最近は季節の変わり目なせいもあって、体調を崩す人が多いですよね。実は僕もつい最近見事に体調を崩しました。皆さんは体調に気を付けて下さいね。
それと最近出てきたGX仕様のクリスのエクスドライブですが、皆さんは手に入りましたか? 残念ながら僕はまだ持ってません。
何にせよ、これでGX仕様のエクスドライブは全員分出たことになるんですかね?
では、前書きはここまでにして本編に入りましょうか。
それでは、どうぞ!
未来からの僅かな通信を聞き、そこから情報を整理して状況を察した響達3人は大至急リディアンへと急行していた。
響達がいた東京スカイタワー周辺からリディアンまではかなりの距離があり、徒歩では移動にかなりの時間を有することが明確であった為、響は今年の春先で最初にノイズに襲われた時と同様にそこら辺で乗り捨てられていた乗り物を失敬して移動手段にした。
今回は人数が3人で翼が乗ってきたバイクが本人に乗り捨てられたことで既に使い物にならなくなってこともあり、3人全員が乗れる近くにあったセダン車に乗ってリディアンに向かうことになった。
緊急事態だからか、今回響は余裕でスピード制限を無視した速さで車を走らせていた。普段なら大事故に繋がるだろう危険な行為だが、今はノイズの襲撃があった直後ということもあって街は無人であった。それも考慮しての運転であろうが、そのお陰で響は誰とも接触すること無く無人の街を駆け抜けていく。
「未来……待ってろ、今直ぐ行く!」
了子のもの同じかそれ以上に荒々しい運転をする響。車はカーブを曲がろうとするが、車体そのもののスピードが速過ぎたせいでカーブに差し掛かった際に車体の右側が浮いて危うく転倒しそうになる。
しかし、転倒する直前で浮いていた車輪が再び地に足を付けたことで転倒の危機は回避される。その刹那、車輪が地に着いた際の反動による衝撃が車内にも響き、後部座席に座っていたクリスは天上に頭をぶつけてしまった。
「いてっ!? おい、バカッ! もう少し丁寧に運転しろよ!?」
痛みで涙目になっているクリスは、涙目でも変わらない強気な口調で響に注意を促すが響は聞く耳を持たない。それ程までに今の響には余裕が無いのだ。
額に脂汗を滲ませながら焦りを隠そうともせず険しい顔付きの響に、助手席に座っている翼が声を掛けて落ち着かせようとする。
「少しは落ち着きなさい、響!この速さで走り続けるのは危険だわ!」
「けど! ちんたらしてたら未来が!」
「だからこそ! 私達は何があっても無事に辿り着かなくてはいけないの! 急がば回れというように、今ここで焦って私達に何かあれば、それこそ本末転倒よ! もし私達に何かあって到着に遅れるようなことになれば、助けられる命も助けられなくなる! それは小日向も例外ではないの!」
「ッ!?」
翼の懸命な説得を聞き届けた響は、ハッとした顔で目を見開いてから自信を落ち着かせるよう深く深呼吸をし、車の走る速さを徐々に緩やかにしていった。
「……ごめん、2人共。俺、また勝手に突っ走って周りが見えてなかった」
「分かりゃあ良いんだよ、この直進単細胞。……そのよ、お前の友達だけどさ、きっと大丈夫だと思うぜ。リディアンって奴の真下には、お前ら二課の本部があるんだろ? なら、あのおっさんだっている訳だ。あのおっさんがいるなら、万が一があっても大丈夫だろ。何せノイズが襲ってくる中で私を助けたりもしてたし、爆発受けても無傷だったんだからな」
「彼女の言う通りよ、響。二課には司令だけじゃなく、緒川さんや櫻井女史を含めた頼りになる方々が大勢いるのだから」
「そうだよな……おやっさん達がいるんだ。きっと未来のことだって守ってくれてる筈だ」
呼吸を落ち着かせて冷静さを完全に取り戻した響は、スピードはまだかなり出ていても先程よりも安全性を考慮した運転をするようになった。
「にしても、お前車の運転なんて何処で習ったんだよ?」
「ハワイで兄貴に習った。他にもバイク、ヘリ、飛行機、戦闘機、船、電車と色々教えてもらったぜ。まぁ、教えてもらっただけで俺って全部無免許だし、実際に運転したことがあるのは、車とバイクとヘリ、それとボートだけだな」
「……随分と多芸なのね」
「生きる為の術だって言われて教えてもらったから、必死に乗れるようになったんだよ」
「……こいつの周りの大人は、何でこうも無茶苦茶な奴ばかりなんだよ」
平然と言って退ける響に、翼とクリスは呆れて溜め息を吐くしかなかった。生きる為の術だからと言っても、飛行機と戦闘機などはやり過ぎである。響と同じ年齢代の普通の少年は、飛行機や戦闘機の操縦法を把握してる訳がない。
お前は行く先々が事件現場になる見た目は子供で頭脳は大人な○偵かと突っ込みたい気持ちで山々である。
そんな会話を続きながら一行はリディアンへと向かい、遂に3人はリディアンに辿り着いた。到着した時には、時間帯は既に夜になっていて、不気味な程に赤くなった月が地上を照らしていた。
「嘘、だろ……」
リディアンに着くなり、響は開口一番にそう呟いた。その声は震えていて、目の前の現実を信じられず受け入れられないでいることを顕著に示していた。
響達の眼前には、廃墟同然に荒廃したリディアンの姿が広がっていた。建物は倒壊し、窓ガラスは全て破壊され、そこら中に瓦礫の山が作られていて、昼間に見たリディアンの面影は既にそこには存在していなかった。
「未来! 未来ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!」
響は腹に力を入れ、出せる限りの大声で未来の名を何度も呼んだ。時々以前知り合った未来の友達の名前も織り交ぜながら名前を呼び続けたが、名前を呼んだ誰からも声が返ってくることはなかった。
「リディアンが……ッ!」
