戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 最近シンフォギアの漫画を中古で買いました。そこに載っていた情報で、実はクリスの謎の言葉遣いは長い捕虜生活によるものではなくて、普通に親と暮らしていた頃からのものだったとかいう(もっぱ)らの噂を知りました。

 “ちょせえ”とか、“やっさいもっさい”とかの言葉が親の教育による賜物だとは……この言葉遣いはお父さんとお母さんのどちらによるものなのでしょうかね? 僕は外国人であるお母さんのものだと思っております。

 それはさておき、そろそろ本編に入っていきましょうか。

 それでは、どうぞ!


EPISODE 15 助言

 未来が響と衝撃の再会を果たしてから2日が経った。

 

 あまり深く眠ることが出来なかった未来は、浅い眠りから目を覚ました。

 

 眠りが浅かったからか、今の未来の意識は割としっかりとしていて、未来はベッドから這い出て窓を覆うカーテンを開いた。

 

「雨……」

 

 その日は朝から雨が降り続いていて、その空の曇り空はまるで今の未来の心を映し出しているように未来には思えた。ただ静かなだけの空間に、雨の降る音だけが鳴り止まずに木霊(こだま)している。

 

 未来がしっかりとした睡眠を取れなかったのは、一昨日の夜に特異災害対策機動部二課の人間から説明された響のことがずっと気になっているからだった。

 

 正直響のことばかり考えていた未来は、二課の人間から説明された内容を半分程しか覚えていないが、響に関することはしっかりと記憶している。

 

 響が春先に突然現れた期待の新戦力であること、今まともに戦える戦力が響だけであること、響は無理矢理協力させられているのではなく、自分の意思でノイズと戦っていること。

 

 響の身内と言っても過言では無い未来には、二課の方からも丁寧な説明が行われた。しかし、二課の説明の中には響の空白の2年間に関する情報が一切無く、未来もそれを訊ねたが二課の人間も響の空白の2年間については知らなかった。

 

 響の空白の2年間に関する情報は、本人の希望もあって弦十郎しかそのことを知らない。故に、二課の人間も響のことは、突然現れた新たな仲間としてしか知らされていない。

 

 その為、未来が知りたい空白の2年間については一切知ることが出来なかったし、響の今の居場所も情報漏洩の防止という理由で教えられなかった。

 

 未来からしたら、今直ぐ響には危ないことから手を引いて欲しい。何時命を落とすかも分からない世界にいて欲しくない。

 

 それに、過去に響はノイズが原因で命を落としかけたこともある。2年前は、どうにか九死に一生を得て運良く生き残れたが、次はどうなるか分からない。今度こそ、本当に死んでしまうかもしれないのだ。

 

 しかし、そう思う反面で全部無駄なのだろうとも未来は思っていた。

 

 響は、自分から始めたことは最後まで絶対に遣り抜くことを未来は知っている。例え、自分や身近な大人が止めようとしても響は絶対に止まらない。

 

 何処までも真っ直ぐなせいで、少々突っ走り過ぎて周りが見えなかったり、周りの声が聞こなかったりすることも少々ある。

 

 今思えば、あの時の響はノイズと戦う為に自己強化に一心に励んでいたから自分の声が聞こえていなかったのだと、未来は納得している。

 

「本当に……住む世界が変わっちゃってたんだね……。もう、一緒にいられないのかな……?」

 

 未来のいる平和を謳歌する日常と響のいる平和を守る非日常は、余りにも住む世界が異なる。そのことが、未来と響の間に大きな隔たりや壁を感じさせた。

 

 2年前の迫害の際、一切弱音も泣き言も言わなかった未来の口から弱音が嗚咽と共に漏れ出る。その涙は、もう一緒にいられないことを悲しんでか、それとも戦いの中に身を置くことになった響のことを憂いてか。

 

 嗚咽と共に吐き出される未来の嘆きは、深々と降り続ける雨の音の中に静かに消え入るのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 雪音クリスは、イチイバルのシンフォギアをその身に纏いながら雨が降り続く街の中を走っていた。

