戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 前回の話を投稿して一眠りしてる間に好感触の感想が届いてて凄く嬉しかったです。待ってる人は待っていてくれていて、優しい人は優しい言葉を掛けてくれるので、少しウルッと来ました。

 今回は筆も乗って前と比べて早めに投稿出来ました。ですが、この次も早く投稿出来るとは限りませんので気長に待っていて下さい。

 それと今話のタイトルであり、原作で翼さんが歌っていた“FLIGHT FEATHERS”ですが、僕は凄く大好きなんですよ。皆さんも“FLIGHT FEATHERS”好きですよね?(ニッコリ)

 では、前書きも終了してそろそろライブ回に入っていきましょうか! 今回はXDの方からネタを拾ったり、オリジナル要素を盛ったライブ回をお送りします!


EPISODE 20 FLIGHT FEATHERS

 響と翼が共に時間を過ごして、互いに遠慮無く対等の立場で接するように名前で呼び合うことになった日の翌日。今日も今日とて人々の笑顔と平和と未来の為に訓練に精を出す響は、翼との連携なども兼ねた合同訓練に勤しんでいた。

 

「はぁ!!」

 

 シミュレーションルームに展開された仮想敵のノイズに響が拳を打ち込む。勢いのある踏み込みから繰り出された響の鉄拳は、凄まじい衝撃を伴って仮想ノイズを壁までブッ飛ばした。

 

「翼。今の踏み込み、どうだった?」

 

「えぇ、悪くなかったわ。けど、踏み込み過ぎれば逆に反撃を喰らう可能性もあるから、そのことは注意して覚えておいた方が良いわ」

 

「合点承知!」

 

 翼は評価すべきところはしっかりと評価し、注意しなければいけないこともあることを響に勧告する。注意を受けた響は、翼から言われたことを念頭に置きながら訓練を再開させる。

 

(響は本当に強くなったわ……。以前とは見違えるようね)

 

 出会って当初の響は、身を守る術を持ってはいても本格的に戦う為の技術を体得していなかったから攻め手となる際に危なっかしい面が多々見られた。だが、弦十郎との過酷な特訓を経てそのような危ないところも殆ど無くなった。

 

(アームドギアこそ無いものの、それを補って余りある爆発力のある攻撃と軽快な身の動きの戦闘スタイル。私も学ぶところが多いわね)

 

 響の身の動きは長い間ずっと戦い続けてきた翼から見ても目を見張るものがある。特に素早く軽快な身の動きによって攻守を即座に入れ替え、攻撃なら直線的な距離を一気に埋める程の勢いで一撃を繰り出し、防御なら自分からは動かず逆に相手の勢いを利用したカウンターの一撃を繰り出す戦闘スタイルは、翼としても自身の動きの中に取り入れたいと思っている。

 

「よっしゃあ!! それじゃ、もう少し訓練を続けるとするかっ!!」

 

「ねぇ響、私と戦ってくれないかしら?」

 

 気合いを入れ直してより一層訓練に励もうとする響に翼は歩み寄り自身の考えを述べた。翼の話を聞き、少しばかり固まった状態になった響は次の瞬間に驚愕の声を上げていた。

 

「え……えええええっ!?」

 

 響が驚くのも無理は無い。何故なら翼は、知り合って当初の響にいきなり一方的に戦いを仕掛けて素人相手に大技を見舞おうとした前科があるのだから。

 

 驚いた響は思わず翼から距離を取るように後退して戦闘態勢をとる。そんな驚きながらも警戒度MAXで臨戦態勢の響を見て、翼は過去に自身が()らかした過失を悔いながら直ぐに弁明する。

 

「ま、待って、響ッ!! 違うの!? 前と同じ意味じゃないわ!」

 

「……じゃーどういうことだよ、翼?」

 

 若干疑いの視線を向けつつも翼との距離を戻して構えを解く響。警戒が少し薄れたことに安堵した翼は、1度軽く咳払いをしてから再び先程の言葉の意味の説明をする。

 

「コホン……今の私は響のことを認めているわ……だからこそ、その力を私に見せて欲しいの。肩を並べて背中を預け合う仲間として、仲間の力量を、仲間の信念を、この身で感じてみたいのよ」

 

 噓偽り無き翼の真っ直ぐな言葉に、得心がいった響は目付きを鋭くして好戦的な笑みを浮かべながら頷くことで了承の意を翼に伝える。

 

「そういうことなら、分かったっ!! 良いぜ! やろうぜ、翼ッ!!」

 

「えぇ、感謝するわ。手加減無しで来なさい、響ッ!!」

 

「Yes, ma'am!」

 

 何時かの時のように英語で返事を返した響は、脚部のパワージャッキを起動させることで勢いを付けて弾丸のようにその場から飛び出した。勢いに乗った響は、そのまま翼へと肉薄し膝蹴りを仕掛ける。

 

(ッ!? やっぱり、直線的な距離の詰め合いだと響に分があるわね……)

 

 弾性のある腕部ユニットと脚部ユニットを有している響は、そのゴムの如き弾性を利用して一気に勢いを付けながら加速することが出来る。その瞬間的に勢いを生み出せる機構こそが、響の一撃が重い一因であり響の戦闘スタイルの要である。

 

 即座に距離を詰められるも、冷静に戦況を見極めた翼は響の膝蹴りを難無く躱してカウンターの一刀を響に見舞おうとする。しかし、既に待機状態にしておいた腕部ユニットを起動させた響は、腕部ユニットをアポジモーター代わりにすることで軌道修正して翼に振り返る。

 

 ギリギリのところで振り返った響は、振り下ろされた翼の剣を正面から真剣白刃取りする。白刃取りに成功した響は薄く笑みを浮かべ、それを見た翼も好戦的な笑みを浮かべる。

 

 すると、響が受け止めていた剣の形状が刀から大剣へと変化した。大剣へと変化したことで質量的に巨大になり、重さを増した剣に翼は力を込めて力任せに押し切ろうとする。

 

「いぃ!?」

 

 大剣と化した剣が響の眼前まで迫る。このままでは不味いと判断した響は、距離を取る為に先ずは翼の体勢を崩そうと踏ん張っていた片足を上げて正面から蹴りを入れる。

 

 響が放った所謂ヤクザキックは翼の腹部に当たりはするが、直撃する直前で翼自身が自分から後ろに飛んだことで蹴りの威力の殆どを逃されてしまった。

 

「ハァ!」

 

【蒼ノ一閃】

 

 翼は、蹴りの勢いで吹っ飛ばされながらも大剣を横に大きく振り払い、蒼ノ一閃を響に向かって放つ。攻撃直後の隙を突かれた響は、硬直状態から動けず(もろ)に蒼ノ一閃を喰らってしまう。

 

 蒼ノ一閃が直撃したことで爆煙が周囲に発生して響の姿が見えなくなる。吹っ飛ばされていた翼は、空中で一回転することで勢いを完全に殺してから着地し、己が視線の先に漂う爆煙の周辺を警戒して大剣を構える。

 

(この程度で響が終わるなんて到底思えない。なら、次に私がすべきことは響の次の手を予想して、どんな手を打たられても良いように対処すること)

 

 己が仲間の性格を理解しているからこそ翼は警戒を解かない。すると、爆煙の中から凄まじい勢いを伴って出てきた響が翼の真正面から翼に向かって突っ込んでいった。

 

(正面突破! ……ある意味で響らしい攻め方ね)

 

 嘗て響の想いを聞き届けた翼は、今も尚最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に自分に向かって突っ込んでくる響を見て薄く笑みを浮かべる。

 

「フッ!!」

 

【蒼ノ一閃】

 

 再度翼は響に向かって蒼ノ一閃を飛ばし、対する響は響は避けること無く又しても蒼ノ一閃を喰らう。これには流石の翼も驚き、目を見開くと同時に硬直してしまう。

 

(避けなかった……!?)

