戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 まずは謝罪を。此度は投稿が遅れてしまったことをここに深く謝罪します……。

 本当はゴールデンウィーク中に投稿する筈だったんですが、そのゴールデンウィーク中にスランプに陥ってしまいました。

 前回最後にオリジナルの日常回を書くと宣言したので、宣言通りにオリジナルを書こうとしたらこの樣でした。オリジナルを考える間にスランプ状態になり、何時の間にかゴールデンウィークも終わっていました。

 スランプ状態でしたがきっと皆さんも待ち続けてくれていると思い、自分なりに早く書き上げようとしました。しかし、ゴールデンウィークが終わってから急に大学生活が忙しくなり、個人での学習や課題に追われていて全く執筆に着手することが出来ませんでした。

 短い暇な時間や入浴中に思いつかない着想を必死に考え、今日漸く投稿することが出来ました。

 ですが、深く考える時間も無くパッと思い付いたアイデアを打ち込んで作り上げた話なので完成度は然程高くないと思われます。ですので、出来れば生暖かい目で見て頂ければ幸いです。

 長ったらしい謝罪文にもそろそろ飽きてきたと思いますので、そろそろ本編に入っていきたいと思います。

 最後に、今一度投稿が遅くなってしまったことと謝罪文が長くなってしまったことを謝罪します。

 それでは、どうぞ。


EPISODE 17 人としての日常

 朝日が昇り始めたばかりの早朝。早朝の時間に合わせてセットされた目覚まし時計の音がある一室内に響き渡る。その部屋のベッドには、その一室を含めたマンションの一室の主である立花響が眠りこけていた。

 

「……ぅあ……もう朝か」

 

 目覚ましの音に叩き起こされたが、響の機嫌が悪くなることは無く至って平常運転だった。それもこれも、今回の睡眠が快眠であったことが理由である。

 

「んー!!」

 

 ベッドの上で上半身を起き上がらせた響は、その場で伸びをして体を解す。適度な力を入れて伸びをしていた響だったが、ある物が置かれた一点を見て上機嫌に笑みを浮かべた。

 

 響の視線の先には、スマホや漫画やテレビのリモコン、プロテインなどが置かれている机があり、その机の真ん中には1つの写真立てが置かれている。その写真立てには、響と未来が写った写真が飾られている。

 

 その写真は、昨日に響が未来との再会と仲直りを記念して撮った1番新しい写真だった。写真に写っている2人はびしょ濡れで、スマホで写真を撮ろうとしている響に未来が思いっきり抱き付いて響がそれに驚いている。

 

 秘匿であるシンフォギアの存在を再び未来にしっかりと見られてしまった響だったが、特にお咎めというお咎めは無かった。

 

 弦十郎曰く、今回の場合は不可抗力であり、何よりも人命救助の立役者である響に煩い小言は言えないとのことだった。

 

 そう言われた響は、響の隣で共に話を聞いていた未来と笑みを浮かべ合ってハイタッチを交わした。

 

 遅れて現場にやって来た了子や現場にいる二課の職員の大人達に後のことを任せて、響と未来は現場を後にした。その際、二課の職員に頼み込んでスマホで撮った写真を2枚現像してもらったのだ。

 

 いい加減鳴り続ける目覚まし時計が鬱陶しくなり、響は少し乱暴気味に目覚まし時計のスイッチを叩いた。叩かれた目覚まし時計は停止し、響はベッドの中から抜け出て着替え始める。

 

 響は、2年前までは今のこの時間帯の間も睡眠中で、朝の7時頃に幼馴染みである未来に起こしてもらうというゲームにしかないようなシチュエーションを体験していた男達の儚き理想の体現者だった。

 

 しかし家を出て黎人に拾われてからの響は、黎人が朝はだらしない生活リズムで生きていたことや黎人に家事能力が無かったこと、そして黎人の現地妻の方々に鍛え上げられたことで、今ではすっかり目覚ましの音で起きれるようになったのだ。

 

 それでも、太陽が漸く頭を出し始めた時間に起きることは無い気がするが、そこは決めたことは何処までも愚直に実行する響の性格が出ていた。自身の肉体を鍛え上げることに余念が無い響は、朝早くから起きて一分一秒でも無駄にしないよう特訓を始めるのだ。

 

 ジャージに着替えた響は朝のロードワークに出掛ける。響のロードワークは、響自身のスタミナを上げる為にかなりのスピードで行われる。その為、無尽蔵なスタミナを誇る響のロードワークに最後まで付き合える者は殆どいない。これまで響の無茶なロードワークに付き合えたのは弦十郎ただ1人である。

 

 そんな響の無茶苦茶なロードワークが無事に終わる……ということは無い。忘れがちかもしれないが、響はかなりのトラブル体質、それも巻き込まれ体質なのである。

 

「ったく、誰だよ。こんなことしたの」

 

 響がロードワークの途中で見掛けた駐輪場では、留めてある筈の大量の自転車の大半が倒れており、響は悪態を吐きながらも倒れている自転車を起こしていた。

 

「ねぇ、君!ここに行きたいんだけど、道分かるかしら? 急ぎの用事があるのよ。私ってば昔から方向音痴で道に迷っちゃったの」

 

「えーっと……うん、分かるぜ。教えるよりも俺が直接案内した方が良いと思うから、俺も一緒に行くよ」

 

「ありがとう!」

 

 朝早くに家を出て道に迷った女性が持っていた行き先の書かれた紙を見て、響はスーツの女性と一緒に女性の目的地に案内をした。

 

「おいこら! 待て! 待てって言ってるだろう、がっ!!」

 

「ありがとう、坊や。お陰で助かったよ」

 

 散歩中にお爺さんから逃げ出した興奮している犬を追い掛け、響は犬本体ではなく犬に繋がっているリードを掴んで犬の動きを静止させた。

 

「くぅーん……」

 

「ほら、そんな悲しそうに鳴くなって。確かあのマンションはペットいけたよな……隣の部屋の高橋さんも猫飼ってたし。うん、お前は俺が拾ってやるから安心しろ。道端で独りぼっちってのは俺も経験がある。あれって……寂しい上に寒いよな」

 

「わふん!」

 

「ははっ、元気になったな。でも覚悟しておけよ? 俺に飼われるってことは、俺の舎弟になるってことだからな? 立派な忠犬に育ててやる。えーっと……ミライ! お前の名前はミライだ。感謝しろよ? お前に付けた名前の漢字は、俺の幼馴染みと同じなんだからな」