 

 そもそも、クリスがどうしてこの状況になったのか。それは、昨日の夕方の時間帯まで遡ることとなる。

 

 夕暮れ時に響と翼と戦い、フィーネから捨てられ、夜に偶然響と遭遇して共に迷子になった子供達を父親の下まで送り届けた日から1日が経過した、翌日の夕方に起こった出来事である。

 

 フィーネと自身の拠点である山奥に建っている豪華な屋敷まで戻ったクリスは、いの一番にフィーネの下を訪れた。

 

 クリスがフィーネの下を訪れた時、フィーネは一糸纏わぬ姿で電話をしていた。フィーネが英語で会話をしていたことから、通話の相手は米国の手の者であることはクリスにも容易に分かった。

 

 しかし、電話をしていることなど一切構わずにクリスはフィーネに問い詰める。

 

 用済みとはどういうことか、自分はもう要らないのか、自分を物の様に扱うのか、何が正しくて何が間違っているのか。

 

 クリスは、自身の中に湧き上がる疑問を言葉にして、全てフィーネにぶつけた。そんなクリスに、フィーネはノイズを召喚する杖を向けてノイズを召喚した。

 

 ノイズが現れて怯むクリスに、フィーネは残酷な真実を告げた。クリスがしてきた力で力を捩じ伏せるやり方では、決して戦争を消し去ることは出来ないと。クリスのしてきたことは、戦いの火種を1つ消す度に、新たな火種を複数生み出す鼬ごっこであるということを。

 

 信じていた大人に裏切られ、ノイズを差し向けられて命を奪われそうになったクリスは、イチイバルを纏って命辛々フィーネから逃走したのである。

 

 そして、話は現在に至る。昨日からずっとノイズの追っ手から逃げ続けていたクリスは、身心共に疲弊しながらも降り掛かる火の粉を払う為にアームドギアを振るう。

 

 撃ち抜かれたノイズの破片が辺り一面に散り、路地裏の節々に点々と煤の山が出来上がる。

 

 追っ手のノイズを殲滅したクリスは、逃走を再開させようとする。しかし、昨日からずっと逃げ続けている上に度重なる戦闘によってクリスの体力は既に限界を迎えていた。

 

 クリスは、覚束無い足取りで数歩進むが遂に壁に凭れ掛かり、そのまま膝から崩れ落ちて壁に凭れ掛かりながら気を失ってしまった。

 

 丁度その頃、まだ早い時間なのにも関わらず、リディアンの制服に身を包んた未来が学校に向かって登校していた。

 

 長い時間ずっと泣いていたせいで未来の目元はまだ少し赤く晴れ上がっている。しかし、その表情は未だに優れないままであった。

 

 涙はその場に湧き上がった悲しみを嗚咽と共に流しはしたが、その根底の原因を洗い流すには至らなかったのである。

 

「……あれ?」

 

 すると、不意に未来は足を止めて路地裏を覗き込んだ。覗き込んだ路地裏には、壁に凭れ掛かりながら倒れ込む人の姿があったのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 時間が経ったことですっかり雨も止んで曇り空となった空の下、響は弦十郎と共に商店街の方まで足を運んでいた。

 

「おやっさん、これってノイズだよな?」

 

 路地裏で発見された煤の山々を見て、響はそう弦十郎に訊ねる。その質問に弦十郎は、響の目を見ながら静かに頷いて答える。

 

「あぁ。本部の方でも、今日の未明にこの市街地第6区域にノイズの発生パターンを検知している。発生したのが未明ということもあって、人的被害が無かったことが救いではある。しかし、ノイズと同時に聖遺物イチイバルのパターンも検知しているのが気掛かりでもある……」

 

「イチイバル……クリス……」

 

 イチイバルのギアを持っているのも、起動させることが出来るのもクリスだけである。ノイズ発生した場所と同じ場所でイチイバルの反応が検知されたということは、クリスとノイズが戦ったということに他ならなかった。

 