 

 先程の攻撃は翼にとって牽制のつもりだった。蒼ノ一閃を撃つことで次に響が取る行動によって対処の仕方を変える腹積もりだった翼。しかし、響が選んだのは回避ではなく直進であった。

 

 だが、攻撃を喰らった筈の響は時間を置くこと無く爆煙の中から出てきて再び翼に突っ込んでいく。その響の体には、橙色の薄い膜のようなオーラが張られていた。

 

(あれは……!?)

 

(翼の奴、相当驚いてるな! 狙い通りだ!!)

 

 初めて見る謎の現象を目の当たりにして翼は目を見開きながら驚き、響は自身が考えた通りの反応をした翼を見て、腰部ユニットにあるバーニアを吹かすことで更にスピードを上げる。

 

 翼が驚くのも無理はない。何故なら、響がエネルギーを体に纏わせることで防御力を上げられることを翼は報告を通して聞いてはいたが、翼自身が響のそんなエネルギー運用を目にするのは初めてなのだから。

 

(仕掛けるなら、翼の動きが固まってる今しかない!)

 

 驚いて固まっている翼の硬直が解ける前に仕掛けることを決めた響は、一気に上に跳び上がって空中で体勢を変えて蹴りの体勢を取り、脚部ユニットのパワージャッキが再び起動して響の足に沿うように真っ直ぐに引き絞られ、脚部ユニットと引き絞られたパワージャッキに明るい橙色のエネルギーが集束して響の右足が橙色に輝く。

 

「我流・撃龍槍ッ!!」

 

【我流・撃龍槍】

 

 繰り出された響の我流・撃龍槍を、翼は大剣を盾のように構えて受け止める。直後、蹴りを受け止めた大剣全体が罅割れていき、パワージャッキが打ち込まれると数秒と持たずに大剣は破壊され、剣の本体である初期状態の刀だけとなってしまう。

 

「くぅ!?」

 

 大剣は破壊され、我流・撃龍槍の衝撃も殺し切ることが出来なかった翼は吹っ飛ばされて地べたを凄まじい勢いで転がっていく。

 

(チャンス!)

 

 大勢の崩れた翼を見て、今が好機を踏んだ響はその場から飛び出して更なる追撃を加える為に翼を狙う。

 

 だが、やられっ放しの翼ではない。転がりながらも響が自身を狙う為に動き始めたのを見ていた翼は、剣を持っていない方の手を地面に着くことでブレーキ代わりとし攻撃で受けた衝撃と勢いを完全に殺し切る。

 

 翼は剣の切っ先を上に向けながら剣を上に掲げる。すると、間髪入れずに上空に無数の剣が展開されていき、それら全てが翼に向かって突っ込もうとする響目掛けて降り注いだ。

 

【千ノ落涙】

 

「なっ!? こなくそ!!」

 

 響は翼への猛攻を中断して、飛来する剣群への対処を開始する。時に()(こな)しで躱し、時に掌で捌き、時に拳と腕で弾き、終いに辺りに刺さった剣を抜き、その剣で飛来する剣を叩き落とす響。自身や自身の周りにある物全てを使い熟して危機を脱する響のアドリブでの対応力を見て、響の視線から外れて体勢を立て直していた翼は舌を巻いた。

 

(凄まじい対応力ね……! 戦闘経験を得ることで響の対応力にも磨きが掛かっていっているわ)

 

 無手だからこそ様々な対応をすることが出来る利点をしっかりと熟知した動きをする響。そんな響の成長を見て、翼もより一層この模擬戦にやる気を滾らせる。

 

(それに……あの響の動きは……)

 

 外からチャンスを窺う為に響の観察に徹していた翼は、ふと響の動きを見てあることに気付く。それは、千ノ落涙を逆に利用することで、飛来してきた剣を使って新たに飛来する剣を防ぐ響の剣の振り方だった。

 

 響の剣の使い方は素人同然に近いものであったが、剣を振る動きの中には時々翼も見知った動きが見られた。そう、その動きとは普段から剣を振るう翼の剣術に酷似していたのである。飽く迄酷似しているだけであって、剣の振り方も動きも翼の方が数段上の劣化コピーである。しかし、そんな響の動きが何を意味しているか、翼には即座に理解出来た。

 

(私の動きを真似ているのね……)

 

 響が記憶に残る翼の動きを出来る限り再現していたから、響の剣の振り方は翼の動きに似通ったものになっていたのである。そんな光景を見た翼は、それを少しこそばゆく思いながらも嬉しく感じ、笑みを浮かべそうになる顔を必死に我慢していた。

 

(ッ! ここ!)

 

 気持ちを切り替え、降り注ぐ剣群が尽きる直前で攻撃を防ぐ響の懐に入り込む隙を見付けた翼。翼は剣を顔付近に構え、間髪入れずにその場から駆け出して一気に響の懐まで潜り込んで剣を横に一閃する。

 

【颯ノ一閃】

 

 サッと吹く風の如き一閃が響に迫る。剣群を全て捌き切った響は、剣が自身に触れる直前で漸く翼に懐まで接近されていることに気付き、自身に迫る剣の一振りをどうにかしようとして、ほぼ反射的に体を動かした。

 

「なっ!?」

 

 驚愕の声が翼の口から漏れ出る。見付けた隙も付け入るタイミングも完璧だった。懐に入ることも成功した。しかし、最後の肝心な攻撃が失敗した。

 

 (なん)と響は肘と膝を同時に動かし、その動かした肘と膝で横一文字に振るわれた翼の剣を挟むことで白刃取りしたのだ。並大抵の者では防ぐことの出来ない一撃を、響は獣の如き第六感と機械の如き反応速度で無力化したのだ。

 

「危ねえ!? ギリギリだった……!お前、剣士(セイバー)じゃなくて暗殺者(アサシン)かよ翼!」

 

「やるわね、響。でも、安心してるところ悪いけど、それは油断よ」

 

 剣を白刃取りして安心している響の隙を突くように翼は次の動きに転ずる。翼は握っていた剣の柄を手放し、地面に手を着いて自身の体を宙に持ち上げることで逆立ちの体勢を取る。 すると、翼の両脚部にあるブレードが展開され、翼はそのまま股を180°に開いて回転し始める。

 

【逆羅刹】

 

「えぁ!? ちょ、おま!?」

 

 唐突に行われた逆羅刹に驚いた響は、どうにか体を仰け反らせてブリッジの体勢になることで翼の両脚部のブレードを躱す。その際、響はいた翼のアームドギアである剣を手放してしまい、自由になった剣は再び翼の手に収まる。

 

 剣を取り戻した翼は、逆羅刹を解いて響から距離を取る。自身が優勢だったにも関わらず、自ら相手との距離を空けて戦況を仕切り直した翼を響は体勢を立て直しながら訝しむ。

 

「あなたの今の力と信念。確かに感じさせてもらったわ。だから、そろそろ終わりにしましょう、響。次の私の攻撃を防ぎ切れれば、あなたの勝ちよ。この勝負に乗る? それとも乗らない?」

 

「……勿論、乗るに決まってるだろ! ここで逃げたら男じゃねえ!」

 

 響から予想通りの答えが返ってきたことに翼は笑みを浮かべ、響は翼の次の一手に対応する為に体勢を構え直して、空手の息吹で呼吸を整えて精神を集中する。

 

「行くわよ、響! 今のあなたがこの技にどう対処するか、私に見せてみなさい!」

 

 翼はその場から大きく跳躍し、響に向かって持っていた剣を投擲すると、投擲された剣が大剣よりも更に巨大化する。翼は脚部のブレードを展開してスラスターとして機能させ、重力とスラスターの勢いを束ねて巨大な剣に飛び蹴りを入れた。

 

【天ノ逆鱗】

 

「こいつは、天ノ逆鱗……!?」

 