最早見る影も無くなった己が母校を呆然と眺めていた翼であったが、自分達以外の人間の気配を感じて直ぐ様意識を切り替え、気配がして来た方角を見遣った。
翼が視線を送ったのは、倒壊したリディアンの後者の屋上。その屋上には、右脇腹辺りに血糊を湿こませていながらも悠々と佇んでいる櫻井了子の姿があった。
「櫻井女史!」
「フィーネ! お前の仕業か!?」
「ッ!?」
翼が了子の姿を見付けた刹那、クリスは荒々しい口調で了子のことを今回の一連の事件の首謀者であるフィーネの名で呼んだ。響は瞠目しながらクリスを見遣り、直ぐに視線を了子に向けた。
3人の視線が了子に集まると、了子は3人を嘲笑うかのように大きな高笑いを始める。
「フッ、フフフフフフッ! ハハハハハハハッ!」
「そうなのですか!? その笑いが答えなのですか、櫻井女史!?」
「あいつこそ! 私が決着を付けなきゃいけないクソったれ、フィーネだっ!!」
妖しい笑みを浮かべる了子──フィーネは、自身が掛けていたメガネと髪を結っていた蝶の装飾がなされた髪留めを外す。すると、彼女の体から光が放出され、そのままその身を包み込んだ。
「マジ、かよ……!?」
未だに目を見開いている響の視線の先には、空へと昇る光の中から姿を現す髪とその身に纏うネフシュタンの鎧を共に金色に染め上げたフィーネの姿があった。
「……なぁ、嘘だよな、了子さん? そんなの嘘だろ? あんたが敵だってんなら、どうしてデュランダル護送の任務の時に俺を守ったりしたんだよ。やろうと思えば、何時でも俺をやれた筈だ!」
「あの時はデュランダルを守っただけに過ぎない。希少な完全状態の聖遺物だからね。貴様を守ったのは、飽く迄
淡い期待を胸に己を助けた訳を問う響であったが、フィーネは冷淡にも響を守った時の真実とその訳を淡々と語った。その問答を聞き、暫し俯いた響は次なる疑問を解消する為に再びフィーネに訊ねる。
「……あんたがフィーネだと言うなら、櫻井了子って人間も偽りだったのか!?」
「いや、偽りではないさ。櫻井了子という人間は確かに存在した。だが、その肉体は先だって食い尽くされ、意識そのものは12年前に既に死んでいた」
「どういうことだよ!?」
「超先史文明期の巫女、フィーネは、遺伝子に己が意識を刻印し、自身の血を引く者がアウフヴァッヘン波形に接触した際、その身にフィーネとしての記憶、能力が再起動する仕組みを施していたのだ」
フィーネの簡素な説明では全く理解出来ない響達に、フィーネはその詳しい内容を語った。未だに響達が完全に事態を飲み込めていない中、続けてフィーネは己が復活した経緯を語り始める。
「12年前、風鳴翼が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒は、同時に実験に立ち会った櫻井了子の内に眠る意識を目覚めさせた。その目覚めし意識こそが、私なのだ」
つまり、フィーネが覚醒した時点で櫻井了子の意識は死に、これまで響や翼に接してきたのは紛れもないフィーネ自身だったということであった。
櫻井了子という人間は確かに存在していたが、櫻井了子は誰もが知らぬ間にフィーネという女に成り変わられ、フィーネは周りに違和感を与えぬよう櫻井了子という人間をずっと演じながら虎視眈々と計画を進めていたのだ。
「お前が本来の了子さんを塗り潰したのか……!」
「まるで、過去から蘇る亡霊!」
言い得て妙な翼の例えを聞いても、フィーネは何とも思っていないように鼻で笑い、次なる言葉を紡いでいく。
「フィーネとして覚醒したのは私1人ではない。歴史に記される偉人、英雄、世界中に散った私達は、パラダイムシフトと呼ばれる技術の大きな転換期に何時も立ち会ってきた」
「ッ! シンフォギアシステム?」
「そのような玩具。為政者からコストを捻出する為の副次品に過ぎぬ」
「あなたの戯れに、奏は命を散らせたというの!?」
「あたしを拾ったり、アメリカの連中と
「そう! 全てはカディンギルの為!」
翼とクリスの言葉に答えるようフィーネがハッキリと言葉を口にした直後、突如として大きな揺れが発生し地面を大きく揺さぶり始めた。
その影響はリディアンにある避難用のシェルターにまで及び、そのシェルターに避難していた人々は突然起きた大きな地震によってパニックを起こし始める。
シェルターに設置された備品等が地震の揺れによって落下して破壊されていく中、シェルター内の一室にもある少女達の団体が避難していた。その少女達は、以前響が知り合った未来のリディアンで出来た友達の安藤創世、寺島詩織、板場弓美の3人であった。
3人は室内に置かれた大きなテーブルの下に潜って、大きな地震の揺れが止むのずっと待ち続けていた。
「このままじゃ私達も死んじゃうよ! もうやだよぉ!」
シェルターに飛散する前に既にノイズの襲撃を受けていたこともあり、トラブルに次ぐトラブルのせいで弓美の精神はかなり参っていて、完全に弱気になった弓美は机の下で震えながら弱音を吐くことしか出来なかった。
シェルターが地下にあったせいで地震の影響が諸に表れた結果、シェルター内の個室一つ一つの扉も形を変えて破壊され、その度に個室にいた避難民達が悲鳴を立て続けに上げ続ける。
そもそも、その地震の発生源となっているのは地下にある二課の本部そのものであった。地下にあった二課の本部は原型を残さない勢いで変容し、別のものを象っていく。
本部の廊下は破壊され、二課へと通ずるエレベーターも崩れていき、エレベーターから見えていた不気味な文様を持つ壁からは突起状の何かが出現し、地上に土埃を舞い上げながらエレベーターと思われていたもの──カディンギルがその真の姿を地上に表した。
(こいつは、まさか二課に行く時に何時もエレベーターから見えてた奴か!?)
