戦士絶唱シンフォギアIF   作:凹凸コアラ

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 皆さん、どうもシンシンシンフォギアー!!(挨拶)

 1ヶ月も待たせて申し訳ありません。大学が再び始まって忙しかったのです。それとゼミの活動で毎日毎週デッサンばかりしていて、デジタルアートも小説の方も全く手が付けられないんですよね。

 それは兎も角、“機械仕掛けの奇跡”のEDの“KNOCK OUTッ!”ですが、とても良い曲でしたね! 満を持して到来した二課組の信号機トリオによる初イベントストーリーに相応しいEDでした!

 それと新しくやって来たハロウィンイベントと切ちゃんと調ちゃんのハロウィンギアを見て、一言だけ言いたいことがありました。

 ……僕は、一体トリックオアトリートのどちらを選べば良いのでしょうか?

 切ちゃんにお菓子をあげて可愛い笑顔は見たいです。しかし、そうなると2人に悪戯してもらえなくなります。

 お菓子をあげないで調ちゃんから悪戯をしてもらいたいとも思っているんです。ですが、そうすれば2人のお菓子を食べた時の笑顔を見れなくなる。

 僕は一体どうすれば良いんだ!? 僕は悪魔な切ちゃんと魔女っ子な調ちゃんにお菓子をあげれば良いのか、それともそんな2人から悪戯をしてもらうべきなのか!?

 誰か教えてくれ!!

 ……前書きはここまでにして、そろそろ本編を始めていきましょうか。

 それでは、どうぞ!


EPISODE 21 夢のバトン

 アーティストフェスから暫く経ち、響はノイズと戦う非日常に身を置く忙しい日々を過ごしながらも充実した生活を堪能していた。

 

「それじゃーね、響。行ってくるね♪」

 

「おう。車と痴漢には気を付けろよ。未来は可愛い顔をしてるんだからな」

 

「もう、響ったら。そんなに煽てても何も出ないよ?」

 

 今日も今日とて響と一緒に朝食を食べる為に朝早く響の家を訪れていた未来を見送る為に玄関まで来ていた響は、まるでカップルが言うような言葉を未来に伝え、未来は満更でも無さそうな笑みを浮かべていた。

 

「わふっ!」

 

 未来を見送る為に廊下に来る際、開けっ放しにしていた扉を通って響の飼い犬であるミライが未来の膝下までやって来る。その姿は、まるで主人を見習って未来を見送りに来たかのようだった。

 

「ふふ。見送りに来てくれたの? ありがとう、ミライ君」

 

「くぅ〜ん」

 

 甘々な笑顔を浮かべた未来が腰を低くしてミライの頭を撫で、ミライも未来に頭を撫でてもらえて嬉しそうに鳴いている。

 

「そう言えば、散歩はもうして良いの?」

 

「いや、まだ打たなきゃいけないワクチンが1回分残ってるんだ。その後は部屋の中を歩かせたりして暫く経過を見つつ、頃合いを見計らって漸く散歩デビューって感じだな」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 未来に撫でられていたミライを抱えながらその辺の事情を説明する響。そんな2人の様子は、まるで飼い始めたペットのことを気遣っている新米夫婦のようであった。だがまぁ、構図的には未来が玄関の外側に立っているせいで響は完全に無職のヒモ野郎に見えてしまうのだが。

 

「あっ、そろそろ時間だからもう行くね!」

 

「あぁ。さっきも行ったけど、車と痴漢には気を付けろよ! それとノイズにもな! ()れか1つでも遭遇したら俺を呼べよ? この響様の技術と武術とシンフォギアの力でどんな奴が来ても未来を守ってやるからさ!」

 

「うん!」

 

 未来は強気な響の言葉に頼もしさを感じながら、玄関の扉を開けて鞄を持っていない方の手を小さく振って響の家を後にした。

 

「……さてと、もう良いだろ」

 

 朝の時間を未来と共に過ごすという変わらない平和な毎日を過ごしている響だったが、最近そんな響の生活にも大きな変化があった。

 

 未来に手を振り返していた響は、ミライをそのまま抱えながら移動して自分の部屋の扉を開ける。響の部屋には、寝床であるベッドとは別に床に敷かれている布団というもう1つの寝床があった。

 

 響は独り暮らしで同居者はおらず、未来も寮の門限や学業があるから響の部屋に泊まるということは滅多に無い。それなのに響の部屋に寝床がある理由、それは今まで居なかった同居人が出来たからである。

 

 床に敷かれた布団は既に蛻けの空で、逆に部屋の隅に設置されたベッドは布団がこんもり盛り上がって小さな小山を作っている。その小さな小山の原因である人物こそが、新たに加わった響の部屋の同居人である。

 

「うぅ〜ん……」

 

 響の自室に1つの唸り声が木霊する。その唸り声の出処は、小さな小山の主であることは明白だった。

 

「よし、ミライ! 寝坊助を起こしてやれ!」

 

「わん!」

 

 自身を抱えていた主人からの命令を賜った子犬(名犬)は、その命令を実行すべく床に降ろされた直後に行動を開始する。ミライは、ベッドの上で布団に包まっている人物が亀のように出している顔の前まで回り込み、その顔を凄まじい勢いで舐め始めた。

 

「……んっ、んん、うぅん、くふっ、止めろ! 止めろよ、擽ったいだろ!」

 

 ミライに顔を顔を舐め回されていた件の人物は、最初は鈍い反応であったが連続で舐められてることで徐々に意識を覚醒させていき、ミライの舐め回しを擽ったく感じて小さく笑いながら顔の前にいたミライを抱き抱えながら体を起こした。

 

「全く、こいつは。寝てる人様の顔舐め回すなんて、とんでもねえ奴だ。後で厳しく言い付けてやらねぇとな。飼い主共々躾けてやるから、覚悟してろよな!」

 

 無理矢理起こされた割には、口の悪い言葉遣いとは裏腹に不機嫌さを全く感じさせなかった。厳しいことを言いながらも、抱き抱えたミライのことは優しい手付きで撫でていて、その撫でる手の気持ち良さにすっかりミライも安心し切って脱力していた。

 

「おい、誰が誰を躾けるだって?」

 

 響の声を聞き、ミライと戯れていた件の人物は金縛りにあったかのようにピタリと固まった。首をゆっくりと回し、扉の前に立っていた響を見据える。

 

「い、何時から、そこにいやがった……!?」

 