 天ノ逆鱗。それは響がシンフォギア装者として戦う覚悟を決める以前に、まだ響の存在を拒絶していた頃の翼からされそうになった翼の持つ技の中でも大技に分類される超質量の物理攻撃である。超質量故に1度に1発しか撃てないが、その攻撃は単純故に威力の高い攻撃であった。

 

 以前は弦十郎が響を守る為に翼の天ノ逆鱗を正面から相殺して事なきを得たが、あの時に弦十郎がいなかったら今頃取り返しの付かないことに発展していた可能性もある。

 

 そして今回この場に弦十郎はおらず、響を守ってくれる存在は誰1人としていない。響は、1人で再び訪れた逆境を乗り越えなければならない。

 

 響があの頃のままの響ならば、決してこの逆境を踏破することは出来なかっただろう。だが、今の響はあの頃のままの響ではない。響は当時よりも強く逞しく成長し、今も尚進化し続けているのだ。

 

「良いぜ、来いよ! 何時かの時のリベンジだ!今度こそ 正面から受けて立って噛み砕いてやるよ!」

 

 響は右腕の腕部ユニットのハンマーパーツを引き絞り、何時もよりも更にハンマーパーツを引き絞る。加えて、脚部ユニットのパワージャッキが前方に引き絞られる。

 

(確かあの時のおやっさんは……!)

 

 響は弦十郎が天ノ逆鱗を拳1つで防いだ当時の記憶を思い返す。あの時の弦十郎の拳の出し方、歩法、体の向き、体勢などを思い出しながら迫り来る巨剣を打ち破る為のイメージを固める。

 

「……ッ! ウオリャアァァァァァァッ!!!!」

 

 イメージが纏まり、響は眼前まで飛来してきた巨剣に拳を繰り出す。拳を繰り出す際に1歩力強く踏み出し、その刹那に引き絞られた脚部のパワージャッキが地面に打ち付けられる。その際の衝撃は体を伝わって響の右腕に集束し、より引き絞られたハンマーパーツから生み出された衝撃と融合して巨剣に放たれた。

 

【我流・撃槍衝打】

 

 翼の本気の一撃と響が今出せる全力の一撃がぶつかり合う。互いの技と技がぶつかり合い、凄まじい衝撃波がシミュレーションルームに響き渡る。

 

「うおわっ!?」

 

「うあっ!?」

 

 生み出された衝撃波は、衝撃波を生み出す原因となった技を放ち合った本人達をも襲う。パワージャッキが足場に埋め込まれていた響は、辛うじて後方に後退させられる程度で済んだが、踏み止まる場所も無ければ踏み止まることも出来ない宙にいた翼は諸に衝撃波の影響を受けた。

 

 衝撃波を浴びた翼は空高く吹き飛ばされ、衝撃波の影響が体に残っているせいで宙で上手く体勢を立て直すことも出来ず、体勢を立て直せないから地上に落ちればまともに受け身を取ることも出来ない。

 

「ッ! 翼!」

 

 そんな状況下の翼を下から見ていた響は、直様その場から駆け出した。落ちていく翼を目で追いながら翼の落下地点を予測して走り、翼が地面に激突する寸前で勢いよくその下に潜り込んだ。

 

 翼が回転しながら落ちて来ていたことで、下に滑り込んで受け止めた響もその影響で回転しながら地面を転がることになった。響は翼の後頭部と背中に手を回して翼を衝撃から守るように転がる。

 

 少しの間転がり続けると回転の勢いも段々と減退していき、それから数秒も経たない間に勢いは完全に殺されて響達の動きも止まった。

 

「大丈夫か、翼!? 何処か痛めてないか!?」

 

 一応身を挺して翼を衝撃から守りはしたものの、何処か自身の知らないところで翼に危害が及んでいるかもしれないことを心配した響は、強く抱き締めたまま翼の身を案ずる。

 

 すると、突然翼の体が震え出す。気になった響が翼の顔を見てみると、翼は顔を少し赤くしながら微笑みを浮かべながら響の顔を見てくつくつと笑っていた。

 

「翼……?」

 

「慌て過ぎよ、響。私は大丈夫。響が受け止めてくれたから」

 

「そっか……良かった……」

 

 翼の身に何も無かったことを安堵し、響は肩の力を抜いてホッと安堵の溜め息を漏らした。そんな風に響が安心し切ってる中、翼は自身を抱き締めたままの響の腕の中から抜け出そうと試みるが、響のホールドは思ったよりも力強くシンフォギアを纏った翼の力でもそう簡単に抜け出せるものではなかった。

 

「……その、響」

 

「ん? どうした、翼?」

 

「あの、その……そろそろ離してほしいの。このままだと、えっと……色々と恥ずかしいから……」

 

 言い淀んでいるか細い声で言われた言葉の内容を飲み込んだ響は、否が応でも言葉の意味を理解することになった。

 

 現在の響と翼の状態は、響が下敷きになって翼がその上に被さった状態で乗っているのである。その状態は、翼の胴体から足先に掛けての体全体とほぼ触れ合っている状態な訳であり、所謂密着状態であった。

 

 そんな密着状態では、翼と触れ合っている箇所から女の子特有の柔らかな体の感触が直に伝わるのである。更に言えば、響は翼から香る女の子特有の良い匂いというものを感じていた。

 

(……ヤバい。何でか知らないけど、凄く良い匂いがする。しかも体中に柔らかな翼の体の感触がががががががががが)

 

 匂いと触感にやられて、響の思考はエラーを起こし始めていた。思考がショートするのも時間の問題だろうが、ここで思考にもしもバグが発生しようものなら色々と危険である。何が危険かと聞かれれば、それは翼の貞操であったり、響の今後の未来だったりする。

 

(ヤバい!? このままだと絶対に起つ!? 何が起つって、それこそナニがだよ!?!!?)

 

 そして、先の翼の言動が響の意識と無意識を同時に刺激してしまい、血流が早くなると同時に思考は混乱状態に陥り、響の体は響の意思とは無関係にある反応を起こし始める。

 

 このまま引っ付いていることが原因で翼から幻滅されるであろうことを恐れた響は、急いで翼を離す為に腕の力を緩めようとする。しかし響の腕の力が緩まると、先程まで赤くなっていた翼が寂しそうな表情をして恋しそうに更に響に体を密着させた。

 

「なぁ!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、おおおおおい!? つ、翼ッ!? 何してんだよ!?」

 

「ご、ごめんね。でもね、やっぱり、その……もうちょっとこのままでいたいんだけど……ダメ、かな?」

 

 更に響が慌てふためく中、口調が何時もの凛々しい女性らしいものからとても可愛らしい女の子のものへと変わった翼の懇願が響の耳に入る。そんな何時もとは違う翼のギャップが益々(ますます)響の思考を掻き乱す。

 

「つ、翼……」

 

「……響」

 

 互いに互いの顔を見詰め合う響と翼。シミュレーションルームを沈黙が支配する中、その沈黙を打ち破る電子音が突然部屋中に鳴り響いた。

 

「弦十郎さんからここで特訓が頑張ってるって聞いたから、翼さんの分も差し入れ持ってきたよ、ひび……き……」

 

 ペットボトルに入った差し入れの飲料水を抱えて入ってきた未来は、混乱極まる状況にある響と翼を目撃してしまった。未来の声はどんどんか細くなっていき、目からはハイライトが消え失せ、抱えていたペットボトルは下に落ちる。

 

「み、未来!? 違う、これは違うんだ!!」

 

「響の言う通りよ、小日向!? これは、その、訓練の過程で体勢を崩してしまった私を響が受け止めてくれた拍子になってしまって! それで!?」

 

 現場を未来に目撃された響と翼は、どうにか未来の誤解を解こうと言葉を以て説得を試みる。しかし、その姿はある意味浮気現場を発見された旦那とその愛人の見苦しい言い訳にしか見えない。

 

「……取り敢えず、翼さんは何時までそうしているつもりですか? 早く響から離れて下さい」

 