以前、響はエレベーターから見える光景をゲームのラスボス前に進む通路か重要施設の何かと例えたことがあったが、
地上に残っていたリディアンの残骸を全て吹き飛ばしながら顕現したカディンギルを、最も近くにいたフィーネは狂気的な笑みを浮かべながら見上げて笑う。
「これこそが地より
「カ・ディンギル? こいつで、バラバラになった世界が1つになると?」
荷電粒子砲とは、そもそもフィクションであるアニメや漫画、ゲームによく出てくるエネルギー放射型の破壊兵器である。作品によって使用用途はバラバラであるが、そのどれもこれもが戦闘と破壊に特化している。
故に以前からフィーネの目的を聞かされてきたクリスは、そのような破壊兵器1つで世界が1つに纏まるとは到底思えないからこそ疑問を抱いた。
「あぁ。今宵の月を穿つことによってな」
「月を?」
「穿つと言ったの?」
「何でさ!?」
巨大な破壊兵器を用いて行われるフィーネの本当の目的を聞き、装者達は疑問を抱かずにはいられなかった。多くの人間を利用し、欺き、使い捨ててきた黒幕の目的が月の破壊と聞かされても、3人はその理由を全く理解出来ないからだ。
3人の疑問に答えるかの如く、フィーネはまるで過去を思い出すかのように目を細めながら如何にしてこの計画を実行するまでに至ったかの経緯を語り始める。
「私はただあのお方と並びたかった。その為に、あのお方へと届く塔をシナルの野に立てようとした。だがあのお方は、人の身が同じ高みに至ることを許しはしなかった。あのお方の怒りを買い、雷霆に塔が砕かれたばかりか、人類は交わす言葉まで砕かれる。果てしなき罰、バラルの呪詛をかけられてしまったのだ」
過去を語るフィーネの顔には、寂寥と嘆きといった様々なものを感じさせたが、今を生きる響達にフィーネの胸の内に宿る感情を推し量ることなど出来る訳がなかった。
「月が何故古来から不和の象徴と伝えられてきたか。それは、月こそがバラルの呪詛の源だからだ!」
忌々しいものを見るように目付きを鋭くし、フィーネは月を見上げながら語調を荒くして怒気を隠すこともせず月の真実を語った。
「人類の相互理解を妨げるこの呪いを、月を破壊することで解いてくれる! そして再び、世界を一つに束ねる!」
フィーネは、まるで月を握りつぶすかのように自身の手を夜空へと掲げながら握り拳を作った。すると、今まで沈黙を保っていたカディンギルが起動し、バチバチと激しい電撃音を鳴らせながら塔の天辺を輝かせる。
「呪いを解く?」
唐突に聞こえてきたクリスの声に、空を見上げていたフィーネの視線がクリスへと向けられる。フィーネの視線が自身に向けられたのを見て、クリスは言葉を続ける。
「それは、お前が世界を支配するってことなのか! 安い! 安さが爆発し過ぎてるっ!」
挑発的な表情で挑発的な言葉を述べるクリスに、フィーネはクリスを鼻で笑いながら返すように好戦的な笑みを浮かべる。
「永遠を生きる私が余人に足を止められることなど有り得ない」
フィーネの言葉を皮切りに、装者3人は構えを取って臨戦態勢になる。今にも戦いが始まりそうな中、響は胸に残った疑問を解消する為にフィーネと最後の問答を始める。
「最後に聞かせろ。おやっさん達はどうした?」
響が気掛かりなのは、自身を鍛え上げ翼にも認めてもらえる立派な戦士に育ててくれた弦十郎や共に戦ってきた二課の人間達の安否だった。弦十郎の力を知り、信じているからこそ響は聞かずにいられなかった。
「あの男には手古摺らされた。私のノイズによる陽動に対して貴様らを陽動として動かし、まさか完全聖遺物であるこのネフシュタンの鎧を凌いでくるとは、流石の私も想定外であった」
そこまで語って、フィーネはしかしと言葉を入れて区切ると、フィーネは弦十郎という男を朝笑うかのように人を小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「私が少し櫻井了子の話し方をしたら、簡単に隙を見せてくれた。命までは取りはしていないが、今頃カディンギルの出現と共に起こった二課本部の崩壊に巻き込まれて死んでいるだろう。二課の面々諸共な」
「貴様、よくも叔父様を……!」
卑劣な手段によって叔父を陥れたフィーネを、翼は言葉遣いを荒げて剣の如き鋭い目付きで睨み付ける。
「……もう1つ、聞かせろ。未来はどうした?」
震える程に拳を握り締めていた響は、顔を俯かせながら最後の疑問をフィーネに訊ねる。対してフィーネは、何が面白いのか笑いながら再び響の問いに答える。
「貴様の大事な幼馴染みのことか。あの忌々しい小娘なら、二課の者共と同様に地の底で瓦礫に埋もれながらその臓腑を撒き散らせているだろう。哀れな小娘だ。最後まで愚鈍な貴様を信じていた結果、何も出来ず死んでいったのだからな」
「何だと!? フィーネ、もういっぺん言ってみろ!? 次また同じことを言ったら、あたしがただじゃおかねえ!!」
クリスは以前小日向未来という心優しい少女に助けてもらい、そのことに確かな恩義を感じていた。だからこそ、響を愚弄して未来を嘲笑うような今の発言が許せなかった。
「もう問答は終わりか?」
「……あぁ。あんたが素直に答えてくれたお陰で……俺の中からあんたを殴らない理由が微塵も無くなったっ!!!」
2人の少女が怒気を露にする中、遂に少年の堪忍袋の緒が切れる。怒りは拳に現れ、皮膚に食い込んだ爪は肉を抉り、力のあらん限りに握られた拳からは血が流れ始める。
3人の装者は、目の前にいる諸悪の根源を討ち、長年に続く一連の事件に終止符を打つ為に、敵が作り敵が玩具と称した自身達の力を纏うのに必要な歌を歌う。