「最初から今までずっとだねぇ〜。いやぁ、まさかお前に犬みたいに()を躾けるなんていう特殊な性癖があるなんて知らなかったなぁ〜? うんうん、とんだ変態さんだねぇ〜?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?!!!?!??!!??」

 

 口をパクパクさせて訊ねてくる件の人物に、響は意地悪な笑みを浮かべながら態と間延びした言葉遣いで答えながら揶揄い、その人物は顔を真っ赤にしながら実に女の子らしい悲鳴を上げ、近くにあった物を片っ端から響に向かって投げ付けていく。

 

 枕、目覚まし時計、ティッシュ箱、本と他にも様々な物が宙を飛び乱れ、響は落としたら不味いものを冷静に判断して掴み取り、それ以外は無駄無く避ける。

 

 辺りに投げれる物が無くなると、少女は羽織っていた布団を再び着込み、両手と両足を引っ込めて入り切らなかった頭を少し出しながら不貞腐れてしまった。

 

「デリカシー無さ過ぎんだろ、バカッ!? お前って本当にバカッ!!」

 

「家主に向かってバカとは何だ! せめて筋肉付けろや!」

 

「食い付くとこそこかよ!?」

 

 飛んできた物を元の位置に戻しながら軽い言い合いをする響。物を元に戻し終え、いい加減に布団から出てほしい響は再び少女に話し掛ける。

 

「寝起き見てたのは悪かった。それは謝る。だから、いい加減に起きてくれよ。朝飯冷めちまうからよ」

 

 少女に謝罪し、起きて朝食が冷める前に食べてほしいと頼む響。料理を作った響としては、出来立てで暖かい1番美味い間に食事を済ましてほしいのである。

 

 響の朝食という言葉に反応したのか、不貞腐れて亀のように引き籠もっていたいた少女がピクリと反応を示す。そして、ほんの少し時間を要してからゆっくりと布団の中から出てくる。

 

「……あたしも……その、悪かった」

 

「ん?」

 

「物投げつけちまって悪かった……。けど、寝起きのあたしを見てたお前も悪いんだからな! だから、これでチャラだ! 分かったな!?」

 

「はいはい。まぁ改めて、おはようさん……クリス」

 

「……お、おう。その……おはよう」

 

 互いに互いに過失を許し合い、改めて響がしてきた朝の挨拶に少女──雪音クリスは、顔を少し赤くして外方(そっぽ)を向きながら恥ずかしそうに返した。

 

 響にあった大きな変化とは、この家にクリスが隠れながら居候することになったということだった。そもそも何故クリスが響の家に居候することになったか。その経緯は、アーティストフェスの夜まで遡ることとなる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クリスを見付けた響は、やけに静かで抵抗らしい抵抗を全くしないクリスを伴って近くの海岸にやって来ていた。

 

「また海かよ。何時ぞやの続きでもする気か?」

 

「そんなことしねえって。何でそんな物騒な考え方しか出来ねえんだよ?」

 

「悪かったな。ご存知の通り、生憎と育ちが良くなかったんだよ」

 

 シンフォギアの待機状態のペンダントを握り締めて構えるクリスを見て、響は何処か呆れながら溜め息を吐き、クリスは響に向かって悪態を吐いて返す。

 

「ここなら誰にも聞かれずに、静かに話が出来ると思ったから連れて来たんだよ」

 

 響の言う通り、今の時間帯で海岸にいるのは響とクリスの2人だけであった。まだ海開きの季節でない今の海には、人が立ち入ることは滅多に無い。人の話し声も聞こえず、聞こえてくるのは海の細波(さざなみ)が立てる波の音だけである。

 

「で? 今度は何を話そうってんだ? あたしにお前がやったような小っ恥ずかしい自己紹介でもさせる気か?」

 

「いや、それはもういい。俺が聞きたいのは、クリスの目的だな」

 

「あたしの目的だぁ?」

 

 響の言葉にクリスは怪訝そうな表情を浮かべる。半目で響を見るクリスの視線を無視して響は話を続ける。

 

「あぁ。別にクリスはただ壊したい、滅茶苦茶にしてやりたいと思って俺達と戦った訳じゃないだろ?」

 

「どうしてそう言い切れるんだ? あたしとお前の付き合いなんざ、出会ってから1ヶ月そこそこ、話をした時間に関しては1日にも満たねえだろうが」

 

「そんな短い時間でも分かるもんは分かるんだよ。例えばそうだな……クリスの身長が低いだとか、身長の割に胸がデカいとか、言葉遣いと食べ方が汚いとか、キツい口調の割に実は優しいとかだな。挙げていったら、たぶん切りが無いぞ?」

 

「んなっ!? お前何処見てやがんだっ!? デリカシーのデの字も無えのかっ!!?それと言葉遣いに関してはお前にどうこう言われたかねえ!!」

 

「仰る通りで」

 

 胸を隠すように腕で自身の体を抱きながらクリスは響に言葉を捲し立てる。クリスは響にデリカシーを要求するが、そもそも女の子との自己紹介で自分が童貞であることを明かすような響にデリカシーが欠片程もある訳が無いだろう。

 

「それで話を戻すけど、お前の目的何なんだよ?」

 

「……良いぜ。教えてやるよ。あたしの目的はなぁ、この世界にある争いという争い全部を根刮(ねこそ)ぎ叩き潰すことだ!!」

 

「ッ! ……全部の争いをか?」

 

「あぁ、そうさ! 力で戦う意思と力を持つ大人共を片っ端からぶっ潰すんだ!! そうすりゃ争いは消える!! それが1番合理的で現実的な手段なんだよっ!!!」

 

 感情的になって言葉を捲し立てながら自身の意思と考えを響に語るクリス。クリスの話を聞いていた響は、クリスが言葉を出し尽くすまで静かに聞き続ける。

 

「でもよ、クリスはその方法で争いを無くすことは出来たのか? 俺達がまだ(いが)み合ってた頃、お前は完全聖遺物の“ネフシュタンの鎧”やシンフォギアの“イチイバル”、それにあのノイズを召喚する杖っぽい物の力で散々俺や翼を叩き潰そうとしてた。けど、俺達は簡単に戦う意思を放棄したか?」

 

「そ、それは……」

 

「お前が言った手段は確かに1番手っ取り早いよ。けどな、それで抑えてられるのは少しの間だけだ。何時かお前に反発して戦う意思と力を持った奴がまた出てくる。しかも今度はその数を2倍とか、3倍増しにしてな」