「え、えぇ……」

 

 少し残念な思いを残しながらも未来の言う通り響から離れる翼。未来から薄ら寒いものを感じている翼は、今ここで下手に逆らえば命はないということを本能で理解していた。

 

「……で? 何してたのかな、響?」

 

 笑顔で響に話し掛ける未来。美少女である未来の笑顔は大変可愛らしいものであるのだが、笑顔なのに未来の目は全く笑っておらず、何処か影を感じさせる笑みは響の恐怖心を煽るのには十分だった。

 

「え、あ、い、いや、その、あ、あの、ですね、翼と模擬戦をしておりまして、最後に簡単なルールの勝負をしたんですよ……。それで、一悶着あった結果、ああなりまして……」

 

 所々吃りながら未来に状況説明をする響。しかし、響の説明を聞いた未来の顔は益々冷たい微笑に変わっていき、状況は良くなるどころか悪化していく一方であった。

 

「響、ちょっと向こうでお話しよっか?」

 

「あの、未来さん、それはちょっと遠慮したいかなーって……」

 

「お話しよっか?」

 

「あのー未来さーん……」

 

「O☆HA☆NA☆SHI、しよっか?」

 

「……はい」

 

 未来のお言葉をどうにか断ろうとした響だったが、残念ながら未来の絶対零度の微笑と化け物も恐怖で逃げ出すような音調の声には逆らえず、未来に首回りにある襟のような物を掴まれながら翼の見えないところへ移動するのだった。

 

 その際、未来の言葉を聞いていた翼は「お話……桜色……砲撃……うっ、頭が」と呻きながら、必死に頭を両手で押さえて体を震わせていたのだった。

 

 それから少しばかり時間が経ち、未来とのO☆HA☆NA☆SHIが終わってすっかり意気消沈していた響の調子が戻り始めた頃合いを見計らって、未来も交えた3人で話をしていた。

 

「にしても、やっぱり翼は凄いよな。全く攻撃が通らなかった」

 

 シンフォギアを解き、上はタンクトップで下はジャージのズボン、腰にはジャージの上着を巻いている何時もの訓練時の格好で響は未来から渡されたスポーツ飲料水を飲みながら模擬戦の感想を述べる。

 

「いや、私の方が多少戦闘経験があっただけに過ぎないわ。響のその真っ直ぐな拳はとても尊いものよ」

 

「いやー、翼にそう言ってもらえると俺も嬉しいような照れ臭いような!」

 

「ふふ。良かったね、響」

 

 純粋に響を賞賛する言葉を口にする翼。翼の言葉に響ははにかみながら後頭部を掻いて嬉しそうに笑い、未来もそんな響に釣られて微笑みを浮かべる。その笑顔には、先程のような冷たいものは一切無かった。どうやら、先程のO☆HA☆NA☆SHIのお陰で溜まっていたものは一気に発散されたようである。

 

「……響も最初に比べると、かなり戦士として戦えるようになってきたものね……」

 

「そうか?」

 

「えぇ、間違いないわ。私から見てだけど、凄く上達しているように思うもの」

 

「いや、そんなこと無いって。翼に比べたら俺なんて全然──」

 

「確かにそうね。防人としてはまだまだ未熟ね」

 

「うぐ……。精進します……」

 

「……ふふ、冗談よ。まだまだなんかじゃない。響はもう十分一人前だと思うわ」

 

「上げて、落として、また上げるんですね……」

 

「そんなジェットコースターみたいなこと言うなよ。本当に勘弁してくれよ……」

 

 一喜一憂を行き来する翼の発言に、未来は思わず苦笑し、響はそんな文字通りジェットコースターのようにこちらを振り回すような発言は勘弁して欲しかった。

 

「ごめんなさい。けど、響の反応が面白くて。何時も言われてるものだから、偶にはやり返したくなったのよ」

 

「……翼も変わったな」

 

「……私が?」

 

「あぁ。前は近寄るもの何でもぶった斬るって感じのイメージがあったんだよ」

 

「確かにリディアンで見掛けても、少し近寄り難い部分がありました。正に孤高の歌姫って感じで」

 

「でも、最近は何かこう……良い感じだ! なぁ、未来?」

 

「うん。私も最近の翼さんは良い感じだと思ってます」

 

「……良い感じ? ふふ、何よそれ」

 

 幼馴染同士の息ぴったりな意見に、思わず翼もくすりと笑ってしまった。

 

「えーっと、その……柔らかくなった気がします」

 

「そうそう! 柔らかくなったんだよ! まるで翼の体みたいに!」

 

 未来の言葉に便乗する響。実際、響も未来のように感じたから便乗したのだが、その後に言った例えたものの発言が再びその場の空気を凍らせた。

 

「ひ、響!? あ、あの、その……」

 

「……響?」

 

「……すいませんでした」

 

 恥じらう翼と笑みを浮かべる未来。再び先程の状況が構築されるまで秒読みの中、響は場を治めるために素直に謝罪の言葉を口にしたのだった。

 

「こ、こほん……。柔らかくなった、ね……。そう言われると少し嬉しいわね」

 

 話を戻す為に顔にまだ赤みが残っている翼は(わざ)とらしく1度咳払いをしてから話を再開させる。

 

「……あ、それと、翼は前より笑うようになったよな」

 

「そう……。だとしたら、それはきっと響のお陰ね」

 

(自分でも分かる。1人きり戦っていた私に出来た新しい仲間……。そんな響と彼のあの日の言葉が私の心に余裕を生ませてくれているのね)

 

──翼さんが自分を剣だって言うのなら俺はそんな翼さんの鞘になって、翼さんが防人として休めて歌女として存分に歌を歌えるようにしてあげたい──

 

 2人で街を歩き回ったあの日に言われた言葉。その暖かい言葉と響の存在、そしてそんな響への恋心が拠り所なって翼の心に余裕と平穏を齎してくれているのだ。

 

「ん? 俺そんな面白いこととかしたか?」

 

「そ、そうじゃなくて……」

 

「じゃー何だよ? しっかり口にしてくれないと分かんねえよ」

 

「そ、それは、その……うぅ、やっぱり響は私に意地悪だ」

 

「ははは、やっぱ翼って不貞腐れると急に可愛くなるよな」

 

 ハッキリしない翼にぐいぐいと訊ねていく響。徐々に追い詰められた翼は、しおらしく不貞腐れてしまった。そんな女の子らしくて可愛い翼を見て、響は面々の笑みを浮かべながら笑っていた。

 

「あ、思い出したわ。2人に渡すものがあったの。少し待っていてくれないかしら」

 

 このまま響に弄られたくないからか、話題を変えようとするように翼は突然雑に話を打ち切って駆け出していった。取り残された響と未来の2人は、そんな翼の様子を見ながら軽く笑い、翼の言う通り少し待つことにした。

 

 それから数分と経たない間に翼は戻ってきた。その手に2枚の紙切れらしき物を持ちながら。

 

「響に小日向、2人にこのチケットを受け取ってほしいの」

 

 戻ってきた翼は、戻って来るなり早々に持っていた紙切れらしき物を響と未来に差し出した。その紙切れらしき物の正体は、何かのライブのチケットであった。

 

「これって、チケット?」

 

「翼、このチケットは何のライブのチケットだ?」

 

 少し戸惑いながらも2人はチケットを受け取り、それが何のチケットか気になった響は当然チケットを手渡してきた翼にその説明を求めた。

 

「そのライブのチケットは、芸能活動を再開させてからの私の初めてのステージのチケットなの」

 

「えっ!? それってつまり復帰ステージってことか!?」

 

「えぇ。10日後にあるアーティストフェスに急遽捻じ込んでもらったの。」

 

「成る程!」

 

「倒れて中止になったライブの代わりという訳ね」

 

 絶唱の負荷によって芸能活動を表向きは過労ということで休止していた翼であったが、翼が手渡したそのチケットは芸能活動を再開させてからの翼が初めて立つライブステージのチケットであった。