「Balwisyall Nescell gungnir tron」
「Imyuteus amenohabakiri tron」
「Killiter Ichaival tron」
響の聖詠が地上に轟き、翼の聖詠が空気中を震わせ、クリスの聖詠が天上へ鳴り響く。その刹那、響達3人の体を眩い光が包み込み、3人は同時にシンフォギアを身に纏った。
「この拳を、必ずお前に叩き込んでやる!」
シンフォギアを身に纏った響は、右手で作った握り拳をフィーネに向かって突き出しながらそう宣言した直後に駆け出す。その響に続くように翼とクリスもその場から駆け出した。
「フッ、やれるものならやってみるがいい!」
両者共に決して譲れぬ想いを胸に秘め、クリスがフィーネに向けて撃ったボーガンを開戦の狼煙として、世界の命運を掛けた戦いの火蓋が今切られた。
◇◇◇
時は少し戻り、響達が東京スカイタワー周辺でノイズと戦っていた時と同じタイミングで起こったフィーネによる二課の襲撃と卑劣な手によって弦十郎が倒れ、二課の機能を完全に掌握された時間帯まで遡る。
フィーネとの戦いで負傷し、緒川達二課の人間の手によって応急処置をされた弦十郎が短い眠りから目を覚ました。弦十郎は直ぐ様体を起き上がらせ、弦十郎を心配した友里が声を掛ける。
「司令!」
「状況は?」
弦十郎は自身の傷の具合など二の次にして、現在の状況を近くにいた友里に訊ねた。弦十郎を心配する気持ちはあるが、それでも二課のオペレーターとして役目を果たす為に友里は事態の進行状況を弦十郎に伝える。
「本部機能の殆どが制御を受け付けません。地上及び地下施設内の様子も不明です」
「そうか」
友里から丁寧且つ正確な報告を受け、弦十郎は直ぐに思案して行動に移すことにした。
現状、使い物にならなくなった本部にいても仕方無く、何時この場所に危険が及ぶかも分からない状況である為、弦十郎は本部に残っていた二課の人間全員に向けて退去命令を出した。
二課の人間達は弦十郎の命令に粛々と従い、負傷者がいないかどうか確認しながら互いに手を貸し合って早々に本部からの離脱を始めた。
弦十郎は負傷しているせいで満足に動けない為、弦十郎をサポートする為に緒川と藤尭と友里の3人、それと弦十郎を心配した未来が残り、弦十郎のペースに合わせて本部からの避難を始めた。
「防衛大臣の殺害手引きと、デュランダルの狂言強奪、そして本部にカモフラージュして建造されたカディンギル……俺達は全て櫻井了子の掌の上で踊らされてきた」
「イチイバルの紛失を始め、他にも疑わしい暗躍はありそうですね」
避難が完了し切った静かな本部の廊下に弦十郎と緒川の会話が響き渡る。負傷で上手く歩けない弦十郎に緒川が肩を貸し、2人を先導する形で懐中電灯を持った藤尭と友里が前を歩き、弦十郎と緒川に並走する形で未来も大人達に付いていく。
「それでも、同じ時間を過ごしてきたんだ。その全てが嘘だったとは、俺には……」
「……」
「甘いのは分かっている。性分だ」
弦十郎に対して言葉を返すことが出来ない緒川は無言で俯き、そんな緒川の反応を見て弦十郎はそれが自身の欠点であることは承知していると伝えた。
確かに弦十郎のその甘さは組織を預かる人間としては欠陥であり、利用されれば今回のように付け入られる隙となってしまう。しかし、その甘さこそが弦十郎の持ち得る魅力であり、そんな彼だからこそ多くの人間が付いて行っているのも事実である。
それに、弦十郎が今言ったこと自体は二課の人間達が少なからず望み、そうであってほしいと願っていることなのだ。
幾らフィーネが弦十郎達を欺く為に画策していたとはいえ、共に過ごしてきた時間の全てが彼女の卑劣な作戦だとは思えない。少なからず、彼女自身も計画と分かっていても、つい情に絆されたこともある筈なのだと思いたいのである。
「……響」
そんな会話を隣で聞いていた未来は、不安そうな顔をしながら響に想いを馳せていた。
本部がこうなる直前で伝えられた言葉はほんの少しであった。未来は自身のSOSがしっかりと響に伝わったかは正直不安であるが、近くに翼もいることからその辺に関してはあまり心配していない。
通信に出た響の声がとてもご機嫌な声であったこともあり、ノイズとの戦いは怪我1つすること無く終了したのだと容易に想像出来た為、そちらに関しても未来は特に心配していなかった。
ならば、未来は一体何を心配しているのか。それは至極単純で、未来は響がフィーネと戦うことそのものを心配しているのだ。
何故なら響も弦十郎に似て、良く言えば優しく、悪く言えば甘い性格をしているからだろう。一瞬の隙や甘さを見せれば、即座に弦十郎の二の舞になることは確実だ。今の櫻井了子、否、フィーネは手を抜くことは決してせず、どんな手段でも使うからだ。
それに本部をフィーネに乗っ取られたのだから、地上はもっと凄惨なことになっているに違いないと未来は思う。そのことが余計に自身の危機を響に煽らせ、響の余計な負担となって邪魔になるかもしれないと未来は懸念した。
どうにかしように、未来の持つ連絡手段のスマホも通信機も電波障害と本部の占領によって使い物にならない。この状況で未来に出来るのは、負傷した弦十郎を気遣うことだけだった。
やがて地上にカディンギルが出現し、その影響で未来が現在いる地上のシェルターと繋がっているこの緊急の避難経路も崩落の危機に見舞われることとなる。
「司令、こちらです!」
揺れる通路の中、早くこの危機的状況を脱する為に緒川に続いて藤尭が肩を貸すことでペースアップを図り、未来は先導する友里と共に弦十郎達の前を歩く。