 

──そうね。あなたのやり方じゃあ争いを無くすことなんて出来やしないわ。精々1つ潰して、新たな火種を2つ3つ散蒔くことくらいかしら──

 

「ッ!? ……ッ!!」

 

 響が言った言葉の内容は、クリスが嘗てフィーネから言われた言葉の内容と酷似していた。そのことががクリスの神経を逆撫でして苛立たせる。端から見ても苛立っている様子のクリスを見て、響はクリスの気を逸らす為に別の話題を振る。

 

「前々から思ってたけど、お前って矢鱈(やたら)と大人って言葉に噛み付くよな? ……大人はそんなに嫌いか?」

 

「あぁ、嫌いだね! あたしは大人が大嫌いだ! 死んだパパとママも大っ嫌いだ!! 戦地で難民救済? 歌で世界を救う? 良い大人が夢なんか見てんじゃねえよっ!!」

 

「……大人が夢、か」

 

 “夢”という単語が響にとって何かを想起させるものがあったのか、響は視線をクリスから外して月が輝く空を見詰める。何時もとは違って何処か物静かな印象が見受けられる響を見て、クリスは少し訝しむような表情を見せる。

 

「夢と言えばさ、俺もまだまだガキだった頃……まだ物を何も知らない本当に小さい頃だけど、欲張って色んな夢を持ってたな。その夢を何時か全部叶えたいとか思ってた。野球選手になって……パイロットになって……かっこいい車に乗って、とかな」

 

「最後は兎も角、野球選手でパイロットって意味不明だな……」

 

 響が過去を語ると、クリスは呆れるような視線を響に向けたが、その表情は先程よりも幾許か和らいでいるように見えた。

 

「まぁ、そこは今重要じゃないからほっとけ。それで話の続きだけど、早く大人になりたいとかクリスは思ったりしなかったか?」

 

「はぁ……?」

 

「大人になれば背は伸びるし、力も強くなって出来ることが沢山増える。そうすればガキの頃は見るだけだった夢も、大人になれば叶えられるようになるだろ? それだけで夢を見る意味は、それこそ無限大の可能性を持ってると俺は思うぜ」

 

「……」

 

「……クリスの親父さんと御袋さんは、ただ夢見てるだけの頭お花畑の状態で戦場に行ったのか? ……そんな訳無い。断言する。歌で世界を平和にするっていう夢を夢のままで終わらせず、その夢を叶えて実現させる為に、自分達からあんなこの世の地獄なんて言葉ピッタリな場所に踏み込んだ筈だ」

 

「何でそこまで言い切れるんだよ……!? 実際にあたしの親と会った訳でもなければ、まだまだガキのお前なんかに!!」

 

「見てきた。そして、俺自身も教えられたからだ。夢は叶えられるってところを。教えられた俺だから分かる。クリスの両親は、クリスに夢は叶えることが出来るっていう揺らがない現実をお前に見せたかったんだと俺は思ってる」

 

 響が想起するのは、己が心から慕う兄貴分の背中姿だった。今も“この世の中のどんな宝石よりも価値のある女の涙を、嬉し涙以外流させない”という何とも馬鹿げた夢を追い掛け、実際に幾つもの涙を拭って止めてあげている男は、その行動で響に叶えられない夢は無いと教えていた。

 

 響の話を聞いたクリスは動揺しているのか、その瞳を小さく揺らしている。その瞳から動揺と迷いを感じ取った響は、何時か兄貴分が女性にしていたようにクリスの下まで歩み寄って優しく抱き締めた。

 

「クリスは嫌いだって言ったけど、きっとクリスの親父さんも御袋さんもクリスのことが大事で大好きだったと思うぞ。それに自分の子供のことが大事じゃない親なんている訳無いだろ? ……そう、いる訳無いんだ

 

「……?」

 

 クリスに言い聞かせる響はボソッと言葉を呟いた。その言葉は、至近距離にいる筈のクリスでも聞き取れないくらいに小さい声量であり、クリスは頭に疑問符を浮かべていた。

 

「後、これは個人的な考えだけど、クリスの両親がクリスを自分達の仕事場に連れてったのには、他の意味もあると思うんだ。……聞きたいか?」

 

「……勿体ぶらずに教えろ」

 

 響に抱き締められながら小さく肩と体を震わせ、響の体に顔を密着させて表情を隠しているクリスは話の続きを話すよう響に促した。

 

「分かった。クリスの両親は、飽く迄希望的にだがクリスに自分達の夢を受け継いでほしかったんじゃないか?」

 

「ッ!? あたしに、夢を……?」

 

「あぁ。話を最初に戻すけど、争いはそう簡単には無くならない。どんな力でも、人間の意志を根絶やしにすることなんて出来ない。だから、争いを無くすには失敗を繰り返しながらも、絶対に諦めないで愛と平和(ラブ&ピース)を謳い続けないといけないと思うんだ」

 

「愛と平和だなんて、そんな脆い言葉……」

 

「あぁ、そうだな。この争いが消えない世の中で、愛と平和(ラブ&ピース)()れだけ脆い言葉かなんて皆知ってるさ。けど、だからこそ謳い続けることに価値があるんだ」

 

 響の言葉は現実的ではないだろう。だが、こんな非常な現実でそれでも愛と平和(ラブ&ピース)に価値があると説く響の言葉は、今のクリスには何よりも尊く思えた。

 

「世の中を歌で平和にするのは、とても時間が掛かることだ。もしかしたら、自分達の代では到達することが出来ないかもしれない。そう思ったからこそ、クリスの両親はお前に自分達の姿を見せることで夢を託そうとしたんじゃないか?」

 

「パパ……ママ……」

 

「……今は無理でも、未来の世界が平和であることを願って、その可能性を少しでも広げようとしたんだろうな。そして、その夢と願いはしっかりとクリスに受け継がれてる」

 

「……でも、あたしは、パパとママのやり方を否定した。2人の願いを踏み躙って──」

 

「そんなことない。クリスの夢は争いを無くすことだろ? なら、お前の両親から渡された夢のバトンはしっかりとお前に引き継がれてる。お前は進むべき道とやり方を間違ってただけだ。間違ったなら、1度立ち止まって正しい道を進み直したら良いだけだ」

 

 体を大きく震わせ始めたクリスを、響は抱きしめる腕に更に力を込めてしっかりと抱き締め直す。そのお陰か、クリスの震えは少しだけだが小さくなった。

 