「クリス君は、元々ノイズを操ることの出来るフィーネなる人物の下で動いていた。そのクリス君がノイズと交戦したということは、フィーネがクリス君を計画から切り捨てたということの裏付けでもあるな」

 

「どうして、フィーネはクリスを狙ったんだ?」

 

「確かにそれは気になるな。計画から切り捨てたクリス君を1度は見逃したのにも関わらず、改めてその命を狙う理由か。……クリス君はフィーネにとって何か都合の悪い真実を知ってしまった。真実を知られたフィーネは、その真実を隠蔽する為にクリス君の命を狙ったと考えるのが妥当といったところか」

 

「クリス……俺があの時あいつの手を掴んでれば……」

 

 自身の右手を眺めながら独り言ちる響。あの時にクリスの手を掴めていれば何か変わっていたのではないかと、響はそう思わずにはいられなかった。

 

「過去のことを悩んでも仕方が無い。大事なのは、今と今に繋がっている未来をどう動くかだ」

 

「……そうだな、おやっさん」

 

 弦十郎の言葉を聞いて、沈み掛けていた気持ちを響は持ち直して一先ずいつも通りの顔に戻った。

 

「おやっさん、命を狙われてるってことはさ、クリスの奴戻るとこ無いんじゃないか?」

 

「そうかもな。この件については、こちらで引き続き捜査を行う予定だ。響君は、指示があるまで本部の方で待機しておいてくれ」

 

「ッ! ジッとしてろってのか、おやっさん!? 頼む、俺にクリスを捜しに行かせてくれ!」

 

「闇雲に捜したところでどうにもならん。それに、今の響君には尚更行かせられない」

 

 クリスの捜索に出ようとする響の意見を弦十郎は首を横に振って却下した。響は、何故弦十郎が捜索に行かせるのが反対なのかの理由説明を求める。

 

「どうしてだ!? 今こうしてる間にもクリスの命が危ないってのに!」

 

「今のところはノイズの反応も出ていないからそこまで焦る必要は無い。それに、今の自分の顔を見てみろ。かなり酷い顔をしているぞ。一昨日の響君の幼馴染みの一件からずっとその調子じゃないか」

 

「俺のことは別に良いだろ! それよりも──」

 

「良い訳あるか! 俺は君の命を預かっている立場の人間だ。平常じゃない精神状態の君に半端な指示を出して、もし君に何かあってからでは全てが手遅れなんだ。そうなれば、君のことを大事に思っている人間全員に大きな悲しみが生まれる。それは君の頭から離れない君の幼馴染みの彼女も含まれているんだぞ」

 

「ッ!」

 

「もっと自分のことも大事にしろ。そして、ちゃんと自分の心と向かい合うんだ。そうすれば、今の君がどうするべきなのかが分かる筈だ。それでも分からない場合は、誰か年上の人間に相談してみろ。君よりも人生経験のある人間に訊ねてみれば、案外答えが出てくるかもしれんぞ」

 

「おやっさん……」

 

「お前達子供が伸び伸びと自分のやりたいことが出来るよう、面倒事を引き受けるのが俺達大人の役目だ。ここは、俺に任せておけ。それとな、良かったら午後から翼の検診に付き添ってやってくれ。緒川も忙しくてな、代わりに翼の供をしてくれ。頼んだぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

 弦十郎はそう言い残して、近くに寄ってきた黒服の二課のエージェントと供に響の傍から離れていった。

 

 その後、現場の捜査や自体の後始末で特に協力出来ることが無い響は、現場から二課の本部にあるトレーニングルームに戻って、翼の検診が始まるリディアンの放課後までトレーニングをしながら時間を潰すことにした。

 

 午前から昼食時の正午になるまでの間ずっとトレーニングに精を出し続けた響だったが、体を動かしていても心にあるモヤモヤが払拭されることはなかった。

 

「未来……ダメだ、幾ら考えても、体を動かしてもこのモヤモヤが一向に消えやしない! っていうか、未来のことばっかり考えてるじゃねえか、今の俺!! これじゃただの変態だろ!!!」

 

