたノイズ達は、響に襲い掛かろうと走って駆け寄って行く。

 

「あ、あぁ……っ!?」

 

 恐怖で硬直した響はそこから動けずやって来るノイズをただ見ていることしか出来ない。響は自分に死を齎す存在を前にして痛みに耐えようとするかのように目を瞑り左腕で顔を隠して身を捩らせる。

 

 その響を守る為に無茶をして前に躍り出た奏は、雄叫びを上げながら力任せに槍を振るって近寄ってきたノイズを蹴散らす。

 

「はっ!?」

 

「駆け出せ!!」

 

 驚く響に奏は乱暴気味に言葉を投げる。その言葉に無言で頷いた響は、足の痛みを堪えながら立ち上がり、怪我で動きが鈍くなった足を引き摺りながら出口に向かってゆっくりと歩き出す。

 

 その響を狙い撃つようにノイズ達が形状を変化させて襲い掛かり、前に立ちはだかった奏が槍を両手で横に振り回してノイズの攻撃を弾き、逸らし、防ぐ。

 

「う、うぐぅ!?」

 

 その際の反動で、奏の身に纏った装甲やヘッドフォンが罅割れていく。それに奏も苦悶の声を漏らす。

 

「奏っ!?」

 

 距離が開いたノイズの群れの固まりの中心でノイズを斬り伏せていた翼が相棒のピンチを見て声を上げる。

 

 そこに巨大なノイズが先程ノイズ達が現れ出でた緑の液体と同じものを凄まじい勢いで奏へ吹き掛けた。

 

「ぐぅ!?」

 

 奏は苦悶の声を漏らすも、どうにかその場で踏み止まって槍の回転で巨大のノイズの攻撃を防ぐ。そこに追い討ちをかけるようにもう1体の巨大ノイズが同じ攻撃を奏に加える。

 

「奏ぇっ!?」

 

 相棒の危機に翼を声を更に張り上げてすぐに赴こうとするが、その前に無数のノイズが群がって翼の進路を妨害する。

 

「うぅぅぅぅぅ!? うあぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 襲い掛かる凄まじい勢いのノイズの攻撃の奔流を奏は咆哮を上げながら防ぎ続けるが、防ぎ続けた結果奏の身に纏っていた装甲や槍の一部が砕け散る。

 

「がふっ!?」

 

 砕け散った破片は勢いに乗って後方に飛来し、奏の後ろをゆっくりと移動していた響の胸に突き刺さった。響が漏らした苦悶の声に反応して後ろを振り返った奏は、胸から血を吹き出しながら吹っ飛ぶ響を見て目を見開いた。

 

 守るべき対象である少年を、奏は自分の未熟さ故に傷つけてしまったのだ。

 

 吹っ飛んだ響は後方にあった瓦礫に背中を打ち付けられ地面に倒れ伏した。

 

「おい! 死ぬなぁ!!」

 

 倒れ伏した響に直様駆け寄った奏は、手に持っていた近くに槍を投げ捨てて倒れ伏した響の上半身を抱き起こした。

 

「目を開けてくれ! 生きるのを諦めるなっ!!」

 

 胸から大量の血を流し瞼を閉じた響に奏は声を張り上げて語りかける。自分の不祥事で致命傷を負わせてしまった少年に死なないでくれと頼み込む。

 

 白かったパーカーを自分の血の色で染め上げる響は、自身に語りかけてくる力強い声に反応するかのように降りていた瞼を上げて薄らと目を開いた。

 

「……ぁ」

 

 薄らと目を開いた響は、か細く弱々しい声を口から漏らして奏を見上げる。それを見た奏は安堵の笑みを浮かべ顔を輝かせる。

 

(奏さんが……こんな近くに……)

 

 薄らとした視界に写る自身の憧れの奏を見て響は内心で呟く。

 

「……前から、綺麗だと思ってたけど……近くで見ると、やっぱり違うなぁ……。遠目で見た時より、ずっと綺麗だ……」

 

「……ったく、こっちが心配してやってるのに。こいつは……!」

 

 唐突に笑みを浮かべながら言われたこの場にそぐわない褒め言葉に、奏は若干呆れながらも少し頬を染めてニッコリと笑って答えた。

 

「……すまねえ。俺、なんかの……為に……」

 