 

「わん!」

 

 帰途に着いた響の手には段ボールが持たれていて、その中には生後1ヶ月程の柴犬の赤ちゃんが元気に尻尾を振りながら響を見上げていた。

 

 トラブル体質故に朝の人の少ない時間からでも多くのトラブルに巻き込まれた響は、捨て犬だった子犬──ミライを伴って帰宅した。

 

 マンションの自室に帰った響は、拾ってきたミライが入ったダンボールを部屋に置き、着替えを持ってミライと一緒に浴室に入った。

 

「わふ」

 

「お前って意外と風呂……っていうか、お湯好きなのか? 凄くリラックスして無いか?」

 

 自身の汗を流す序でにミライの体を洗っていた響だったが、お湯で体を洗われている間のミライが意外にもリラックスしていることに多少驚いていた。

 

「さーてと、朝飯作るとしますか!」

 

 浴室から出てきた響は、冷蔵庫を物色しながら朝食に使う食材を取り出していく。その中には、響がよく食べている笹身(ささみ)肉もあった。

 

「今は犬用の離乳食も無いし、代わりのもので代用するか。えーっと何々、鶏肉を茹でてミキサーにかけてペースト状にすれば良いのか」

 

 響は、スマホに表示された犬の飼育法のページを見ながらそこに記されている通りに行動する。出来上がった即席のご飯を、これまたネットで調べた情報通りの量の分だけ皿に乗せ、大人しく響の足下で待っているミライの前に置く。

 

「ほれ食え。低脂質(ていししつ)高蛋白(こうたんぱく)な栄養満点の超お得な肉だ。しっかりと味わうんだぞ?」

 

「わん♪」

 

 一鳴きしてから出されたご飯を食べ始めるミライ。そんな必死で飯にがっつくミライを見て、響は頬を緩ませながらその背中を優しく撫でる。

 

 すると、ピンポーンと玄関のインターホンの音が室内に鳴り響いた。その音を聞き、ご飯に夢中になっていたミライも食事を中断させて顔を上げる。

 

「誰だ? 今は6時半だけど、こんな時間に珍しいな。あぁ、お前は気にせずにそのまま食べとけ」

 

 朝早くの何者かの訪問を疑問に思い、響は食事を中断させたミライに再び食べるように促してから玄関に向かって歩き出す。

 

 何が起こっても良いよう一応の心構えと警戒をしつつ、響は玄関の扉を開く。

 

「はーい。新聞ならお断りですよー……って、未来じゃん。どうしたんだ?」

 

「あっ、響! えーっと、ね、その……来ちゃった?」

 

 響が新聞勧誘を断るようなボヤき方をしながら扉を開けた先には、リディアンの制服に身を包んだ未来があざとい言い回しをしながら満面の笑みを浮かべて立っていた。

 

 昨夜、響は未来と別れる際に自身が現在寝食を過ごしている拠点、要するに現住所の場所を未来に教えたのだ。

 

「昨日の今日で来たのか? いや、確かに何時でも遊びに来いよって言ったけど、こんな朝早くからじゃなくてもだな……」

 

「ごめんね、響。でも、私……響と会えたのが嬉しくて。だから、つい……」

 

 最後になるに連れてどんどん尻窄みしていく今にも消え入りそうな未来の声を聞き、響は気不味そうに顔を歪めてから後頭部を掻く。

 

「別に怒ってる訳じゃない。俺も正直嬉しいさ。未来が無理してまで会いに来てくれたのはさ」

 

「響……!」

 

「けど、未来。お前、朝飯はどうしたんだ?」

 

 響はそれだけが気になった。未来が現在暮らしている寮から響の住居までは少しばかり距離がある。そして今のこの時間に来るとなると、未来は朝食をちゃんと食べてないのではないか、と響は思ったのだ。

 

「えっと、朝ご飯は食べてないんだ。今日は少しでも長く響とお喋りしたくて。でも大丈夫だよ。朝ご飯は抜いても大丈夫だし、何なら近くのコンビニで軽食でも買うから!」

 

「……」

 

「響?」

 

「……これから俺、飯食うんだけど良かったら未来も食ってくか?」

 

「えっ!? ……良いの? 迷惑じゃない?」

 

「全然迷惑じゃないさ。これから作り始めるんだから、1人分増えても特に変わりは無いしな」

 

「えぇ!? 響、お料理出来たのっ!?」

 

 未来からすれば、それが何よりも驚きだった。未来の中での響は、ちっとも家事能力の無い男の子というイメージが定着していたからである。

 

「正確には出来るようになっただな。男子三日会わざれば刮目して見よって言葉があるだろ? 2年も会ってないんだから、それこそ男は進化してるって思ってくれて良いぜ?」

 

「……」

 

「何だよ、その無言と目は。さては俺が見栄を張ってると思ってるな?」

 

「そ、そういう訳じゃないよ!?」

 

「……まぁ良いや。取り敢えず上がれよ」

 

 響は未来との会話をそこで一旦締め括り、玄関に招き入れた未来を先導して室内に戻って行く。

 

「響、ここって結構大きいよね」

 

「ん? あぁ、確かおやっさんが2LDKだって言ってたな」

 

「2LDK!?」

 

 響は何とも無さ気にそう言ったが、未来からすれば響が料理が出来ることの次くらいに驚く程のことだった。

 

 2LDK。それはマンション暮らしの人達なら半数以上の人が羨む物件である。響は以前に、弦十郎から住むならどんな場所が良いかを聞かれたことがある。その時に響は“そこそこデカい場所”でという注文をした。

 

 そんな曖昧な注文を聞き、弦十郎は二課の総力を以って迅速に事に当たり……そして見付けた。その部屋は、響の注文通り大きかった。L(リビング)D(ダイニング)K(キッチン)が完備されていて、部屋も2つあり、トイレと浴室も別だった。加えてペットも可である。

 

 響は用意された部屋の1つをトレーニングルームにしていて、無骨な筋トレ用のマシーンと様々な格闘系バトル漫画やアクション映画の収まった本棚を置いている。もう1つの部屋は、娯楽に関する物やベッド等が置かれている完全な響の自室である。

 