「……あたし1人じゃまた道を間違えるかもしれない」

 

「その時はまた道を進み直せば良いだろ。それにお前はもう1人じゃない」

 

「え……?」

 

「何惚けた顔で惚けた声出してんだよ。クリスはもう1人じゃない。俺が一緒だ。お前と一緒に愛と平和(ラブ&ピース)を謳い続けてやる。けどまぁ、戦ってばかりの俺に出来るのは、誰かの手を掴むこととこうして誰かを抱き締めてやることだけだけどな」

 

 クリスをしっかりと抱き締めながらそう言って笑い掛ける響。響の太陽のように暖かい言葉と笑顔がクリスの心に浸透していき、クリスの心は限界を迎え堰き止められていた感情の渦が決壊する。

 

「う、うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「……今は好きなだけ泣けよ、クリス。お前が泣き止むまで俺は傍にいるし、ハンカチ代わりにだってなってやるよ」

 

 感情を爆発させて泣き叫ぶクリスの涙で服が濡れるのを厭わず、響はそれ以上は何も言わずただ黙ってクリス泣き止むまで待ち続けた。

 

 時間帯が夜だったこともあり、クリスの泣き声はよく響いたが海開きされていない海に人はおらず、クリスの感情の籠った泣き声と静かな波のオーケストラを聞いたのは、響ただ1人だけだった。

 

 クリスは暫くずっと泣き続け、アーティストフェスがもう終わりを迎える直前になって漸くクリスは泣き止んだのだった。泣き止んだクリスは、顔を赤くしながら響と目を合わせようとしない。

 

 大方、恥じらいも無く子供のようにワンワン泣いたところを響に見られ、剰え響に縋り付いて抱き締められながら泣いていたことを今になって恥ずかしく思ったのだろう。

 

「……その、すまなかったな。見っともなくガキみたいに泣いちまってよ……それに服も濡らしちまって……」

 

 クリスは、響の服を自身の涙で濡らしてしまったことを含めて響に謝罪する。対してクリスとは背中合わせに座って視線が合わさらない状態でいる響は、そんな些細なことを気にしている様子は無かった。

 

「気にすんなよ。女の子の涙を拭く為のハンカチの代わりになれたんだ。兄貴なら“勲章ものだろ、寧ろ胸を張れ”って自信満々に言うさ」

 

「何だよ、それ。相変わらず小っ恥ずかしい上に青臭えことを簡単に口にしやがる」

 

 クリスは目元を赤く腫れ上がらせながら呆れるようにクスリと笑ってそう言った。嘗ても言った覚えのある“青臭い”という言葉であるが、今は響のその青臭さがクリスには心地好いものに感じた。

 

「これからどうする気なんだ? もし良かったら俺達のところに……二課に来ないか?」

 

 クリスの真意を知った今、もう対立することもないと思った響はクリスを二課へと誘った。だが、クリスは視線を下に下げて首を横に振る。

 

「そいつは無理な相談だ。お前は別として、あたしはお前らの組織のことを信用した訳じゃねえからな」

 

 個人は兎も角、いきなり組織を、それも大人が大多数を占める集団を信用することはクリスの生い立ち上難しいことだろう。そのことを対話を通して理解している響は、無理にクリスを二課まで連れて行くことはしないことにした。

 

「そっか。なら仕方ねえか。……そう言えば、クリス」

 

「何だよ?」

 

「お前って今何処でどんな風に生活してんだ?」

 

「はぁ? 何でそんなこと聞くんだよ?」

 

「いや、だってお前少し臭──」

 

 響が何と言おうとしたか理解したクリスは、響が言い切る前にその口を塞ごうと響の頭を力一杯思いっきり叩いた。頭を叩かれたことで、開いていた口が突如として強制的に閉じられ、その際に響は思いっきり舌を噛んでしまった。

 

「いってえぇぇぇぇぇぇぇ!?!!? 何すんだよ、クリス!? 思いっきり舌噛んだじゃねえか!!?」

 

「知るか! 自業自得だ!! 本ッ当にデリカシーに欠けるよな、お前って奴は!! 」

 

 痛みに喚く響にクリスは全く取り合わない。まぁ、これも全部女の子からする体臭に対して“臭い”と言おうとしたデリカシー皆無の響の自業自得なのである。

 

「……今は行くとこが無えから、食いもんはコンビニとかの廃棄処分ギリギリで捨てられちまってる奴を漁って、比較的綺麗な水場で簡単に体洗ってんだよ」

 

 少し顔を赤くしながらもクリスは今の自分が送っている生活風景を簡潔に響に教えた。つい手を出してしまったが、その後にしっかりと説明してくれる辺り、本当は素直で優しい子なのである。

 

「成る程なぁ……よし! クリス、行くとこ無いなら俺ん家に来いよ!」

 

「……はぁっ!? う、家ってお前が住んでる場所のことか!?」

 

「他に何処があるんだよ?」

 

 今この場で家と言って、響が住んでいる家以外に誰の家が該当するのかと響は驚いている様子のクリスを不思議そうに見詰めていた。だが、別にクリスは響が考えているようなことで驚いている訳ではない。

 

「そういう意味じゃねえよ!? どうしてあたしがお前の家に厄介にならきゃいけねえんだよ!?」

 

「いやだって行くとこも無ければ、まともな生活を送れてる訳でもねえんだろ? だったら、俺の家で暫く生活した方が良いと思ったんだよ。女の子がそんな生活送ってるって知って、黙って見過ごす訳にもいかないだろ?」

 

「そんなこと言って、本当は何か裏があるんじゃねえのか? お前の家に来たところを二課の奴らに連絡して確保するだとか、監視カメラとか盗聴器のある部屋に誘い込んで四六時中監視する為だとか! ……それとも、世話になる分あたしに体で払えとかって言うつもりじゃねえだろうな!!」

 

「裏もクソもあるかよ。俺が会話の流れの中で勝手に決めた独断専行だ」

 

「……勝手にそんなことして良いのかよ?」

 

「まぁ、ダメだろうな」

 

「なら、どうしてお前は仲間や組織に嘘吐いてまであたしを優先すんだよ!? あたしを優先して、あたしの味方でいることなんかにメリットなんかある訳無いだろ!?」

 

 クリスが言うことは最もだ。響の行動は、下手すれば響自身の立場や生活状況を悪化させることばかりで、上手くいったとしてもメリットに成り得るものが一切無い。

 