 自分が女の子のことばかり考えていることに今頃気付いた響は、ツッコミの勢いで手に持っていたダンベルを思わず壁に投げ付けた。

 

 投げられたダンベルはトレーニングルームの壁に当たって鈍い音を響かせ、鉄の音が少し鳴り響いた後に部屋が沈黙に包まれた。

 

「……物に当たってどうするんだよ。でも、これじゃ本当にただの変態だ。女の子のことばかり考えてるなんて、それこそ兄貴じゃねえか……あっ」

 

 響は投げたダンベルを回収し、部屋のベンチの上に置いてあったスマホを手に取って電話を掛けた。電話のコールが2回鳴り、3回目のコールが鳴り始めようとした直前で相手が電話に出る。

 

『もしもし。自称何でも屋の名瀬黎人でございます。……いきなり電話掛けてくるなんて一体どうしたんだよ、(きょうだい)?』

 

「……久しぶりだな、兄貴」

 

 響が電話を掛けた相手は、今は仕事で遠く離れた国にいる響の兄貴分の黎人だった。

 

『おう、久しぶりだな。世間話をする為に俺に電話を掛けた訳じゃねんだろ? さっさと用件をゲロッちまいな』

 

「何でもお見通しかよ……」

 

『これでも兄貴分だからな。お前の性格は大体把握してる。で? 今回はどういう用件なんだ? まさか、政府の関係者にでも捕まっちまったか?』

 

「いや、そうじゃない。兄貴に少し相談したいことがあるんだ。……未来のことで」

 

『未来? ……あぁ、お前の幼馴染みの未来ちゃんのことか。その未来ちゃんがどうかしたのか?』

 

「実は最近になって、その未来と再会したんだ」

 

 響は、黎人に未来と出会った経緯と現状の説明を行った。勿論、一般人には秘匿されているシンフォギアや自分と二課を通した政府との繋がりのことを上手く隠してである。

 

『……成る程な。知らない間にリディアンに入学していた未来ちゃんと偶然遭遇しちまって、どうすれば良いか分からないから俺に相談を持ち掛けたって訳か』

 

「あぁ。兄貴なら、何か良い解決策を知ってるかと思って」

 

 響は、弦十郎が言っていたように人生経験が豊富な大人で、尚且つ女性経験も豊富という観点から黎人に相談を持ち掛けたのである。

 

『お前はどうしたいんだ?』

 

「……会いたいと思ってる。けど、俺が今世話になってる場所の都合的には会わない方が良いとも思ってる」

 

 本心では未来に会いたいと思っている響。しかし、未来が響に近付ければ近付く程、それだけノイズとの戦いという非日常の中に未来を引き摺り込むという可能性を孕んでいた。

 

 響のようなシンフォギアの力も無い未来は、必然的にノイズ相手に自分の身を自分で守ることが出来ない。ならば、響が傍で守れば良いという話になるかもしれないが、事はそう単純ではない。

 

 今の響はノイズを操る力を持つフィーネと対立している関係にある。そのフィーネに未来が狙われる可能性もあるし、万が一未来が人質に取られるようなことがあれば、翼や弦十郎、二課の皆の身動きが取れなくなる。それらの可能性を懸念して、響は未来に会うのを拒んでいた。

 

 全ては未来の平穏と安全と二課への被害を考えてのことであり、響はそれが最適だと結論付けている。しかし、そんな考えとは裏腹に響の心は未来に会いたいと叫んでいる。

 

 理性と感情に板挾みにされている響の心は、痛み苦しみ悶えている状態であった。

 

『……ったく、見ない間に(ちっ)とばかし賢くなるから、そうやって簡単なことで悩むようになるんだよ』

 

「えっ、えーっと……兄貴? それは一体どういう意味なんだ……?」

 

 若干呆れながらも少し嬉しそうに嘆息をする兄貴分の声を聞き、響は理解が追い付かずに困惑するばかりだった。

 

『響、お前さん相当な面倒事に首を突っ込んでるだろ?』

 