「了子……」
肩を貸してもらいながら早足で歩く弦十郎が不意にその名を呟いた。フィーネではなく、敢えてそちらの名で彼女を呼ぶ弦十郎の心境をこの場にいる誰も完全に理解することは難しいだろう。
それ程に人の心とは、複雑怪奇なのだから。
地上にカディンギルが完全に姿を現したことで、地下にあった本部及びその通路は完全に崩落してしまった。だが、未来と弦十郎達は施設が崩落する直前でどうにか脱出に成功した。
脱出に成功し、一同は地上の状況を知る為に持ってきた簡易モニターを接続することが可能なシェルターの部屋を探すことにした。
シェルターは地震の影響にって扉が
そんな中、弦十郎達は力一杯押せば無理矢理抉じ開けるが出来そうな罅の入った壁を運良く見付けた。その壁を手の空いている緒川が押し、狙い通りコンクリートの壁は倒れて室内に続く穴が開通した。
「小日向さん!」
そしてその部屋は、偶然にも未来の友人である安藤創世、寺島詩織、板場弓美の3人が逃げ込んだ部屋であった。
「良かった! 皆良かった!」
ノイズ襲撃時に避難誘導を手伝っていた未来はその際に彼女達と遭遇していたのだが、途中でノイズの襲撃によってバラバラになってしまったのだ。だから、バラバラに動くことになってしまった友人達が無事であることを見て未来は安心していたのだ。
そして、それは同じく未来と逸れてしまった彼女達も同様であった。
「この区画の電力は生きているようです!」
シェルターの室内に入るなり簡易モニターを電源に接続して動くことを確認した藤尭は、そのままモニターを操作して地上の状況を知る為の設定を施していく。
「他の調べてきます!」
緒川は弦十郎達に一言告げてから他のシェルターの室内でも電力が通っている部屋を探しに行った。
「ヒナ、この人達は?」
「うん……あのね……」
事情を知らない3人を代表してグループのリーダー的ポジションの創世が未来と一緒に居る弦十郎達について未来に訊ねる。未来はどう説明したものかと言葉に詰まるが、その未来の代わりに弦十郎が創世達に自身らの素性を語る。
「我々は特異災害対策機動部。一連の事態の終息に当たっている」
「それって、政府の?」
弦十郎の説明を聞き、弓美は己が記憶している知識の中にその単語と関連するものがあったことを思い出し、口に出して呟いた。
「モニターの再接続完了! こちらから操作出来そうです!」
簡易モニターによる二課の情報端末への接続と設定を完了させた藤尭が弦十郎へ報告し、その小さなモニターに地上の風景が映し出された。
映し出されたのは、夜の帳が下りた地上で異様な輝きを放つ異様な文様が絵が描かれた塔であった。その塔こそがカ・ディンギルであるということは、この場にいる事情を知った人間には容易に予想がついた。
次に映し出されるのは、今回の黒幕と対峙する為にシンフォギアを纏った響とクリスの姿だった。モニターに映った2人を見て、思わず未来が反応する。
「響ッ!」
「「「え?」」」
「それにあの時のクリスも……!」
未来を通して響と友人関係になった創世達はモニターを見ながら響の名を呼んだ未来へ視線を向ける。
その次に映し出されたのは、黄金に輝くネフシュタンの鎧を身に纏ったフィーネの姿だった。了子の本当の姿を見て、話を聞くだけでは今一現実味を持てずにいた藤尭と友里が困惑の表情を見せる。
「これが……」
「了子さん……」
「どうなってるの? こんなのまるでアニメじゃない!」
弓美の反応は最もだろう。何せモニターに映っているのは、実に現実味が皆無で常人には不可能なガチの戦闘なのだから。その上、モニターに映る人物は全員が全員バトルスーツと見れるものや鎧を身に纏っているのだ。
「ヒナはビッキーのこと知ってたの?」
「……」
創世は未来に響がこのような戦いの世界に身を置いていたことを訊ね、未来は創世から視線を逸らして黙り込んでしまう。未来のその反応を見て、創世を始めとした未来の友人達は大体のことを察した。
「前にヒナの元気が無くなってたのって……そっか、これに関係することなのね?」
「……ごめん」
真実を知った友人達に未来はただ謝ることしか出来ず、創世や詩織や弓美も未来にどんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。
◇◇◇
戦いは秒毎にその熾烈さを極めていく。ガングニール、天羽々斬、イチイバルといった得物もスタイルも全く異なる3つのシンフォギアを纏う装者3人を相手に、ネフシュタンの鎧を纏うフィーネは完全聖遺物のポテンシャルを完全に発揮して3人よりも優位に立ち回る。
「デヤァァァァァァッ!!」
【CUT IN CUT OUT】
クリスは展開された腰部アーマーから牽制と妨害を目的としたミサイル発射する技、
「フッ!」
フィーネは余裕を感じさせる表情を崩すこと無く、鼻で笑いながら手に持ったネフシュタンの鞭を一払いする。振るわれた鞭によって撃たれたミサイルは一掃され、辺りに真っ黒な煙幕が立ち込めていく。
だが、こうなることは想定内通りどころか寧ろクリスにとって狙い通りであった。クリスにとって先の技は、飽く迄牽制と妨害を目的とした攻撃に見せ掛けた囮であり、その真の目的は煙幕による視界の遮断である。
視界を遮ることでフィーネからの視覚情報を遮断し、その間にクリス達はアイコンタクトを取り合う。クリスからのアイコンタクトに翼が頷き、響は2人の姿を見て笑みを浮かべた。