「んなの関係無えよ。クリスの傍にいてやりたい、クリスを助けたい、クリスを守ってやりたいって俺の心がそう叫んでるんだからよ」

 

 特に考える様子も無くクリスの言葉に続くように間髪入れずに紡がれた響の言葉を聞いて、クリスは思わず絶句して口を閉ざした。

 

 そもそも根底から間違っているのだ。響は、メリットデメリット云々が絡んだ損得勘定でものを考えて動く人間ではない。立花響という少年は、自分の心に良くも悪くも正直なのだ。だから、自分の心が命ずるままに行動する。

 

「……あたしがいることで迷惑が掛かるかもしれねえんだぞ。それでも良いのか?」

 

「迷惑なんて承知の上だ。つーか、これから先どうなるかも分からないことでウジウジと考えても仕方無えだろ。来るか来ないのか、今ここで決めてくれよ」

 

「……フィーネとの面倒なゴタゴタが終わるまでだ。それまではお前のところにいさせてくれ。宿代代わりに、ノイズが出たらいの一番に駆け付けてやるからよ」

 

「別に宿代とか気にしなくても良いぞ?」

 

 別に対価を要求するつもりも無い響は、気にすることはないとクリスに言い聞かせようとしたが、クリスは断固として響の意見には首を縦に振ろうとはしなかった。

 

「それだとあたしが人様の家で世話されてるだけのNEET(ニート)みてえだろうが! 兎に角だ! 疚しいこと以外なら宿代代わりになんだってやってやる!」

 

「……まぁ、それでクリスが納得するならそれで良いか」

 

「よし! 交渉成立だな! なら早速お前の家に案内しろ!」

 

「……誘ったの俺だけど、何かクリス図々しくないか? それとも何か隠し事でもあるのか?」

 

「べ、べ、別に、んなこと無えよ!? あたしが隠し事なんてする訳無えだろ! 分かったらさっさと連れてけ!!」

 

「へいへい。全く困ったお姫様だぜ……」

 

 響はやれやれといった感じで呆れるように軽く溜め息を吐いてからクリスの前を歩き始める。クリスは、響に顔を見られないように響の真後ろを陣取りながらその後を付いていった。

 

 実はこの時、響の考えは当たっていて、クリスは響に隠し事をしていた。クリスが最後に響に対して図々しい態度を取っていたのは、単純にクリスが響へ素直に感情表現を出来なかったからである。

 

 響の家で世話になる。つまりは響と一緒に暮らすということに、クリスは嫌悪感を抱くどころか逆に嬉しさと感謝の念を感じていた。だが、その感情を素直に表現することがクリスには出来なかった。

 

 存外善意から来る押しや頼み事に弱かったクリスは、期日や理由や対価などを指定することで言い訳の理由とすることで主に自分を誤魔化したのである。

 

(何だってあたしはこんなに浮かれてるんだ……? ただこいつと一緒にいることになっただけだっていうのに)

 

 どんどん早くなっていく胸の鼓動に気付かないクリスは、自身の心が制御出来ない事態になっていることに内心で驚きながらも響に変な気を利かせられないよう平然を装って付いていく。

 

 クリスが何故響といるだけで浮かれた気持ちになってしまったのか。その理由にクリスが気付くのは、恐らくもう少し先になることだろう。

 

 こうして、この日の夜からクリスが響の家の居候となることで響とクリスの同居(同棲)生活がスタートしたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 そんなこんなで響の家に居候とすることとなったクリスは、現在響の家の浴室でシャワーを浴びていた。

 

 もう既に初夏に入り掛けている今の季節は当然寝汗を掻くこともあり、寝汗のことを気にしたクリスはその汗を洗い流す為にシャワーを浴びることにしたのだ。

 

(何だってあたしはこんなに身嗜みに気い使ってんだよ? ただ単にあいつと一緒にいるだけだってのによ。けど、またあいつに臭いが如何の斯うの言われるのは嫌だし……)

 

 クリスは内心でそう独り言ちる。クリスは以前に響に臭いについて口にされ掛けたことを気にしていた。だが、何故自身が響からマイナスな印象を受けることを嫌がるのかまでは本人も気付いておらず、頭なの中からすっぽ抜けていた。

 

(……変だ。あの日からあいつのことばっか考えてる自分がいやがる)

 

 最近ずっと朝と夜は響と同じ時間を過ごしているクリス。それ理由なのか、響の家にいる時や外に出掛けている時を問わずに今のクリスの脳裏の何処かには必ず響の存在がある。

 

 ここ最近のクリスは、充実した生活を送っていた。朝は自主的に起きるか響に起こされることから始まり、朝食を済ませた後は響と共に時間を過ごしたり、未来の遊びに付き合ったりしていて、外に出たら散歩をしてから響のお遣いで買い物に行き、夜は響と一緒に夕食を食べてから入浴し、最後に響と少々駄弁ってから眠るという生活を送っているのだ。

 

(……って、おい!? これじゃまるであたしと(あいつ)が夫婦みてえじゃねえか!?)

 

 クリスに自覚は無いが、端から見れば同棲状態である今のクリスと響の現状を鑑みれば今更なことである。

 

 そんな今更なことを考えながら1人で赤くなって悶えているクリスであったが、そのことを恥ずかしくは思っても嫌な気は全くしなかった。寧ろこの状態に安心感すら覚えていた。

 

(……どうしてこうも気持ちばっかが空回りすんだよ。あいつと一緒にいると、何時ものあたしと違うことばかり考えて、何時もじゃ取らない行動までしちまう。それに……)

 

 クリスは一旦シャワーを止めて雫が滴る自身の豊満な胸に手を置いた。

 

 自身の胸が、今まで擦れ違ったりして見てきた他の女性とは一線を画する程に豊満であることをクリスは自覚している。だが、そんな豊満な脂肪の壁を通り越して響く程に大きい胸の鼓動をクリスは感じていた。

 

 意識を内側に向ければ、脈打つ胸の鼓動の振動だけでなく鼓動の音まで聞こえて来る程にクリスの心臓は高速且つ大きく高鳴っていた。

 

(あいつのこと考えてると、心臓が途端に喧しくなる)

 

 何の前触れも無く唐突に胸の鼓動が早なくなる理由はクリス本人にも分からない。けれども、自身の体に変調が訪れるキッカケとなっているのが響だということは理解しているクリス。

 

「……あたしにとって、(あいつ)は一体どういう人間なんだ?」

 