「何言ってんだよ、お前は何も悪くないだろ」

 

 唐突に謝る響に奏は言葉を返す。

 

「……俺を置いて……逃げろ」

 

「何バカなこと言ってんだ!? そんなこと出来る訳無いだろ!?」

 

 自分を見捨てて逃げるように促す響に、奏は否定の言葉を返す。奏の力は、響のような力の無い者をノイズから守る為の力である。それなのに守るべき少年を見捨てて逃げるなど奏に出来る訳が無い。

 

「……奏さんも限界が近いんだろ? 遠目だったけど、それだけは……何となく分かった。なら、無茶せず……逃げろ……」

 

「お前……!?」

 

 明らかに戦闘に関しての経験が皆無の少年に自分のことを見透かされていたことに奏は驚く。

 

「……奏さんがどうして戦ってるのかとか、どうして戦えるのかとかの……理由は、知らない。でも、これだけは……言える。奏さんは、これから先もずっと必要な……人だ……歌姫としても……戦士としても……」

 

「……」

 

「……あんたは、こんな俺なんかよりも……必要な人間……だ。こんなところで、死んじゃいけない……。だから……逃げてくれ」

 

 命の危機に瀕してる自身を二の次にして奏の身を案じる響。響は薄らと笑っているが、その面持ちは今にでも死んでしまいそうなものだった。

 

(こいつ、今にも死にそうな癖して……!)

 

 奏は、幾らこちらの顔が知られていても話したことも無い初対面の相手の身を案じる少年を見て、目を閉じてその顔色を変えた。それは覚悟を決めた者の面持ちだった。その直後に表情を崩して優しく微笑む。

 

「……大丈夫だ。あんたのことは私が守る」

 

 天羽奏という少女が槍を取った理由は元々彼女が今胸に抱いている気持ちとは違うものだった。寧ろ、真反対の位置にあると言っていい。だが、今の彼女は目の前の今にも消え行きそうな命を救う為に立ち上がる。

 

 奏は、薄らと目を開けた響の顔を覗き込んでそのまま自分の顔を響の顔へ近付けて行き、口から流れた血で赤く染まった唇に自身の唇を軽く重ねた。その時間はほんの一瞬で、奏は直ぐに顔を離した。

 

「……ぇ?」

 

 響は朦朧とした意識で今起こった出来事を処理しようとするが、それよりも早く奏は口を開いた。

 

「私も女だからさ、やっぱり1度くらいはキスなんてことしてみたかったんだ。でも、一応芸能人だし、こんな生活送ってたから、まともに恋する暇も無かったんだ。まぁこんな状況だし、この際だから文句は言わないけどさ。だから、特別だ。あんたは将来良い男になりそうだからな。感謝しろよ? 私の、最初で最後の1度だけのキスを貰えたんだからな? 分かってるのか? ファーストキスだぞ、ファーストキス」

 

「奏……さん」

 

 笑っていた奏だったが、その表情が唐突に何かを憂うようなものに変わる。

 

「もし、あんたがここを生き延びて、翼と関わりを持つことになったら……その時は私の相棒(つばさ)のことを頼むな。……私の相棒は真面目が過ぎるから、ガチガチ過ぎてその内ポッキリいっちゃいそうなことが多いんだ。そんな時は、支えてやってくれ……」

 

 憂うような表情で響の顔を覗き込む奏に、響は意識が朦朧としていてハッキリと考えることは出来なかったが、そんな中でも「……はい」とか細くもしっかりとした声音で返した。

 

「……そっか。ありがとな。……私さ、何時か心と体、全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよ。今日は飛びっきりのファンと歌を聞いてくれる沢山の連中がいるからさ、出し惜しみ無しで歌うよ。取って置きのをくれてやるからさ、しっかりと見て聞いておいてくれ」

 

 響の返答に満足そうに笑顔に戻った奏は、自分の言いたいことだけを伝え響の返答を待たずに響の体を瓦礫に凭れ掛けさせる。

 

 響を壁に凭れ掛けさせた奏は、近くに放置していた自分の槍を拾って歩き出す。歩く進行方向の先には、無数のノイズが一個団体に固まっていた。

 