 響に先導されながら入ったリビングには、既に皿に乗せられていた餌を食べ終えたミライが待機していた。ミライは戻ってきた響の足下に駆け寄り、響は寄ってきたミライを抱き抱える。

 

「もう食ったのか? よっぽど腹が減ってたんだな」

 

「わふ」

 

「よしよし。良い子だ」

 

 何処か満足そうなミライを見て、響は微笑を浮かべながら頭を優しく撫でる。そんな響とミライの様子を見ながら、まだ状況がよく分かっていない未来が響に訊ねた。

 

「響、その子は?」

 

「こいつはミライ。今日からこの家で飼う俺の舎弟候補だ。仲良くしてやってくれよ?」

 

「ミライ君って言うんだ。名前とかの由来って何かあるの?」

 

「由来も何もこいつの名前は元々未来から貰ったんだ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「あぁ。未来(みく)の名前の漢字って未来(みらい)って読めるだろ? こいつ拾った時に不意に未来の顔が浮かんでさ。だから、こいつの名前をミライにしたんだ」

 

「へぇ、そうなんだ……」

 

 そんな会話をしながら、未来は響に撫でられているミライを見遣る。響に撫でられているミライの顔は、分かりやすいくらいに嬉しそうである。

 

(……良いなぁ、ミライ君。響にあんなに沢山撫でてもらえて。私も撫でて欲しいのに)

 

 響が撫でるミライを見て未来の心に黒いものが溜まっていく。それは、以前に未来が響と一緒にいる翼を見て抱いていた感情と同じもの。未来は今子犬相手に嫉妬していた。

 

「未来、はいパス」

 

「え? あっ、ちょっと!?」

 

 しかし、そんな未来の気持ちなど露知らずに響は抱いていたミライを未来に渡した。不意に起こった出来事に未来も驚き、自分が持っていた通学鞄を落としてミライを抱き抱えた。

 

「俺はこれから飯作らないとダメだから、その間はミライのことを任せるぞ」

 

 響はそう言い残して、台所へと向かって行ってしまった。一方、取り残された未来は呆然と立ち尽くしていたが、突然ミライに顔を舐められたことで正気を取り戻した。

 

「え、わっ!? ちょ、ちょっと止めて!? アハハ、(くすぐ)ったいよ!」

 

 唐突に顔を舐められて驚いた未来だったが、次第に顔を舐められることにも慣れて花のような笑顔を浮かべていた。

 

 響の朝食が出来るまでの間、未来はリビングに置かれたソファーに座りながらミライと戯れていた。最初こそ剣呑な気持ちを抱いていたが、無邪気なミライと遊んでいる内に未来の心から黒い気持ちは綺麗さっぱり払拭されていた。

 

 子犬と戯れる美少女という何にも代え難い光景を横目で見ていた響は微笑を浮かべて上機嫌に料理の工程を進める。

 

 少しして響の料理も完成し、未来と遊び疲れて眠ってしまったミライをそっとしたまま響と未来は朝食を取り始めた。

 

「美味しい! 凄く美味しいよ、響!」

 

「そっか。そいつは良かった」

 

 出された和食を口にした未来は、目を輝かせて今食べた料理を絶賛する。そこから未来は、食卓に並べられた多種多様の料理に手を出し、それら全てを絶賛した。

 

「あれもこれもそれも全部美味しい! これ全部響が作ったんだよね!?」

 

「あぁ。商店街、スーパー、デパートの色々な店梯子(はしご)して集めた食材を使って作ったんだ。後は食材を買うのに当たって財布に優しいよう特売品とかも狙ってだな」

 

「へぇ。態々色んなところ歩き回ったんだ。それに特売品狙いって何だか主夫みたいだね、響」

 

「主夫ねぇ……何だかヒモみたいな言われ方で嫌だな」

 

「えっ、あ、そ、そんなつもりで言ったんじゃないよ!? それに主夫は別に働いてない人のことを指す言葉じゃないから!?」

 

 時間も経って朝食も終わり、残った少しの時間の間駄弁り続けた響は玄関まで移動して未来を見送りに来ていた。

 

「響は今日どんな予定なの?」

 

「午前中は取り敢えずミライを近くの動物病院に連れてく予定。午後からはまぁいつも通り二課の本部に行って、ノイズが何時出ても良いよう待機しておきながら特訓するかな」

 

「そうなんだ。……ねぇ、響」

 

「何だ?」

 

「もしね、今日何も起きなくて響が暇だったら一緒にご飯食べに行かない? お勧めの店があるんだ」

 

「おっ、良いねえ! 未来お勧めの店ってことは結構美味いんだろうなぁ!」

 

「うん! 物凄く美味しいんだ。じゃあ、学校が終わったら連絡するから、その時に迎えに来て欲しいな。約束だよ?」

 

「あぁ分かった。約束だ」

 

 靴を履いて玄関に立った未来が右手の小指を響に向けて差し出し、未来の意図を悟った響も小指を出した。響と未来は差し出した小指を絡ませ合い、小さく上下に動かして指切りをした。

 

「じゃ、行ってくるね響」

 

 指切りを終え、未来は最後に別れの挨拶をしてから扉を開けて外に出る。

 

「あぁ。行ってらっしゃい未来」

 

「うん!」

 

 対して響は、微笑を浮かべて手を振りながら未来を見送る。見送ってくれる響を見て、未来は満面の笑みを浮かべながら元気良く頷いて出発した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 時間は午後を回り、未来や翼のような学生達が午後からの授業を受け始める時間帯になっていた。

 

 特訓に勤しんで昼食を食べるのを忘れていた響は、空腹で音を鳴らしまくる腹を黙らせる為にかなり遅めの昼食を取ろうと食堂に訪れていた。

 

「あぁー……腹減った。何食べようかなー……って、あれ?」

 

「ん? 響君じゃないか。どうしたんだ、こんな時間に?」

 

「それはこっちの台詞だっておやっさん」

 

 響がやって来た食堂には、料理が乗せられた皿を乗せているお盆を持った弦十郎がいた。

 

「俺か? 少々仕事が長引いてな。漸くこれから遅めの昼飯といったところだ」

 

「何だ、おやっさんもか。俺も特訓に熱中し過ぎたせいで飯食うのも忘れててさ。俺もこれから昼飯なんだ」

 

「そうだったのか。なら、偶には一緒に飯でもどうだ?」

 

「良いぜ。俺も大賛成だ」

 