「いっ!? え、あ、いや、そ、そそ、そんなことは、なな、無いぜ?」

 

 響は必死に隠そうとするが、言葉が吃り過ぎ且つ声は所々裏返っていて、反応が必死過ぎることから隠せていないも同然である。

 

 電話越しから響が今どんな表情をしているかが容易に想像出来て、黎人は密かに微笑を浮かべた。

 

『まぁ良い。お前が今どんな面倒事に首を突っ込んでいて、どんな場所に世話になっているのかは一先ず置いておく。迷惑掛けないかどうかを心配して、お前が大切な幼馴染みとの再会を躊躇うくらいには愛着がある場所ってことで納得しといてやる』

 

「お、おお、おう……」

 

『ふっ。で、だ。お前は変なところで頑固で真面目、それに少し賢くもなってそれなりの立場を持ったからそういう面倒な(しがらみ)まで付いて回るんだよ。少し賢くなった立花響は廃業して、元のバカな立花響、いやもっとバカな立花響になれ』

 

「どういう意味だよ、それ!? 俺がバカなのは自分でも知ってるけど、賢くなれとか頭使えとかじゃなくて、もっとバカになれってどういうことだよ!?」

 

『おいおい、俺のアドバイスは素直に聞き入れとけよ? 響、お前は頭でばかり考えてるから自分で自分を苦しめるっていうアホなことをしてんだよ。もっとバカになれ。真面目過ぎるんだよ、今のお前は。理性()で考えたことじゃなくて、感情()で感じ取ったように行動してみろ』

 

「けど、そうすると周りに迷惑が……」

 

『迷惑? 何今更なこと言ってんだよ。人間なんて生き物は、他人に迷惑掛けながらじゃねえと生きられねえ生き物なんだよ。それによ、お前みたいな真っ直ぐしか突っ走れねえバカを受け入れた場所が、今更お前の迷惑を受け入れねえなんていう場所なのか?』

 

「そんなことない! 皆、良い人だ。でも、俺と関わったせいで未来がまた危ない目に遭う可能性が……!」

 

『この世の中に絶対安全な場所なんてありゃしねえよ。それは平和な日本だって変わらねえ。それはお前さんが一番よく分かってることだろ?』

 

「……あぁ」

 

 絶対に安全な場所など存在しない。それは日本で暮らしながらも周りを巻き込みながら増していく悪意に晒されていた響が一番よく理解していることだった。

 

『もしも、なんて想定は出したら切りが無え。そんな何時起こるか、そもそも起こるか起こらねえかも分からねえ未来にビクビクしても仕方無えんだよ。何時ものお前ならこんなこと言わなくても何も気にしないんだろうが、今回は事が事だからな。お前が何時も以上に慎重になるのも分からねえことも無え』

 

「兄貴……」

 

『未来ちゃんが危なくなったらお前が守ってやれば良い。守る為に鍛えたお前の体だろうが。今が使いどころだろ。今使わねえで、何時使うんだ?』

 

「……」

 

『もしもだ。もしもお前の力で未来ちゃんを守り切ることが出来ないようなら、周りの力を借りろ。1人じゃ出来ないことも、周りの力を借りれば案外何とかなるもんだ』

 

「あぁ……」

 

『未来ちゃんに会うことを怖がるなよ、響。お前は、自分の存在が未来ちゃんを傷付けるとか考えてるとこがあるからな。ビビらずにしっかり未来ちゃんと向き合って話し合え』

 

「分かってるよ。そんなの」

 

『分かってるなら良い。それとな、未来ちゃんに会ったら謝ることを忘れるなよ? お前が聞いた話が正しいなら、恐らく未来ちゃんはずっと前にお前の姿をどっかで見てる。じゃねえと、やっと見付けたなんて言わねえよ。女に手間暇掛けさせちまったんだから、その辺りはしっかりと謝らねえとな』

 

「あぁ。許してもらえるかどうか分からないけど、誠心誠意込めて謝るさ。頭だって下げるし、何なら土下座でも何でもするさ」

 