 心中で呟こうとした言葉を、再びシャワーを流し始めてから敢えて直に口から吐露するクリス。その独白は流れるシャワーの音で掻き消され、クリス以外の誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 時間は正午を回り、響はクリスの案内のもとフィーネが拠点としている場所を目指していた。クリス曰く、フィーネの拠点は街の中心部から遠く離れた郊外の森林地帯に奥深くに紛れるようにひっそりと存在しているとのことだった。

 

「にしても、よくこんな山奥に拠点構えようとか思ったな。街との行き来とかすっげえ不便じゃねえか」

 

「まぁ、ネフシュタンやシンフォギア無しでだと、この距離は確かに不便でしかねぇな。そもそもあたしは基本的に拠点の外に出ることは無かったから、ここが本当に不便だって感じたのはつい最近のことだけどな」

 

 響の愚痴に便乗してクリスも自身が思っていたことを述べる。暗躍する為の拠点なのだから人に見付かり難い場所を選ぶことは響にも理解出来るが、それにしてもここは遠過ぎた。

 

「よくこんな森しかない場所に2年間もいられたな。男の俺は兎も角、女の子のクリスにはキツくねえか?」

 

「考えたこと無えよ、そんなこと。そんな余裕を私は持てなかったからな。フィーネの下でイチイバルを起動させてからは訓練の毎日で、ネフシュタンの力をそれなりに使い熟す為にも頑張って、半年掛けてソロモンの杖を起動させた」

 

「ソロモンの杖?」

 

 初めて聞く“ソロモンの杖”というワードに響が反応してクリスに聞き返す。響の反応を見て、クリスは自分が“ソロモンの杖”という単語を響の前で言うのは初めてであることに気付き、改めて軽く説明する。

 

「ソロモンの杖っていうのは、あたしがノイズを召喚して操る為に使ってたあの杖っていうには歪な形をした銀色の代物のことだ」

 

「……あぁ、あれか。やっぱり、あれも聖遺物だったんだな?」

 

「あぁ。……今思えば、どうしてあたしはあんな物を平気で使ってたんだろうな。あんな人を殺すことしか出来ない力。平和を壊す最低の力を……」

 

 自分の目的と夢を改めて自覚したクリスは、自分の夢とは真逆のものでしかないソロモンの杖を平気で使っていた過去の自分とその所業を思い出して自己嫌悪に陥る。

 

 そんな顔を歪めるクリスを見て、クリスが何を思っているかを察した響は何も言わずに黙ってクリスの横に並立してその手を握って歩き始めた。

 

「んなっ!? お前、何やってんだ!?」

 

「今すべきなのは、フィーネって奴を止めることだ。そうだろ?」

 

 顔を真っ赤にしながら動揺するクリスに、響はしっかりとクリスの目を見ながら今何をすべきなのかを諭した。そのお陰か、暗い気分になり掛けていたクリスの心は何時も通りとまではいかないが、冷静に物事を判断することが出来るレベルまでには回復した。

 

 しかし、やり方がやり方だっただけにクリスは何時も通り素直にお礼の言葉を口にすることは出来ず、響からは視線を逸らして外方(そっぽ)を向きながら小さく悪態を吐いてしまう。

 

「お前って、本当バカ……」

 

「? 何か言ったか?」

 

「何でもねえ! んなことより急ぐぞ! そろそろ拠点に着く筈だ!」

 

「あぁ。気ぃ引き締めないとな」

 

 拠点に近いということは、それだけ危険度が高まっているということである。何時何処から攻撃が来るか分からない故に響は改めて気を引き締め直し、クリスは覚悟を決めて拠点へと先導する。

 

「見えてきたぞ」

 

「ッ!」

 

 言っている間にフィーネの拠点なる建物が響とクリスの視界に入った。それは一見古風な洋館の建物だった。だが、その建物の一角は古風な洋館とはマッチしないメカメカしいものとなっている。

 

「ここがフィーネの拠点……クリスのいた場所か。良いところだな……」

 

 響は、建物の外観と近くにある湖を見ながら感嘆した。響からしてメカメカしい一角は頂けないが、それ以外の洋館や湖といった要素はとても周りの自然と合っていて、一部を除けば素直に良い景色だと思えた。

 

「惚けてんじゃねえよ、筋肉バカ。ここからは何時襲われても可笑しくねえ。だから、何時でもギアを纏えるよう心構えだけはしておけよ」

 

「分かった」

 

 惚ける響をクリスが戒め、警戒心を最大まで高めながら洋館内に侵入する。2人は、洋館内の廊下にある遮蔽物に身を隠しながらクリスの案内の下でフィーネがいるであろう区画に向かう。

 

「……可笑しい」

 

「確かに。静か過ぎるぞ、この建物」

 

「フィーネのことだから、あたし達がこの建物に入ったことも()っくに気が付いてる筈だ。なのに、攻撃は(おろ)かノイズの一匹もいやしねえ……」

 

「それに人が生活してる割には建物の中からの音が全く無い。外からの鳥の囀りがここまでしっかり聞こえてくるのも変だ」

 

 違和感に気付いてクリスが申告し、響も感じていたことを口にして同意する。

 

 2年という長い時をフィーネのみと共に過ごしたクリスだからこそ分かるフィーネらしからぬ杜撰な対応にクリスは妙な気持ち悪さと違和感を感じ、響は過去の危険地帯を兄貴分と共に渡り歩いた当時の経験からくる違和感を感じているのだ。

 

「何か起こってるのかもしれねえ。先を急ぐぞ!」

 

「そうだな。何か行動を起こされてからだと面倒だ!」

 

 響とクリスは、先程よりも速いペースで洋館内を進んでいく。先よりも大っぴらに姿を晒しながら進んでいるというのに一向にノイズ1匹とも擦れ違うこと無く順調過ぎるくらいに2人は最奥部の大広間に辿り着いた。

 

「なっ!?」

 

「どうなってんだよ、こいつは……!?」

 

 大広間には衝撃的な光景が広がっていた。大広間内には、武装した欧米人と思われる人間の死体が無残に複数転がっていた。その死体の下には夥しい量の血で出来た血溜まりが出来上がっていて、ピクリと動く様子も無いことから既に完全に息絶えていることは明白だった。

 

 大広間内もかなり荒れていて、壁や机や椅子には無数の弾痕が残っており、大広間内の窓ガラスも全てではないが殆どが割れている状態であった。

 

「何がどうなってやがんだ?」

 