 響は弦十郎と同様にお盆を持ち、食堂の小母ちゃんに自分が食べたいものを頼んで料理を受け取り、弦十郎が先に着席している席の前に向かい合うように座った。

 

「「いたただきます!」」

 

 響と弦十郎は合掌をしてから目の前の料理に手を付け始めた。お互いに話題を振って他愛無い会話をしながら食事を進めていく。

 

 食事を取り始めてから20分程過ぎ、弦十郎は昼飯を食べ終えて湯呑みでお茶を飲み、響はお代わりをして未だに昼飯を食べ続けていた。

 

「そういえば、おやっさんに聞きたいことがあったんだ」

 

「何だ? 俺に答えられることなら何でも聞いていくれ」

 

「んじゃ遠慮無く……ここ最近の二課の話を聞いてるとさ、二課は何かとクリスのことを把握してるっぽいよな。何で?」

 

 響は単刀直入に弦十郎に訊ねた。響だって無能じゃない。気になることを結果が出るまで他人任せにしてるような人間ではない。寧ろ、響は気になることにはとことん自分から首を突っ込んでいくタイプである。

 

 響の問い掛けに弦十郎は何も答えず沈黙した。その間も響は昼飯を食べ続けていたが、決して話を急かすようなことはしなかった。

 

 弦十郎は熟考した。響にクリスと二課の繋がりに関する詳細を話すかどうかを。詳細を話すのは簡単である。しかし、容易には話せない。クリスに(まつ)わることには未知数の危険が付いて回るからだった。

 

 弦十郎は響のことを1人の部下として、自身の弟子として信用し大切にしている。大切だからこそ響を危険なことに巻き込むようなことはしたくなかった。

 

 だが、弦十郎は自身を射抜く真っ直ぐで強い輝きを宿した目を見てしまった。その響の目には、真実を知ろうとする強い意志と弦十郎に対する全面的な信頼が垣間見えた。

 

 故に弦十郎は響に話すことを決めた。響なら、例えどんな危険がやって来ようと大丈夫だと信じて。

 

「分かった。全てを話そう。先ず、彼女の両親についてから話す必要が──」

 

「父親がヴァイオリニストの雪音雅律、母親が声楽家のソネット・M・ユキネ。今から8年前にNGO活動でバルベルデに来訪してた時に紛争に巻き込まれて死んだんだろ?」

 

「ッ!? 知っていたのか、響君!?」

 

「あぁ。兄貴から情報を貰った」

 

「黎人から、だと? どうして黎人がそんなことを?」

 

「詳しいことは面倒だから省くけど、兄貴はクリスの親父さんとダチ公だったらしい。その繋がりで1人生き残ったクリスを今も捜してんだ」

 

「そうだったのか」

 

 響はそこから自分が今知っている内容を話した。それは弦十郎の手間を省き、余計な手間を取らせない為の響からの配慮だった。

 

「成る程な。世間に知れ渡ってることは話す必要が無さそうか」

 

「あぁ。だから、核心を話してくれ」

 

「……当時の俺達はシンフォギア装者を捜す為に音楽会のサラブレットに注目していた。その過程で天涯孤独になった少女の身元引き受け人として手を上げた」

 

「けど、事はそう上手く運ばずクリスは帰国直後に行方不明になった、か」

 

「その通りだ。当時の俺達も慌てたもんだ。二課からも相当数の捜査員が駆り出されたが、この件に関わった多くの捜査員が死亡、(ある)いは行方不明という最悪の結末で幕を引くことになった」

 

「……最悪だな。結局何人残ったんだ?」

 

「……俺だけだ」

 

「……おやっさんがクリスを何かと気に掛けてるのもそれが理由か?」

 

「その通りだ。引き受けた仕事をやり遂げるのが大人の務めだからな」

 

 大人の務めか、と響は言葉を漏らす。務めを果たすということは、つまり筋を通すということである。筋を通す、道理を貫く、務めを果たすという言葉は響の信念を静かに震わせた。何故なら、響はそういった言葉が大好きだからである。

 

「おやっさんは、クリスをどうしたいんだ?」

 

「俺は彼女を救い出したい。ただそれだけだ」

 

「そっか」

 

 響は弦十郎に短く返して、最後に残った昼飯の卵かけ御飯を口の中に掻き込み、中身が空になった丼を勢い良くお盆の上に置く。そして近くにあったコップの水も飲み干してから改めて口を開いた。

 

「分かった。おやっさん、俺にクリスの件を任せてくれねえか?」

 

「どういうことだ?」

 

「どうもこうも無えよ。俺がおやっさんの仕事を引き継ぐ。そんでもって俺がクリスの奴を救ってやるんだよ!」

 

 響は快活な笑みを浮かべながらそうしっかりと宣言した。これには弦十郎も思わず絶句したが、直ぐに気を持ち直した。

 

「分かってるのか、響君? この件に関わるのはかなりの危険が伴うんだぞ?」

 

「分かってる。んなことは百も承知だ。けど、知っちまったんだよ。あの兄貴が信じられねえくらいに落ち込んで、後悔してることを。弟分なら兄貴分の失敗の尻拭いくらい出来ねえとな。それこそ兄貴に笑われる」

 

 響は知ってしまった。自身の兄貴が道無き荒野を進み行く過程で落としたものを。その落としたものを必死に探そうとしていることを。ならば、その後を追っている響が落としたものをしっかりと拾ってあげなくてはダメなのだ。

 

「そうだとしても、先も言ったが俺は大人として務めを果たす責任があるんだ」

 

「それも分かってる。けど、今のおやっさんの手はやること一杯過ぎて、両手で抱えられる量もキャパオーバー寸前だろ? なら、少しは俺に分けてくれよ」

 

「響君……」

 

「迷惑掛けてる俺が言うのもなんだけど、おやっさんは色々と背負い込み過ぎだ。だから、少しは俺に任せてくれねえか?」

 

 その時、弦十郎は己が友である名瀬黎人を響から感じた。姿形は似ても似つかない2人だが、弦十郎は響の言葉に、響の目に映る輝きに黎人と同じものを見た。

 

「……何故だろうな。何時もの俺なら絶対に任せたりすることは無いんだが、不思議と今の響君になら任せられると思っている自分がいるようだ。これも響君に黎人の面影があるせいなのかもな」

 

「おやっさん!」

 

「しかし、任せるからにはしっかりと務めを果たしてもらうぞ?」

 