爆煙が未だ立ち込める中、その爆煙が消失する前に響と翼の2人が爆煙を突き抜けてフィーネの前に躍り出る。
先ず最初にフィーネへと攻撃を仕掛けたのは響だ。響は、超至近距離による拳での近距離戦闘でフィーネのネフシュタンの鞭の間合いよりも更に奥深くに切り込み、フィーネに鞭での攻撃や反撃の隙を与えぬよう拳を乱打する。
しかし、フィーネは焦ること無く響の攻撃を躱し、捌き、防ぎ切る。響の戦闘パターンを全て熟知しているかのように動き、その全てを完全に無効化され、響の攻撃は全て有効打を与えること無く無力化されていく。
「チッ!」
響は舌打ちをすると、地面を抉りながら足を振り上げた。凄まじい勢いで地面が蹴り上げられたことで土煙が舞い上がり、再びフィーネの視界が遮られた。
「くっ!? 土煙による目眩しか!?」
忌々しそうにフィーネは吐き捨てる。すると、土煙の中から響が大きく上空に跳び上がりながら出てくる。フィーネは回避が出来ない空中にいる響目掛けて鞭を振るおうとする。
「ハァァァァァァ!!」
だがその前に、響が起こした土煙の中から剣を構えた翼が凄まじい勢いで駆け抜けながらその姿を現す。疾風怒濤の速さで駆ける翼は、刹那の間のフィーネの眼前に急接近して剣を一閃する。
【颯ノ一閃】
しかし、フィーネは鞭を柔軟な形態から直剣のような強硬な形状に変化させてその一撃を受け止めた。響の陽動と土煙の妨害を利用した奇襲であったが、フィーネはこの奇襲も凌いで見せた。
翼がそのまま押し切ろうとするも鞭はビクともせず、翼の剣とフィーネの鞭の鍔迫り合いによって両者の得物はガリガリと擦れ合い、その度に火花が辺りへと散っていく。
まだ続くと思われた鍔迫り合いであったが、それは唐突に終わりを迎える。強硬だった鞭が突然形を変え、蛇が塒を巻くように鞭は翼が持つ剣に絡み付いたのだ。
フィーネが鞭を持ち上げたことで絡み付かれていた剣は翼の手から奪われて大きく宙に舞い上がる。フィーネは得物の無くなった翼に向けて、間髪入れること無くもう一方の鞭を一閃した。
得物の無くなった翼は慌てるようなことはせず、後ろに向かってバク転することで横に振るわれた鞭を回避する。バク転で回避した刹那、翼はその状態から脚部のブレードを展開し、そのまま反撃へと移った。
「フン!」
【逆羅刹】
だが、フィーネは手に持った鞭を回転させることで盾にして逆羅刹を防御する。未だに余裕そうな笑みを浮かべるフィーネであったが、不意に上を見上げた直後にその表情を崩した。
「オォォォォォォォッッ!!!」
咆哮を轟かせながら凄まじい勢いで落下してくる響。響はギアのエネルギーを腰部バーニアに集中させ、更にスピード上げながらフィーネへと迫り、その凄まじい速さのまま一気に右手の拳を振り抜いた。
【我流・翔空降破】
打ち込まれる我流・翔空降破をフィーネは空いているもう片方の腕を盾にして受け止めた。直後、その際の衝撃によって再び土煙が舞い上がることとなり、フィーネは後方へと吹き飛ばされた。
「くぅ!? やってくれる!」
フィーネは罅の入った左手のネフシュタンの鎧を一瞥した後に響を睨み付けた。フィーネの視線の先にいる響は、隣にいる翼と共に立ち並びながらフィーネを警戒して構え続けている。
フィーネは3人の装者を間近で見続けてきたことで取れたデータから、様々な要素を見て3人を異なる視点から警戒している。
翼は3人の中で1番の戦闘経験と戦闘の中で磨かれた戦闘技術を、クリスは遠距離攻撃による火力と様々な事態に対応するその応用力を、響は技発動時の一撃の重さとガングニールとの融合による爆発力を。
だからこそ、フィーネは響の一撃は出来るだけ受けたくないし、技に関しては正面から堂々と受け止めるなどという真似はしたくなかったのだ。
「本命はこっちだ!」
クリスの声が突如として鳴り響き、フィーネが視線をクリスに向けた。そのクリスの背後には、背部射出器に接続されている大型ミサイルが左右に1基ずつ大きく展開されていた。
【MEGA DETH FUGA】
発射された大型ミサイルは、ミサイルを避けようとするフィーネをしつこく追従し、狙った獲物を逃がさない猟犬の如くフィーネを狙い続ける。しかし、フィーネは追って来るミサイルを物ともせず躱し続ける。
「ロックオンアクティブ! スナイプ! デストロイッ!」
クリスはフィーネがミサイルに気を取られている間に残った1基のミサイルの照準をカ・ディンギルへと向けて撃ち放つ。クリスの本来の狙いがカディンギルあることを漸く悟ったフィーネは、表情を歪めて語気を荒くしながら叫ぶ。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
フィーネは大きく鞭を振るった。何処までも伸びていくネフシュタンの鞭は、カ・ディンギルに直撃する直前まで迫っていたミサイルをどうにか破壊し、空中にミサイルが破壊されたことによる爆風と爆煙が吹き荒れる。
「くっ! もう1発は!?」
フィーネは先程まで自身を狙っていたもう1発のミサイルを探すが、その残り1発のミサイルは辺りを見渡しても存在しなかった。ミサイルが突然消えるという明らかに可笑しな状況の中、フィーネはふと空を見上げて瞠目した。
もう1発のミサイルはフィーネを狙うこと無く、遥か上空へと昇って行っていたのだ。その上にミサイルの発射主であるクリスを乗せて。
「クリスッ!?」
「何のつもり!?」
このことは把握していなかった響と翼は、唐突なクリスの行動に驚愕しながら声を荒げる。
「だが、足掻いたところで所詮は玩具! カ・ディンギルの発射を止めることなど!!」