 

 詳細が気になった響は眺めていたチケットの表を裏向けて、裏に書かれている会場の場所や開始時間等の細かな内容を確認し始める。すると、チケットの裏側の詳細部分を読んでいた響の目がある一箇所を見たことで固まった。

 

「翼、この会場って……」

 

 響が見たアーティストフェスの開催会場に記名されていた場所は、今の響の原点とも言える全てが終わり全てが始まった場所であり、2年前に“ツヴァイウィング”の最後のライブが行われた場所でもあり、響の命の恩人である天羽奏が絶唱を歌いその命を燃やし尽くした場所であるあのライブ会場だった。

 

「響にとっても辛い思い出のある会場ね……」

 

 翼は目を伏せながらそう口にする。響にとってこの会場での一件で良い思い出があまりないように、翼にとってもこの会場にはあまり良い思い出は無い。翼にとってこの会場は、唯一無二の相棒を永遠に失うことになった場所であり、知らぬ間に“ネフシュタンの鎧”をフィーネなる人物に強奪されていた場所でもあるからだ。

 

「……ありがとな、翼」

 

「響?」

 

 だが、気持ちが落ち込む翼に響が言ったのは悲観的な言葉ではなく、翼へのお礼の言葉であった。響の声の音調は普段通りのものであり、特に気を使っている様子も痩せ我慢している様子も見られなかった。

 

「何れだけ辛い過去だろうが、過去は過去だ。過去は絶対に乗り越えていける。そうだろ、翼?」

 

「……そうね。そうありたいと私も思っている」

 

 響の言葉に翼は少し考えを巡らせるが、数秒も経たぬ間に悲壮感のある顔に優しげな微笑を浮かべて自身の思いを答えた。

 

「よし! 休憩終わり! 翼のライブがあると分かったからには俄然やる気が湧いてきた! 先行ってるぞ、翼!」

 

 翼の言葉を聞いて満足そうに頷き、気合いとやる気を再燃させた響は持っていた空っぽのペットボトルをゴミ箱に投げ捨てると、中断していた訓練を再開する為にシミュレーションルームに戻っていった。

 

「私も響に負けていられないわね。……彼と一緒にいると不思議と元気と力が湧いてくる」

 

「そうですね。私も響の真っ直ぐなところに助けられてますし、何よりそんな響が私は大好きです」

 

「そうね。人の心に踏み込んで何があっても臆さず逃げ出さず、最後には優しく受け止めて抱き締めてくれるところも私は好ましく思っているわ」

 

「……」

 

「……」

 

 未来と翼は無言となって互いに視線を交わらせる。気のせいか、2人は笑みを浮かべているのに落ち着ける雰囲気は全くせず、其れ所かギスギスした雰囲気が漂っていて、2人の視線が交わる中間辺りからは火花のようなものが散っているような気がした。

 

「……私、負けませんからね!」

 

「えぇ。私も譲る気は無いわ」

 

 隣の部屋で1人の少年()が心火を燃やしている中、2人の少女達(未来と翼)の恋の炎も燃え上がっていくのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 10日という時はあっという間に過ぎ、アーティストフェス当日を迎えていた。アーティストフェスの準備が進められる夕方の時間帯の中、翼は緒川と共にアーティストフェスの会場の舞台裏にいた。

 

「リハーサル、良い感じでしたね」

 

 先程行われた今日の本番前の翼のリハーサルを見た感想を緒川が述べる。翼はその言葉に何か言葉を返すことは無かったが、穏やかで柔らかい表情をしながら歩いていく。

 

 すると、舞台裏全体に大きな拍手の音が鳴り響いた。その拍手の音の発生源は、翼達が歩いていく進行方向上にいた中年の外国人男性だった。

 

「トニー・グレイザー氏!」

 

 翼のマネージャーでもある緒川は、その中年の外国人男性の正体を知っていた。

 

「メトロミュージックのプロデューサーです。以前、翼さんの海外進出展開を持ち掛けて来た」

 

 翼に話だけは通していた緒川は、改めて翼にトニーなる人物がどういった身分の男なのかを説明した。そう、彼こそが以前に翼が響に話した翼に海外進出の話を持ち掛けてきた人物だった。

 

「中々首を縦に振ってくれないので、直接交渉させて頂きに来ましたよ」

 

 翼と緒川の下にまで歩み寄ってきたトニーは、単刀直入且つ手短に今回の訪問の目的を語った。彼の目的は、オファーを断り続ける翼と直接会って話すことであった。

 

Mr.(ミスター)グレイザー、その件については正式に──」

 

 緒川は1歩前に出て翼の代わりにオファーの話を断ったことを説明しようとしたが、無言の翼が緒川の前に自らの手を出して制することで緒川の言葉を遮った。

 

「翼さん?」

 

「もう少し時間を頂けませんか?」

 

「つまり、考えが変わりつつあると?」

 

 トニーの言葉に翼は言葉を返さない。代わりに意思が揺らぐ気配を微塵も感じさせない強い瞳でトニーの目を真っ直ぐ見遣り、同じく翼の目を逸らすこと無く見詰めていたトニーも翼の言わんとしていることを理解する。

 

「そうですね。今の君が出す答えあれば、是非聞かせて頂きたい。今夜のライブ、楽しみにしていますよ」

 

 トニーはそう言い残すと、踵を返してこの場から去っていった。話を終えた翼はその場から1歩も動かず、去っていくトニーの背中を真っ直ぐ見続けていた。

 

 一方、今日の翼のライブを楽しみにしていた響は独り街の中を全力疾走していた。

 

「ああもう! どうしてこんな大事な日に限ってトラブルが起こり続けるかな!? 俺って本当呪われてる!!」

 

 トラブルに巻き込まれるであろう自身の体質と運命を把握していた響であったが、今日は何時にも増して全く付いていなかった。

 

 自身の体質と運命を把握していた響は、前もって未来と集合するアーティストフェス会場前に1時間は早く着くように計算して家を出ていた。勿論、家にいる愛犬のミライに餌も与えて寝かしつけてからだ。

 

 しかし、今日の響は何故か約3分刻みで自身の前で起こり続ける連続のトラブルに巻き込まれていた。

 

 カップルの喧嘩の仲裁、迷子の親の捜索、散歩中に逃げ出した飼い犬の確保、自身に向かって走ってきた引っ手繰りのバイクの運転手目掛けてラリアットを噛ましたりと大忙しだ。他にもあるがこれ以上挙げたら切りが無いので割愛する。

 

 兎に角、不運極まる響はこのままでは未来との集合に間に合わないどころか、アーティストフェスの開演にも間に合わないかもしれないのだ。

 

「折角チケット貰ったのに、このままだと開演に遅れるじゃねえか!」

 

 マラソン選手もビックリな速度で走る響。そんな中、響が懐に忍ばせたいた二課の本部との連絡用の通信端末から着信音が鳴り響いた。響は走りながら端末を手に取る。

 

「はい、こちら響!」

 

『ノイズの出現パターンを検知した。翼にもこれから連絡を──」

 

「おやっさん!」

 

 翼にも連絡を送ろうとする弦十郎だったが、響に強い声で呼び止められたことで翼への連絡を中断した。

 

『どうした?』

 

「現場には俺だけが行く。今日の翼には、ノイズにじゃなくて多くの人に向かって歌って欲しいんだ。あの会場で、最後まで歌わせてやってほしいんだ。頼む!」

 

 響の話を聞いて弦十郎はハッとした顔になるが、直ぐに表情を優し気なものに変えて大きく頷いた。

 

『やれるのか?』

 

「おう! あたりきしゃりきだ!!」

 

 響の威勢の良い返事を聞いた弦十郎は、響に通信機越しにノイズが発生した場所を伝えて通信を切った。通信が切れた端末を懐に戻した響は、ズボンのポケットからスマホを取り出して電話を掛ける。