「あぁ。手抜きも妥協も絶対しねえ。そんなことをしたら筋が通らねえ。やるからにはベストを尽くす。おやっさんや死んでいった二課の奴らの分も俺が務めを果たす。そして絶対にクリスを救い出してやる!」

 

「だが決して無理はするな。無理だと感じたら俺達を頼れ。それが条件だ」

 

「あぁ。男同士の約束だ」

 

 響は再度快活な笑みを浮かべて拳を突き出し、フッと笑った弦十郎は穏やかな笑みを浮かべながら突き出された響の拳に自身の拳を打ち合わせた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 弦十郎との昼食を終えて午後からも特訓に精を出していた響は、夕方の時間になって届いた未来からのメッセージを見て二課本部を出発した。

 

 本部から直接地上に繋がるルートから出て、響はリディアンの校門前で待機する。

 

 少しここで考えよう。私立リディアン音楽院は男子禁制の女の花園、要するに女子校である。そんな女子校の前で男が1人で立っていたらどうなるだろうか?

 

 答えはシンプル。視線が集まるのだ。それも大多数からである。女子校であるが故に男子との接点が殆ど欠片も無い女の子達からすれば、男の響が校門前にいるというのも物珍しい光景になるのだ。

 

 加えて言えば、響の顔はそこそこイケてる部類に入るものである。評価するならば、上の下の上といったところだろうか。そんなそこそこイケてる顔立ちの響は、物珍しさとの相乗効果によって校門前を通過する女子生徒達の視線を釘付けにしていた。

 

(……気不味い)

 

 しかし、女の子達からの視線を釘付けにしている張本人の響は果てしない気不味さを感じていた。

 

 無理も無いだろう。幾らノイズと戦うシンフォギアの戦士と言っても、響の中身は思春期真っ盛りの男の子である。況してや女性経験皆無である響には、この状況に耐えられるだけのメンタルは無かった。

 

 立花響、15歳、童貞。彼の中では、女の子>ノイズという謎の関係が成立しようとしていた。

 

「立花じゃない。どうかしたの?」

 

 すると、そんな気不味い状況の響に声が掛けられた。名字を呼ばれた響が振り向いた先には、シンフォギア装者である響の先輩であり、現在は休養中の日本を代表するトップアーティストの翼が佇んでいた。

 

「翼さん!」

 

 翼の存在に気付いた響も翼の名を呼び、名を呼ばれた翼はゆっくりと響の下へ歩み寄った。

 

「こんな時間にここにいるなんてどうかしたの? 私に何か用でもあるの?」

 

「いや、今回は翼さんに用があって来た訳じゃないんだ。これから未来と飯食いに行く約束しててさ。それで授業が終わったらしいから、未来を迎えに来たんだ」

 

「……そう」

 

 響の話を聞いていた翼の反応が少し遅れる。響の口から未来の名前が出てきて、翼は胸の内側に妙な違和感を感じていた。

 

(……どうして? 昨日立花と話してた時は胸の奥が暖かかったのに……今は何だか苦しい。それに少し苛々してる……凄く気分が悪い。最近の私は少し……いえ、かなり可笑しいわ。自分で自分が分からない。私は一体どうなってしまっているの……?)

 

 昨日とは丸で逆の気持ちを抱いてる翼は、自身の心が自身で把握出来ていないことに戸惑い、胸の奥で生まれた新たな疑問が翼の心の中に積み重なっていく。

 

 翼は知らない。翼が昨日感じてた胸の温もりの原因を。翼が今感じてる胸の苦しみの理由を。知らない故に、今翼が感じている疑問が全く同じものを起源としているということが分からなかった。

 

「良かったら翼さんも来ないか? 未来も俺と一緒で翼さんのファンだからきっと喜ぶと思うし、前に飯奢るって約束したのに結局有耶無耶になっちまったしさ」

 

「……いえ、遠慮しとくわ。折角仲直り出来たんだから、2人で楽しんできなさい。それに、私も今日は少し用事があるから」

 

 響の誘いを翼は断った。不快な気持ちを抱え込みながらも、波風立てぬように言葉を選んで返した翼だったが、その胸中はますます不快な気持ちを募らせていた。

 

「そっか。じゃあ今度また誘うから、その時には一緒に飯食いに行ってくれよな?」

 

「えぇ……その時を楽しみにしてるわ……」

 

 この時、翼の胸には少しの痛みが疼いていた。翼は用事があると言ったが、それは嘘である。その嘘が翼の胸の内に痛みを与えていた。

 

 翼は響との会話を締め括り、その場から立ち去っていった。心無しかその歩幅は何時も翼のものよりも大きく、尚且つとても早足なものであった。

 

「何だか元気無かったな、翼さん。疲れてるのか、それとも今日ある用事ってのがよっぽど忙しいのか。もし悩み事があるなら相談してほしいけど……って、あら?」

 

 立ち去っていった翼の背中を見送っていた響は、翼の様子が何時もと違うことに感付いて翼のことを心配していたが、先よりも視線が集まっていたことに気が付いた。

 

「あれって風鳴翼さんよね?」

 

「うん。風鳴翼で間違い無いわ」

 

「あの風鳴翼と気軽に話すなんて……あの人、何なの?」

 

「弟さん……にしては全然似てないわね。髪も見た目も」

 

「さん付けしてたってことは、アーティストとしての後輩さんじゃないかしら?」

 

「でも、さん付け以外は全部タメ口みたいなものだったわよ……」

 

「も、もしかして……翼さんの彼氏とか!?」

 

「えぇ!? ありえないわよ!? だってそんなこと何処にも載ってなかったわ!」

 

「誰にも言ってなかっただけで、実は彼氏持ちだったのかも……」

 

 響に視線を向ける周辺の女の子達が根拠の無い推論を口々に語り合い始め、それが後から校門前にやって来た女生徒達にどんどん周りに伝播していく。

 

(これ、普通に不味いよな? いや、不味過ぎるだろ!? 何人前で普通にタメ口で話してるんだよ、俺!? 翼さんが日本を代表する歌姫だってことすっかり忘れてた!? どうすんだよ!? 周りの子に俺が翼さんの彼氏だどうとか色々言われてんじゃねえか!? どう責任取るんだよ、これ!? 迂闊な言動と行動が面倒事を招くってのは俺が1番知ってることなのに!?)