『その意気だ。聞くのは野暮だが、お前さんの胸の内に(つっか)えてるモヤモヤはまだあるか?』

 

「もう心配無い! ありがとな、兄貴! 仕事が忙しいのに、態々俺なんかの為に時間取らせちまってよ」

 

 先程までのうじうじしていた響は、もうこの場には存在しない。今ここにいるのは、何時もの3倍は心が澄み渡っていて元気一杯な響だった。

 

『そいつは良かった。弟分が悩み事なんかしてるんだから、手助けしてやるのが兄貴分の役目だ。それに時間のことも気にすんな。こっちで済ませるべき仕事はもう終わらせてんだ』

 

「えっ? じゃー何でそっちにいるんだ?」

 

『ちょっとした私情でこっちに残ってる。死んじまったダチ公達の忘れ形見を捜してな』

 

「友達の忘れ形見……」

 

 忘れ形見とは、ある特定人物を忘れないように残しておく記念の品や、親の死後に残されてしまった遺児を指す言葉である。今回の場合は、意味合いとしては後者のものであった。

 

『あぁ。そのダチとは仕事で知り合ったのが切っ掛けだった。俺が物問わずに全般的に修理業もやってるのは、お前だって知ってるだろ?』

 

「あぁ」

 

『それで、俺の修理の腕の噂を聞き付けたダチ公が俺に壊れたヴァイオリンの修理を持ち掛けてきたんだ。なんだかんだあって意気投合した俺達は、年に数回落ち合って酒を飲む仲になった。そいつとダチになって数年が経った頃に、そいつは良い女と結婚して子供も授かったんだよ。俺もそれは嬉しくてな。ダチとその嫁のことを目一杯祝ってやったのさ』

 

 友人との思い出を響に語っていくに連れて、黎人の語調も高くなっていって機嫌が良くなっていくの響にも分かった。それはまるで、以前弦十郎が響に黎人との関係を語った時のようであった。

 

『ヴァイオリニストだった俺のダチと声楽家のその嫁さんは、NGO活動で歌と音楽で世界を平和にしようと頑張っていた。時々仕事先に娘も連れて行って、自分達がどういう仕事をしてるのかを見せてたんだよ』

 

 だが、黎人が『けど』という言葉を口にしたところで、黎人の語調が極端に低くなった。先程までの暖かな人柄を感じさせない程に冷たく、思わず響も身震いしてしまった。

 

『あいつらは紛争に巻き込まれて死んだ。生き残った娘も捕まって捕虜にされた。そのことを知ったのが、俺のダチが死んでから1ヶ月も経った後だった。俺はダチの忘れ形見を助ける為に直ぐ動いたが、事は上手く運ばずに空振りに終わることもあれば、敵の攻撃で失敗に終わるばかりだった』

 

「あの兄貴でも失敗するのか……!?」

 

 響は静かに驚愕した。響の中での黎人のイメージは、どんな仕事もスマートに(こな)し、且つ弱い立場にある女性や子供に手を差し伸べるかっこいい大人の男というものであったからだ。

 

 だからこそ、黎人が失敗を繰り返していることを知って響は驚いたのだ。

 

『俺だって万能じゃない。数の差とかいう理不尽は引っ繰り返せないし、あの時の俺はお世辞にもしっかりとした作戦を練ってた訳じゃねえ。寧ろ穴だらけだった。何も成果を出せずに6年という長い時が経ち、俺が捜していたダチの娘は国連の介入で救助された。俺はそれに安心し切っちまった。その結果、その子は帰国後に直ぐに行方不明になっちまった』

 

「帰国後直ぐに行方不明ってどういうことだよ……!?」

 

『俺にも詳しいことは分からねえ。それを知った俺は、それこそ血眼になって捜したが成果は上げられなかった。丁度その年だ。お前を拾ったのは」

 

「そうだったのか……」

 

『その後は、お前を連れて国を渡り、仕事を熟しながらいなくなったダチの忘れ形見を捜し続けた。全部空振りに終わっちまったがな……』

 