「少なくとも、ここでフィーネとこのアメリカ人っぽい武装集団の一悶着があったのは確実だな」

 

 クリスは大広間内の光景を見て困惑しながら歩き回り、響は大広間内の死体を転々と確認しながら簡単な推測を口にする。

 

 すると、大広間内に響やクリスとは別の物音が響いた。響とクリスは警戒を露わにして背後に振り向く。背後に振り向いた先には、眉間に皺を作ってこの状況を眺めている弦十郎の姿があった。

 

「おやっさん!?」

 

「ッ! 違う! あたし達じゃない!? そもそもあたしもこいつも今さっきここに来たばかり──」

 

 響は弦十郎がこの場にいることに驚き、クリスは誤解されているかもしれないと思って咄嗟に誤解を解こうとするが、クリスが伝えようとしたことを言い切る前に弦十郎の背後から複数の黒服でサングラスを掛けた男達が大広間内に入室していく。

 

 黒服の男達の登場にクリスは思わず構えるが、男達はそんなクリスのことを無視して横を通り過ぎていった。入って早々室内を調べ始めた黒服の男達を呆然と眺めていた響とクリスの頭に優しく手が置かれる。その手は、響とクリスの前までやって来た弦十郎のものだった。

 

「誰もお前らがやったなどと疑ってなどいない。全ては、お前達や俺達の傍にいた彼女の仕業だ」

 

「俺達の傍? おやっさん、それって一体……?」

 

 疑問を感じた響が弦十郎に訊ねるが、弦十郎は何も答えずただ目の前に広がる凄惨な光景に目を向けて視線を鋭くしていた。

 

「風鳴指令!」

 

 室内を調べていた黒服の男の1人が弦十郎を呼び、弦十郎も反応してその黒服の男のいる方向を見遣った。その男の前にある死に体には、他の死体には無い1枚の張り紙が貼られていた。

 

 その紙には血で上に英語で“I love you”、下にローマ字読みで“SAYONARA”と書かれていた。黒服の男は、その紙に向かって手を伸ばして紙を手に取ろうとする。

 

「ッ! その紙に手を出すな!!」

 

 戦いの中で鍛えられた戦士としての勘と生来の獣の如き勘が合わさった超第六感とも言える響の直感が何かを感じ取り、響は直ぐに静止するよう申告するが既に手遅れだった。

 

 男が紙を剥がした刹那、紙と繋がっていたワイヤーの糸が引っ張られ、ワイヤーに連動していた屋敷に設置された爆弾の芯も抜かれたことで爆弾が起動した。

 

 最初の爆発に連鎖するように他の爆弾が爆発する中、響は咄嗟にクリスを押し倒してその上に覆い被さった。

 

 爆発は瞬間的に終わり、屋敷の屋根も吹き飛ばされて室内に屋根や壁の瓦礫が転がって土煙が立ち込める中で響は顔を上げる。

 

「終わったみたいだな。大丈夫か、クリス?」

 

 爆発が終わったことを確認してから、響は顔を下に向けて現在覆い被さっているクリスの安否の確認をする。響が頭を下げた先には、何故か顔を真っ赤にしているクリスがいた。

 

「どうした、クリス? 何でそんな赤……く……」

 

 クリスが真っ赤になっている原因が気になって響は理由を訊ねようとするが、言い切る前に自身の右手に違和感を感じて視線を更に下に向けて絶句した。

 

 何と響の右手は、押し倒されているクリスの豊満な胸を鷲掴みにしていた。響の大きな手で掴んでも尚その手の指の間から()み出ようとする肉厚な胸を見て、響は無意識で握る手に力を込めてしまった。

 

「ひぅ!?」

 

(何だ、これ!? 凄え柔らけえ!?? これがおっぱいの感触……ッ!!?)

 

 更に強く胸を揉まれたことで何処か艶めかしい声を上げるのを他所に、響は初めて掴んだおっぱいの感触にただただ戦慄していた。兄貴分が掴んでいたものは、張りがあるのにこんなにも柔らかな物だったのかと。

 

「ッ! 何時まで掴んでんだよ、この(けだもの)ッ!?」

 

 いい加減羞恥心が限界まで達して顔を真っ赤にするだけでなく、目尻に涙を溜め始めたクリスは響を退かせようと右足を思いっきり振り上げた。その際、振り上げた右足の膝が響の股間の前方中央部分に直撃した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッ〜〜〜〜〜!!?!?!??!?」

 

 直後、とても人とは思えないような声で響が叫んだ。その声は山々に反射し、遠くの方にまで響き渡った。

 

「? あれ? 響?」

 

「? 響の声……?」

 

 尚、響に想いを寄せる少女達の耳は最早響くだけの振動と成り果てた響の叫びを何となくだが拾っていたのだとか。

 

「おい! お前ら、大丈夫か!?」

 

 轟いた悲鳴を聞き付けて爆発の中で無傷だった弦十郎が響達の下にやって来た。だが、駆け付けた先で弦十郎が目にしたのは、何とも言い難い光景であった。

 

「お前、本当にバカだろ!? バカ! アホ! (けだもの)! 変態!」

 

「ふ、不可抗力だ……さっきのは、じ、事故なんだ……」

 

「事故だったら何でも許されると思ってやがんのか!? 許可無くあたしの胸を揉みしだきやがって!!?」

 

「え、あ、そのー……つまり、許可があれば揉んでも良いのか?」

 

「ッ!? う、煩え!? もうその余計な口開くんじゃねえ!!」

 

 そこには顔を真っ赤にして胸を隠すように両腕で体を抱きながら言葉を捲し立てる少女と、顔を真っ青にして我慢するように両手で股間を押さえながら震える声を絞り出す少年の姿があった。

 

「ははは……ったく、何やってんだか……」

 

 爆発直後の非常事態だというのに、そんなある意味微笑ましい光景を見て弦十郎はすっかり毒気を抜かれてしまい、青春を謳歌する少年少女に苦笑するしかなかった。

 

 響とクリスがそれぞれの状態から完全に立ち直る頃には既に屋敷内の探索も殆ど終わり、未だ危険がある可能性も配慮して響達は屋敷の玄関前にまで移動していた。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課の指令官を務めていて、そこにいる響君の師匠でもある」

 

「こいつの師匠……通りでな」

 

 弦十郎の自己紹介を聞き、クリスは響が発揮する舌を巻く程に卓越された接近戦闘能力の理由に合点がいって納得した。

 