 

 自身の迂闊な行動を恥じ、この事態をどう収拾するか考える響。このまま放置していれば、今回の出来事が思わぬ不和を生み、下手をするとスキャンダルとして取り上げられて翼の名誉に傷が付く可能性もあるのである。

 

 幾ら普通に話しているとはいえ、ただの知り合いや友達という何の問題も無い関係であるということも推察出来るのだが、女の子の脳みそというのはそういった中途半端な関係性を思い付かないものだった。

 

 響がこの事態を迅速に解決しようとしていると、リディアンの校舎の方から今日で2度目の響の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「響ー!」

 

「あっ、未来!?」

 

 響は慌てふためきながら振り向き、未来は陸上部で鍛え上げられた持ち前の速さで響の下に直様駆け寄った。

 

「響、お待たせ。ごめんね、帰りの準備に少し手間取っちゃって」

 

「いや、良いさ。俺が少し早く着き過ぎただけだから」

 

「ありがと♪ それじゃ早く行こ! 私もうお腹ペコペコなんだ!」

 

 すると、未来は隙だらけの響の腕を抱き締めるように自身の腕を絡ませ、そのまま響を自身の行きたい方角へ引っ張っていく。

 

「ちょ、未来!? おいってば!?」

 

 突如腕を絡ませてきた未来に驚き、響は腕を離してもらおうと未来に呼び掛けたが、未来は知らんこっちゃないと言わんばかりに響の呼び掛けに応じずそのままぐいぐいと響を引っ張る。

 

 今の響の膂力を以てすれば未来の細腕での拘束程度簡単に振り払えるだろうが、響は暴力的な解決法を却下して、口で文句を言いながらも結果的に未来のされるがままにされていた。

 

 しかし、そんな響のされるがままの状態は突然終わりを迎えた。リディアンから距離が開き、校門周辺に固まっていた女生徒の集団から完全に見えなくなった場所で未来は響の腕を離した。

 

「ここまで来ればもう大丈夫かな?」

 

「大丈夫って何がだ?」

 

「だってほら、響さっき困ってたでしょ? だから、ちょっとした手助けしてあげたの」

 

 先程の騒ぎを未来は校舎内の窓越しから見ていた。その騒ぎの中心にいる人物が響であると分かり、未来は友達との会話を無理に打ち切って響の下に駆けつけたのだ。

 

「助けてくれたのは嬉しいけどさ、何も腕を絡ませるなんてことまでしなくて良かったんじゃないか?」

 

「そんなこと無いよ。響は男の子だから分からないと思うけど、あれくらいしないと女の子の誤解を解くことって出来ないんだよ? ああでもしないと響も翼さんも後々大変だったし」

 

「そうなのか……何かごめんな。未来にまで迷惑掛けて」

 

「違うよ、響。ここは謝るところじゃなくて、お礼を言うところ。私は謝罪よりもお礼の方が欲しいな」

 

「……そうだな。さっきの謝罪は取り消す。ありがとう、未来」

 

「うん♪」

 

 響は未来に言われた通り謝罪ではなくお礼を言い、未来は満足そうに頷いてご機嫌になる。

 

「でも良かったのか? 今度は未来が何か言われるかもしれないぞ?」

 

「私は別に良いの。有る事無い事言われるのは慣れてるもの」

 

 2年前の惨劇の時、実は響を庇っていた未来も巻き込まれる形で様々な罵詈雑言を吐かれ、根も葉もない噂を周りに広められていたこともあった。

 

 だが、今回の件は別に当時のような汚い噂では無く、飽く迄ちょっとした話題に花を咲かせる女子の恋バナのネタになるだけ故に未来はそこまで気にしていなかった。

 

「それにね、私としては……」

 

「私としては……何だよ?」

 

「うーん……秘密♪」

 

「何だよ、それ。教えてくれよ。気になるだろ?」

 

「だーめ♪ 響が自分で気付くべきことだもん」

 

 今は自身の本音を敢えて語らない未来。幼馴染みと言っても未来は女の子であり、夢見る乙女である。そんな夢見る乙女は自分から全てを語るのでは無く、相手が自分の気持ちに気付いてくれるのを待つことにした。

 

 隠すべき秘密も無くなり、拗れた関係も元通りになった響と未来は目的地に着くまでの間、離れ離れだった2年間に起きた様々な話題で盛り上がった。未来はリディアンに入学してからのことを話し、響はある意味で冒険譚とも言える兄貴分との思い出を語った。

 

「あ、着いた! ここだよ、響!」

 

「ん? ここって……」

 

 話に夢中になっている間に目的地に到着した2人。未来が響を連れてきた場所は、以前に響が初めて翼のお見舞いに行く際に寄ったお好み焼き屋である“ふらわー”だった。

 

「未来のお勧めの店ってふらわーだったのか」

 

「あれ? もしかして響も来たことあるの?」

 

「あぁ。前に1回だけ来たことがあるんだ。その時は余りにもここのお好み焼きが美味過ぎて何回もお代わりしたんだ」

 

「そうだったんだ。ごめんね、折角楽しみにしてくれてたのに知ってるお店で」

 

「いや、別に良いよ。寧ろ知ってる店だからこそ変に緊張することも無いしさ。ほら、早く中に入ろうぜ?」

 

「うん!」

 

 浮かない顔をする未来を元気付け、未来の背中を押しながら響は“ふらわー”に入店する。店の中には他のお客はおらず、以前に響が来た時と同様に店主である小母ちゃんが1人で作業をしていた。

 

「あら、いらっしゃい! 未来ちゃんに……響君だったわよね?」

 

「あぁ。久しぶり、小母ちゃん」

 

 響からすれば昨日に小母ちゃんと会っているのだが、その時の小母ちゃんは気絶していた為、響は敢えて久しぶりと言ったのである。

 

「仲良くお店に入ってきたってことは2人は知り合いだったのかい?」

 

「うん。そうだよ、小母ちゃん。響は私の幼馴染みなんだ」

 

「そうかい。あ、もしかして響君は未来ちゃんの彼氏なのかい?」

 

「か、か、彼氏!? えと、その、あの……」

 

 響が彼氏なのかと訊ねられた未来は途端に顔が真っ赤になり、しどろもどろな口調で言い淀んでしまう。

 