 暫く歩いたところで奏は立ち止まり、手にした槍を高く掲げる。高く掲げられた槍は既にボロボロで、節々がボロボロと崩れ始めていた。

 

 穏やかな風が吹き、風に乗った奏の髪が揺れ、周りに溜まった炭素の塊が飛んで煤が宙を舞い、その中で一筋の雫が奏の頬を流れた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl──」

 

 今までの歌とは全く趣の違う歌が響き渡る。その歌は、どこか幻想的で、とても儚く聞こえるものだった。

 

「いけない、奏っ! 歌ってはダメェェェッ!!」

 

 その歌を歌うことの意味を知る彼女の相棒である翼は、戦いの中、翼は涙を流しながら奏に向かって叫ぶ。

 

「歌が……聞こえる……」

 

 朦朧とした意識であっても、その歌はしっかりと響の耳、そして心に届いていた。

 

(そうさ……命を燃やす、最後の歌……)

 

 奏は聞こえてきた響の呟きに、内心で答える。そう、今彼女は命を燃やして歌を歌っていた。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl」

 

 最後まで歌を歌い切った奏は口角を吊り上げて笑みを浮かべ、その直後に口から血が流れた。

 

 歌を聴き終えるので限界が来たのか、朦朧とした意識の響が最後に見たものは途切れ途切れに写っていた。

 

 衝撃波らしきもので大小問わずに消え失せていくノイズ。

 

 その衝撃波らしきもので崩壊していくライブ会場。

 

 倒れ伏す奏の姿。

 

 涙を流す翼。

 

 すっかり荒廃して見る影も無くなったライブ会場。

 

 そして、相棒の翼に抱き抱えられながら(ちり)となって消えていった奏の最後。

 

 その光景を最後に、響は朦朧とした意識を今度こそ手放した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 響が意識を取り戻した時、最初に目に写ったのは部屋を照らすと照明と手術衣を着て何らかの作業を行っている医者達の姿だった。

 

 体は痛みも何も感じないどころか感覚も鈍く、また朦朧とした意識の響はぼんやりと目も動かさず目の前の光景をただ眺めていた。

 

(……俺……生きてる?)

 

 マスクが付けられ喋り難い上に感覚が無くてまとも動かすことが出来ない口の代わりに、響は内心で自分の生存を確かめるかのように呟いた。




井口「いや、本当にね。響が女の子で良かった!」

悠木「そう、確かに!」

井口「これがもしね、あのまぁ未来ちゃんに関しては性別なんて関係無いですけど」

悠木「関係無いですねwww」

井口「これがもし、男の子だったら。もうさ、皆好きになっちゃうし!」

悠木「www」

井口「仲間として以上の感情を皆持ってしまうし。本当に良い人間だから」

 シンフォギアラジオの井口さんと悠木さんのこの遣り取りを聞いてティンと来ましたね。そう言えば、響の男の子verの作品ってあまり見ないなって。ならばと、僕はこの作品を書き始めました。拙い文章力ですが、これからのお付き合い宜しくお願いします。

 後書きでは、この作品の男の子ビッキーと原作の女の子ビッキーとの相違点を挙げるのと、その解説をしていこうと思っています。それでは早速始めていきます。

(1)性別が違う
──これがある意味でこの作品の主題というか目的ですから。その為の性転換のタグです。

(2)性格が違う
──良い人間なのですが、原作ビッキーとは性格が違います。そこは男の子と女の子での差ですね。そのせいである意味でほぼオリ主です。その為のオリ主のタグです。

(3)既に“ツヴァイウィング”のファンである
──この作品の響は“ツヴァイウィング”の大ファンです。響君も思春期で多感な時期ですから、歳も近くて歌も良くて容姿も良かったら普通に話題に上がりますよ。その結果がこれです。

(4)響と奏の会話
──原作では会話も何も無かったのですが、この作品のビッキーは根性を発揮して奏に話しかけました。折角のガングニール姉妹(今作では姉弟)なんですから、何らかの遣り取りが欲しかったんですよ。

(5)奏のファーストキス
──これは完全に僕の妄想が爆発した結果です。奏のキスシーンが導入されたのは私の責任だ。だが私は謝らない。読者の皆様がこのシーンに納得して必ず読み続けてくれる信じているからだ。

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 それでは次回もお楽しみに!

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