 

『はい、小日向です。どうしたの、響?』

 

 響がスマホで電話を掛けた相手は、今頃アーティストフェスの会場前で響のことを待っている未来だった。響は電話に出た未来に伝えるべきことを簡潔に伝える。

 

「ごめん、未来。俺、アーティストフェスに行けなくなった」

 

『……何かあったの?』

 

 響が用件を伝えると大体で響に何かあったのだと察してくれる幼馴染みに感謝しつつ、未来に行けなくなった訳を説明する。

 

「ノイズが出たんだ。だから、行ってくる」

 

『……うん、分かった。気を付けてね、響。ライブには私1人で行ってくるね』

 

「あぁ。未来は翼のことを近くで見守ってやっててくれ」

 

『うん。響も翼さんのライブと夢を守ってあげて』

 

 最後に未来の言葉を聞き受けた響は電話を切って、ふと思った。2年前とはまるで状況が逆だな、と。

 

 2年前、響は会場に行けたが未来は行けなかった。ノイズから逃げるのではなく、自らノイズに向かっていく。そして、響の胸には今ノイズを打倒する為の力があった。

 

(翼の夢は、絶対に邪魔させないっ!!)

 

「……Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

 人気の無い場所まで出た響は約束と決意を胸に宿して聖詠を歌う。シンフォギアを身に纏い、更に速力ました足で響は人気の無い道路を走り抜ける。

 

『響君、ノイズの反応を検知した場所で新たにイチイバルの反応を検知した!』

 

「イチイバルッ!? ってことは、クリスが!?」

 

『そういうことだろう。至急ノイズの殲滅及びクリス君の救援に向かって欲しい!』

 

「合点承知!」

 

 二課より齎された情報は、ノイズの発生地点で既にイチイバルを纏ったクリスが戦闘を行っているというものだった。響はそんな孤軍奮闘するクリスを助けるべく、逸早くクリスの下に駆け付ける為に更に移動のペースを速める。

 

 脚部ユニットのパワージャッキを起動させて引き絞り、解放すると同時に腰部ユニットのバーニアも同時に起動させる。そうすることで一時的に勢いと爆発力のある加速が生み出され、宙に飛び上がった響は一気に大きな距離を稼いで火の手が上がる工場プラントに向かって跳んで行った。

 

 場所は移りノイズの反応が検知された工場プラントでは、クリスがガトリングとなったアームドギアから無数の銃弾を連射しながらノイズの殲滅を行っていた。

 

 しかし、幾ら広域殱滅に優れるイチイバルのシンフォギアを以てしても、1人では到底倒し切ることが出来ない程の数のノイズが工場プラント中に蔓延っていて、苦戦を強いられていたクリスは苦悶の表情を浮かべていた。

 

 無数に群がるヒューマノイドノイズやクロールノイズは容易に殲滅出来ているが、その後ろに控えている要塞型(フォートレス)ノイズとでも呼ぶべき巨大なノイズは、クリスのBILLION(ビリオン) MAIDEN(メイデン)MEGA(メガ) DETH(デス) PARTY(パーティ)を物ともしない程に堅牢堅固であった。

 

(こいつ、ビクともしやがられねえ!? 一応倒す手段があるっちゃあるんだが……)

 

 顳顬辺りに脂汗を流しながらクリスは内心で愚痴を溢す。これは別に嘘では無い。対多数型の広域()()を得意とするギアを纏うクリスには、この状況を打ち破る為の方法が確かに存在していた。だが、今のクリスにはそれを実行する為の時間が全く無かった。

 

 この堅牢堅固の要塞型(フォートレス)ノイズがただ硬いだけの敵であれば良かったのだが、人を殺すことを主な目的として動くことを前提としているノイズに攻撃手段が無い訳が無かった。

 

 要塞型(フォートレス)ノイズは、砲門らしき物体の照準をクリスへと定め、そこから砲撃を行った。砲撃として撃ち出された砲弾の正体は、普段は宙を飛び回って空から奇襲を仕掛けてくるフライトノイズだった。

 

 凄まじい勢いで放たれたフライトノイズは、その勢いを緩めること無くクリスに向かって飛来し、クリスは自身に当たる直前で体を仰け反らせたことで直撃は避けたが、直ぐ後ろに砲撃が当たったことによる爆風で吹き飛ばされて地べたに這い蹲る。

 

 クリスのイチイバルは広域殲滅という響や翼のシンフォギアとは段違いな高い火力と攻撃を持っている反面で、翼の天羽々斬(アメノハバキリ)のような機動力や、一瞬だがその機動力を上回る程の爆発力のある加速を行うことの出来る響のガングニールのような移動性への適性は低い。

 

 未だ体勢を立て直せていないクリス目掛けて新たに砲撃を行おうと要塞型(フォートレス)ノイズが、その照準を修正して再びクリスに狙いを定める。

 

 そして発射されたフライトノイズは、無防備なクリスに直撃する直前で凄まじい勢いで斜め上から跳んで来た響によって蹴り砕かれた。

 

「お、お前……」

 

「クリスはそこでジッとしろ!」

 

 着地した響はクリスに一瞥すること無くそう告げると、腕部ユニットを引き絞った右腕を帯電させてから胸の傷跡から湧いてくるエネルギーを身体中に循環させ、クリスの目にも止まらぬ程のスピードを発揮して周辺にいた雑魚のノイズを一掃した。

 

「凄え……」

 

「体に行き渡らせたエネルギーを防御じゃなくてスピードに回すことで瞬間的に超スピードを発揮して、帯電させた右手を手刀の形にして敵を貫く技だ。前のに必殺技を付けるなら“我流・亀甲槍陣”で、今回のは“我流・迅雷撃槍”ってところだな」

 

【我流・迅雷撃槍】

 

 クリスの下まで戻ってきた響は、胸を張りながら即興で考えた自身の必殺技の名前をクリスに述べる。

 

(前やった超防御に高速移動、それにエネルギーの変化による帯電……こいつ、戦う度にエネルギー運用が上達して行きやがる……!?)

 

 響は簡単そうに言っているが、アームドギアも無しにやるエネルギー運用なんて並大抵のものではない。

 

 翼やクリスのようにアームドギアを変化させる為のエネルギー運用や、アー厶ドギアを経由してのエネルギーの変化なら分かるが、エネルギーをアームドギアへの経由無しでここまで運用し、直接防御や素早さを上げたり、況してや電撃に変化させるなど普通ではない。

 

 それだけでクリスには、響にはエネルギーを直接運用して制御することが出来る天部の才があることが分かった。

 

「大丈夫か?」

 

 響は尻餅を付いたまま座り込んでいるクリスに向かって手を差し出すが、クリスは響の手を取ることはせず視線を逸らしてしまっている。

 

「……何しに来やがった?」

 

「守りに来た。夢と笑顔をな」

 

「相も変わらずそんな青臭え台詞を、よく真顔で言えるもんだな」

 

 臆面も無くここに来た理由を述べる響に、クリスは以前のように毒を吐く。だが、以前とは違ってそこに嫌悪の気配は無く、呆れているかのようであった。

 

「話してる間にまた敵がもりもり湧いて来やがったな」

 

 響があの大多数を一掃したというのに、既に辺りは先程までではないが響達の四方八方を埋め尽くすようにノイズ達が群がっていた。

 

「原因はあの馬鹿デカい奴だ。あいつが後方からの支援と同時に敵の生産もしてやがる」

 

「つまり、早いところあいつを仕留めないとこっちがジリ貧になるってことか」

 

 砲撃と同時にノイズの生産も行なっているという要塞型(フォートレス)ノイズの情報がクリスより齎され、響は自身が思った感想を率直に述べる。

 

「流石に無限湧きのこいつらを倒しつつ親玉を倒すってのは骨が折れるな。……という訳で、力を合わせるぞクリス」

 