 覇気の無い口調で語られる兄貴分の真実を聞き、響は悔しそうに歯を食い縛る。響は、兄貴分の苦悩を知らずにのうのうと過ごしていた自分に腹が立った。

 

『お前のこともあって、敢えて対象から除外していた場所に改めて狙いを定めた俺は、仕事を熟す序でにその子の捜索をする為に今いるこの場所に足を運んだって訳だ』

 

「兄貴が今いる場所は何処なんだ?」

 

『バルベルデ共和国っていう南米の小国だ。常に政情不安定で、政府と反政府組織が散発的な小競り合いを繰り返してる危ねえ国だ』

 

「バルベルデ、か……」

 

 響も外国諸国を回る中で、バルベルデ共和国のことは耳にしたことがあった。長きに渡る独裁によって、自国民は辛い生活を強いられていて、小さな紛争が沢山起こっている国だと。

 

「兄貴の友達と奥さんってどんな人だったんだ?」

 

『ん?そういえば、まだ言ってなかったな。 ダチの名前は、雪音(ゆきね)雅律(まさのり)。ヴァイオリンが上手い奴でな、俺のスマホにも録音したデータがあるから後で送っといてやるよ』

 

「お、おう。ありがとな、兄貴。兄貴がそこまで言うんだから凄え気になるな……」

 

(雪音? クリスの名字も確か雪音だったような……いや、そう考えるのは早とちりだな……)

 

 雪音という名字を聞いて、響は一瞬クリスのことを脳裏に思い浮かべるが、考えが早計だと判断して頭の隅にその考えを追いやった。

 

「それで、奥さんの方は?」

 

『嫁の方は、ソネット・M・ユキネっていう外国人だ。綺麗な銀髪とアメジスト色の瞳の良い女だった。職が声楽家ってこともあって、その歌声は最高のものだった。目を瞑れば、何時でもその声を思い出すことが出来るくらいに頭の中に残ってる。そっちの方もデータがあるから、ヴァイオリンのデータと一緒に送ってやるよ』

 

「あ、あぁ……」

 

(綺麗な銀髪にアメジスト色の瞳……それにさっき言った雪音って名字……まさか、本当に!?)

 

 先の考えに確信を持たせるワードが出てきたことで、響は確信に近い考えを持つに至る。そして、その確信を100%の確かなものにする為に、響はもう1つ質問をした。

 

「兄貴は、その人達の子供の名前は知ってるのか?」

 

『当たり前だ。赤ん坊の頃に、何度か抱っこさせてもらったこともあるからな。その子の名前は……雪音クリス。母親と同じく銀髪でアメジスト色の瞳の可愛らしい女の子だ』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 響が兄貴分との通話をしている頃、未来は学校を無断欠席して登校中に発見して保護した女の子の看病に勤しんでいた。未来が保護したのは、疲労がピークに達して路地裏に倒れ込んだクリスであった。

 

 クリスは眠っている間も何か怖い夢でも見ているのか、かなりの頻度で(うな)されていて、未来はクリスの頭に乗せてあったタオルを手に取り近くに置いてある冷たい水の入った(おけ)に漬ける。

 

 すると、魘されていたクリスが唐突に目を覚まして勢いよく起き上がった。クリスは、肩を大きく上下させて荒くなった呼吸を整えながら、未来を無視して周りを見渡した。

 

「良かったぁ。目が覚めたのね」

 

 何処か怯えるような目付きをしているクリスを見て、未来は警戒心を抱かせないように笑顔を浮かべながら穏やかな口調でまだ名も知らないクリスに話し掛けた。

 

「びしょ濡れだったから、着替えさせてもらったわ」

 

「ッ! 勝手なことを!?」

 

 未来から服を着替えさせたことを聞かされ、自分の服が元々自分が着ていた服から未来のものであろう体操服に変わっているのを見て、クリスは勝手なことをされたのに腹を立てながら勢いよく立ち上がる。

 

「あっ!?」

 

 クリスが立ち上がったことで、未来は顔を少し赤くさせながら小さく素っ頓狂な声を出す。未来の反応を見てから、クリスも未来の視線が向いている自分の下半身に目を向け、その直後に驚愕する。