フィーネの言う通り、カ・ディンギルの発射は直ぐそこまで迫っていた。既にエネルギーチャージの殆どを完了させているカ・ディンギルからは先程よりも凄まじい量の電撃が迸っており、天辺の角度は月の中心部分へと向けられている。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
すると、天から今までものとは趣が全く異なる幻想的でありながら儚く聞こえる歌が鳴り響いてきた。その歌が何であるかを知っている3人は、思わず目を見開いた。
「この歌……まさか!」
「絶唱!? ダメだ、クリス! お前の命は安物なんかじゃないんだろっ!? 歌っちゃダメだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
響の咆哮の如き叫びは、カ・ディンギルの丁度真上と到達してミサイルから飛び降りたクリスの下へも届いていた。
(そうだな。あたしの命は安物なんかじゃねえ……だからこそ、今ここで歌わなきゃいけねえんだ!)
「Emustolronzen fine el baral zizzl」
遠距離攻撃主体故に戦況を全て把握することが出来ていたクリスは、その状況下ではカ・ディンギルの発射を阻止することが困難であると悟った。
シンフォギア装者3人を同時に相手して余裕を持って圧倒するフィーネがいては、カ・ディンギルを破壊して発射を阻止するのは正直無理があった。故にクリスは、カ・ディンギルを破壊するのではなく、カ・ディンギルによる一撃を防ぐことを決めたのだ。
そして3人の中でフィーネを1番よく知っているクリスは、カ・ディンギルが月を破壊することが出来るものであると語るフィーネの言葉が本当であることを確信し、その予想も付かない月を破壊する一撃を防ぐ為に迷うこと無く絶唱を使う選択をした。
「Gatrandis babel ziggurat edenal」
すると、クリスのシンフォギアのスカート状リアアーマーが展開され、そこから無数の結晶体──エネルギーリフレクターのビットを大量展開して周囲に散布された。
クリスは小型のエネルギー放出型の銃を両手に握り、周囲に展開されたリフレクタービットは互いにエネルギーを反射させることで加速と増幅を繰り返していき、そのエネルギーの輝きは蝶のような紋様を象り始める。
「Emustolronzen fine el zizzl」
クリスが絶唱を歌い切った直後、クリスが持っていた小型の銃は大きく展開されてライフルをも超える長さの銃身を持つ大型の2丁銃となり、スカート状リアアーマーを更に大きく開かれた。
カディンギルのチャージは完了し、クリスは両手に構えた2つの大型ライフルを連結させて作り出した巨大な銃身の銃口にエネルギーをチャージする。
そして、遂にカ・ディンギルから凄まじいエネルギーの奔流が月目掛けて解き放たれる。刹那、銃口のエネルギーチャージを完了させたクリスもほぼ同時のタイミングでカ・ディンギルに向けてエネルギーの奔流を発射した。
【ROSES OF DEATH】
発射されたエネルギーの奔流に続くように、クリスの周囲でリフレクターによる反射を繰り返していた大量のエネルギーはその向きを変えてエネルギーの奔流へと向かっていく。
加速と増幅を繰り返されたエネルギーは大型ライフルから放たれたエネルギーの奔流と混ざり合い、エネルギーの奔流はより大きなものとなってカ・ディンギルから発射されたエネルギーの奔流へと向かっていく。
地上から発射されたカ・ディンギルのエネルギーの奔流と天から放たれたクリスの絶唱によるエネルギーの奔流は、正面からぶつかり合い、その余波による輝きによって大地を照らす。
「一点集束!? 押し留めているだと!?」
フィーネにとってこれは完全に計算外の事態だった。フィーネは装者達が幾ら束になろうと、発射されたカ・ディンギルの一撃そのものを止められる筈がないと高を括っていたのだ。しかし、その結果は見事に覆された。
理論上では爆発力のある響でも、熟練度が高い翼でも、応用力の高いクリスでも止めることは叶わなかった。だが、このカ・ディンギルによる一撃を止められたのは、偏にクリスの応用力の賜物だった。
クリスのイチイバルは何度も説明したように広域殲滅を得意とするシンフォギアである。その
加速と増幅を繰り返されてその威力を極限に高められた攻撃力を一点に集中することで、クリスは月をも穿つ威力を誇るカ・ディンギルの一撃と同等の一撃を放つことに成功したのだ。
しかし、そのぶつかり合いも長くは続かない。従来の使い方とは違った使い方をされたクリスの大型ライフルは、使用用途の違いと許容量を超えるエネルギーの凄まじさによって罅割れが入っていき、完全に自壊するのも最早時間の問題であった。
そして、絶唱による反動がクリスの身を蝕んでいき、クリスは静かに口から血を流し始めていた。
(ずっとあたしは……パパとママのことが大好きだった……)
今この瞬間にクリスが想いを馳せるのは、自身の両親のことであった。1度は大嫌いだと否定した両親であったが、1人の少年のお陰で胸の奥深くで抱いていた本当の想いに気付くことが出来た。
(だから、2人の夢を引き継ぐんだ)
絶唱による反動はクリスの纏うギアにも及んでいき、背部で展開されていたスカート状リアアーマーにもどんどん罅割れが広がっていく。ぶつかり合っていたエネルギーの奔流も、徐々にクリスのものがカディンギルによる一撃に押され始める。
(パパとママの代わりに……歌で平和を掴んでみせる。あたしの歌は、その為に……!)