「はぁ!? ふざけんな!? どうしてお前と力を合わせなくちゃならねんだよ!?」

 

「んなこと言ってる場合か! 良いからさっさと立て、クリス!」

 

 響は未だに手を伸ばさないクリスの手を無理矢理掴み取り、手を引っ張り上げてクリスの意思に関係無く立ち上がらせた。その直後、向かい合っていたお互いの背後からヒューマノイドノイズとクロールノイズが襲い掛かった。

 

「「ッ!」」

 

 互いの体越しに敵の存在を見ていた2人は同時に駆け出した。クリスの背後に迫っていたヒューマノイドノイズを響が拳で殴り飛ばし、響の背後に迫っていたクロールノイズをクリスがアームドギアのボーガンのエネルギー状の矢で射抜いた。

 

 そこから立て続けにノイズが2人に襲い掛かり、響とクリスは自分のペースでノイズと戦い始めた。ノイズと戦ってる中、響とクリスは自身の目の前にいるノイズを中心に倒しながらも、時折互いのフォローやカバーになる形の動きをしていた。その中で、響が隙を作ったノイズをクリスがボーガンで射抜いた場面があった。

 

「やれば出来るじゃねえか、クリス!」

 

「勘違いすんじゃねえ! 撃たなきゃこっちがやられてたからやっただけだ! そもそも仲間でもねえのに力を合わせるなんて出来る訳無えだろ!」

 

「そんなこと無えよ。それに力を合わせるのに仲間だとかどうとかの面倒な理由付け自体必要無えだろ!」

 

 響はそう言いながら、体を反転させてクリスと背中合わせになって構える。クリスはアームドギアをボーガンからガトリングに変化させつつ、響の言葉の続きが気になって周囲を警戒しながら響を見遣る。

 

「ヤらなきゃヤられる。でも、1人じゃキツい。だから仕方無え。そんなもんで良いだろ……力を合わせる理由なんてものはよ!」

 

「ッ!?」

 

「俺はノイズを倒して皆を守りたい。お前はどうなんだ、クリス!」

 

 響がクリスの真意を聞き出そうとしたところで、後方に控えていた要塞型(フォートレス)ノイズが響に向かって砲撃した。完全に失念していた響は、“我流・亀甲槍陣”を使って防御しようとしたが、砲弾であるフライトノイズは響に当たる直前で無数の弾丸に撃ち抜かれて煤となって霧散した。

 

 それを見た響が思わずクリスに視線を向けると、クリスは険しい顔をしながらも響と共に肩を並べてガトリングの砲身をノイズに向けていた。

 

「お前が前衛で陽動、あたしが後衛で後方支援。あたしの弾がもし当たったとしても気にしないって言うんなら、今回はお前の言う通り力を合わせてやるよ」

 

「勿論OKだ。そもそもクリスが外すなんてヘマするのか?」

 

「する訳ないだろぉ!!」

 

 何処か挑発じみた響の言葉に、クリスは売り言葉に買い言葉と言わんばかりの自信満々の音調の声で応える。そこからの響とクリスによるノイズの殲滅は凄まじい勢いで進行した。

 

 前衛を任せられた響は陽動として敵を引き付け翻弄し、ノイズがその背後から襲おうものなら後方支援のクリスが響にノイズが触れる前に的確に撃ち抜く。

 

 後衛を任せられたクリスは後方支援として遠距離から敵を一掃し、ノイズがクリスに狙いを定めようものなら陽動の響がクリスに届く前にそのノイズを粉砕する。

 

 予め打ち合わせした訳でない即興の陣形とコンビネーションであったが、互いに得意な戦法と距離を組み合わせ、味方の動きを阻害しないように必要最低限の的確なフォローで動き回る2人の動きは、味方に前を任せて背中を任せる前衛と後衛のコンビネーションの中でも正に模範的なものであった。

 

 2人の殲滅力は、要塞型(フォートレス)ノイズがノイズを生み出す生産力をも上回り、今や要塞型(フォートレス)ノイズの周辺には要塞型(フォートレス)ノイズに辿り着くことを阻害していた邪魔な壁も存在していない。

 

 響は文字通り最後の砦となった要塞型(フォートレス)ノイズを倒す為に腕部ユニットのハンマーパーツと両足の脚部ユニットのパワージャッキを引き絞る。

 

 響が行動を開始する直前で周囲一帯の残ったノイズはクリスのガトリングによって一掃される。これで要塞型(フォートレス)ノイズを守る壁は完全に消え、敵は無防備に晒された。

 

 響はパワージャッキと腰部バーニアを同時に使い、爆発力のある加速を以て一気に要塞型(フォートレス)ノイズまで迫る。

 

「セイヤァァァァァァッッ!!」

 

【我流・撃槍衝打】

 

 振り抜かれた響の拳の一撃が要塞型(フォートレス)ノイズに打ち込まれる。その瞬間に腕部ユニットのハンマーパーツが作動し、拳と衝撃(インパクト)が合わさって要塞型(フォートレス)ノイズを吹っ飛ばした。

 

 しかし、件の要塞型(フォートレス)ノイズは響の我流・撃槍衝打を喰らったのにも関わらず未だに健在だった。響に負けず劣らずの呆れるくらいの頑丈さであった。

 

「嘘だろ……あれを喰らってまだ生きてんのかよ……!?」

 

 響の我流・撃槍衝打を喰らっても煤となって消滅していない要塞型(フォートレス)ノイズを見て、思わずクリスはその場で立ち止まって目を見張った。

 

 実際に我流・撃槍衝打を土手っ腹に打ち込まれ、完全聖遺物である“ネフシュタンの鎧”をも砕く威力を誇ることを知っているクリスだからこその反応であった。

 

「そんな不安になること無えぞ、クリス!」

 

 知らぬ間に心に不安を感じ、顔に不安そうな表情を浮かべていたクリスを響が鼓舞した。その響は驚愕で立ち止まったクリスとは逆に、不安を一切感じさせぬ強気な顔をしながら既に次の行動に移ろうとしていた。

 

 我流・撃槍衝打のダメージによって身動きの取れなくなった要塞型(フォートレス)ノイズを見据えていた響は、着地してから間髪入れずに再び宙に跳び上がり、脚部のパワージャッキを再び引き絞る。

 

「1発でダメなら、何度だって打ち込んでやれば良いんだからなぁ!!」

 

 響の考えは、要するに通じないのであれば何度でも攻撃を打ち込むということである。そうしていれば、何れ敵の固い防御力を突破することが出来ると信じているのだ。正に、雨垂れ石を穿つである。

 

 宙に跳び上がり、蹴りの体勢に入った響が要塞型(フォートレス)ノイズ目掛けて真っ直ぐに直進していく。その際に脚部ユニットと引き絞られたパワージャッキに明るい橙色のエネルギーが集束して響の右足が橙色に輝く。

 

「セイハァァァァァァッッ!!」

 

【我流・撃龍槍】

 

 要塞型(フォートレス)ノイズの胴体に、今度は我流・撃龍槍が叩き込まれる。腕部ユニットのハンマーパーツと同様に脚部のパワージャッキも同様に作動し、パワージャッキの鋭い先端が要塞型(フォートレス)ノイズに打ち込まれる。

 

 すると、間髪入れずに強力な物理打撃を叩き込まれた要塞型(フォートレス)ノイズの体は遂にダメージの限界値を超え、要塞型(フォートレス)ノイズの体は煤となって今度こそ消滅した。

 

 周囲にはノイズが再び出現する気配も無く、今回のノイズとの戦闘はこれで終了した。月と星々が煌めく宙に向かって、響は拳を突き上げる。

 

「……約束、守ったぜ、翼。……見ててくれたか、奏さん」

 

 響は勝利の余韻と共に、自身が約束を交わした仲間の少女ともう見ることも触れることも叶わぬ自身の恩人に想いを馳せていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 響がノイズの討滅を完了したのと丁度同じ頃、アーティストフェスの会場は最高潮の盛り上がりを迎えていた。