「俺が未来の彼氏? 違う違う。冗談は止してくれよ、小母ちゃん。俺は未来の幼馴染みで親友。それ以上でもそれ以下でもないさ。それに俺なんかが彼氏だなんて未来が可哀想だろ? 俺みたいな奴に可愛くて優しい未来は勿体無いって」

 

 対して響は小母ちゃんの言葉を冗談として受け取り、笑いながら自身と未来との関係性を訂正する。すると、隣で響の発言を聞いていた未来の顔が一気に不機嫌なものに変わり、そのまま思いっきり響の足の爪先を踵部分で踏み付けた。

 

「痛ってぇ!!? 急に何すんだよ、未来!?」

 

「別にー。何でも無いよーだ。ふん!」

 

 足を踏み付けられたことを抗議しようとした響だったが、響の知らぬ間に未来が不機嫌になっていることに気付いて結局何も聞けなかった。

 

「何だい……。ご機嫌斜め30°だな」

 

「こりゃ前途多難だねぇ……」

 

「ん? 何がだ、小母ちゃん?」

 

「響君は気にせんで良いよ。未来ちゃん、小母ちゃんは未来ちゃんのこと応援してるから頑張るんだよ」

 

「ありがとう、小母ちゃん。私、頑張るよ」

 

 未来と小母ちゃんが2人で話し込み始めてしまい、完全に蚊帳の外になった響は横から2人の会話を聞いていたが終始話に付いていくことは出来なかった。

 

 少しして未来と小母ちゃんの会話も一段落し、小母ちゃんは響と未来の注文を聞いてお好み焼きを作り始め、響と未来は小母ちゃんがお好み焼きを作る光景を眺めながら完成を待つ。

 

「未来、さっきはごめんな。何でかは分からないけど、未来を怒らせるようなこと言ったから怒ったんだろ? だからさ、そのお詫びとして今日の飯は俺が奢るよ」

 

「えっ!? いいよ! 何も言わずに怒った私も悪いのに。それにお金だって……」

 

「その辺は大丈夫だって。こう見えて結構潤ってるからな。だから遠慮すんな」

 

 響は装者として戦うことで政府から報酬を貰っている。その額は凄まじいもので、響が少々食費に費やし過ぎたとしても全くダメージにならない程である。

 

 加えて響は兄貴分である黎人の仕事を手伝って働いた分だけの報酬を貰っていた。その元々あった貯金に、装者としての報酬が加算される故に響のお財布事情はかなり潤っているのだ。

 

「……じゃあ、今回はご馳走になるね?」

 

「あぁ。俺のことは気にせず沢山食べてくれ」

 

 すると、響が未来や小母ちゃんから視線を逸らして店の外を横目で見遣った。響の視線が外に向けられたのを不思議に思った未来は、その理由を響に訊ねる。

 

「どうしたの、響?」

 

「なぁ、未来。さっきからずっと気になってたんだけど、外から俺達のこと見てるのって未来の友達か?」

 

「え?」

 

 そう響に言われた未来は、響が見ていたように自身も視線を外の方へ向ける。未来の視線の先には、今の未来と同じようにリディアンの制服を着ている3人の女の子がいた。その女の子達はあたふたと慌てふためている。

 

「えぇ!? 何で皆がいるの!?」

 

「やっぱ知り合いか。リディアンでの新しい友達か?」

 

「うん。皆とっても良い子達なの」

 

 そう述べる未来の顔は、先の驚いていた表情から一変してとても優しい表情をしていた。それだけであの子達との仲の良さが響には理解出来た。

 

「そっか。折角だし、あの子達も誘って皆で食うか!」

 

「えぇ!?」

 

「何で驚くんだよ?」

 

「だって、折角響と2人きりのご飯だったから……」

 

「……まぁ、俺と2人きり楽しみたいって気持ちは嬉しいけどさ、飯は大勢で食べた方が美味しいだろ? それに未来の友達なら、俺も挨拶しておきたいからさ」

 

「響……」

 

「一緒に飯食いに行きたいなら、今度またどっか一緒に行こうぜ? その時は俺のお勧めの店に連れてってやるから。だから──」

 

 そこで響は一旦会話を打ち切り、机を正面とした状態から未来が正面に来るように体ごと向き直る。そして、未来の頭にそっと手を置いて優しく撫で始める。

 

「また今度な!」

 

 響は未来の頭を撫でながらそう笑い掛けた。響の太陽のような眩しい笑顔を見て、それだけで未来の中にあった鬱屈とした気持ちは綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 大好きな響の笑顔を見て、響の大きな手に撫でられて、自分が大好きなものをこの場で味わい尽くした未来には、もう不満な気持ちは一切無かった。

 

「仕方無いなぁ。分かった。響のしたいようにして良いよ」

 

「ありがとな、未来」

 

 響は未来にお礼を述べてから、再度視線を店の外にいる3人に向けて手招きした。響に手招きされて最初は戸惑っていた3人だったが、話し合いをしている間に何かを決心したかのような顔付きに変わり、その仲のリーダーっぽい子を先頭にして店の中に入ってきた。

 

「えーっと、その……手招きされたっぽいから入ってきました。はい……」

 

 響の前までやって来た先頭に立つ女の子は、気不味そうに苦笑いをしながらそう言った。対して響は、笑みを浮かべながら言葉を返した。

 

「あぁ、手招きした。ありがと、勘違いせずに入ってきてくれて」

 

 響にそう言われ、後ろにいる2人も含めて女の子達はどっと疲れたようにため息を吐いた。

 

「良かったですわ。もしかすると、さっきのは手招きじゃなくて何処かへ行けという意味のサインだったのではと思っていましたので……」

 

「確かにややこしかったかもな。今度からは気を付けるよ。それで? どうして3人は俺と未来を着けてきたんだ? それもリディアンの校門前から」

 

 響がそう言った瞬間、3人だけではなく未来も驚いた。

 

「ど、ど、どうして分かったの!?」

 

「切っ掛けは視線を感じたことだな。自分で言うのも何だけど、俺って割と視線とかには敏感だから。気になってそれとなく視線を向けたら、電柱とか看板の裏に隠れてるお前らがいたんだ。視線もそうだけど、隠れ方とかも割と御座形だったから直ぐに着けられてるんだって分かった」

 

「そ、そんな!? あの完璧な隠密を見破るだなんて!?」

 

 後ろにいるツインテールの女の子が、まるで推理物のアニメに出てくる犯人のようなリアクションを取った。

 