 

「な、何でだ!?」

 

「さ、流石に下着の替えまでは持ってなかったから……!」

 

 未来はクリスの下半身から目を逸らしながらそう言う。上着は未来が持っていたお陰でカバー出来ているが、未来も下着までは持っていなかったので、クリスの下半身は現在一糸纏わぬ姿であったのだ。

 

 クリスは、慌てて座り込んで自分に掛けられていた布団に(くる)まった。

 

「未来ちゃん! どう、お友達の具合は?」

 

 部屋の奥から洗濯物の籠を抱えた1人の女性が出てくる。その女性は、未来がリディアンの学友達とよく一緒に行く“ふらわー”の小母(おば)ちゃんだった。

 

「目が覚めたところです。ありがとう、おばちゃん。布団まで貸してもらちゃって」

 

「気にしないで良いんだよ。あっ、お洋服洗濯しておいたから」

 

 怯えるように布団に包まりながら話を聞いているクリスに、小母ちゃんは洗濯したクリスの服の入った籠を見せながら気さくに話し掛けた。

 

「私、手伝います!」

 

「あーら、ありがとう!」

 

 未来はその場から立ち上がって小母ちゃんの下まで歩み寄っていき、小母ちゃんが持っていた籠を受け取って小母ちゃんと一緒にベランダに向かっていった。

 

 クリスは、そんな未来の後ろ姿をただ呆然と眺めていたのだった。

 

 未来は小母ちゃんと一緒にクリスが着ていた服を外に干し終えた後、まだ完全には回復し切っていないクリスの体をお湯で濡らしたタオルで拭いてあげていた。

 

「あ、ありがとう……」

 

「うん」

 

 極めてシンプル且つ短くお礼の言葉を述べたクリスに、未来は特に何も言うこと無く静かに頷いた。

 

 未来が拭いていたクリスの背中には、首の付け根辺りから腰にかけての節々に多くの青痣があった。その数多くの青痣のせいで、未来にはクリスの背中がとても痛々しいものに見えていた。

 

「何も……聞かないんだな……?」

 

 自身の幾多にも及ぶ痛ましい青痣のことは、勿論クリスも知っている。だが、それを見てもクリスに対して何も聞いてこない未来を不思議に思い、クリスは自分から未来に訊ねた。

 

「……うん。あなたの話を聞いても、きっと私には何も出来ないから。私は……大切な人に何もしてあげられない、無力なただの女の子だから……」

 

 そうクリスに告げた未来の体は、小刻みに激しく震えていた。二課から告げられた響の真実は、未来の思考をネガティブな方へ向けてしまう程に精神に確かなダメージを与えていた。

 

「何時かまた会える。会った時には、また昔みたいに仲良く出来ると思ってた。でも、それは私の思い違いだった。最後の別れを機に、私が住む世界と私の友達が住む世界は完全に違う世界になっていた……」

 

「それは、喧嘩なのか……?」

 

「ううん、喧嘩じゃない。たぶん、喧嘩よりも複雑な問題だと思うかな」

 

 未来は、響の名前やノイズのこと、秘匿すべき情報を話しの中から除外しながら、一昨日に起こった出来事をポツポツとクリスに語り始めたのだった。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、弦十郎と共に現場へ
──今作ビッキーは、原作のように学校には通っていないので割とフリーな生活スタイルをしております。よって、時間も空いているので弦十郎と一緒に現場に行きました。

(2)響、精神状態が荒れる
──今作ビッキーは、原作ビッキーと違い気持ちが沈むのではなく荒ぶっております。

(3)響、クリスの過去を知る
──クリスの両親と知り合いであった兄貴分から、響はクリスのことを教えられました。クリスの過去を知り、響は一体どう動いていくのか……?

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 今作の393は思考がネガティブなものになってしまっています。これも唐突に今の響のことを知ってしまった弊害であります。ここから一体393はどうなるのか?

 それでは、次回もお楽しみに!

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