 

 翼が“FLIGHT FEATHERS”と言う名の曲を歌い終わり、観客達の声援と歓声と拍手が会場中に木霊(こだま)する余韻が残る中で翼は自身の胸の内にある思いを多くの人達に向かって吐露し始めた。

 

「こんな思いは久しぶり。忘れていた。でも思い出した! 私はこんなにも歌が好きだったんだ! 聞いてくれる皆の前で歌うのが、大好きなんだ!」

 

 翼はそこで一旦マイクを下ろし、少し間を空けてから再び話を再開させて続ける。

 

「もう知ってるかもしれないけれど、海の向こうで歌ってみないかってオファーが来てるの。自分が何の為に歌うのか、ずっと迷ってたんだけど……今の私はもっと沢山の人に歌を聞いてもらいたいと思っているわ。言葉は通じなくても、歌で伝えられることがあるのなら、世界中の人達に私の歌を聞いてもらいたい!」

 

 翼の胸の内にある思いを知った観客達は、そんな自身達が応援する翼に向けて歓声と拍手を送る。それは“ツヴァイウィング”時代から翼のファンであり、翼の夢を守る為に戦場にいる幼馴染みの分も翼を見守っていた未来も同様だった。

 

「私の歌も誰かの助けになると信じて、皆に向けて歌い続けてきた。だけどこれからは、皆の中に自分も加えて歌っていきたい! だって私は、こんなにも歌が好きなのだから! たった1つの我が儘だから、聞いてほしい。許してほしい……」

 

 翼は自身の胸の内にある思いを出来る限り言葉にして、この会場内にいる全ての人達に伝えた。翼の告白を聞き、会場内から歓声や拍手の音が全て消えて会場内を沈黙が支配する。

 

『『許すさ。当たり前だろ?』』

 

 沈黙の中で翼は自身の相棒と想い人が同じ言葉を自分に言ってくれた気がした。その言葉に反応して目を伏せていた翼が目を見開くと、沈黙が支配していた会場内に再び歓声と拍手の音が鳴り響いた。

 

 会場内に響く歓声は全て翼を応援するものであり、自分の大切な人達が言っていたようにこの場の全員が翼が夢を目指すことを認め、その背中を押してくれている光景を見て翼は涙を流す。

 

「ありがとう……!」

 

 涙を流す翼は、今一度自身の胸の内から湧いてきた思いを言葉にして会場中に伝える。涙を流しながら上を見上げるその姿は、戦場にいる響と同じ方向を見詰めていた。

 

 場所は変わってアーティストフェスの会場内のエントランスホール。そこに今日の夕方頃に直接翼に会いに来た人物、トニー・グレイザーが出口に向かって歩みを進めていた。

 

Mr.(ミスター)グレイザー!」

 

「ん?」

 

 後ろから呼び止めれたトニーは、歩みを止めて体ごと後ろに振り返る。声が聞こえてきた後方には、眼鏡を掛けた翼のマネージャーモードの緒川がトニーの下まで駆け寄って来ていた。

 

「君か。少し早いが、今夜は引き上げさせてもらうよ。これから忙しくなりそうだからね」

 

「ッ!」

 

 トニーの口から聞かされた言葉を聞いて、緒川は息を呑んだ。ステージから語られた翼の思いを聞き届けたトニーは、翼の夢を叶えて全力でバックアップする為に今からその準備に取り掛かろうと本国に戻るつもりなのだ。

 

「風鳴翼の夢を、宜しくお願いします」

 

 緒川は1番近くで翼の歌う姿を見守ってきた大人である故に、腰を90°に曲げて真摯に頭を下げて頼み込む。真剣な緒川の姿を見て、トニーは優しく笑いながら背を向け、片手を上げながら会場を後にしたのだった。

 

 再び場所は移り、ノイズが出現した工場プラントから少し離れた場所にあるビル街の路地裏に1人の少女がいた。

 

 その少女とは先程まで響と共にノイズと戦っていたクリスであり、クリスは苛立たしげに顔を歪めながら路地裏に設置されていたプラスチックの空のゴミ箱を蹴り飛ばした。ゴミ箱は低く宙を舞い、近くにあった別のゴミ箱を巻き込んで飛んで行った。

 

「あいつは敵だぞ! なのにどうして手を貸しちまった!?」

 

 ビルの外壁に拳を打ち付け、クリスは歯を食い縛りながら愚痴を溢す。だが、壁に打ち付けた手を直ぐに引っ込め、その手をもう片方の手で包み込むように握る。

 

 その手は、先の戦いで無理矢理に響に掴まれた手であった。捕虜として幼少期を過ごしたクリスにとって、手を無理に掴まれて引っ張り上げられたことなんて常だった。だが、響に掴まれた手には、クリスを捕虜とした乱暴な大人達と違って暖かさを感じたのだ。

 

 手に残ったその暖かさと、戦闘中に響の話に乗るという普段の自分からは考えられないような自身の思惑とは違う行動を取った過去の自分がクリスを余計に惑わせて苦しめる。

 

「ちくしょう、フィーネ……ちくしょう……」

 

 クリスは目尻に涙を溜め、両手と両膝を地に着いて嗚咽を漏らした。響と一緒にいると、知らぬ間に自身の考えとは別の行動を取っている自分が自分でも分からなくなり、体と思考の乖離がクリスを苦しめる一因となるのである。

 

「……捜したぞ、クリス」

 

 突然聞こえてきた穏やかな声。その声を聞いた途端にクリスは息を呑んで振り返った。振り返った先には、今まで走っていたのか少し呼吸が整っていない響が肩を上下に揺らしながら立っていた。

 

「お前……」

 

「何で泣いてるんだ? ……良かったら、少し話さないか?」

 

 響の声を聞いて響の顔を見たこの時、クリスの胸の苦しさが少し和らいだのだが、クリスがそのことに気付くことは無かった。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、翼と腕試しをする
──今出せる全力をぶつけ合う響と翼。ゲームのXDの方でとあるミッションをクリアすると見れるイベントを参考にしました。

(2)響、体の上に翼が乗る
──有利な態勢の翼さんがどんどん攻めており、早速“モードFATE”も発動しております。後ちょっとというところで393の乱入があり、今回は失敗に終わりました。恋がそう簡単に成就すると思ったら大間違いですぞ。

(3)響、393とO☆HA☆NA☆SHIをする
──別部屋にてO☆HA☆NA☆SHIをされる今作ビッキー。きっと頭だけじゃなく、肝っ玉も冷えたに違いない。

(4)響、新技を会得する
──防御力を高めるのが“我流・亀甲槍陣”で、手に雷を纏って高速移動しながら突きを繰り出すのが“我流・迅雷撃槍”です。“我流・迅雷撃槍”の元ネタは、仮面ライダーカブトに登場する仮面ライダーザビーの必殺技の“ライダースティング”です。

(5)響、“我流・撃槍衝打”と“我流・撃龍槍”の攻撃で敵を撃破
──これの元ネタは、仮面ライダーBLACK(ブラック)が披露したライダーパンチ+ライダーキックの連続必殺技です。あれは無双ゲーでも再現されてましたがかっこいいですよね。

(6)響、戦闘後にクリスと合流
──原作では逃げ切ったクリスちゃんも逃亡生活経験がある故に隠れ場所等に詳しい今作ビッキーからは逃げ切れませんでした。

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 個人的な意見なのですが、僕的にクリスちゃんの戦闘シーンに仮面ライダー鎧武(ガイム)の挿入歌の“時の華”ってピッタリだと思うんですよ。凄くかっこいい歌なので、良かったら1度聞いてみて下さい。

 さて、ライブ回も終わったということでこれで1期の翼さんのターンは一旦終わりです。次回からはクリス回の始まり始まりです。

 それでは、次回もお楽しみに!

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