「にしても、2人が行動を共にしているということは上手くいったみたいだな、響君?」

 

「あぁ。……済まねえな、おやっさん。クリスと仲良くなれたこと黙っててさ」

 

「別に良いさ。何か事情があったんだろう? それくらい言わなくとも分かっているさ」

 

 響がクリスとの関係が良好になったことを黙っていた理由を、彼女の意思を尊重させてあげてのことかそれに類するものであることを響との短い付き合いから弦十郎は、ただ笑いながら響の行いを許すのだった。

 

「どうだ、クリス君? これを機に俺達と共に来ないか?」

 

「勘違いすんじゃねえ。あたしはまだ大人や二課とかいう組織やその連中のことを信用も信頼もしてねえ。ただ今は前の件での借りと、こいつがあんたを信頼してるから一緒にいて何もしねえだけだ」

 

「そうか。まぁ、それならそれで構わんさ。俺達のことは信じられなくとも、響君のことは全面的に信じているということだろ?」

 

「ッ!? あたしは別にこいつのことなんて信じてねえよ!? ただこいつが嘘も吐けねえくらいバカ正直な奴だってことを分かってるだけだ!!」

 

 全て分かっていると言わんばかりの暖かい眼差しの弦十郎を見て、急に恥ずかしくなったクリスは響のことを軽くディスりながら照れ隠しのように言葉を捲し立てた。

 

「ふっ。お前はお前が思ってる程独りぼっちじゃない。お前が独り道を行くとしても、その道は遠からず俺達の道と交わる。現に今君と響君は同じ道を歩いてるのだからな」

 

「知らねえよ。こいつが勝手にあたしと一緒にいるだけだ。それにこのバカは兎も角、今まで戦ってきた者同士が一緒になれると言うのか? 世慣れた大人がこいつみたいにそんな青臭え綺麗事を言えるのかよ?」

 

「少ない会話で理解したつもりだったが、子供の癖に本当にひねてるなぁ、お前? 響君はこれからどうするんだ? 俺の車で一緒に本部まで来るか?」

 

「いや、いいや。俺はもう暫くクリスと一緒にいるよ。目を離した隙にまたあのフィーネとかいう奴に襲われるかもしれねえしさ」

 

「分かった。そういうことなら、クリス君のことは任せたぞ?」

 

「あぁ。任された」

 

 弦十郎は笑みを浮かべながら響に向かって自身の右拳を突き出し、その意図を理解した響も笑いながら自身の右拳を前に出してお互いの拳を軽くぶつけ合った。

 

「青臭えところといい本当に似た者同士だな、お前ら。このバカのバカさ加減はあんた譲りなのか、おっさん?」

 

「いや、響君のこの人柄は彼元来のものだ。彼をよく知る幼馴染み曰く、昔からこうだったらしいぞ?」

 

 弦十郎はそう言って自身のポケットに手を入れ、中から取り出した物をクリスに向かって投げた。クリスは難なくそれをキャッチし、隣にいた響と一緒に手にした物をまじまじと見詰める。

 

「通信機?」

 

「本当だ。俺と翼が持ってる奴と同じだな」

 

「限度額内なら公共交通機関が利用出来るし、自販機で買い物だって出来る代物だ。便利だぞ。大方、今まで響君に金を工面してもらっていたんだろう? これならば響君への負担も減り、君自身も気が楽になるだろ?」

 

 響は懐から取り出した自身の通信機とクリスの手にある通信機を交互に見比べながらそう言い、弦十郎は通信機の利点を述べながら自身の乗ってきた車に乗り込んでエンジンを点けた。

 

「カ・ディンギル!」

 

「「ん?」」

 

 すると、クリスは響と弦十郎の2人に聞こえるよう少し大きめの声である単語を口にし、響と弦十郎はクリスの方を見遣った。

 

「フィーネが言ってたんだ。“カ・ディンギル”って。それが何なのかは分からないけど、そいつはもう完成しているみたいなことを」

 

「カ・ディンギル……?」

 

「……後手に回るのは終いだ。こちらから打って出てやる!」

 

 クリスの話を聞き、響は腕を組みながらその単語を呟き、少し考える素振りを見せた弦十郎はそう言い残すと黒服達が乗ってきた黒塗りの車と共にこの場から走り去っていった。

 

 弦十郎を見送り、フィーネの拠点跡でやることが無くなったクリスは貰った通信機を見詰め、そんなクリスの肩に響は手を置いて話し掛けた。

 

「取り敢えず、ここから離れようぜ。下手に人気も無いこんな場所にいて敵からの攻撃を受けたら面倒だからな」

 

「……あぁ。そうだな」

 

 この場で自分達に出来ることがもう無いことを理解していたクリスは、響の提案を承諾して面倒事に巻き込まれぬよう速やかにこの場を後にした。




・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー

(1)響、クリスが居候になる
──今作ビッキーの家で居候になるクリス。居候とは言いますが、これはもう同居ですよ、同居! つまり同棲ですよ!! 正妻戦闘はクリスが1歩リードかっ!?

(2)響、クリスの思いを受け止める
──ビッキーの胸に縋り付きながら泣き続けるクリス。嵐のように荒々しい感情を全て受け止め、漸く響はクリスの本当の想いを抱き締めることが出来たのであった。

(3)響、クリスの匂いを嗅ぐ
──僕個人としては、お風呂に入ってない天然なクリスの匂いを嗅いでみたいという変態発言をしておきます。

(4)響、クリスと共にフィーネの拠点に赴く
──クリスちゃんのお手手を握々(にぎにぎ)しながら拠点を目指す今作ビッキー。きっと天国でクリスちゃんのご両親もニヤニヤしてると思う。

(5)響、クリスの胸を揉み、膝で股間を蹴り上げられる
──これぞ正しく主人公ムーブである。だが、一連の流れでここまで手痛い反撃を食らった主人公がいただろうか?

 今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。

 クリス回の第1幕はこれにて終了です。クリスのターンはまだ続きます。

 現在のクリスちゃんは、響のことは信頼(本人は認めない)していますが、響のいる二課やそこに所属している翼や弦十郎などに対しては半信半疑の状態です。

 クリスちゃんに起こる異変! その異変の正体とは一体何なのか!?(すっとぼけ)

 次回は信号機トリオの初共闘を書いていく予定です。又もや時間が掛かるかもしれませんが、首の長さがエラスモサウルスくらいになるくらい待っていて下さい。

 それでは、次回もお楽しみに!

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