幼き記憶に映る父と母の顔を脳裏に浮かべるクリス。だが、その両親の次に別に人物の顔を思い浮かべた。
その顔は時に優しく、時に強く、時に勇ましく、コロコロと表情を変えるが何時でも太陽のように暖かい笑顔と掌だけは変わらない少年のものであった。
彼を想うと、クリスの胸は何時も高鳴った。暖かい気持ちになった。それと同時に彼が自分以外の女と楽しく笑い合っているのを見て、無性に苛々したり、無性に寂しく思うことがあった。
コロコロと反応を変える自身の心に、クリスは自身でも理解が追い付かず、制御することもままならなかった。
だが、クリスは両親の次に彼の顔が脳裏に浮かんだことで漸く答えに辿り着くことが出来た。彼女は何処までも素直じゃない自身の心の本音にやっと気付けたのだ。
(そっか……そうだったんだ。あたしは、あいつのことが──)
自身の本当の想いを心中で呟きながら光に飲まれたクリスは、最後に脳裏に手を繋ぎながら自身の両親の下へと歩いていく彼──響と自分の姿を思い描きながら光の中へと消えた。
地上から上空の光景を見守っていた響と翼。すると、赤く光る月の端の部分にカ・ディンギルの一撃と同じ緑色の亀裂が入っていき、月の一部分が月本体から抉り取られた。
「
その光景を見て、驚愕の表情を露にしたフィーネは語気を荒げた。計算外に続く計算外の結果に、長き時を生きてきたフィーネとて驚きを隠すことは出来なかった。
すると、上空から小さな光を霧散させながら墜ちていく1つの影があった。その存在を視認して、地上にいた響と翼が瞠目した。
その正体は、先程までカ・ディンギルの一撃を押し留め、結果的に月の破壊を阻止した雪音クリスであった。
クリスは纏うシンフォギアを空中で分解させながら、何の抵抗も無く一直線に地上へと墜ちていく。その落下予測地点は響達がいる場所からは遠く、受け止めることは不可能な距離であった。
(お前の夢、そこにあったのか? そうまでして、お前がまだ夢の途中と言うのなら……俺達は何処まで無力なんだ!?)
そんな傷付いた彼女の姿をシェルターのモニターから見ていた弦十郎は目を見張り、己の無力を悔いることしか出来なかった。
(さよならも言わずに別れて、それっきりだったのよ!? なのにどうして?)
弦十郎と同じくモニターを見ていた未来は、口に両手を当てながら大きく瞳を揺らしていた。それは周りにいる創世達も同様だった。
「雪音……」
今までクリスの呼称を呼んだことが無かった翼は、墜ちるクリスを見上げながら初めてその名を呼んだ。
そして、クリスはそのまま深い雑木林へと墜ちて姿を消した。
「あぁぁぁぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!?!!?!!!!」
そんなクリスの一部始終を見ていた響は、目玉が飛び出さんばかりに目を見開いてその瞳孔を獣のように鋭くしながら獣の如き叫び声を上げたのだった。
・原作ビッキーと今作ビッキーとの相違点コーナー
(1)響、車を運転する
──今作ビッキーは車も運転出来ます。無免許ここに極まれり、ですね。
(2)響、勘が当たる
──“EPISODE 5”で響が思っていたことは事実であった。実際、僕も二課本部に続くエレベーターから見える光景を見て、ボス戦直前の通路か重要施設みたいだと思った。
(3)響、キレる
──今作ビッキーは、原作よりもキレております。そして殴り飛ばす宣言。
今回で僕が挙げるのは以上です。他に気になる点がありましたら感想に書いて下さい。今後の展開に差し支えない範囲でお答えしていきます。
シンフォギアXDのお陰で絶唱の技名も出てきましたし、今作でもどんどんそういった名前を出していきたいものです。
戦いの中でクリスは響への想いを自覚。しかし、そんな彼女を無情にも破滅の光は飲み込み……。
そして次回、少年は怒りと悲しみによって獣へと堕ち、少女は少年の為にその身を捧げ……。
それでは、次回もお楽しみに!