 実際彼女達の尾行は素人にしては良い線をいっていた。しかし、相手はどんな依頼でも受ける男の下で手伝いをしていた響である。響の今までの人生で培われた経験と、元々潜在的に備わっていた獣並みの感性から生まれる第六感の前では、良い線をいく程度の素人の隠密行動など通用しなかった。

 

「あ、自己紹介がまだだったな。俺は立花響。未来とは幼馴染みで、今年の4月頃からこの街で暮らしてる」

 

「ご丁寧にどうも。私は安藤(あんどう)創世(くりよ)です」

 

 先頭に立っていた女の子──安藤創世は、自己紹介をしてくれた響に自身も自己紹介を返す。その創世に続いて、後ろにいた2人も自己紹介をする。

 

寺島(てらしま)詩織(しおり)と申します。宜しくお願いします、立花さん」

 

「私は板場(いたば)弓美(ゆみ)よ。宜しく響」

 

 後ろにいる金髪の女の子──寺島詩織は丁寧に自己紹介をし、もう1人のツインテールの女の子──板場弓美は気兼ね無く快活に自己紹介をした。

 

「宜しくな、創世、詩織、弓美」

 

「それにしても、最初見た時は驚いたよ。ちょっと急いでたヒナが気になって後を追ったら、見覚えの無い男の子と凄く仲良さそうに歩いてたんだもん」

 

「ヒナ? ……あぁ、小日向(こ“ひな”た)だからヒナか」

 

「その通り! そうだなぁ……名前が響だから、ビッキーって呼んで良い?」

 

「ビッキー、か。良いぜ。好きに呼んでくれ」

 

「うん、分かった。宜しくね、ビッキー」

 

(……久しぶりだな。何の悪意も無く名前と名字で以外で呼ばれるの)

 

 愛称で呼ばれたことを響は感慨深く感じていた。ここ2年間の響は、他者から呼ばれる際に名前や名字以外だと蔑称で呼ばれることの方が多かった。故に何の悪意も無く愛称で呼んでもらえたことが胸にじんわりと響いていた。

 

「3人共、この後って予定あるのか?」

 

「ううん。私はこの後の予定は無いよ」

 

「私もありません」

 

「私も予定とかは特には無いわね」

 

「そっか。なら、一緒にお好み焼き食べないか? 折角知り合ったんだから、お前らとはしっかりと友達になっときたい。それにリディアンでの未来の話とかも聞きたいしさ」

 

 響が微笑を浮かべながら快く創世達を食事に誘い、3人は少し考える素振りを見せる。

 

「うーん、私的には別に良いんだけど……でも、邪魔にならないかな? 折角2人で楽しもうとしてたのに」

 

「邪魔な訳無いだろ? それに2人で飯食う機会なんて、これから幾らでもあるさ」

 

「ヒナもそれで良いの?」

 

「うん。さっき響に提案されて、私も了承済みだから」

 

 問われた未来は笑顔で返し、それを見た創世達も考える素振りを解いた。

 

「分かった。じゃーお言葉に甘えさせてもらうね。私達も2人の話とか色々聞きたいし。ね?」

 

「はい! 特に御二人の関係性についてなどを詳しく!」

 

 響からおっとりしたタイプの女の子に見えていた詩織の様子がやや興奮気味なものに変わっていた。

 

 やはり女の子ということもあり、恋バナやそういった系統のお話に興味が惹かれるというのも仕方の無いことだろう。加えて言えば、響は気にしていないが響と未来との距離感が物理的にも精神的にも近いことがそれを助長させているのだろう。そう、幾ら幼馴染みとはいえ、響と未来の距離感は余りにも近過ぎるのだ。

 

「よし、決まりだ! 全員代金とか気にせずに食べてくれ! 今回の飯代は全部俺が持つから心配しなくて良いぞ!」

 

「本当に!? 響、あんたってば太っ腹ね! ごちになりまーす!」

 

「ちょっと板場さん! 流石にそれは……」

 

「そうだよ。ビッキー、流石にこの人数分は……」

 

冇問題(モーマンタイ)! 俺ってこう見えて結構稼いでるから! それに女の子に金出させたりするなって兄貴に言われてるんだ。だから気にせずにさ。な?」

 

 少し強引だったが、それでも響の満面の笑みと自信たっぷりな物言いが妙な納得感を与え、創世と詩織は先の弓美のように今回は響の言葉に甘えることにした。

 

「……ビッキーもこう言ってるし、今回はビッキーを信じて、ビッキーのお言葉に甘えちゃおっかな?」

 

「そうですね。折角殿方がこうまで言って下さってるので、ここはお言葉に甘えましょう」

 

「人数が増えたんなら、奥の方を使いなさいな。一列に並ぶより、全員で1個のテーブルを囲んだ方が食事も美味しいからね」

 

「そうだな。小母ちゃんの言う通り、奥の方を使わせてもらうか」

 

「そうだね。ありがと、小母ちゃん」

 

「どういたしまして」

 

 創世と詩織と弓美の3人も加わり人数が増えたのを見て、小母ちゃんは店の奥の方にある座敷で全員でテーブルを囲んで食事をすることを提案し、響と未来は小母ちゃんの提案に乗ることにした。

 

 その後、座敷まで移動した響達は注文したおこみ焼きを食べながら、他愛無い世間話や思い出話などに花を咲かせて友好を深め合ったのだった。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、犬を飼う
──犬の名前はミライ。漢字にすれば未来。幼馴染みリスペクトである。

(2)響、弦十郎と男同士の誓いを交わす
──兄貴分の想いと師匠の役目を継ぎ、響は1人の少女の為に奔走を開始する。

(3)響、3人組と友達になる
──ここで創世、詩織、弓美の3人も本格的に登場です。3人のことはもっと早々に本格的に出したかったけど、今作ビッキーはリディアンに通って無いので出すのが難しかったんですよね。

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 393の通い妻生活が始まりました。寮の門限は守るのでご安心下さい。

 翼さんにも色々と異変が出始めました。彼女がこの異変の真相に辿り着くの何時になることやら……。

 クリスちゃん今回名前しか出てない。クリスちゃん成分が足りない……。

 次回は、ストーリーに戻っていきます。次回はもっと早めに投稿する所存ですが、過度な期待はせず出てたら良いなぐらいの気持ちでお待ち下さい。

 それでは、次回もお楽しみに!

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